15 第一印象って大事だよね
「あの、お取込み中申し訳ありません……」
聞き覚えのない第三者の声にナイは杖を持つ手に力を入れる。
すぐさま声がした方へ視線を走らせると、拠点の入り口から顔を覗かせた顔色の悪い女と視線が合う。
(なんや、あいつか)
少し考えれば声の持ち主が誰かなんてわかりそうなものだが、条件反射とは恐ろしい。
杖を持つ手を緩め警戒を解くが、なぜか女はこちらを強張った顔で見つめている。
そういえばと、ナイは今現在自分が仮面を付けていなかったことに思い至った。
女の顔が強張ったのはそのせいかとうんざりした気持ちでナイは仮面を取り出し顔を覆い隠す。
「あ、ごめん。うるさかったよね? 起きてきて大丈夫? 辛くない? 無理しないでね」
「……大丈夫よハリスくん。ありがとう。えっと、そちらの方達がハリスくんの言ってたお仲間さん、かしら?」
別にナイ達は仲間というわけではないが、いちいち訂正してやる義理もないナイはそのまま黙って成り行きを見守る。
「うん、そうだよ。えっと、フード被って陰気なのがナイで、赤い髪のいじわる悪魔がリオン。どっちも怪我してるけど気にしないで」
「とても気になるのだけど……」
ナイとリオン。それぞれを手で示しながら、ハリスが女へ二人を紹介する。
女の小さな声を拾ったのかどうかは知らないが、隣にいたリオンがナイに近づき簡単な治癒術を掛けてくる。
リオンはナイの治療をしながら口を開いた。
「それはそうと、ハリス。その紹介には異議ありだ、訂正を求める。オレは意地悪じゃない。さわやかな好青年だろうが」
「それこそ異議ありだよ」
「……ふっ」
「おいナイ、なに笑ってんだ」
「気のせいやろ」
「言っとくがオマエもそうとうな紹介文だったからな」
「べつにどうでもええ」
「事実だしね!」
確かにナイは陽気ではない。
どちらかと言えば陰気寄りだ。
なので事実だが、そうはっきり言葉にして言い切られるとそれはそれでなんだか腹立たしい。
そんな気持ちを込めてハリスを見つめるが、当のハリスは小首をかしげるばかり。
「……なぁに? ナイも異議あり?」
「……べつに」
「ちぇー」
「ククク。まだまだだな」
ある程度ナイの治療が終わったリオンが、次は自分の怪我へと取り掛かる。
「むー。あっとごめん! ほったらかしにして! もう二人とも、自己紹介の時くらいふざけないでちゃんとしてよ!」
「オマエが筆頭なんだよなぁ」
「……」
「ふふふ。ううん、大丈夫。あなたたち仲が良いのね。羨ましいわ」
「え? そう? ふへへへへへへ」
だらしなく崩れた顔で笑うハリスの顔が気持ち悪い。
なにがそんなに嬉しいのか、ナイにはさっぱり理解ができない。
「おいハリス。気持ち悪い顔で笑ってないで嬢ちゃんの紹介してくれよ」
怪我の治療が終わったリオンがハリスに催促する。
「気持ち悪いって……こほん。この人はミリーナ。ここにはマレニアの花を探しに来たんだって」
「あー、あれな」
「……」
どうやらこの女は噂に踊らされた憐れな一人のようだ。
存在しないものを探しに来て、あげく死にかけてたら世話はない。
「改めまして、ミリーナです。今回は危ない所を助けていただき感謝申し上げます」
「リオンだ。別に気にしなくていいぞ。オレはこいつらに言われて助けただけだからな。礼ならナイとハリスにしてくれ」
「……うちもべつにいらん」
「ふふふ」
「ね?」
「えぇ」
顔を見合わせて笑うハリスと女。
「あぁ? んだよ」
「いえ、すみません。ハリスくんの言った通りの方達だなと思いまして」
「二人ならそういうだろうってミリーナに話してたんだよ」
「ふーん」
「……」
互いに挨拶も終わり、女の体調を気遣ったハリスが全員を拠点の中へと誘う。
ぞろぞろと中へと戻る行列の最後尾を歩くナイは、そのまま三人から離れると入ってすぐの壁際に腰掛ける。
右手に持った杖はいつでも振り抜けるように持ったままだ。
リオンとハリスだけならともかく知らない人間――正確には召喚獣だが――の近くにあまりいたくはない。
三人の会話に参加する事もなく、ナイはただ黙って彼らを眺めた。
「んじゃあミリーナ自身は、別にマレニアの花が必要っつー訳じゃねぇのか」
「はい。一緒にいた彼らの知り合いが病にかかり、その花でしか治療ができないらしく。荒野は広く探すのに人手が必要だから一緒に来てくれないかと言われ、共に来ました」
「……んー、それって本当の話なの? あの花って貴重だから高値で売れるよね? しかも此処って魔物も結構いるし……言っちゃ悪いかもだけど、最初から囮に使おうと思って連れてこられたんじゃないの?」
「……かもしれない。でも、もしかしたら、万が一、本当に病気の知り合いがいるのかもしれないじゃない? だとしたら断れなくて。私一人加わったところで高が知れているけど、それでその人が助かる可能性が少しでも上がるなら助けになりたいと思ったの」
「ミリーナはお人好しだなぁ」
