Ep.0 ……?
気がついた時にはもう全てが手遅れだった。
酷なほど空は澄み渡った美しすぎる今日、私は何もかもを失うことになる。
一つ残らず、全てを。
その日は早くに目が覚めてしまって、気晴らしに趣味の散歩に出かけることにしたんだ。
途中で飲むために水筒の用意をしにキッチンへ向かうと、起きたばかりの母と鉢合わせてしまい少しだけ心配された。
「鞠ナちゃんお散歩行くの? 気を付けてよ、あまり遠くに行かないよう――あっ、まだ寒いからお茶は温かいのにしなさい。それと上着を羽織っていきなさいね。」
「お母さん、一度に言われても分からないわ。」
「そ、そうね。それは、そうね。お母さん、鞠ナちゃんを心配してるのよ。どうせ、止めても聞かないでしょうけど。でも遅くなっちゃダメよ。」
「もう、危ないことするわけじゃないし、いつものことじゃない。すぐに戻るから大丈夫よ。」
そう言って、母に手を振ったが、母は変わらない心配そうな表情で見送っていた。
「行ってきます。」
良く晴れた春の日とはいえ朝方はかなり冷え込んでいて、お茶を飲んで一息つきたくなり公園へ向かった。
だが、この時持っていった水筒が全ての間違いだった。
コンビニでペットボトルでも買えば良かったと今では後悔している。
それ以前に、外に出掛けたことが間違いだったのかもしれないが。
少し歩いたところのこじんまりとした公園は優しい風が吹いていて居心地良く、落ち着くのに良さそうだとベンチに座った。
さらさらと桜の枝葉が揺れる美しい音が聞こえる。
ここはかなりの穴場であり、住宅街の遊歩道脇にベンチと水飲み場を置いただけのようなものなので、花見をするには狭く、遊ぶには木々が多すぎるため人通りがうんと少なく、今日のようなのんびりしたい日には持ってこいの場所だ。
朝焼けに照らされ白く輝く桜がこれでもかと咲き誇っていた様子は鮮明に覚えている。
水筒のコップを外し、お茶を注いでいるとちょうどコップの中に桜の花びらが舞い落ちた。
なんて風流なんだとワビもサビも分からないのに悦に浸っていた。
少し抵抗があったものの、どこかもったいなくなって花びらごとお茶をひとくち飲む。
その温かさに綻んで、一気に飲み干す。
瞬間、心臓が強く脈打ち、コップがからからと滑り落ちていった。
バクン――――その心音が苦しい。
すぐに体の異変は分かった。
喉が焼け焦げそうなほどに痛い、そして尋常じゃなく熱い。
必至に喉元を抑え込むものの熱いばかりで何も解決はせず、ただただ苦しみに耐えることしかできない。
吸っても吸っても肺に空気が入って来ない。
しかし、バクン、バクンと心臓が強く脈打つ音だけははっきりと聞こえてくる。
ぐるぐるする視界と震える手を感じながら、必死に酸素を求めたが体がうまく動かない。
苦しい、ひたすらに苦しくて、ただただ熱い、痛い。
私はついに座ってもいられなくなり、地面に倒れ込んだ。
喉元を強く、必死にうずくまるが焼けこげていく感触と心臓が飛び出しそうなほど跳ねる感触しか分からなくなった。
苦しいよ、痛いよ。
心臓がバクバクと経験したことないほど脈動している。
誰か、誰かと願う思いも虚しく、ヒュウヒュウと空回る呼吸ばかりが耳に残る。
これは死ぬかも。
そう考えられたのが最後で、私はそのまま倒れ込み意識を手放した。
「たす、けて……お母さん………………。」