37 新たな始まり
2024/10/25追記
誤字報告ありがとうございます。どうやら間違えて覚えていたようで、恥ずかしさでいっぱいです。
翌朝。
ナイが目を覚ますと、リオンだけでなく、ハリスやミリーナにまで体を拘束されていた。
ほぼ三人でリオンを押し潰す形で眠っていたことで、下敷きになっているリオンが苦しそうに眉を寄せて寝ているのを見たナイは、何故だか無性に可笑しくなり笑う。
そのナイの笑い声で目が覚めたのか、三人が起きてしまったため、ナイは申し訳なさそうに謝罪した。
気にするなと、三人から許しを得たナイは、四人揃ってベッドから抜け出る。
そして簡単に身支度をすませた。
「汗かいちゃったし、お風呂入りたいなぁ」
「暑かったもんね」
「だったらなんで人を押し潰しながら寝てたんだよ。離れてりゃ多少はマシだったろうに」
「それとこれとは別!」
「そうよそうよ」
「エリックさんに風呂借りれるか聞いてくるか?」
「賛成! 私も行く」
「でも借りれても着替えとかないよ」
「あ、それもそうね。うーん、朝早いからまだお店も閉まってるだろうし」
「エリックさんに服も貸してもらったら?」
洗って返すか、新しいのを買って返せばいい。
「うーん。でもエリックさん達って男所帯……よね? 服はどうにかなってもさすがに下着までは……」
「あぁ、なるほど」
予定外の宿泊だったためナイ達は着替えはもちろん、何も持ってきてはいない。
ナイとしては別に脱いだ服をそのまま着ても何も思わないのだが、ミリーナは抵抗があるようだ。
さてどうするかと頭を悩ませているミリーナやハリスの様子をただ眺めるナイは、リオンがクローゼットを開けているのを見つける。
そんなところを開けてもここは客間なので服など入っていないだろうと、リオンの行動に頭を捻っていると、リオンがクローゼットから何かを取り出した。
「おい。おふたりさん。コレ、なーんだ」
そういいながらリオンは取り出した鞄を二人に見せる。
「……鞄?」
「あれ? その鞄……」
「こうなると思ったからな。昨日オマエらが寝てる隙に持ってきてたんだよ。ホラ、受け取れ」
リオンが投げた鞄をハリスが見事にキャッチし、中を確認する。
「あ、服だ」
「とりあえず適当に持ってきたから、文句は受け付けねぇぞ」
「『ありがとうお母さん!』」
「誰がお母さんだ。今すぐソレ捨ててきてやろうか、クソガキども」
「『ごめんなさーい』」
感激したハリスとミリーナが、声を揃えてリオンに抱きつく。
抱きつかれたリオンは二人を受け止めつつも、額に青筋を立てて二人を睨みつける。
そんなリオンの怒りなどつゆ知らず、二人はきゃっきゃしながらリオンから離れ、こちらへとやってきた。
「アイツらまでオレを母親呼ばわり……」と何やら後ろで頭を抱える悪魔に思わず笑ってしまう。
「ナイ、エリックさんのとこ行きましょ」
「起きてるかなぁ」
「多分大丈夫でしょ。ほら、ナイも早く」
「わかったから、二人ともいったん落ち着け。まだ寝てる人もいるかもやし」
「『はーい』」
妙にウキウキしているハリスとミリーナを落ち着かせ、四人揃って客間を出る。
広い廊下をぞろぞろと歩いていると、前方の部屋のドアが開き中から出てきた人物と目があった。
「あ」
「あ」
お互いの視線が交差し、廊下に気まずい沈黙が降りる。
中から出てきたのは栗色の髪に寝癖がついたままの女の子、楓花だった。
突然の出会いに驚きはしたものの、コレはチャンスかもしれないと思ったナイは、昨日の謝罪をするため頭を下げる。
「――昨日は申し訳ありませんでした」
「――昨日はごめんなさい!」
「え?」
「へ?」
ナイの謝罪と被るように、楓花の謝罪の声が廊下に響く。
少し頭を上げて楓花を見ると、彼女もナイと同じように頭を少し上げてこちらを見ていた。
「え、っと。夢泉さんが謝ることはないですよ」
「そんなことない! ……です。あの、あたし、昨日エリックさんに聞いて、その、なんにも知らなくて、ナイちゃ――ナイさんに酷いこと、たくさん言っちゃって……だから、その、本当に、ごめんなさい!」
「…………頭を上げてください、夢泉さん」
「でも」
「ほら」
楓花の肩に手を添え、九十度に折られた腰を元に戻す。
眉尻を下げ、泣きそうな顔をしている楓花に少しだけ罪悪感が募る。
「たしかにあんなの嘘だと思われても仕方ないです。私が夢泉さんの立場でも疑ってたと思いますし。それに、夢泉さんはわざわざ謝ってくださった。嬉しいです、ありがとうございます」
