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レッドローズ2

「どうして、わかったんですか?」

 パリの街並みから目を落とし、小さく質問してみると、後藤は笑っていた。

「実は、君が通っていた高校に僕のいとこが通ってるんだ。で、小耳に挟んだことがあったんだよね。お金持ちのお嬢様がいるって。ほら、今も洋服とか、バッグも高級品だし、名前も影山だし? もしかしてって、思っていたんだ」

 そういわれて、身が固くなっていた。

 ずっと言われ続けてきた言葉を、やはりここにきても、また言われるのか。

 本当なら、こんな服だって持って来たくなかった。でも家にあるのは、すべてブランド品ばかり。持ち合わせがなくて、どうしようもなかった。ずっと夢見がちでふわふわと浮かんでいた気持ちが、鎖に拘束され、元の場所へ引き戻される。

 放たれるであろう鋭い矢に備えるため、ぎゅっと目を瞑る。

「そういう家に生まれると、大変そうだね」

 優しい響きが、ずたずたな心を包み込んでくるようだった。

 そんなこと言われのは、初めてだった。

 今まで、出会ってきた人たちは、そんな裕福な家に生まれて羨ましいと、口を揃えていた。

「俺には耐えられそうにない。影山さんは、すごいと思うよ。俺は、自由を謳歌しなければ、生きてるって感じしない人種なんだ」

 後藤は、そう言って白い歯を見せていた。

 その途端、ぶわっと春風が私の心に吹き荒れた気がした。失っていた色を取り戻していたパリの街並みが、より一層輝きを増しているように見えた。

 彼の存在は、この街を照らす太陽のようだと、思わずにいられない。

 


 そして、あっという間に時間は過ぎて、最終地のスペインへ。

 旅の終わりが近付くと、各々これからどうするかと未来の話をしていた。いつも後藤は、みんなの輪に混じるのが大好きなのに、この日だけは、私に二人で飲みにいかないかと誘われた。

 胸がはねた。ドキドキしたが、迷わず私は頷いた。

 

 夜のカフェ。後藤と私は窓際の二人席に通された。

 後藤は、ちょっとといって、席を立った。店員と何か話し込む。しばらくして、店員が頷くと、後藤が戻ってきて、私の正面に座り居住まいをただす。私へ真っすぐな視線を向けていた。

 その意味を察することなどできるはずもない私は、ただ首をかしげることしかできなかった。

「人生は自分のものだ。楽しく生きるか、つまらなく生きるか。それを選ぶのも自分次第。だから、俺は自分自身に正直でありたい。影山さん。そんな俺をこれから先、支えてくれませんか?」

 思いがけない言葉だった。心臓のど真ん中を射抜かれたような衝撃が走った。

 私は固まってしまった。

 支えるということは、どういう意味なのか、よく理解できずにいると、店員が花束を持ってきて後藤へ渡されていた。

 後藤は、私へその花束を私へ差し出した。

 真っ赤な花々。一瞬、母の好きな赤い梅が脳裏にかすめて、心臓が恐怖で跳ね上がりそうだった。しかし、華やかな香りがすぐに打ち消してくれた。

 そこにあったのは、無数の赤いバラ。百本はくだらない。これは、もしかして。ごくりと唾をのみ込む。

「結婚してください」

 後藤は、花言葉をそのまま口にしていた。

 突然のプロポーズ。私は、目を見開き、同時に思った。

 やはり、彼は、私の希望の光だ。強い光が私の心の中心で輝き始めるとともに、私の口から自然と零れた。

「はい」

 

 そういうと、自覚できるほど顔が真っ赤になる。初めて自分の意志を誰かに伝えられた事実にも、驚き、高揚していた。

 そんな私に、彼はいった。

「ありがとう! 俺、すっごくうれしいよ! これで、夢に一歩近づいた」

 興奮気味にいう彼へ、私は笑顔で尋ねた。

「夢?」

「俺の夢は、ほしいものすべて手に入れること。一度きりの人生なんだらから、欲張りたいんだよ。もちろん影山さんも」

 ぶわっと体温が上がる。両手で顔をパタパタと扇ぎながら改めて思った。明確な夢を語れる彼の力強い輝きは、本物だ。

 私に夢はあるかと聞かれたら、何も答えられない。今まで、夢なんて持ったことさえもなかった。ただ、母の機嫌を損ねないように、いわれるがままに生きる。敷かれたレールを少しも踏み外すことなく、進んでいくだけ。光なんてどこにもない。

 だけど、彼と一緒にいたら、きっとレールなんてぶち壊して、道なき道へ導いてくれる。そして、私も彼と同じ明るい場所へ連れて行ってくれる。疑う心なんて微塵もなかった。

「私も応援します」

 微笑んで答えると、後藤は満面の笑みを浮かべてくれる。

 そんな笑顔を私に見せてくれることが、ただただ嬉しかった。

 

「じゃあさ、早速日本に帰ったら同棲しよう。俺、新居探しておくから」

「え?」

 悲鳴に近い驚きが出てしまう。

「そんなに驚くこと? だって、結婚するんだよ?」

 不思議な顔をされるけれど、そうか。彼にとっては、それは普通なのかもしれないと、妙に納得してしまう。

 だって、彼は規格外。私とは全然違う。

 急激に気分が落ち込んでしまう。そこに付け入るように、母の激怒する顔が脳裏を掠めた。

 この旅行だって、反対を押し切って勝手に参加したのだ。それだけでも、大激怒しているだろうに、帰ってくるなり同棲しますなんて、いったらどうなってしまうんだろう。

 そんな私の危惧は、後藤は簡単に見抜いていた。

 

「影山さん。君の人生は君のものだ。僕は君のこと、ちゃんと支えるから」

 その一言で、私の気持ちは固まっていた。


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