13 喧嘩するほど仲がいい
「ちょいと荒っぽい救出になっちまったが、まぁこの通り嬢ちゃんも無事だったから良しとするか」
「いや無事じゃないからね! すっごく顔色悪いし、気も失っちゃってるから! とにかく急いで止血して、それから薬と包帯に――見てないでリオンも手伝ってよー!」
「へーいへい」
普段ではありえない程に騒がしい拠点内の様子に、条件反射のようにナイの眉間が皺を刻む。
地面に直に寝かせるのが忍びなかったのか、毛布を敷いたその上に少女は寝かされていた。
刺されたであろう脇腹から広がる鮮血が、容赦なく純白の上衣を赤く染めていく。
治療に邪魔な服を遠慮なく脱がせたハリスは、露わになった少女の胸の上にタオルを素早く被せ隠す。
なるべく視界に入れないように気を遣っているのか明後日の方を向くハリスとは対照的に、リオンは特に気にした様子もなく傷口を洗い流していた。
「ナイ、薬使うけど良いよね!」
「……好きにしろ」
特に手伝うでもなくボサッと突っ立ったままのナイが、投げやり気味にハリスに答える。
そのまま入口近くの壁へ背中を付けると、ずりずりと壁伝いに体をずらし、だらしなく座り込む。
普段ならハリスの小言が飛んでくるような行儀の悪さだが、今はそれどころではないのでナイを注意する者はいない。
忙しなく動くハリスの動きには無駄が多い。
反対にリオンの手際はとても良い。
時折リオンの手元から小さく光が漏れる。
おそらく治癒魔法でも使っているのか。
ナイも使われた事があるので多分あっているだろう。
悪魔と治癒。あまりイメージが結びつかない。
ナイの中ではどちらかといえば天使のイメージが根強い。
いつも治療されてきたからだろうか。
嫌な記憶を思い出しかけたナイは頭を軽く左右に振り思考を切り替える。
リオンによれば、治癒は天使の十八番らしいが、べつに天使の専売特許ではないとのこと。
使い手は天使ほど多いわけではないが、悪魔も含め、他の種族にも治癒術自体は存在するようだ。
てきぱきと治療を進めていくリオンと、わたわたと手伝うハリスをナイはぼんやりと眺める。
そしてナイの視線が自然にその奥で横たわる少女へと移った。
少女の黄色い髪は以前見たような輝きは持たず、土埃で汚れている。
本来なら可愛いらしい顔立ちをしているだろう表情は、今は苦痛で険しく歪められていた。
きつく閉じられた瞼で瞳の色は伺えないが、きっとその下の瞳は綺麗な色をしているのだろう。
以前町で見た時に顔も見ている気がするが、記憶を探っても思い出せなかった。
あくまでナイが気になったのは少女の着ていた服で、少女自体ではなかったのが原因か。
そんなことをぼんやりと考えていたら手当てが終わったのか、リオンが少女に服を着せていた。
血で汚れた服だが、はだけたままよりマシだろう。
さっさと後片付けを終わらせたリオンが、あとのことをハリスに任せナイの隣にやってくる。
「よっこらしょ」
「……」
断りもなく、どかりとナイの隣に腰掛けた悪魔は、聞いてもいないのに勝手に少女のことを語り始めた。
「出血が酷かったがなんとかなったわ。怪我もほぼ治したしもう大丈夫だろ。あとは目を覚ますのを待つだけだ。良かったな」
「……」
「あの嬢ちゃん多分だがクソジジイんとこの巫女だろうな」
「…………クソジジイ?」
「俺らの世界には龍の神で水を司ってる偉いやつがいんだよ。そいつのこと」
「知り合いなんか?」
「いや、べつに。ただの顔見知りっつーだけ」
「ふーん」
「んで、あの嬢ちゃんが着てる服と同じようなのを、そのジジイの周りにいた女どもが着てたような? 多分だけどな」
