添い寝屋の茶トラの猫とお仕事でお疲れのОLのお姉さん
「えー、嘘でしょ。電車が停まっちゃった」
仕事が終わらず残業して、ようやく終わって終電に間に合ったと思ったら、これである。
終電なので車内はガラガラだから椅子に座れたけど、いつ発車するか分からない。しかも冷えてきたので、車内も寒い。
「はあ、早く帰りたいのに」
疲れているのに、この足止めは最悪だ。早く家に帰って、ゆっくりしたいのに……。
そう思いながらスマホを取り出す。だがそこで最悪の事実が発覚する。
「ヤバい! スマホの充電が少ない!」
スマホの画面の右上の電池のマークが赤く残量が少ない。充電器を買えばいいけど、ここのホームにはコンビニは無いし、改札を出ないとお店がない。
そして電車はいつ動くか分からないから、無暗に電車から出ない方が言いだろう。
でも暇つぶしにスマホをいじろうと思っていたのに、使えないのは痛い。
「はあ、最悪。……ん?」
ふと電車の天井に垂れ下がっている広告の紙が目に入った。
可愛い茶トラ猫の絵で【添い寝屋】と書かれていた。
「【添い寝屋】? 何それ?」
「お呼びですか?」
「え? うわ!」
私の足元に茶トラの猫が見上げていた。ちょっとほほ笑んでいるような口元で可愛らしい顔をしている。
だがヒョイッと私の膝の上に乗って、座った。
「【添い寝屋】でございます。今回、ご指名、ありがとうございます」
「……指名も依頼もしていないけど」
「まあまあ、良いじゃないですか」
そう言って茶トラの猫は私の膝の上で前足をフミフミした。
「おや、随分と凝っていますね」
「まあね。お仕事していたから全身が凝っているのよ」
「お疲れのようですね」
うん、ちょっと気持ちいい。なかなか、マッサージがうまいじゃない、この子。
私が感心していると茶トラの猫はスルッと肩の方をモミモミする。あー、気持ちがいい。
「電車が走り出すまで、一休みしましょう。私はあなたが眠るまで添い寝しますので」
そう言って私の膝に綺麗な円になって茶トラの猫は目を閉じた。確か、この形、ニャンモナイトって言われているよね。
自然と触って撫でてしまうけど、まだ眠くない。
「でも私、眠くないよ。寒いし」
「そうですか?」
茶トラの猫の尻尾がポテポテと動いた。すると猫が寝ている膝周りがちょっとポカポカしてきた。ひざ掛けよりもフワフワしていて温かい。
それと同時に眠くなってきた。
『大変、お待たせいたしました。間もなく電車が発車します』
ホームのアナウンスと耳障りなチャイムの音が聞こえて、目が覚めた。目を開けた瞬間、ドアが閉まり電車が発車した。
私は大きく伸びをしながら、呟いた。
「あれ? いつの間に寝ていたんだ」
もちろん茶トラの猫は膝の上にはいなかった。チラッと天井に吊るされた広告を見ると【添い寝屋】ではなく、地元のペット同伴で遊べる公園のイベントの物だった。
「確かに喋る猫なんて夢の中くらいしかいないよね」
でもよく寝た。ついでに肩も膝も軽い。マッサージしてもらったからね。
添い寝屋の茶トラの猫のおかげだなと思いながら、電車の車窓を眺めた。すると電車を眺めている茶トラの猫と目が合った。一瞬しか見えなかったけど、ご機嫌な笑みを浮かべているようだった