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34 突撃エリック家の晩御飯

 客間から漏れ聞こえるくぐもった泣き声に、エリックはあえて聞こえないふりをした。

 それはここにいるすべての人が心得ているのか、誰もそれに触れようとはしない。


「彼女の首輪なんだけどね、思った通り〈黄昏〉のものだったよ」


 首輪の裏についていたマークをコツコツと叩きながらエリックは告げる。


「やっぱり。……正式に抗議しましょうよ! こんなの酷すぎる!」

「だがそうなると証人としてナイさんを呼ばなければいけなくなる。それはようやく呪縛から解放された彼女にまた嫌な事を思い出させることになる」

「うっ、たしかに。それは可哀想、ですよね……」


 チラリと彼女達がいる客間の方へ視線を向けたブライトは、すぐさま視線を戻し悔しそうに下を向く。


(それに、リオン君の言葉を信じるなら、彼女にこの首輪を付けた本人はもうこの世にはいないだろう。ならば逆にその責任を彼女に追わせようとするかもしれない。彼女を差し出せと言うかもしれない。やはり深追いはすべきではない、か?)


 上に相談するとしても、きっと答えは自分と変わらないだろう。

 〈薄明〉と〈黄昏〉は仲が悪い。

 常日頃から〈黄昏〉の残虐なやり口は知っていたつもりだが、実際に目の前にすると吐き気がする。

 どうしてあの組織の人間達はこんなことが平気でできるのだろうか。

 同じ人間だとも思いたくはない。


「……ねぇ、エリック、さん」


 首輪を眺めていたエリックは、呼ばれて視線を動かす。

 小さな声でエリックを呼んだ少女はソファの上で顔を真っ青にしながら、両手を膝の上で強く握りしめていた。


「なんだい、フーカ」

「……その、えっと。あの人が言ってたことって……その……」

「あぁ。恐らく全て真実だろう」

「――ッ!」

「どれもこれも全て彼女が体験し、感じたことだろう。むごいことをするものだ、同じ召喚師として恥ずかしい」

「ど、どうし、よう。あた、あたし。ナイちゃんに、ひど、い、こと……言っちゃ、った」


 唇を震わせながら青い顔をさらに青くさせたフーカが狼狽える。


「そう思うなら起きてきた彼女にきちんと謝ればいいんじゃないかな」

「……許して、もらえるかな?」

「さぁ? それは彼女の気持ち次第だろう。でも謝らなければ関係はこじれたままだと思うよ」


 それは彼女にも言えることだが。

 そのことはあえて言わず、エリックはわざと突き放すように答える。

 本当は今回の話し合いにフーカを参加させるつもりはなかった。時期尚早だと判断したからだ。

 そしてそれは現実となった。


 ブライトが口を滑らせたようで、フーカが今回の任務のことを知ってしまった。

 そして怒ったフーカが相手に文句を言わせろとむりやり参加する運びとなってしまったのだ。

 一応ナイの事情を憶測ではあるが、簡単に説明したはずなのだが、怒りに支配されていたのか覚えていなかったようだ。

 それでも参加させる許可を与えたのはエリックだし、エリックにも責任がある。

 彼女一人の責任とは言えないだろう。


 中庭の隅で所在なさげに茶会に参加していたナイ。

 無理に誘ったゆえ、表情も曇っていたが、リオンと話しているうちに笑顔が見えるようになったのは良かった。

 リオンに紅茶のお代わりを告げられた時に、彼女の様子を聞き、普段の元気さを取り戻してきていると聞いて、もしかしたら少しは話ができるかもと送り出したのが駄目だったようだ。

 もともとフーカはリオンとナイが話をしている時に乗り込もうとしていたので、少し待つように言っていたのだが、ナイが一人になったことで我慢できなくなったようだ。

 わだかまりも解消し、同じ世界の同性という存在に気分が高揚していたという言い訳ができなくもないが、なにはともあれ相手が悪い。

 ただでさえデリケートに扱わなければいけない問題を抱えた相手に対して、ずかずかと踏み込むような物言いは良くなかった。


 そしてエリック自身も見守るでもなくリオンを連れて珈琲と紅茶を淹れに、室内へと入ったのは反省するところだ。


 つまり自分の監督不行き届きというやつか。


「こほん。とはいえ、彼女もきっと悪い人ではないだろう。さっきのことは感情が爆発してしまっただけで、落ち着いたら話くらいはできるはずだよ」

「うん……」

「大丈夫さ。フーカは召喚獣とか彷徨獣とか首輪のこととか。まぁその辺りのことを引っくるめてよく知らなかった。そのことも説明して彼女に誠心誠意謝ればどうにかなるだろ」

「雑だな」

「うるさいよグリフ」

「そうだぞグリフ。エリック様はエリック様なりの考えがあるのだ。雑なことなんて何も――」

「クロスも静かに」

「うっ、失礼しました……」


 しょぼんと肩を落として黙ってしまったクロスに多少の罪悪感が募る。


「コホンッ。とにかくね、フーカ。『知らなかった』はやってしまったことに対しての免罪符にはならないんだよ。無知は罪とも言うけど、知らないことを知らないままで過ごすことが怖いことだってわかっただろう。反省したなら今度からは勉強から逃げずにちゃんとすること。いいね?」

