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26 エリック

 自身の屋敷へと帰り、風呂と着替えを済ませたエリック。

 宣言通りケーキを買ってきた彼は、机に多種多様なケーキを並べお茶の準備をする。

 そして後輩であるブライト達とともに、呑気に仕事終わりのケーキパーティを開催していた。


 とはいっても任務自体は終わっていない。というより何も進んでいない。

 任務中の怪我などよくあることなのだから、ブライトの怪我は想定内だ。

 しかし、報告にあった狼型の彷徨獣以外の強力な存在は想定外だった。


 エリック達の元々の任務は忘れじの森の調査及び、住み着いた彷徨獣の排除。

 すでに何度か召喚師の一団が森へと向かったが、その度に大怪我をして帰って来るというのを繰り返していた。

 高位の召喚師は別の任務についているし、新人や、低位の召喚師では相手にもならない。

 なので中位の召喚師がメンバーを変え次々と投入されていたのだが、ことごとく返り討ちにされていた。

 どうにも埒が明かないと判断した上の人間が、新人教育に専念していたエリックに声をかけてきたのだ。


 エリック・ストライド。彼は元々孤児であった。

 まだ幼い頃両親と死別し、引き取ってくれる親戚などの当てが無かった彼は、流されるままスラムへと辿り着いた。

 そこでの生活は今まで経験してこなかった事の連続で、幼いエリックは次第にストレスを感じ始める。

 殺伐とした暮らし、明日をも知れぬ暮らし、ろくに食事も取れぬ暮らし、頼れるもののいない生活。

 幼子が一人で耐えられるはずもなく、やがて彼は魔力の暴走を引き起こす。

 住んでいたスラムを破壊し、多数の怪我人を出したものの幸い死者はゼロだった。


 魔力の暴走とは、読んで字のごとく、その人間が持っている魔力を制御しきれずに暴走させてしまう事である。

 基本的にこの世界に住む人間はみな多かれ少なかれ魔力を持つ。

 ただ、この魔力というものはある一定量が無いと持っていても意味はないし、生活するうえでなんの支障もない。暴走などの事故も起こりえない。


 そして大半の人間は、一生をかけてもこの一定量を超えることはない。

 超える人間であっても、子供時代は普通の子供でしかなく、十五歳を境にぐんと伸びる傾向にある。それから魔力の扱い方を学ぶことになるのだ。


 なので、通常であれば幼子の持つ魔力量などたかが知れているのだが、エリックの場合は例外であった。

 両親は魔力量も普通の一般人であったが、エリックは生まれた時から豊富な魔力を持ち、それを無意識に制御していたので暴走も起こさなかったのだ。

 しかし、両親が亡くなり、環境の変化も相まってエリックの心にそんな余裕はなくなった。無意識でできていた制御は甘くなり、結果、暴走を引き起こしてしまった。

 

 その際、事態の収拾に当たっていた一人の召喚師によってエリックは保護された。

 それがエリックの養母でもあり、ストライド家の当主であった、カーラ・ストライド。

 彼女がエリックを引き取り、魔力の扱い方や、召喚術のイロハを教えたのだ。


 そうして魔力量に応じた実力をつけたエリックは召喚師となり、カーラ()も所属していた召喚師の組織<薄明(はくめい)>に自身も所属することになった。

 豊富な魔力を持ち、その扱いも上手くなったエリックは、高位の召喚獣と契約を結ぶことができた。強力な召喚獣を従える事ができる召喚師という存在は数が少ないゆえ重宝された。


