2 人の話は聞きましょう
(また、増えた)
ボロボロのローブを纏った女は離れた位置で会話する二人を眺める。
「痛むか?」
「うぅん、平気」
怪我をした子供の手当てを悪魔がしている。
粗野な見た目に反し、子供への手当ての仕方は優しく丁寧だ。
(なんかちっこいのが増えた)
抱き込むように持っている杖を弄びながら、離れた二人の会話を聞くともなしに聞く。
「うっし、こんなもんだろ。しっかしあの人間も容赦ねぇな。こんなガキにここまでやるか?」
「仕方ないよ。ぼくは力だけが取り柄の役立たずだから……」
身体中に包帯を巻いて、ミイラみたいになった子供が笑う。
ただ、人間の子供ではない。
緑色の短い髪の隙間から山羊のような角が生えている。
黄色い瞳に浮かぶ瞳孔は横に細長い。
腰には小さな尻尾。
一目で人間ではないことがわかる見た目だ。
「さて、飯にすっか」
「手伝うよ」
「いいのか? 休んでてもいいぞ」
「大丈夫、手伝わせて」
「そうか? んじゃ頼むわ。でも無理しなくていいからな。しんどくなったら言えよ」
「わかった! ありがとうリオン!」
(うっさいのが増えた)
「ハリスが食料分けてくれたおかげで久々にまともな飯が食えるな」
「いつもはどんなもの食べてるの?」
「そうだな。固くなったパンとか干し肉とかだなぁ」
「あー、たしかにそればっかりだと飽きちゃうね」
「ナイがもっと町に寄ってくれたらいろいろ買えんだけどなぁー」
ナイと呼ばれたローブの女へ聞かせるように悪魔――リオンが呟く。
しかしその言葉から嫌味さは感じない。
(そもそもなんで子供がここにいんねん。 薬もあの召喚師から奪った金も置いてきたんやから、それ持ってさっさと好きなとこ行きゃええのに)
「おいナイ。オマエ、ソーセージ食うか?」
「…………いらん」
「んじゃ、二本入れとくわ」
(こいつもこいつで、いつまでうちに付き纏うんやろ。よくやるわ……)
成立しない会話は二人にとってはもはや日常でもある。
そもそもリオンがナイの言う事を聞かない。
だから二人は特に気にすることもないが、そんなこととは知らない子供は違う。
自分を睨むように見つめるナイに不安げな顔を見せる。
「えっと、ナイ。なんか怒ってる? やっぱりぼくが居たら迷惑?」
「…………」
「気にすんな。コイツいつもこんなだからよ」
「で、でも……」
「目付きと態度と口と放つオーラと健康が死ぬほど悪いだけで、根は悪い奴じゃねーから」
「えぇー……」
うるさくて少しばかりイライラする。
でも相手をするのも面倒くさい。
あーめんどうくさい。
ガリガリガチャガチャガリガチャガリ。
耳障りな金属音が響く。
「やめろナイ」
「あ゛?」
無意識に首へと伸びていた左手をリオンが掴んだ。
指先に触れていた、冷たく硬い感触が遠のく。
あぁ、気分が悪い。
リオンに掴まれた左手をナイは乱暴に振り解く。
リオンも本気で掴んでいたわけではないので、拘束された手は簡単に外れた。
「はぁ。そうやってガリガリ引っ掻くからなかなか治らねぇんだって、いつも言ってんだろ。ったく」
「ナイ。指に血が付いてる。……よかったらコレ使って」
差し出されたハンカチにナイは見向きもしない。
指についた血をしばらく眺めたナイは自身のローブで乱雑に拭い、先ほどから疑問に思っている事を口にする。
「なんで子供はここにいる?」
ナイに指を指された子供はびくりと体を揺らす。
子供本人ではなくリオンに聞くのは、どうせ原因はリオンにあると予想したからだ。
「んー? たまたまハリスもこっちに用事があったんだろ? なぁ?」
「え、あ、えっと、そ、そう! たまたまぼくが行く先にナイたちがいたんだ! べ、別に行く当てが無いから追いかけてきたとかじゃないよ! ほんとだよ!」
「ククッ。だとよ」
「…………」
はぁ。と思わずため息が漏れる。
(お前もか……)
子供からの答えを聞いて、ナイは再びダンマリを始める。
もう聞きたいことも無い。
体を丸めうつむき気味のナイは、はたから見ればボロ布の塊に杖が刺さっているようだ。
「えっ、と……?」
「もういいとさ。…………お。そろそろいい感じに煮えたか? よしハリス。皿貸してくれ」
「あ、うん。でも二人分しか無いんだけど、どうしよう。リオンたちは…………持ってないよね」
「普段料理なんてしねーからな。でも大丈夫大丈夫」
ゴソゴソと大きな荷物の中から食器類を取り出したハリスはリオンへと手渡す。
受け取った二枚のスープ皿に、リオンは完成したスープを盛る。
一つは普通に。もう一つはお玉一杯分あるかないかほどの少量。
具材もじゃがいも、人参、ブロッコリーが一欠片ずつにソーセージが二本。
スプーンを添えて、普通に盛った方をハリスへ手渡し、もう一つをナイの目の前に置いた。
「ソーセージだけでも食べろよー」
「…………いらんっつったよな?」
「そうだっけ?」
そう言ってナイの側を離れ鍋の近くまで戻っていったリオンは、自分の少ない荷物から木製のコップを取り出しそこにスープをドボドボと入れた。
「よし食うか」
「交換する?」
「うんにゃ。いい」
久しぶりに食べる温かい食事。
リオンとハリスの会話も弾む。
その輪に入らずに一人離れた場所で体を丸めるナイは、目の前に置かれた皿を一瞥し悩む。
しばらく後、食べ終わったリオンがナイの皿を回収しにきた。
皿の中はほぼ手付かずだったが、ソーセージが一本だけ減っているのを見てリオンは笑みを見せる。
丸まったまま動かないナイをそのままにリオンは皿を回収する。
そしてリオンは皿に残ったスープをナイの代わりに平らげると、さっさと片付け始めた。