「ナイさん」
「だから、次は私に謝らせてください。昨日は暴言を吐いてしまい申し訳ありません。夢泉さんは何も悪くないのに勝手に傷付いて、噛み付いて。完全に八つ当たりでした……本当に、申し訳ありません」
「わわっ。頭を上げて! ナイさんは悪くないってば! 悪いのはあたしで――」
「いえ、私が――」
「あたしが――」
二人揃って自分の方が悪いと頭の下げ合いを繰り返すナイと楓花。
何度目かのやりとりの後、二人は見つめ合い、どちらともなく笑い出した。
「えっと、じゃあお互い様ってことで、いい?」
「そうですね」
いまだ笑いの残る中、にこやかに楓花は右手をナイへと差し出した。
「仲直りの握手、しませんか?」
「……えぇ、もちろん」
笑いながらナイは差し出された右手をそっと握り、握手を交わす。
「ねぇ、ナイさん」
「はい。なんですか?」
「その、やっぱりまだ、あたしとは仲良くなりたくなかったり……する?」
両手をもじもじさせながら上目遣いでそう聞いてくる楓花。
まだ諦めていなかったのかと一瞬驚きに目を張るも、すぐにそれは苦笑いへと変わる。
謝ったとはいえ、あんなことをした自分とまだ仲良くしたいと思えるとは。不思議な娘だ。
(うちの家族といい、エリックさん達といい……本当にナイは出会う人に恵まれてるな。いや、恵まれすぎてる、やな。あーあ。ほんっまに! ナイの周りは……いい人、ばっかりや)
不意に泣きそうになり、ナイは顔を伏せる。
「……ナイさん?」
「……ナイでええよ。うちも楓花って呼ぶから」
楓花に声をかけられ、ナイは伏せていた顔を上げた。
もちろん、笑みを携えて。
「――ッ! うん! ありがとう、ナイ!」
「うんうん。良かったなぁフーカ……」
「わっ! ちょっとブライト?! いつからそこにいたの!」
後方から聞こえた声に、ナイは肩越しに振り返る。
ナイ達が通り過ぎた部屋のドアが少しだけ開いており、そこからブライトが顔を半分だけ覗かせこちらを伺っていた。
「オマエらが謝り合戦してる時にはいたぞ」
「いたね」
「え、そうなの?」
「あちゃー。バレてましたか」
「皆様オハヨウゴザイマス」
リオン、ハリス、ミリーナと口を開き、最後に部屋から出てきたブライトが答える。
さらにブライトに続いてアゼリアが部屋から出てきた。
「もお! 覗きなんて趣味が悪いよ!」
「ワタシモ、ソウ思イマス」
「ごめんごめん。でも、ほんと、許してもらえて良かったな」
楓花の元まで歩いてきたブライトがにっこりと笑う。
「うぅー。まぁそれは、そうだけど……」
「昨日からずっと落ち込んでたもんなぁ。許してもらえなかったらどうしよう。口きいてもらえなかったらどうし――」
「わぁー! わぁー! もういいでしょ! ブライトはあっち行ってて! しっしっ!」
「そんな虫みたいに……って、うわわ、押すなよ」
「デハ皆様。オ先ニ失礼シマス」
大きな声と動作でブライトの言葉を遮り手で追い払うような仕草をした後、彼の背中を押すようにして無理矢理その場から掃けさせた楓花は改めてナイへと向き直る。
「えっと! えっと! 今のは気にしないで! それで、えーっと、そうだ! みんなこれから朝ごはん食べるよね? 一緒に食べようよ!」
「いいけど。うちらはその前にエリックさんに風呂貸してもらえたらなーって」
「お風呂?」
「汗かいたから」
「……あたしも一緒に入っていい?」
「へ? まぁ、うちはかまへんけど……」
チラリとミリーナに視線を向ける。
「私もいいよ。一緒に入りましょ!」
「やったぁ! ありがとう、えっと――ミリーナ、ちゃん?」
「ミリーナでいいわよ。年も近そうだし、私とも仲良くしてねフーカ」
「うん! 仲良くする!」
テンションの上がった楓花はそのままリオンとハリスにも挨拶をし、交友関係を広げていた。
そして楓花に連れられやってきたキッチンへ顔を出すと、そこにはエプロン姿のエリックが朝食の準備をしていた。
「おや、皆おはよう。……ふふっ、さっそく仲直りできたみたいで安心したよ」
ナイとミリーナの間に挟まり、腕を組む楓花を見たエリックが小さく笑う。
「おはようエリックさん。友達が増えたよ!」
「それは良かった」
ぶい、とにこやかにエリックへとピースサインを返す楓花。
それに対し、エリックもにこやかに笑顔を返す。
ナイ達もそれぞれエリックに挨拶を返した。
「朝食は少し待ってくれるかい? まだかかりそうでね」
「あ、エリックさん。その前にあたし達お風呂入りたいんだけど、借りてもいい?」