 召喚術や召喚獣などの異なる世界に触れられることは純粋に楽しいし、好きだったので召喚師になったこと自体に後悔は無い。

 しかしエリックはどうにも戦闘などの荒事や、誰かが傷つくようなことが苦手だ。自分が傷付くことはどうでも良いと思えるのだが、自分以外の存在が傷付くのは嫌なのだ。

 むしろ部屋の中で完結できる料理や読書をしている方がエリックは好きだった。


 ゆえに高位召喚師となった今では、若干の職権濫用を用いて荒事が起こりうる任務から遠ざかり、少し問題のある新人、ブライトの教育係として日々を過ごしていた。

 そんな時に上から声がかかり、気乗りはしないものの、他に手が空いている高位召喚師がいないので任務を引き受けたのだ。


 幸いにも忘れじの森に住みついたとされる狼型の彷徨獣は森の奥を縄張りとしているのか、浅い部分や、森の外には出てこない。

 これだけなら緊急の危険性はないのだが、元々森の奥を縄張りにしていた魔物たちが、森の浅い部分を縄張りとしはじめてしまい、町の人間に被害が出ている。

 彷徨獣関連の被害なので〈薄明〉所属の召喚師としても、早期解決を目指したいところではある。


「ねぇ、先輩」

「なんだい、ブライト」

「……良かったんですか?」


 主語のない問いにエリックは一瞬何のことか悩むも、森で出会った彷徨獣達や任務の事を言っているのだと理解し後輩からの質問に答える。


「うーん。正直良くはないが、まぁ仕方がないだろう。それにハリス少年もあぁ言っていたし、また日を改めようじゃないか」


 ハリスと名乗った少年は言っていた。

 狼型の彷徨獣は自分達の仲間なので、話し合いができるように掛け合ってみる、と。

 さらには彼らと別れる前に、謝罪とともに日を改めてほしい旨も伝えられた。

 こちらとしても、穏便に事が運べるのならばそれに越したことはない。


「……ですね。はぁ、それにしてもあの人めちゃくちゃ怖かったなぁ」

「ハハハ、そうだね。私も危うく殺されてしまうところだったよ」


 殺意と憎悪に染まった赤と黒の瞳を思い出す。

 他の人間や守護獣には目もくれず、的確に召喚師だけを狙ってきた彼女。全身から強い憎しみが溢れ出したような彼女に、エリックは気圧された。

 ハリス少年を傷付けられた怒りだけではなく、おそらく、いや、きっと、彼女は召喚師自体が憎いのだろう。

 すべての彷徨獣がそうだとは言えないが、召喚師を憎んでいる個体は少なくない。

 その憎い召喚師が大切な仲間を傷付けた。そう思い込み、行動に移ったのだろう。


 正直に言うと、エリックは彼女から向けられた憎悪や殺意を完全に否定できない。

 そうしてしまうだけのことを、彼女はされたのだろうから。

 もちろん彼女が過去されたであろう出来事と、今回彼女がやろうとした事は別に考える必要があるのはわかっている。

 だから後輩であるブライトの命を奪おうとした事には思うところが無いわけではない。

 しかしどうにも召喚師としては心情的に同情をしてしまう。


 彼女の首についていた枷。〈隷属の首輪〉それが何かは召喚師ならば誰でも知っている。

 召喚獣を召喚師に絶対服従させるために、召喚獣へ苦痛を与え心を折ることを目的とした首輪だ。

 召喚師の魔力に反応して発動する首輪の呪いは、装着者に激痛を与えるとともに、呼吸を奪う。

 高位の召喚獣や痛みに強い個体などには抵抗されてしまう面もあるが、通常そのような召喚獣には使用する場面がないということで見過ごされた。


 だが、あの首輪はすでに過去のものであって、現在のまともな召喚師ならば使用しようとも思わない代物だ。〈薄明〉所属の召喚師であればありえない所業。

 それに、あの首輪はすでに製造・使用ともに禁止されているから、使おうと思っても使えないはずだ。まともな召喚師ならば持っているはずがないのだ。


 しかしそれを何の躊躇いもなくやるであろう、隠し持っているであろう組織にエリックは心当たりがあった。


 いくつかある召喚師組織の内の一つ〈黄昏(たそがれ)〉だ。


 あそこは非人道的な事を平気でするような連中が集まっており、たびたび問題を起こす。

 他の組織――主に〈黄昏〉と明確に対立している〈薄明〉がそうだ――の召喚師と顔を合わせるような事があれば、召喚獣の扱いで口論になるという事はよくある事だ。

 そして劣悪な環境から逃げ出した彷徨獣が、召喚師を含め人間への報復行為に出る確率が高いのも〈黄昏〉が管理している地域である。

 記憶に新しいのは一年程前に起こった列車事故だ。あれも彷徨獣によるものだと報告を受けている。その際一人の召喚師が無惨な姿で発見されたとか。


 嫌な事を思い出し、エリックは小さく息を吐くとチーズケーキを一口、口へと運ぶ。そのあまりの美味しさに自然と口も綻んだ。

 しかし美味しさの余韻に浸る間もなく、隣に座っていたクロスが口を開く。


「笑い事ではありません。ハリス少年が止めなければ、貴方は確実に死んでいました。――護衛として不甲斐ないばかりです。本当に申し訳ありませんでした」

「それを言うなら俺もだ。反応が遅れた……すまない」


 クロスに続きグリフまでもが謝罪に加わる。

 結果論ではあるが、助かったのだから今回の事に関してはエリック本人はさして気にしていない。

 しかしエリックの護衛である二人は当然ながらその事を悔いている。

 いつもならこの様なことはないのだが、今回は直前にハリスやミリーナから仲間の――彼女の話を聞いていたので対応に迷いが生じたのだろう。

 ハリスやミリーナは彷徨獣のようだったが、彼らに危険性はないように見えた。あの二人に関してはむしろ友好的な部類に入る。


「気にするな……と言いたいところだが、それでも君達は気にするのだろうな。んー、ならば『次はしっかり私を守ってくれ』ということで。はい、今回の話はこれでお終いにしよう」

