22 終わりの始まり
少し雲行きが怪しくなってきた夏の日の午後。
ハリスとミリーナの二人は歩いていた街道から外れ、人気のない方へと進んでいく。
向かう先はもちろん彼らの拠点がある忘れじの森。
「うーん。すっかり遅くなっちゃったね」
「ちょっと楽しくてはしゃぎすぎちゃったのが敗因かしら」
「だねー。ナイ心配してるかな?」
「そうね。あの人意外と心配性だもの。本人は絶対に認めないでしょうけど」
そういってミリーナは微笑む。
「逆にリオンは何とも思ってなさそうだなぁ」
「あらそうかしら? だとしても、それはハリスを信じてるからじゃない? 何かあってもハリスがいるならちゃんと無事に帰ってくるって」
「へ、あ、そ、うかなぁ?」
「そうよ。私も頼りにしているもの」
「え、えへへへへへへ。そっかぁ!」
ハリスとミリーナは朝から町へと必要な物の買い出しへと出かけ、そのままショッピングを楽しみ、今帰宅の途についているのだ。
ナイとリオンは拠点で留守番をしている。
ミリーナ達は全員で一緒に行くつもりだったようだが、ハリスがそんなに人数は必要ないと、自分とミリーナだけで大丈夫だと押し切った。
今の季節は夏。
食品が傷まないように一度に買う量を減らし、代わりに買い出しの回数を増やした。
しかしやはりというか、その度にナイの機嫌が若干悪くなる。
なので今回からは自分達だけで行くことを提案してみたのだ。
もちろん本当の理由をナイに言うわけにはいかないので、別の理由を添えた。
荷物は全てハリスが持ち運べば問題はないし、ここへ来てからの買い出しで危険があったことはない。
さらに、今必要な買い物類を把握しているのはミリーナなので、買い出しだけならこの二人がいれば事足りる。
いざという時は、ハリスが戦って時間を稼ぎ、ミリーナを逃す。
ハリス一人なら逃げるのも戦うのも、どうにでもなると三人を説得した。
すでにハリスの実力は、この辺りの魔物にも通用する程度にはついている。
だから問題はない、と。
行きは森を抜けるまではシロに護衛してもらったが、帰りはいつになるかわからないので断った。
ナイは人間が嫌いですぐ用事を終わらせて帰ろうとする。
なのであまりゆっくり買い物ができない。
いろいろ見て回ってみたいハリスだが、ナイの機嫌が急降下するのも避けたいので、いつも急いで自分の買い物を終わらせていた。
しかし今回からは違う。
ハリスも強くなり、ナイやリオンの助けなしでも戦える自信もある。
これからはナイ達に頼らなくても、リオンのように好きな時に自分の買い出しに行けるのだ。
ただリオンと違いハリスは飛べないので、移動に時間がかかってしまうのが難点だが。
現在の拠点から一番近い町は、かなり大きな町で見て回るだけでも楽しい。
ミリーナもハリス同様、買い物好きのようで二人して色々と見て回った。
結果、必要な物以外もそれなりに買ってしまい、予定よりも大荷物になってしまったのだ。
ハリスの背負う買い出し用鞄は食料や雑貨などでパンパンに膨らんでいる。
さらに両手には抱えるほどの大きな袋。
これには衣服や大き目のクッションなどが入っており、ハリスが持ち切れなかった少しばかりをミリーナに持ってもらっている。
少しお金を使いすぎてしまったが、シロが取ってくる獲物から取れた素材を売れば、それなりの収入になるので怒られる事は無いだろう。
しばらく節約を強いられはするだろうが、そこは問題はない。
食料以外の買いたいものは、ある程度今回で買ってしまったからだ。
本当は森で取れる素材も採取して売り払えればいいのだが、今あそこは立ち入り禁止になっている。
そんな場所の素材なんかを持ち込めば無用のトラブルになりかねない。
その点、シロが狩ってくる獲物の素材は、別にあの森に限った話ではないので安心だ。
「ねぇハリス。大丈夫? 少し休憩する?」
「だーいじょうぶ! へーきへーき。むしろ良い鍛錬になるよ」
「本当? しんどかったら言ってね、私ももっと持つから」
「ほんとほんと。でもその時はお願いしようかな、ありがとう」
にっこりと笑えば、ミリーナも笑い返した。
実際このくらいの荷物ならまだ余裕はある。
ミリーナがハリス一人に大荷物を持たせるのを躊躇ったため、少しだけ持ってもらったが、全て持ったとしても拠点に帰るまでくらいなら平気だ。
さすがに戦闘になれば話は別だが、今のところ危険な気配はない。
やはりこのあたりの治安は良いようだ。
ハリスは空を見上げる。
朝は晴れていたが、いつの間にか雲が出てきている。
もしかしたら雨が降るかもしれない。
「ねぇ、もうちょっとだけ歩くスピード上げてもいい? なんか雨降りそうだしさ」
ハリスは荷物を抱える手で器用に天を指差し、ミリーナへと確認を取る。
もちろんと、明るい返事が返されたので、遠慮なくハリスは歩く速度を速めた。
その甲斐あってか、さほど時間もかからず森の近くまで帰ってこれたが、なにやら様子がおかしい。
出発した時と何かが違う。
直感で異変を感じとったハリスは素早くミリーナの手を取り、身を隠せる場所へと移動した。
避難した茂みの中からそっと様子を伺う。
注意深く周囲の様子を伺っていると、ハリスの耳が音を拾った。
それは剣戟や怒声などで、近くで誰かが戦闘をしているようだ。
場所はおそらく森の入り口付近。
ゆえに、シロが出張ってきているという事はないだろう。
ならば、誰かが魔物や彷徨獣にでも襲われているのか?
聞こえてくる声に覚えが無いのでナイ達ではない事は確かだが、知らない人間だとしても襲われているのを見過ごす事はできない。
ハリスは荷物をその場に置くと、不安そうに眉を寄せるミリーナへと口を開いた。
「誰かが戦ってるみたい。ちょっと様子を見てくるからミリーナはここで隠れてて。危なそうなら大声を出すから、その時は荷物置いてすぐ逃げてね!」
「わかったわ。ハリスも気をつけて……」
荷物だけを置き去りにしても買い出し用鞄にはシロの匂いが付いているので、魔物や獣が持っていく可能性は低い。
いくらでもあとで拾いにこれるはずだ。
それにハリスは大声には自信がある。
ミリーナに危険を知らせるためもあるが、居残り組は全員耳が良い。
これだけ距離があったとしても、きっと誰かがハリスの声を拾い助けに来てくれるだろう。
そうすればきっとミリーナも保護してもらえる。
ハリスは念のため素早く周囲の様子を探り、直近の危険はなさそうだと判断して腰を上げる。
茂みから出ると音の聞こえる方へと走った。
今回から7月29日まで18時に1話ずつ投稿です。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。




