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28 良薬口に苦し

「けほん……うぅ、なんで私だけ……」

「……大丈夫か?」

「だいじょぶ。心配しないで、ただの風邪だから」

「……なんかごめん。うちのせいで」

「別にナイのせいじゃないから気にしないで……こほっ」

「何か食べれそう? 食欲あるならお粥作ってくるけど」

「たべる。ありがとハリス」

「わかった。ちょっと待っててね。ナイ、ミリーナの事よろしく」

「ん」


 雨に打たれた四人の中でただ一人風邪を引いたミリーナが悔しそうにベッドに沈んでいる。

 ミリーナ以外の三人は帰宅早々着替えていたが、ミリーナだけはナイのせいでずっと濡れたままだったのだから、当然の結果だともいえる。

 それにミリーナは召喚獣とはいえ普通の少女で、無駄に体が丈夫なナイ達三人と比べるのは可哀想というものだ。


 昨日夕食を食べたあと、ナイ達は遅くまで全員で話をした。

 ミリーナに話したことをリオンやハリスにも伝え、二人からも何かあれば殴って止める宣言を頂いたナイの心中は複雑だった。

 そして改めて昨日の出来事を聞いたナイは、誤解して暴走したことを謝罪し、止めてくれたことに礼を述べる。

 召喚師達への謝罪へ行くことなども伝えると、リオンとハリスもミリーナ同様、ともに行くことになった。

 今までの分を取り返すように盛り上がる会話――主にハリスとミリーナが――に時間を忘れ、布団に入ったのは深夜も深夜だった。


 ミリーナが一緒に寝ようと提案してきたのを受け入れ共に寝たのはいいが、朝になってみるとミリーナの呼吸が荒く発熱もしていた。

 もうずっと風邪などの病気と縁の無かったナイは、どうしてよいのか咄嗟に思いつかず、とりあえず男部屋の扉を乱暴に殴り二人を起こした。

 起きてきた二人の服を掴み、問答無用でミリーナの元へ連れて行く。

 引きずられるように連れてこられたことに文句を言おうとした二人は、ナイが指す先を見て事態を把握した。

 ハリスは急いで額を冷やすためのタオルや水桶。水分補給のための水などを用意し看病を始める。

 リオンは手持ちに薬が無いことを察し、シロとともに薬草を取りに出かけた。

 町に買いに行けばいいと思ったが、買いに行くより森にあるものをとってきて煎じた方が早いらしい。


 それにしてもリオンにできないことはあるのだろうか? なさそうだなとナイはぼんやりと考える。なんでも器用にこなすあの悪魔が少々恨めしい。


 そんな彼らの後ろでオロオロとするばかりのナイはまさに役立たず。

 これまで何もしてこなかったツケだろうか。

 いや、そもそも山田夕月時代に風邪くらいかかったことはあるし、何をすればいいのかも大体わかる。

 しかし地球とここでは勝手が違う。

 そんな言い訳を、誰に言うでもなく頭の中で並べ立てるしかできない自分が情けない。


 そうこうしてるうちにミリーナの目が覚めた。その枕元にナイが陣取り、今に至る。


「ナイは大丈夫?」

「大丈夫、元気」

「むぅー。それはそれでやっぱりなんか複雑ぅ――けほっけほっ」

「ミリーナこそほんまに大丈夫か? 水飲むか? 寒ないか?」

「ふふっ。へーき、ありがと」


 昨日の雨が嘘のように晴れ渡る空模様。

 ミリーナに窓を開けて空気を入れ替えるよう頼まれたナイは、窓へ近づきそっと開ける。

 森の緑の匂いがする爽やかな風が部屋に吹き込んだ。


「……寒ないか?」


 健康体なら気にもしないが、いくら今が夏とはいえミリーナは風邪をひいている。

 ナイとしては心地よい風だが、少しばかり冷たい風はミリーナの体を冷やすかもしれない。自分の分の毛布もミリーナに掛けた方がいいのかと思案し始めたナイに、いつもより覇気のない声が届く。