「へー」
顎に手をやり記憶を辿りつつ話すリオンに、雑な相槌を打ちながらナイは思う。
(やっぱり地球からじゃないんか)
別の惑星にも和服みたいなものがあるんだなと、そんなくだらないことを考える頭とは別に、心がざわつく。
上手く言語化できないもやもやした気持ちが気持ち悪く、ナイはもたれていた壁から背中を起こし、ゆっくりと立ち上がった。
先程と違い穏やかな寝息に変わった少女を一瞥したナイは、杖を手に取り外へ向かう。
そんなナイにリオンから声がかかった。
「どこ行くんだ?」
「…………さんぽ」
「んじゃオレも行くわ。ハリス、オレら散歩行ってくるからあとよろしく。それと、大丈夫だとは思うが一応警戒はしとけよー」
「え? あ、うん。わかった。行ってらっしゃい、気を付けてね」
とくに返事をするわけでもなく、ハリスの見送りの言葉を背にナイは外へ出る。
太陽の光を遮るように、しっかりとフードを被るナイ。
その後ろからいつものようにリオンが付いてくる気配を感じつつ、拠点の丘から坂を下り目星をつけた場所へと足早に向かった。
(多分、このへんやと思うんやけどな……)
早々に目的地へと辿り着いたナイは素早く視線を巡らせ周囲を探る。
すると岩陰に目当てのものらしき影を見つけたナイは戸惑うことなく覗き込んだ。
そこには人間のものと思われる残骸がぽつぽつと散らばっていた。
「……」
「んー。やっぱスライム達が食い散らかしてんな。ほぼ残ってねぇじゃん」
スライムは雑食でなんでも食べる。
捕食した相手を体内の酸で溶かし己の血肉とする。
人間の場合、肉はもちろん、服や装飾品なんかも普通に溶かし養分とする。
なので食い残し以外は残らない。
今ナイ達が見ているのはそのスライムの食べ残しだ。
誰かの手――肉があまりついてないので、あののっぽのものだろう。
誰かの臓物――判別不能。
誰かの足――筋肉質な足を見るに、あのがっちりした男のものだろう。
足しても一人分にも満たないバラバラのパーツが、少しばかりの血の海に浮かぶ。
それらを無感情な目でざっと眺めたナイは、死体やその周囲にも視線を走らせる。
そして自らの目当てのモノが無いとわかると途端に興味が失せ、その場から立ち去った。
リオンも特に何も言わず、ナイの後ろを付いてきた。
来た時よりも時間をかけてゆっくりと拠点への道を戻るナイ。
その背中へ独り言のような声が投げられる。
「無かったな」
「……べつにうちはあいつの召喚石なんて初めっから探してへんし。ただいつも通り金目のもんがないか見にきただけやし」
「オレはべつに召喚石のことだとは一言も言ってねぇけどなー。そうかそうか。ナイは召喚石探しにきてやってたんだなー。優しいなー」
「…………」
ぴたりと足が止まる。
背後から漏れ聞こえる笑い声にナイの心中は穏やかではない。
何故だろう、無性に腹が立つ。
「おー怖っ」
肩越しにリオンへ睨みを入れるが、絶対に怖がっていないだろう声音がさらにナイをイラつかせた。
「……」
「ククク」
なかなか戻ってこない二人を心配し、拠点の外で待つハリスの目が坂を登ってくる二人の人影を捉えた。
「あ、ようやく帰ってきた! 二人ともおかえ――どうしたの!?」
拠点へと戻ってきたナイとリオンを出迎えたハリスは二人の姿に驚愕する。
二人ともいたるところから血を流し、怪我をしていたのだ。
散歩をしてくると言って出て行った二人だが、何故こんなにもボロボロになって帰ってきたのか?
魔物に襲われたのだろうか?
しかしこのあたりに二人が苦戦するような魔物はいないはず。
ならば、あの少女と一緒にいた連中?