「いや、ただの馬鹿だろ」とは口には出さない。
仮面の下でナイは女を冷めた目で見つめる。
ありえない花を探しにくるのも、見ず知らずの人間を助けるために危険地帯へ自分から突っ込んでいくのも、ナイからすれば全てにおいて馬鹿馬鹿しい。
他人のために命をかけるなんて、くだらない。
あり得ない所業だ。
「まーでも、アイツらもスライムに喰われちまったみてぇだし、オマエに花をやっても意味はないな」
「あ、結局喰べられちゃったんだ、あの人達。うーん、因果応報?」
「……そうですか。せめて可哀想な病人が存在しない事を祈るばかりです……」
「絶対いないだろうから安心していいと思うよ」
「そーそー」
「――はい」
神妙な顔で俯く女をハリスが慰めるように背を撫でる。
リオンはどうでもよさそうに欠伸までしている。
「…………」
しかし、引っかかる。
リオン達の会話の内容が。
まるでその花が本当にここに存在しているかのように聞こえるのだ。
「それで、オマエさんはこれからどうすんだ?」
「え、あ、えっと、すみません。とくに考えてませんでした。とりあえず、ここに来た目的が無くなってしまったので一度町へ戻ろうかと……」
「そんな怪我で!? 危ないよ! せめて怪我がちゃんと治るまでは此処にいたらいいよ! ね、ナイ。良いよね?」
「…………あ゛?」
「ミリーナの怪我が治るまで、此処にいてもらっても良いよね?」
別に聞こえなかったわけではないのに、ハリスは丁寧に言い直す。
「ここから町まで帰るのだって大変なのに、こんな怪我までしてるんだよ。それに魔物だって襲ってくるかもだし」
「……せやったらおまえがそいつを町まで送ってやればええやんけ。ここに置いとく理由にはならんやろ」
「ぼくだけじゃ魔物に襲われた時守れないから無理だって。ナイたちついてきてくれるの?」
「…………」
「ほら」
「お前の負けだな、ナイ」
「……チッ」
「あの、私はべつに……」
「いいからいいから、気にしないで。困ったときはお互い様、だよ」
「でも……」
遠慮がちにこちらへと向けられる視線が煩わしい。
もう好きにすればいい。
そういう意味も込めてナイは無言で手を払う動作をする。
「もういいってさ! ナイも許可してくれたし治るまではココにいなよ。それともすぐに帰らなきゃならない用事とかがあったりする?」
「ないけど……」
「あ、もちろん取って食べたりとかはしないから安心して! ナイもリオンも基本的に他人に興味ないし、ぼくは紳士だからね」
ふふんと胸を張りながらそう主張するハリス。
女を安心させようとしているのだろうが、会ったばかりの他人の言葉ほど信頼できないものはないとナイは考える。
いくらこちらが無害だと主張しようが、結局は受け手がどう思うか、だ。
これがナイならどれだけ主張されようが信用に値しないと拒否をするだろう。
命を助けられたという事実はあるが、相手が何を思って助けたのか、どういう人間なのか、信じていいのか、それらは別で考えべきである。
それにしても、チラチラとナイへ視線を向ける女に苛立ちが募る。
何か言いたいことがあるのならばさっさと言えばいいとは思うが思うだけで口にはしない。
代わりに仮面越しに睨みつける。
相手からすればフードと仮面でナイの視線なんてわかりはしないだろうが、気持ちの問題だ。
「…………それじゃあ、お言葉に甘えて。しばらくお世話になってもいいですか?」
目の前にいるハリスでも、近くにいるリオンでもなく、一番遠くにいるナイへと投げられる質問。
それには答えず小さくため息を吐いたナイはそっぽを向く。
「いいってさ、良かったね」
「本当に?」
「うん本当。大丈夫大丈夫。ナイって怖いけど、怖くないからさ。ね、リオン」
「んぁ? まーそうだな。基本的に他人に対してはいつもあんな感じだから気にしなくていいぞ」
「そう、なんですか……」
またもナイへと向けられる視線。
その視線が意味するものは分からないが、ナイにとっては不愉快以外のなにものでもない。
視線を振り払うように立ち上がったナイは拠点の外へと足を向ける。
「ナイ、どこ行くんだ?」
「……」
がちゃがちゃと控えめに鳴る金属音を室内に残し、ナイは外へと出た。
中からリオンとハリスが何かを話す声が聞こえる。
ナイは必要がなくなった仮面を外し、懐へとしまった。
とくに目的があって出てきたわけではないが、今は拠点には居ずらい。
なので適当に時間を潰すためナイは歩き出す。
どこに行こうか考えつつゆっくり坂を下りるナイの背後から聞き覚えのある足音が追ってきた。
「待てよナイ。せっかくだから水浴びしにいくぞ。汚れただろ」
「…………」
なぜ水浴び。
確かに汚れはしたがまだ平気だ。
ナイは抗議の視線をリオンへと送る。
「そんな目をしてもダーメ。ほらいくぞ」
「チッ」
二人分のタオルと着替えを持つ手と反対の手でナイの手首を掴み、引きずるようにして歩き出したリオンの後ろをナイは大股で付いて行った。




