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3 不愉快な出来事は忘れるに限る

 翌日。


 昼頃までピクリとも動かなかったナイが、ようやくのそのそと動き出した。

 別に寝ていたわけではない。

 特にやることも、やりたいことも、危険もなかったので省エネモードでぼーっとしていただけだ。


 いつもならリオンはナイが動くまで同じようにぼーっと過ごすか、好きなことをして時間を潰している事が多い。

 時折どこかへ姿を消したかと思えば数時間後には戻ってきていたりもする。


 初めて姿を消した時は、ようやくどこかへ行ったかと少しだけ嬉しく思ったりもした。

 だが帰ってきたので少しばかりがっかりもした。


 しかし今日からは増えた子供がいるので、二人で時間を潰していたようだ。

 昨日の今日で随分と仲良くなったようだが、ナイには関係がない。

 というより興味もない。


 ずっと同じ姿勢でいたせいか、固くなった体を軽くほぐす。

 一通りほぐし終えると、ナイは二人に声をかけることもなく歩き始めた。

 相変わらず背中が曲がって姿勢が悪い。

 それにあまり足を上げずに歩くので、ナイの歩いた後には三本の線ができる。

 二つは靴が地面にこすれてできる跡。一つは杖が地面にこすれてできる跡。

 足場が悪い場所などを歩く時なんかは、ちゃんと足をあげて歩くこともある。

 しかし基本的にはめんどうなのでずりずりと歩く癖ができてしまった。


「うし、行くか」

「うん!」


 先に歩き始めたナイの後ろにリオンと子供が続く。

 片付けなどはすでに済んでおり、自分たちの荷物を手に歩き始めた。


 ずるずるふらふらと歩く無言のナイの後ろを、ゆっくりとついて行く二人もまた無言。

 時折後ろを歩いている二人が何か話しているようだが、ナイの耳には入ってこない。



 子供と出会った森を抜けた三人は街道から離れた場所を歩いていた。

 道が整備されている場所を歩けば楽なのはわかっている。

 だが人と遭遇することを極力避けたいナイは、いつも人が少ない道を選んで進む。


「あ! ねぇ、あれ見て!」


 何かを見つけたのか遠くを指差し声をあげる子供。

 ナイとリオンが指された方角に視線を向けると、小汚い格好をした男たちに囲まれ身動きが取れなくなっている竜車が見えた。


 竜車とは、地面を走る小型の竜種――姿は人ほどの大きさのトカゲに近い――に荷台を引かせる乗り物だ。

 いわゆる馬車の馬部分が竜になっているのを想像すれば早いだろう。


「あーりゃりゃ。盗賊どもに襲われるなんて運がねぇなあの竜車」

「…………」


 大きさ的に人を乗せて運ぶ乗合竜車だろうそれの御者台に御者の姿はない。

 男たちの足元に転がっている人間がいるので、おそらくあれが御者だろう。

 乗っている客を降ろし一箇所に集めた盗賊たちは客たちから金品を巻き上げている。


 そこまで眺めていたナイは興味がなくなり止めていた足を進める。


「え! ちょっと、ナイどこ行くの。あの人たち助けないの?」


 子供にかけられた質問に、ナイは心底嫌そうに顔を歪める。


 なぜ自分が人間なんか助けないといけないのか。

 死んでもごめんだ。

 舌打ちだけを子供に返すと、ナイはそのまま歩き出す。


 ガリガリガチャ。


「リオン!」

「ん? どした?」

「いやどうしたじゃなくて! あの人たち助けなくていいの?!」

「オマエが助けたきゃ助けに行けばいいんじゃねーの? オレは行かねーけど。それからナイ、掻くのやめろ」


 そういってリオンもナイの後に続いた。


「そんなの無理だよ……」


 歩き去っていく二人の背中と、襲われている人間たちを交互に見ながら、子供はしばし悩むように立ち尽くす。


「あっ」


 後ろから聞こえた小さな声に、今度はなんだとナイは振り返る。

 どこか一点を見つめる子供の視線を追ってナイもその先を見つめると、一人の子供と目が合った――気がした。


 小綺麗な洋服に身を包み、何かのキャラクターのぬいぐるみだろうか、子供の上半身ほどもある大きさの人形を抱きしめ震える女の子。


 ガリ。


「…………」


 両親であろう二人が少女の目の前で殺された。

 そして今まさに少女の身にも刃が振り下ろされようという時、少女がナイに向かって叫んだ。


 助けて!