「もー、ナイは本当に心配性ね。少しくらいなら平気だから、しばらくは開けておいて」

「……ん、わかった」


 部屋の空気が入れ替わった頃、ノックの音とともにハリスが一人分の小さな鍋をもって部屋に入ってきた。


「お待たせ。今リオンが帰ってきて薬作ってくれてるから、これ食べたら飲んでね」

「ありがと、よい、しょっ」


 ミリーナが起き上がるのを手伝い、ハリスから茶碗に移された粥を受け取るとミリーナに差し出した。


「自分で食えるか?」

「え、食べられないって言ったら、食べさせてくれるの?」

「うっ……まぁミリーナがそうしてほしいなら」

「やった! じゃあ『あーん』」

「…………ほら、『あーん』」


 小さな口を開け待つミリーナの口に、冷ました粥を盛った匙を差し込む。


「おいしぃ」

「……良かったな。ほれ次」

「『あーん』」

「ふへへ、なんかミリーナ雛鳥みたいだね」

「んぐ……ん。けほっ、もぉ、いいでしょ別に。あ、わかった。ハリス羨ましいんでしょー」


 いつもの元気さが多少戻ってきたのか、いたずらっぽく笑うミリーナの言葉に、ハリスが頭の後ろで手を組みながら答える。


「べっつにぃ。ぼくはもう子供じゃないし? 元気だし? ナイに『あーん』してもらえなくてもいいもん。もっと別のことで仲良しするから気にしてないよ」

「すごく気にしてるように聞こえるわね」

「しーてーなーいー」

「あー……おまえらのその時々やる謎の張り合いなんやねん。意味わからんからやめろ」

「ナイが悪いんじゃんかー」

「なんでやねん、関係あらへんやろ」

「関係ある! ナイはいっつもリオンとばっかり仲良くしてるじゃん。最近はシロとも仲良くしてるし、昨日今日でミリーナと大接近だし! ぼくだけほったらかしじゃん!」

「そうね、それはナイが悪いわね」

「いや、だからなんで……はぁ。わぁった。わぁった。また今度遊んでやるからむくれるな」

「ほんと!? 約束だからね!」

「はいはい。約束約束」

「良かったわねハリス」

「うん!」


 はぁと小さくため息を吐き、ナイは止まっていた手を動かす。

 食べやすいように少しずつ、火傷をしないように冷ましてからミリーナの口へと粥を運ぶ。

 時々、水を飲ませながら、ゆっくりとミリーナの食事は進む。時々お喋りを交えながらなのでなかなか進まないが。

 熱もあり咳も出ているが、思ったより元気そうでナイは、ほっと胸を撫で下ろす。


「おーい、薬でけたぞー」


 そんなおり、開きっぱなしだったドアの扉をノックしながらリオンが部屋に入ってきた。そして部屋には入ってこないが、ドアからシロが顔を覗かせている。


「なんだ。まだ食ってたのか?」

「これで最後や。ほれ、『あーん』」

「『あーん!』」

「なんだなんだ。随分と可愛らしいことやってんじゃねーの」

「リオンもやってもらったら?」

「オレはやってもらうよりやりてぇ派」


 ハリスとリオンのくだらないやり取りを聞き流し、ナイはリオンに手を差し出す。


「……どうでもいいから、薬よこせ」

「はいよ」

「うわっ……」


 盆に乗せられた二つのコップの内、大きい方を差し出してきたので、ナイはそれを素直に受け取る。

 もう一つは何なのか気になったナイだが、受け取ったコップに入っていた液体が目に入り、そんなことはどうでもよくなった。

 濃い緑色のドロっとした液体が、コップの八分目程まで注がれている。

 有り体に言えば、ものすごく不味そうだ。


「ほいミリーナパス」

「え、ちょ、嘘でしょ……これ、本当に薬? これ私が飲むの?」

「おいおい失礼な奴らだな。確かに見た目も悪いがちゃんと効くぞ。ほら、ぐいーっといけ。ぐいーっと」