「……はっ!」

「……あぁ」


 一口も手をつけられていないケーキを前に頭を下げる二人に声をかける。


「ほらほら二人とも、全然食べてないじゃないか。早く食べないと全部私とブライトが食べてしまうぞ」


 そう言いながら食べていたチーズケーキを完食し、二つ目のケーキに手を伸ばす。

 ブライトを見てみれば、彼の前には空になった皿が五枚重なっており、六個目のケーキを口に運んでいた所だった。


「食べないならおれがクロさんとグリフさんの分も食べるんで、任せてくらはい」

「マスター。食ベナガラ喋ルノハ、イササカオ行儀ガ悪イデス。ソシテ、マスターハ食ベスギデス。夕食ガ食ベラレナクナリマスヨ」

「らいじょーぶ。らいじょーぶ」

「ハァ。フーカサンニ怒ラレテモ知リマセンカラネ」

「あ、そうだフーカ。ねぇ先輩――」

「――構わないよ。いくつか持って帰ってあげなさい」

「さっすが先輩! ありがとうございます!」


 満面の笑みでケーキを選び始めたブライトの隣で、こちらへ頭を下げるアゼリア。


「キッチンにバスケットがあるから使うといい」

「アリガトウゴザイマス」


 彼女に笑みを返したエリックは、キッチンへと姿を消すアゼリアを見送る。


「フーカといえば……」


 グリフが思い出したかのように口を開いた。


「フーカがどうかしました?」

「あぁいや。フーカがどうというよりは、あの首輪の女のことだな」

「……あの人ですか?」

「あぁ。あの首輪の女もおそらくは(フーカ)と同じ世界の住人だろうなと思ってな」

「え!」

「何?」

「……それは本当かい、グリフ?」


 グリフの発言に驚くブライト。

 クロスは眉を寄せ、エリックもケーキを食べる手を止めた。

 無言で小さく頷くグリフに、エリックの表情も厳しいものになる。


「え、でも、あの人から魔力感じましたよ? 狭間の世界の住人って魔力持ってないんですよね?」

「あぁ。その通りだ……普通ならね」


 つまり彼女は普通ではない。

 〈黄昏〉に関係していると考えれば、何かされたのは明白だ。


「彼女カラハ混ザリ物ノ気配ガシマシタ」

「アゼリア?」

「同郷ノ気配ガスルノニ、純粋ナ同郷デハ無イ。ソシテ色ンナ召喚獣ノ要素ヲ纏ッテイル不思議ナ女性デシタ」

「……そうか」


 嫌な想像はよく当たる。本当に腹立たしい事だ。

 〈黄昏〉の召喚師は召喚獣を、そして狭間の世界の住人の事を何だと思っているのだろうか。


「……あー、えっと。そ、それじゃあ次はフーカも連れて行きます?」

「…………」

「先輩?」

「あぁすまない。少し考え事をしていた。それで何だって?」

「えっと、次はフーカも連れて行きますかって」

「ん、何故だい?」

「え、いやほら。同じ世界の人間ってことで、あの人の警戒心がちょっとでも解けないかなぁって。そしたらスムーズに、その、話し合いとか、できるんじゃないかなぁと、思いまして……」


 言いながらどんどん声が小さくなるブライトは、最終的に上目遣いでこちらを伺ってきた。


「ふむ、なるほどね。でもあの子を忘れじの森へ連れて行くのは危険ではないかな」

「それはそうですけど」

「というか、いくら同郷かもしれないとはいえ、彼女達を安易に会わせて良いものか……」

「あぅ……」


 しかし、それも一つの案ではある。

 任務が終わったのなら、彼女に地球からきた人間がいると伝えても良いかもしれない。

 ただし彼女達との関係の悪化がなければの話ではあるが。


 日も落ちたので、その日はそこで解散となった。

 いまだ止まない雨の中、ケーキを詰めたバスケットを抱えたブライトと、アゼリアの二人を見送ったエリックは家の中に入る。


 明日はブライトの養生のため念の為ではあるが一日休みとした。忘れじの森にいる彼女達も昨日の今日で来られても迷惑だろうし、時間が必要だろうから。

 町の住人にはもう少しだけ我慢してもらう必要があるのが申し訳ないが、なるべく早く解決できるようには努めるつもりなので許してもらいたい。


「さて、夕食は何を食べようかな」

「……やはり食べるのですね」

「え、勿論だよ。さっきのはオヤツだからね」

「ならばケーキは食後のデザートにすればよかっただろうに……」

「だってさっき食べたかったんだもん」

「いいおっさんが『もん』とか言っても可愛くないぞ」

「ははははは。これは手厳しい」


 明後日からどうするかは明日以降の自分に丸投げすることに決めたエリックは、今はひとまず目先の夕食問題に気を移し、エプロンを手に取った。

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