「あぁ、もちろん。好きに使いなさい」
「ありがとー。貸してくれるってさ!」
「ありがとうございます」
ナイはエリックへと軽く頭を下げる。
「着替えは……大丈夫そうだね。場所はフーカが知ってるから案内は必要ないかな」
「大丈夫ー! ほら行こうナイ、ミリーナ! こっちこっち」
楓花に腕を引かれたナイは、エリックに別れを告げキッチンを後にする。
そして一度部屋に戻り、リオンとハリスと別れ、ミリーナとともに着替えを持って再び楓花と合流した。
時間も時間なうえ、よそ様の家だ。
ナイはシャワーですませようと思っていたのだが、なぜかおもむろに楓花は湯を溜め始めた。
そして風呂が溜まるまでの間に始まったミリーナと楓花によるガールズトーク。
ナイは早々についていくことを諦め相槌を打つ程度だったが、若者のお喋りはつきず、それは風呂から出るまで続けられた。
ほかほかと湯気をたてながら部屋に戻ったナイは、リオンとハリスに風呂が空いたことを告げ交代する。
ナイ達に比べさっさと風呂から出てきた男性陣とともにリビングへと赴き、そこで寛いでいたエリックに礼を告げた。
ナイ達が風呂から出るのを待っていたのか、エリック達もまだ朝食を食べていないらしく、待たせたことを詫び、全員で朝食をとる。
その際にエリックと楓花以外の人達にもナイは頭を下げて謝罪をし、許しを得た。
蟠りもなくなり和やかに朝食を食べ終わったナイ達は、片付けや掃除などを手伝った。
そして楓花に引き止められ夕方頃までお喋りに興じ、ようやくエリック邸をあとにする。
いつもなら煩わしいだけの賑わう街並みも、今はそれほど気にならない。
フードを被り、仮面をつけた姿は変わらないが、ここに来る前と今ではナイが見ている景色は少し違う。
下ばかり向き、なるべく視界に余計な物を入れないようにしていた昨日までと違い、今は顔を上げ、家族と話すまでの余裕がある。
今までは心を乱す雑音だとしか思わなかった町の人間達の話し声も、人の声として認識できる。
何気なく、ナイは空を見る。
そこには薄く登る月がナイを見下ろしていた。
「きゃぅ!」
そんな時、ナイ達の前で走っていた小さな少女が盛大に転んだ。
痛かったのだろう。目に大粒の涙を溜めた少女は、泣くのを我慢しているようだが、立ち上がれずに顔を覆う。
「……大丈夫か?」
ナイは少女のそばにしゃがみ声をかける。
「うっ、ひぐ、う、ん。だいじょ、ぶ……」
少女に手を貸し起きるのを手伝うナイ。
服や体についた汚れを軽く落とし、リオンを呼んだ。
「この兄ちゃんが痛いの治してくれるから、もう泣くな」
「ふぇ?」
「しゃーねーなぁ。ほれ、痛いの痛いの飛んでけー」
そういいながらリオンが治癒術を使うと少女の怪我はあっという間に綺麗になる。
「……わぁ、痛くなくなった! すごーい! ありがとう悪魔のお兄ちゃん! 仮面のお姉ちゃんも、ありがとう!」
「おぅ、もうコケんなよ」
「……気ぃ付けろよ」
「うん! ありがとう、ばいばい!」
ナイ達へ大きく手を振り、少女は駆けていく。
少女に小さく手をふり返したナイは、背後から妙な気配を感じ振り返る。
「……なんやねんおまえら。ムカつく顔しやがって」
「べっつにー! ねー、ミリーナ!」
「べつに普通の顔よねー?」
振り返った先、ハリスとミリーナの顔はニヤニヤと笑っており、ナイの眉が跳ねた。
そんなナイを無視してハリスとミリーナは二人顔を見合わせて笑うと、ナイの手をとり先へと引っ張る。
「あ、おい」
「ふふふ、ほらほら早く帰りましょう!」
「そうそう。シロも寂しがってるよきっと!」
「わぁーったから引っ張るな。危ないやろ!」
「ったく。オマエらちゃんと前見て歩けよ。コケても治してやんねーからなー」
転がり落ちた月が行き着いた地獄はついに終わりを迎え、新たな始まりの場所に立つ。
それは落月にとって地獄という地に変わりはないが、その中で見つけた大切な憩いの場所。凄惨な地獄の中での唯一の心休まる場所。
大嫌いな世界の大嫌いな人間達の中、小さく光り輝く四つの星。
その星を無くさないように、失わないように、大切に、慎重に、心の宝箱へと仕舞う。
傷付いた月に空いた大きな穴は、輝く星々で埋め尽くされ、歪ながら元の形を取り戻した。
それでいい。
いや、それ“が”いいのだ。
山田夕月は笑い、化け物は眠りについた。
人間でも、化け物でも無い、ただ一人の存在となった歪な月は新たな一歩を踏み出す。
ここがナイ達家族の本当の始まり。
残り1話、次が最終話です。




