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17 引っ越しは一苦労

 拠点にしていた荒野を引き上げたナイ達は、新たな場所に向けて列車へと乗りこんだ。

 とくに目的地もない旅の行く先はナイ自身にも不明だ。


 とりあえず今いる場所から離れたところへ行けたらそれでいい。


 この世界の列車は日本の電車のように電気で動いているわけではなく、蒸気で動く汽車。

 いわゆる蒸気機関車と呼ばれるものが一般的のようだ。

 ナイは鉄道に詳しいわけではないので、これが本当に蒸気機関車かは断言できない。

 しかし牽引車両が煙を吹いていたのを見たことがあるので、おそらくは合っているだろう。


 人が少ない時間帯なのか、客がまばらな車内を仮面越しに見渡す。

 座席は車体の左右に二列ずつ。

 二人掛けのシートが向かい合うようにして並び、客がおもいおもいの場所でくつろいでいる。

 金を出せば個室になっている場所にも座れるが、そこまで無駄な金を使う気にはなれなかったナイが座るのは自由席だ。


 その中で空いている一角のボックスシートへナイは進む。

 車体の一番後ろの座席。

 壁を背にできる窓側の席にナイが腰掛けると、その左隣にリオンが座る。

 ナイの向かい側の座席にはミリーナが座り、その隣にはハリスが収まった。

 ハリスが持つ大きな鞄は座席の上にある荷物置きに置けなかったので、通路に置きっぱなしになっている。

 人が通るたびにどけなければいけないが、今の時間帯では客自体が少ないのでさほど迷惑にはならないだろう。


 いざというときはリオンにでも抱えさせとけばいい。


 ハリスが荷物から先程購入していた水を人数分取り出し、手渡していく。


「それにしても、あの拠点のそばにマレニアの花が咲いてたのはラッキーだったね」

「だなぁ。見つけた時は驚いたが、あれで金を気にしなくて良くなったのは大きかったな」

「……」

「もしかしてあの町で急にマレニアの花の噂が広まったのって、あなたたちのせいだったの?」

「さぁな。たしかに売りに行ったし、見つけた場所も言ったが、そのあとは知らん。というか結構近場にあるんだから町の連中も知ってていいと思うんだがなぁ」

「無理じゃない? あの荒野には凶暴な彷徨獣とか魔物とかもいっぱい住み着いちゃってたもん。見渡す限り何もない所をわざわざ調べたりしないでしょ。リオンは空飛べるから気付けたんだろうけど、普通に歩いてたらわかんないと思うよ」

「…………」

「そういえば噂が出始めた頃、町の人があそこには何もないはずだって言ってたの聞いた事あるわよ。もしかしたらナイ達が来る少し前に偶然咲いたのかしら?」

「ま、もうどうだっていいけどな。儲けさせてもらって感謝感激雨霰ってな。クク」


 リオンがおちゃらけたように笑う様をハリスがじとりと眺める。


「なあにそれ。……というかもしそうだとしたら、ぼくが言った〈凶暴な彷徨獣〉の筆頭ってある意味ぼく達だったわけで。しかも花はぼくらの拠点の真上にあったわけでしょ。そりゃ見つけたとしても誰も取りに来れないわけだね」