「『……はい』」


 フーカに対して言ったことに何故かブライトまでもが返事を返してきた。

 たしかにブライトもサボり癖があるから丁度いい、のだろうか。


「デハ明日カラ サッソクマスタート フーカノ勉強時間ヲ増ヤシマショウ。忙シクナリソウデスネ!」


 無表情ながら気合の入ったアゼリアの意気込みに、ブライトとフーカの表情が嫌そうに歪む。


「うぅ、お手柔らかに……」

「勉強嫌だけど頑張る……」



 客間から声が聞こえなくなってしばらく後、エリックはそっと客間のドアをノックする。

 小さくドアを開け、中から顔を出したのはリオンだった。

 エリックはなるべく小さな声でリオンに尋ねる。


「彼女は?」

「泣き疲れて寝ちまったよ」


 エリックから室内が見えるように体をずらしたリオン。

 その空いた隙間から中を覗けば、ナイを中心としベットに団子のようにくっついて眠る三人の姿が見えた。

 全員の目元や鼻の頭が赤く、泣き腫らしたのがよくわかった。

 ナイにいたっては顔から険がとれ、とても安らかな寝顔で寝ている。

 起きている時と違い、かなり幼い印象を受けた。

 きっとあれが、本来の彼女の姿なのだろう。


「ククッ、かわいいだろ?」

「ふふっ、そうだね」

「つーことで、悪ぃんだけど――」

「もちろん。好きなだけいてくれていいし、なんなら泊まっていっても構わない」

「話が早くて助かる。ついでにもう一個頼んで良いか?」

「ん? まぁ私にできる事なら構わないよ」

「じゃあ、頼むわ」



 リオンが出かけてから三十分ほどが経つ。

 そろそろ帰ってくる頃だろうとエリックが玄関先でリオンを待っていると、タイミングよく彼が戻って来た。

 町の中では騒ぎを避けるために空を飛ぶことができないため移動に時間がかかるが、町から一歩出てしまえばリオンの移動速度なら森との往復はあっという間のようだ。


 出かけた時には持っていなかった荷物を片手に持ったリオンは、玄関先にいたエリックに気が付くと、空いた片手をあげて挨拶してくる。

 エリックはそれに応え、戻ってきたリオンを出迎えた。


「おかえり」

「おぅ。アイツらは?」

「ぐっすりだよ。これはもう今日は起きないかもね」

「それならそれで泊ってくだけだ。いいんだろ」

「もちろんさ。あ、でも夕食はどうする?」

「あーどうすっかな。正直オレはどっちでもいいんだけどよ。アイツらは起きたら食うだろうし」

「なら用意しよう。というか夕食まではまだ時間もあるしそれまで寝かせておいて、夕食になったら起こせばいいよ」

「そうすっか」


 リオンの頼みというのは『シロに現状を伝えるため一度拠点に帰る間、ナイ達を見ててほしい』というもの。

 目が覚めたら彼女たちはリオンの不在に不安になるのではないかとエリックは気を揉んでいたが、結局彼女たちは一度も目を覚ます事はなく、ぐっすりと眠っていた。

 さすがに女性が寝ている部屋をエリックが気軽に覗くわけにもいかないので、それだけはアゼリアに確認してもらっていたが、問題はなかったので大丈夫だろう。

 フーカも立候補してくれたのだが、万が一を考えた結果、今回は大人しくしてもらうことにした。


 ブライト達も今夜はエリックの屋敷に泊まることになったので、エリックはいつも以上に気合を入れて夕食作りを開始する。

 リオンに使用人はいないのかと聞かれたが、この屋敷には週に一回掃除に来てもらう人間以外は使用人などは存在しない。

 大きな屋敷なので自分達だけで維持するのはたしかに大変ではあるが、それを不便だと思った事は一度としてないのでエリックは現状を変えようとは思っていない。


 キッチンに立ちエプロンを付けたエリックは、冷蔵庫の中を確認し、今晩のメニューを考える。

 リオンによると、ミリーナやハリスは好き嫌いなくほぼ何でも食べるらしいが、ナイは好き嫌いが多いとのこと。

 しかも嫌いなものは意地でも食べないとのことだ。主にトマトが大嫌いらしく、匂いがするだけで嫌らしい。

 食事量も最近では一人前の半分ほどをようやく食べられるようになってきたぐらいで、量は食べないそうだ。

 その代わり大好きな甘い物はしっかり一人前、もしくはそれ以上食べるらしいので、エリックは少しだけ笑ってしまった。

 ナイのその気持ちはよくわかる。

 エリックも甘い物が大好きでたくさん食べてしまい、いつもクロスやグリフに怒られているのだから。


 さて、今日の夕食は人数が多く、しかも好き嫌いが激しい人物が二人もいる。

 一人はナイ。そしてもう一人がブライトだ。彼もまた偏食なのである。


 量が調節でき、かつ夕食に間に合うように大量に作れるものと考えた時に、一つのメニューがエリックの脳裏をよぎった。


「よし。カレーにしよう」


 とりあえずリオンに彼らの辛さの好みを聞かなければ。

 早速行動に移すべく、エリックは客間に足を向けた。

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