「今“も”って言った? “も”って――けほっ」

「ほらほら、咳出てんじゃねーか。熱もまだあるみてーだし、ちゃんと全部飲まないと元気になれねぇぞ」

「うぅ」


 助けを求めるような視線を向けられるが、ナイにはどうすることもできず、素早く視線を逸らす。

 リオンが嘘を言っているとも思えないので確かに効果はあるのだろうから、ミリーナには申し訳ないが、ぐいっと飲み干してほしい。

 そして自分は絶対にこれからも風邪をひかないでおこうと心に固く誓う。


 ハリスやシロもミリーナから視線を逸らし、ニコニコ笑顔のリオンと泣きそうなミリーナの二人がしばらく見つめ合うだけの時間が過ぎる。

 やがて根負けしたミリーナは覚悟を決めたように呼吸を整え、一気にコップの中身をあおった。


「う……ごふっ…………んっ、っ…………、……う……ぷはぁ! うえッーーーまーずーいー!」


 本当に一気に飲み干したミリーナが盛大に顔をしかめる。

 しかし心なしか先ほどよりも顔色が悪くなっている気がするのは――気のせいだと思いたい。


「おぅ、よく頑張ったな。ほれ、そんな良い子にはご褒美にコレやるよ」

「へ? ……なあにこれ? あ、甘い匂い」

「リオン様特製桃ジュースだ。キッチンにあった桃とか、あといろいろ勝手に使わせてもらったけど良いよな」


 盆に残っていたもう一つのコップをリオンはミリーナへ手渡す。

 ぐったりしつつもそれを受け取ったミリーナは、また変なものを飲まされるのではないかと警戒していたが、中身が普通のジュースだとわかると途端に笑顔になった。


「わぁ、甘くておいしぃー。生き返るー、お代わり!」

「ねぇよ。そんじゃ、飯も食って、薬も飲んだ病人はさっさと寝ちまえ。今日一日ゆっくり休んだら明日には良くなってっから」

「うわぷっ」


 ミリーナからコップを取り上げたリオンは、彼女の体を無理矢理ベットに沈める。


「むぅ、レディに対してちょっとばかり乱暴なんじゃないの?」

「はいはい悪ぅございましたね、お嬢さん。おら、さっさと寝ろ」


 ナイと場所を交代したリオンは、ミリーナの瞳を覆い隠すように、自身の手のひらを彼女の顔にかざす。


「もぉ。そんなこと言ったって、そんなにすぐ、に……寝られる、わ、け――――すぅ……」

「え、寝た?」

「寝たな……」


 反論しようと口を開いたミリーナだったが、その言葉を言い切る前に意識が眠りに落ちた。


「うし。んじゃオレらもちょっち遅めの朝飯にすっか」

「う、うん……ねぇリオン。あの薬、変なもの入ってないよね?」

「……こわっ」

「入ってねーよ。クソマズイけど良く効くただの薬だ。ほら、さっさと行くぞ。ここで騒いでたらミリーナが起きちまうからな」


 ミリーナの額に水を絞ったタオルを乗せ、使った食器を一纏めにしたリオンは、そのままさっさと部屋から出て行った。


「うーん。ほんとに大丈夫だと思う?」

「……さぁ? でもリオンがあぁ言ってんやし、大丈夫ちゃうか? 知らんけど」

「えぇ……」


 ミリーナを起こさないように小声でやり取りをするナイとハリス。

 まだ心配なのかミリーナの顔を覗き込んだハリスは、さっきよりも顔色の良くなったように見えるミリーナに自身を納得させたのか静かに離れた。

 たしかに、いきなり眠りに落ちてしまったのは心配だが、リオンがミリーナに危害を加えるとも思えない。

 だからきっとあれも薬の効果なのだと思うことにしたナイは、ハリスを連れて静かに部屋を後にする。

 廊下で待っていたシロと合流し、遅めの朝食を食べにリビングへと向かった。

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