 チラリとナイの方を見ながら、少しだけ声のトーンを落とし、しみじみと話すハリス。


「たしかになぁ。迂闊に巣に近付こうもんなら、人間大嫌い星人がどこからともなく現れるもんな」

「……もしかしてそれはうちのことか」

「さぁな?」

「……チッ」

「そうなの?」

「さぁ? あはは」


 ナイへ視線を投げながらハリスへと尋ねるミリーナの問いに、笑い交じりにハリスは応える。


「ククク」

「ふふっ、なんとなく想像できちゃうわね」


 ナイを見て笑う三人を順番に睨みつける。

 しかし彼らの笑いが収まる気配はない。

 苛立ちが収まらないナイは、彼らから顔をそむけ乱暴に頬杖を突く。

 その時に勢い余ったのか、手が仮面に触れてしまい仮面がズレる。

 ちょっとした事だが、今のナイには苛立ちに拍車をかける要素となる。

 軽く舌打ちをしながらズレた仮面を直すナイは、笑う三人を仮面越しに盗み見た。


 楽しそうに話す――主にハリスとミリーナだが――三人。


 彼ら三人とも、噂の花が実際に存在していることを知っていたという事実が、なんだかナイにはおもしろくない。

 口がへの字に歪むのを感じながら、ナイは彼らから視線をそらす。


 三人の笑い声を聞き流したナイは、動き始めた外の景色に集中した。



 列車に乗った時はまだ日も高く明るい時間帯だった。

 今はすでに日も落ち、周囲は真っ暗闇に染まっている。


 列車を下りた時には夕暮れ時で、ナイ達はその町で夕食をとった。

 ナイとしてはさっさと町を出たかったのだが、ハリスとミリーナが空腹を訴えたので仕方なく食堂へと寄ったのだ。


 そして夕食を終えて食堂を出た時にはすでに日も落ちていた。


 それなりに大きな町のせいか、日が落ちても人で賑わっている。

 明かりも煌々と灯った町並みに、ナイの心は落ち着かない。


 三人からこの町で宿をとればいいという意見も出たが、それは聞こえないふりをして急ぎ足で町の外を目指し今に至る。


 賑やかな明かりが背後で小さくなり、夜の闇の中ナイは月明かりを頼りに道なき道を突き進む。

 その後ろにはハリス、ミリーナと続き、最後尾をリオンが歩く。


「なぁ、今日はこのへんで野宿でいいんじゃねーの?」

「リオンにさんせー。ぼくもう眠いよー」

「私も賛成。また明るくなってから進みましょうよ。暗いのに無理するものじゃないわ」

「…………はぁ。あそこのでっかい岩んとこまでは行くぞ」

「『はーい』」

「うーい」


 後ろから聞こえる不満の声についに折れたナイは、妥協案を出しそこへ向けて歩みを進めた。



 一夜明けた朝。

 簡単な朝食を摂ったナイ達四人は、昨夜の続きを進み始めた。

 列車を降りた時とは違い、今のナイには明確な目的地が存在している。


 それは、昨日夕食をとるために立ち寄った食堂で、近くにいた酔っ払い達から聞いた話に出てきた森だ。


 酔っ払い曰く、この町の北西には広大な森があり、そこに半年ほど前から凶暴な彷徨獣が住み着いてしまい困っているとの事。


 その森は〈忘れじの森〉と呼ばれる場所で、その森の浅い場所では薬草を始め、たくさんの素材や食材などが採れる。

 そこへは町の薬師や商人がたびたび採取に赴いていたらしい。


 この周辺の地域は治安もよく、採取場所に行って帰ってくる程度なら特に危険もなかったそうだ。


 それが今ではその凶暴な彷徨獣のせいで、森の奥を住処にしていた彷徨獣や、魔物、野生動物などが追い立てられてしまった。

 そして、追い立てられた彼らが生息域を変え、その近辺にまで出没する様になってしまった。


 なので一般人だけでは危険とされてしまい、召喚師達により立ち入りを禁止されたのだ。


 立ち入りを禁止された事によって素材の採取が困難になってしまい、いま町では薬などの値段が上がって困っている。

 何度か召喚師達が調査に赴いてはいるが、いい成果を挙げられていない、という話らしい。


 ちなみに話を聞いたのはナイではなく、ナイが興味を持ったことに気付いたリオン達である。


 その話を聞いたナイが忘れじの森に興味を持ち、一行は森へと向かっているのだ。


 別に町の人間に同情したとかいう事ではない。

 ナイに限ってそんな事はありえない。


 ならばなぜ向かっているかというと、人間が来なさそうな場所という一点だ。

 もちろん度々召喚師達が来るという話は聞いたが、やり過ごせそうならば、やり過ごせば良いし、無理そうなら戦って勝てば良いだけの話だ。


 すでに凶暴な彷徨獣がいるとの事なので、自分たちが混ざっても彷徨獣(そいつ)のせいにできるだろうという安易な考えでもある。