スライムごときに勝てなかった人間にあれほどの怪我をさせられたとは考えにくい。
ならばなぜ?
さまざまな疑問がハリスの頭をぐるぐると駆け巡っては消えていく。
「本当に何があったの? 襲われたの? 大丈夫?」
「……べつに」
「気にすんな。それより嬢ちゃんはどうした?」
「むー。一度目が覚めたあとまた寝ちゃったよ。その時ちょっと話したけど、怪我は平気だから心配しなくても大丈夫だって。あと、助けてくれてありがとうって言ってたよ!」
「そうか。良かったな」
「うん! ぼくからもありがとうリオン!」
「どういたしまして」
「ナイも! ありがと!」
「…………うちはなんもしてへんし」
「そんなことないよ、だから、ありがとう!」
「……」
ハリスを見ていたナイの視線が不自然に逸らされたかと思えば、すぐさまフードを目深に被りなおした。
そんなナイの姿を見たハリスはさらに笑顔になる。
三ヶ月一緒にいた経験から、ハリスにはこれがナイの照れ隠しなんだとわかったからだ。
「……ハリスには素直なんだな」
「黙れ」
言葉と同時にナイが杖を後ろ手に突き刺した。
背後にいるリオンの位置を確かめもせずに繰り出されたそれは、的確にリオンの胴体を狙う。
しかしリオンも軽く体をズラしてあっさりと避けた。
そして不満そうにナイを見る。
「なんやねん」
「べつにー」
その二人のやりとりになんとなく二人の怪我の原因に思い当たったハリスは、まさかという思いが強く驚きで大きな声を出してしまった。
「もしかしてその怪我って喧嘩!?」
「……ふん」
「オレは悪くねぇぞ。ナイが勝手に怒って襲ってきたんだ」
「リオンが悪い」
「ナイが先に手を出した」
「リオンが先に――」
今までのナイならめんどうだと、どうでもいいと言って手を出すようなことは無かった。
なにかがあっても舌打ちをして睨むくらい。
リオンがからかったり、怒らせたとしても、喧嘩にはなりえなかった。
なのに、それが起こった。
そして、二人が喧嘩をしたということ以上に、凄まじい衝撃の事実に気付いてしまったハリスは無意識に声をあげる。
「ああああー!」
行儀悪くも二人に指を突き付け、力の限り叫んだ。
突然のハリスの叫びに言い合っていた二人は口論を辞め、そろって耳を塞ぐ。
「うるせぇな、突然なんだよ」
「まじでうるさい……」
非難じみた視線を送ってくるリオンと、避けれなかった爆音の衝撃を逃がすかのように左右に軽く頭を振るナイ。
そんな二人からそろって睨まれても今のハリスには些細な事。
何故なら――
「今、ナイ……リオンのこと名前で呼んだ……」
「ん? 言われてみれば呼んでたな……」
「……あー? それがなんやねん?」
「…………るい……」
「あ?」
「ずるい!!!」
「ッツ!!」
「うるせー」
「リオンだけずるい! ぼくだってナイに名前で呼ばれたい!」
「……は?」
「いや駄目だ。ハリスはオレよりずっとあとからナイにくっついてきてるんだからまだ早い」
ハリスの眼前にリオンの大きな手のひらがかざされ静止を受ける。
それを無理矢理どけると、うんうんと一人頷くリオンの勝ち誇った顔が見えた。
「なんでだよー! リオンばっかりずるいじゃない! ナイと喧嘩までできるようになってさ! 仲良し! ずるい!」
「だからそれはオレがそれだけナイとずっと一緒にいて勝ち取った信頼の証ってやつで――」
「むー! 仲良くなるのに時間は関係ないでしょー! ぼくだってナイと――」
「おまえら何言ってんねん」
「『ナイは黙ってろ〈て〉!』」
「…………はぁー。しょうもな」
「あの、お取込み中、申し訳ありません……」
 




