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23 ハリスの奮闘

 足を進めるたび聞こえる音は大きく激しくなる。

 森へと入り、少し進んだ場所に、数人の人間と召喚獣らしき姿を見つけた。

 ハリスは距離を詰めつつ状況を把握する。


 対峙しているのは中型の魔物。

 ハリスも戦ったことがある。あれはサボテンラビットという種族だ。

 その名前の通りサボテンの棘を纏った兎のような生物で、その棘を放ちながら、高速で動き回るやっかいなやつらだ。

 オマケに棘を飛ばしてもすぐに再生してしまうので弾切れを狙うこともできない。

 顔や腹側には棘が付いていないので、狙うべきはそこだ。

 ただ、この魔物も自身の弱点を知っているので、易々と弱点を晒すようなこともしない。

 慣れていないと相当苦労する魔物だ。


 かなり凶暴かつ攻撃的な性格をしており、人間や自分達より弱いものを見かければ襲い掛かってくる。

 なのでハリスは若干サボテンラビットが苦手である。

 ナイやリオン、シロといれば襲われないが、ハリス単体だと襲われる。

 サボテンラビットからすればハリスは下に見られているということだ。

 昔ならいざ知らず、今のハリスの実力はそれなりにある。

 なのに見下されるのは少々気に入らない。やはり見た目だろうか。


 余計な事を考え始めていたハリスは頭を振り思考を戻す。


 サボテンラビットの現在の生息地は森の入り口付近。

 つまりこのあたりには大量にいる。

 幸い大きな群れをなすような魔物ではないので、襲われても落ち着いて対処すれば脅威ではない。


 しかし、一匹でも面倒くさいやつが、三匹もいる。

 一匹は血を流して倒れているので、全部で四匹に襲われていたようだ。


 人間サイドは召喚師の男が二人に、騎士風の男が一人。

 そして彼らの守護獣であろう翼を持った獣人と機械兵士。


 サボテンラビットの攻撃を受けたのか、若い召喚師が血を流し膝をついていた。

 もう一人の召喚師が彼の前に立ち、守りながら残りの仲間に指示を出している。


 機械兵士がその体の特徴を生かし、サボテンラビットの棘攻撃を防ぎ、騎士風の男がまとまっている二匹へ切掛かる。

 だが、相手は素早い。しかも攻撃を当てられたとしても、棘部分を硬化させ防がれてしまう。

 剣と硬い棘がぶつかりあう金属音があたりに響いた。


 ハリスは走りながら腰に下げていた鞄からナックルを出し拳にはめる。


 彼らの少し後方で戦っている召喚師と翼人も苦戦を強いられている。

 召喚師達に攻撃がいかないように、翼人がサボテンラビットの攻撃をさばくが手数が多い。

 防ぎきれなかった棘が後ろの召喚師へと飛んでいった。


「エリック!」


 翼人が誰かの名を叫ぶ。

 叫ばれた本人だろう指示を出していた男の動きが一瞬止まる。


「先輩! 避けて!」


 今度は怪我をした男が叫ぶ。

 しかしそのまま避けてしまえば、今度は彼の後ろにいる怪我をした男に当たってしまうのだろう。

 指示を出していた男は瞬時に判断し、腕を顔の前で交差し防御の姿勢をとった。


「先輩!」

「エリック!」


 間に合わない。

 いや、間に合う。

 間に合わせる。

 自分ならできる。

 そのために今まで鍛錬してきたのだから。


 ハリスと召喚師達の間はまだ少し距離があったが、地面を力強く踏みしめその距離を一気に詰める。

 二人の召喚師達の脇をすり抜け彼らの前へ。

 眼前に飛んでくる複数の棘を見極め撃ち落とすために拳を握る。


 一つ。