 そんなこんなでやってきた忘れじの森付近。

 遠目から森への侵入口を眺められる場所に身を潜めたナイは様子を伺う。


 特に見張りのような人間がいるわけでもなく、囲われているわけでもなさそうだ。


 ただ立ち入りを禁止すると書かれている――ナイは未だこの世界の文字が読めないので、リオンに読んでもらった――看板がたっているのみ。


 不用心だなと思わなくもないが、ナイ達からすれば好都合なのでそのまま侵入する。


 話通りさっそく魔物に襲われたが、正直ナイ達の敵ではない。

 さっさと倒して奥へと向かう。

 あまり奥へ行くと例の彷徨獣とやらの縄張りに入ってしまう可能性もあるので、ある程度は慎重に歩みを進めるナイ。


 しかしなかなかナイが気に入る場所が見つからず、森を彷徨う事数時間。

 ミリーナに疲れが見え始めた頃、ナイ達はそれと出会った。


 低い唸り声を上げ、ナイ達を威圧するように立ちふさがる、見上げるほどの大きな獣に。


 狼のような姿を持つそれは、全身を白銀の長い毛が覆っている。

 風でなびく体毛が木漏れ日を反射してキラキラと輝き、見るものに神聖さを垣間見せるかのようだ。


 しかしそのような輝きとは反対に、赤く染まる瞳からは殺意が溢れている。


 それは己の縄張りに無断で入ってきたものを許さないと言っているかのように、ナイ達へと向けられた。


 今ナイ達の目の前にいるこの獣こそ、町の人間が話していた凶暴な彷徨獣とやらなのだろう。


「あー。どうやらいつの間にかヤツの縄張りに入っちまったみてぇだなぁ。どうするナイ?」

「……」


 リオンが狼から視線を外さずナイへと問う。


 がり。


「うぅ……すっごく怒ってるみたいだけど、どうしようナイ。謝ったら許してくれるかな?」

「……」


 恐怖からか、少し腰が引けているハリスだが、すぐさまミリーナの盾になるように動き、狼から庇う位置へと移動する。


 がりがり。


「……ナイ」

「……」


 不安げにナイの名を呼ぶミリーナ。


 そのすべての問いにナイは答えない。

 ただ黙ったまま、狼を見つめるナイは左手で首筋をなぞる。


「グルルルルルル……」

「……あ゛? んだ、テメェ? やんのか?」


 真紅の瞳と左右で色の違う瞳がぶつかる。

 両者の瞳に浮かぶ色は共に殺意。


 ナイのフードの下の鋭い目がもう一段回鋭くなった。

 視線だけで人を殺せそうな凶悪な目をしたナイが、杖を片手に前へ出る。


 当初はこの彷徨獣と戦う予定はなかったナイだが、予定変更だ。

 こっちが縄張りを犯した側だとしても関係ない。


 ナイは売られた喧嘩は買う主義なのだ。


 すべてを食らいつくして前へ進む。

 そう決めたのだ。


 ゆらりと体をゆらしながら巨大な狼へと近づくナイの瞳に、低い姿勢をとり戦闘態勢をとった狼の姿がはっきりと映った。






「二人とも、危ねぇから下がってろ。アイツはオレとナイだけで相手をする。――だがまぁ、負けるつもりはこれっぽっちもねぇが、一応。いざという時はミリーナ担いですぐ逃げろ」

「……わかった」

「気を付けて」


 リオンの忠告通り後ろへと下がり身を隠した二人を見届けたリオンは、ナイに続くように前へ出た。

 すでに臨戦態勢をとっている二人。

 いつ戦闘が開始されても可笑しくはない。


 何もない空間へ手を伸ばたリオンは、その手の先に魔力を集めそれを掴み取る。

 握られた手の中には彼の髪と同じ真紅の槍。

 リオンはそれをくるくると回しながらナイの隣に並び立つ。


「――ちなみに聞くけど、勝算とかあんのか?」

「――殴り殺す!」


 その言葉と同時に駆け出したナイと、迎え撃つように駆けた狼が両者の中間でぶつかる。


「つまりなんも無いっつーことだな。ナイだけに。なんちって、ハハッ」

「もぅ、リオン! くだらないこと言ってないで早くナイに加勢してよ!」

「へいへい。わーってるって」


 後ろから浴びせられたハリスの怒声に適当に返したリオンも、槍を構え狼へと駆ける。

 二対一だが卑怯などと言われる筋合いはない。


 これは人間の戦いではなく、召喚獣たちによる獣の戦い。

 道理もくそもない。


 自然とはそういうもので、より強い方が勝つ。


 そしてなにより、勝った方が正義なのだ。

この辺りで折り返しです。

この先もお付き合い頂けるのならよろしくお願いします。

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