 そう、聞こえた気がした。


 ガリガリ。


「…………ぅそがッ」


 口の中で噛み殺しきれなかった罵声が零れる。

 それに続いてナイから漏れた殺気じみた気配を感じたのか、緑の髪を揺らし子供の体が硬直したのが視界の隅に見えた。


 ガリガリガリ。


「おいナイ。ハリスが怯えてんだろ」


 隣でリオンが何か言っているが耳に入ってこない。

 嫌悪感で顔が歪む。

 自分でもあの助けを求めた子供に対し、ひどく冷たい目をしている自覚はあるが仕方がないだろう。


 なぜなら、子供がこちらへ助けを求めたせいで、盗賊達がナイ達の存在に気付いてしまったのだから。

 面倒なことに巻き込まれた苛立ちと不快感がナイを包む。


 こちらに向かってきた三人の盗賊の向こう側で先程の少女が斬られたのが見えたが、もはやそんなことはどうでもいい。

 すでに興味を失った少女から、新たにナイ達の方へ近づいてきた盗賊達へと意識を切り替える。


 どんな理由があろうが、敵対するなら容赦はしない。


 邪魔な子供を後ろに突き飛ばし前に出る。

 戦闘態勢をとったナイと盗賊たちの距離が近づいた時、ナイが持っている杖を見た盗賊たちの動きが一瞬止まる。


 仲間達と顔を合わせ、どうするかと相談でもしようとしたのだろうか。

 ナイから視線が外れたその一瞬をつき、盗賊達との距離を一気に詰める。

 虚をつかれて動けない盗賊を良い事に、ナイは一番近くの盗賊へと近づき杖を思いっきり振るった。

 防御もままならずまともに横腹へとフルスイングを食らった盗賊が吹き飛ぶと同時に、ナイは二人目に向かい素早く距離を詰める。

 未だ構える様子も見せない盗賊の頭に容赦なく杖を振り下ろしたナイは、倒れる相手もそのままに最後の一人へと向き直った。


 ここでようやく立ち直った盗賊が短剣を構えナイへと襲いかかる。

 一瞬にして仲間を二人沈められたことに動揺していたのもあったのか、大振りの攻撃は簡単に避ける事ができた。

 すれ違いざまに足を引っかけ転ばせることに成功したナイは、無防備に倒れた相手の背中、心臓目掛けて杖を突き刺す。

 ナイの持っている杖は普段引きずって持ち歩いているせいか、元々平坦だった石突部分が地面で削られ鋭く尖り、立派な凶器となっていた。


 耳障りな悲鳴を上げた盗賊を無視し、今度は喉を突き刺して様子を見る。

 確実に事切れたのを確認したナイは倒れたままの二人の傍へ移動し、こちらにもきっちり止めを刺した。


 死んだ三人の盗賊を無感情に眺めたナイは、残りの盗賊がいるであろう竜車の方へ顔を向ける。

 するとそこにはすでに盗賊たちの姿はなく、リオンだけが立っていた。


 ナイが三人を相手にしている間に竜車へと移動し、倒したのだろう。


 敵がもういないことを確認したナイは杖についた血を盗賊の服で雑に拭い、持ち物を漁る。

 この三人は盗賊の中でも下っ端なのか、めぼしいものは何も持っていない。

 ナイは舌打ちを一つすると、死体をそのままにリオンの元へ向かう。


 背後から慌てたようについてくる子供の気配を感じつつも、振り返るようなことはしない。


 そして竜車との距離が近くなると、後ろから付いてきていた子供はナイを追い越し先に竜車のそばへと駆けて行った。


 ナイが竜車に辿り着くと、子供は先ほど見た少女の傍にしゃがみこんでいる。

 後ろから覗くように見れば、まだかすかに息があるようだが時間の問題だろう。

 少女から一瞬で興味が失せたナイはリオンと手分けをして戦利品を漁る。

 盗賊達からだけでなく、盗賊達が奪った客のものも全てだ。


 結構な金額が手に入り懐が潤う。

 現状ナイとしては金はあっても使い道はあまりない。

 しかしあって困るようなものでもないのでしっかりと頂いておく。


 用事を終わらせたナイは、さっさとこの場を引き上げるために移動を開始する。

 その前に、竜を逃しておくのも忘れない。



 歩き去るナイの後ろにリオンが続き、そして少し遅れてハリスも彼女達の背を追うのだった。

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