 二つ。

 三つ。

 四つ。


 拳ではじくたびに、耳障りな音をたてて棘は落ちていく。

 いくつか撃ち落としそこね攻撃を受けてしまったが、これぐらいなら許容範囲だ。


「――君は?」


 ハリスはその問いには答えず、そのまま翼人が相手にしていた敵へと迫る。

 近づいてくるハリスに一瞬警戒心を見せた翼人だが、ハリスが敵ではない事を悟ったのか共闘の姿勢を示した。


 ハリスは瞬時に接敵し、拳を振るう。

 避けられるかとも思ったが、相手はハリスの拳を体で受けた。


 ハリスのナックルはグローブ式になっており、拳部分と掌部分に鉄板が仕込まれている。

 グローブの素材自体も魔物の皮を使用しており、通常の動物の皮より丈夫で硬い。

 なのでサボテンラビットの棘だろうが、ハリスの手を傷つけることはできない。

 さすがにシロの牙や爪などは防げないだろうが。


 ガキンと金属同士がぶつかり嫌な音をたてた。

 すぐさまもう片方の拳も繰り出し、幾度も殴りつける。


 何度も何度も拳を打ち込むが、サボテンラビットの防御を抜くことはできない。


 だが、それでいい。


 ハリスの単調な攻撃にサボテンラビットは動きをとめ防御に徹している。

 若干相手からハリスの事をなめているような気配を感じ取ったが、今ばかりはそれがありがたい。


 後ろで動く気配を敏感に感じ取ったハリスは、タイミングを合わせうずくまるサボテンラビットの体の下へ足を入れそのまま蹴りで打ち上げる。

 完全に油断していたのだろうサボテンラビットは、無様にも上体を起こされ弱点を晒した。


「今だよ!」

「あぁ! 来てくれ、オルトロン!」


 ハリスの合図に合わせて、後方で召喚術が発動した。

 光り輝く召喚陣が浮かび上がり、異界とこの世の扉を繋ぐ。

 光が収まり異界より姿を現したのは、双頭の犬。

 禍々しい気配を漂わせ、不気味に赤く光る瞳は獲物に狙いを定めている。

 ハリスは巻き込まれないように、サボテンラビットから大きく距離を取った。



「頼む!」

「グオアアア!」


 召喚師の掛け声に合わせオルトロンと呼ばれた召喚獣が駆ける。

 一瞬で敵との距離を詰めたオルトロンは、弱点をさらけ出しているサボテンラビットの腹を一閃する。

 血を吹き出し倒れたサボテンラビットはそのまま動かなくなった。

 そして役目を終えたオルトロンの足元に召喚陣が浮かび、彼は異界へと還っていった。


「っし!」

「まだいるぞ! 気を抜くな!」


 上手く倒せたことに思わずガッツポーズをしてしまったハリスは、翼人のたしなめる声に顔を赤らめる。

 それもそうだ。まだ戦いは終わっていないのだから、悪いのはハリスである。

 赤くなった顔をごまかすように、ハリスは残りの敵へと向かい拳を振るった。


 ハリスが乱入したことにより形成が逆転する。

 即席の連携ではあったが残りの敵を倒しきり、ハリス達は勝利を収める事が出来た。

 周囲に気を配り、他に襲ってくるような生き物がいないことを確認したハリスは彼らへと歩み寄る。


「あの、大丈夫でしたか?」

「あぁ、ありがとう。おかげで助かったよ。えっと――」


 召喚師の杖を持った三十代くらいの男がハリスへと答える。

 彼がこの一団のリーダーなのだろう。

 さらりとした金髪に青い目が印象的な男だ。


「あ、ぼくはハリスっていいます」

「ハリス君か。改めて、助けてくれてありがとうハリス君。私はエリック、見ての通り召喚師だ。君には聞きたいことがあるんだが、その前に……後輩の手当てをしてもいいかな? それと、君の手当ても」


 彼の背後で座り込む年若い召喚師の男へ視線を向ける。

 腕や腹から血を流しており、痛みで顔を歪めていた。


 ハリスも怪我をしているが、動けない程ではない。


「ぼくの事は気にしないでください。こんなの唾でもつけてたら治るんで。それより後輩さんの手当てを先に」

「しかし……」

「本当に大丈夫ですから、お気遣いなく。それと連れが心配していると思うので迎えに行きたいのですが」

「あぁそれはもちろん。ちなみにどこにいるんだい?」

「森の入り口近くで待ってもらってます」

「そういうことなら、手当てが終わるまで少し待っていてもらってもいいかな? それから一緒に入り口まで引き返そう」

「え、あ、はい。わかりました」


 エリックと名乗った召喚師が彼の後輩の手当てに戻る。

 彼が召喚術を発動させるのを眺めながら、ハリスは手に付けていたナックルを外し鞄にしまった。


 また他の魔物などに襲われないとも限らないし、話をするならここから出た方が安全ではある。

 エリックの態度におかしなところは無いが、どうにも落ち着かない。

 騎士風の男はハリスが逃げないように監視しているのだろうか、視線を感じる。


 自分にやましい所があるせいでそう感じるのか。

 確かに立ち入り禁止になっている場所に、ハリスのような存在がいるのは不信に思われても仕方がない。


(そういえば、天使って初めて見るや)


 召喚された天使が治癒術を行使するのを眺めながら、ハリスはそんな事を思う。

 綺麗だなと見惚れているうちに治療は終わったらしく、天使は送還された。


「待たせたね。本当に手当てはいいのかい?」

「はい」

「そうか、わかった。なら行こうか」


 ミリーナの元へ向かう道中、エリックは他の仲間の簡単な紹介をしはじめた。


 怪我をしていたのが、エリックの後輩であるブライト。

 桃色の髪に青い目をした年若い男だ。

 天使の治療により怪我自体は治ったようだが、まだ動けるほど元気になってはいない。


 そんなブライトを背負っているのが、彼の守護獣であるアゼリア。

 人型の機械兵士で、文字通り機械の身体を持つ。

 見た目は人間の女性をベースにしているのだろうか。

 水色の髪に同じ色の瞳を持っているが、その瞳に光はなかった。


 彼ら二人の後ろを歩くのが、騎士風の男、クロス。

 彼はエリックと主従関係を結んでいる護衛騎士で、経験豊富な態度が印象的だ。

 短い黒髪から覗く鋭い赤い目がハリスを睨んでいるように見えるが、ハリスは初めて会った頃のナイの目を思い出していた。

 腰には立派な剣がぶら下がっている。


 そして、エリックの守護獣である翼人のグリフ。

 筋肉質なその身体は大きく、リオンより高い位置から見下ろしてくる黄色い視線はハリスを容赦なく射抜く。

 帽子のような兜のような、凝った装飾が施された被り物の下には白い髪が覗く。

 健康的な褐色の肌には入れ墨のような模様が刻まれ、手には大振りの弓が握られている。

 そして腰には短剣が数種類と矢筒がぶら下がっていた。


 グリフの主人であり、この一団のリーダーであるエリックは金髪青目の柔和な男だ。

 落ち着いた大人の男といった印象を受ける。


 簡単な紹介を終わらせたエリックが、続いてここへ来た経緯を話しはじめた。


 曰く、この森を根城にしている凶暴な彷徨獣に会いに来た、と。

 戦いにきたわけではなく話し合いに訪れたようだ。

 だから人数が少ないのかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 単純に、シロにやられた人数が多く、本部の人手不足とのこと。


 身内がやらかしている事なので、少しばかり居心地が悪くなるハリス。

 自然と歩くスピードが速くなっていたことに気付き、慌てて速度を落とした。


 森の入り口が見えてきたので、エリックに一言断り先にミリーナの所へ走る。

 別れた場所で待っていたミリーナに声をかけると、血を流していたハリスに驚いた彼女は小さく悲鳴をあげ怪我の手当てをしようとする。

 手当てをいったん断ったハリスは、まずは簡単に状況を説明し荷物を背負う。


 そしてミリーナの手を取り、追いついてきたエリック達に合流するのであった。

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