11 三人の日常
人で賑わう市場でさっさと必要なものを買い終えたナイは、人通りが少ない場所へと移動し、そこにあったベンチへと座り込む。
(疲れた)
左隣にはリオンがどかりと座り、いつの間に買ったのか飲み物を三つ手にしていた。
そのうちの一つをナイに差し出してきたので、それを受け取り喉を潤す。
口いっぱいに広がる甘い果実のうまみと、さっぱりとした喉越しがナイの精神的に疲れた体を癒すように全身に染み渡った。
(甘くておいしい)
「ねぇ二人とも。これ全部ぼくの鞄に入れちゃうけどいいよね」
「……おぅ、頼むわ」
「……入るのか?」
「大丈夫!」
そういってハリスはリオンの隣へ背負っていた大きな鞄と先程買ったばかりの荷物を下ろし、大量の食材や雑貨などを詰め込んでいく。
リオンもそれを手伝い二人でせっせと荷物を詰めるのをナイはただ眺めた。
さほど時間もかからず全ての荷物を詰め終えた二人は改めてベンチへと腰掛ける。
鞄は地面へと下ろし、代わりにハリスがそこに腰を落ち着けた。
一つのベンチに腰掛ける三人。
左からナイ、リオン、ハリス、地面に鞄。
正直狭い。
リオンが無駄にでかいので場所をとるのもある。
ベンチは他にもあるので分散して座ればいいのになぜ一つのベンチに固まるのか?
ナイは仮面越しに二人を盗み見る。
リオンがハリスへと飲み物を渡しているところだった。
嬉しそうに受け取ったハリスは一気にそれを飲み干した。
「甘くておいしぃー。ありがとリオン」
「おぅ」
やはりこいつは世話焼きなのだろうか?
子供の世話を焼く母親のようだと思ったのは間違いじゃない気がする。
そんなことを考えていたらリオンがナイへと視線を向けた。
一瞬心を読まれたのかと思ったが、そうではないらしい。
少しばかり焦った心をごまかすように前を向いたナイは口を開く。
「――――」
「おぅ」
ぼそっと、本当に聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で、リオンへ礼を告げたナイの声は無事にリオンに届いたようだ。
最近では――ナイから話しかける事はあまり無いが――二人と簡単な会話くらいはするようになったナイ。
完全に心を開いたわけではないが、ハリスもリオン同様ナイの意見を無視して我を押し通すようになってきたのだ。
なので以前のように無視しようものなら大変なことになる。
というかもうなった。
以前ハリスの忠告を無視し、食事を放置して本を眺めていたら、怒ったハリスに無理矢理口に突っ込まれた事がある。
それからは一応返事だけではなく、きちんとコミュニケーションをとるようにナイは気を付けている。
初対面の時のおどおどしていた子供は、いったいどこに行ってしまったのだろうか。
たった三か月あまりで、こんなにも変わってしまうのだろうか。戻ってきてほしい。切実に。
自分の事を完全に棚に上げたナイは無意味な事を考える。
いったい誰に似たのか?
間違いなくあの赤毛の悪魔だろう。
ハリスはやけにリオンになついている。
だから真似をするのだろうが、ナイからすればたまったものではない。
あれが二人になるのはごめんだ。
ナイはそっと小さなため息を吐く。
人間嫌いのナイは自分から町へと行くことはほぼない。
リオンと二人だけの時も数えるほどしか行くことはなかった。
しかしハリスという存在がついてくるようになって、そうもいっていられなくなった。
初めのうちはとくに気にしておらず、いつも通り過ごしていた。
そして三日ほどが経過したころに、リオンがナイへと言ったのだ。
「なぁナイ。そろそろ食料調達しないとハリスがもたねぇぞ」
「ぼ、ぼくはだいじょうぶ! へいきだよ!」
「そんな腹鳴らしながら言われても説得力ねぇぞハリス」
ハリスへと視線を向ければ確かに元気がなさそうに見える。
それに時折聞こえていた獣の唸り声のような音はハリスの腹の虫だったのかと、今更ながらその可能性にナイは思い至った。
自分が食事がほぼ不要の存在になったので忘れていたが、普通は一食食べないだけでも腹は減るのだ。
ハリスは食べなければ弱って、最悪死ぬ。
だからそれからは嫌々ではあるが、時折こうして町へと食料調達に来ることになった。
なぜだ。
できるだけ回数を減らすためにと、一回の買い物の量が多い事も悩みの種だがもう一つ。
金の問題だ。
今までさほど使わなかったのでまだ平気だが、今後は金銭の入手方法も考えないとまずい。
野生の動物を狩って食べても良いが、ナイには解体の知識がない。
自分で食べるわけでもないのにそこまで労力を割きたくもない。
そもそも外にはただの彷徨獣や、繁殖し魔物と呼ばれようになった彷徨獣がいる関係上、あまり野生の動物というのがいない。
いても凶暴な大型の熊や狼に似た動物などで、ナイの知る兎や鹿などは見かけたことがない。
そして、そういった大型動物は人がいないような森の奥などに生息しているし手軽な手段ではない。
(別にほんまに盗賊になって積極的に人間からカツアゲしても良ぇけど、ハリスがうるさいしな。いやでもその後がいろいろめんどうやし……はぁ、まーじでめんどくさ)
そもそもなぜ自分がこんなことを考えないといけないのか?
定期的に金が必要なのはハリスであり自分ではない。
事実、ハリスと出会うまではさほど必要がなかった。
実にめんどうくさい。
町に寄る場合、ナイは仮面をつける。
ナイの目を見て怯えた反応を見せる人間どもが不愉快なので、以前別の町で買った仮面を装備するのだがそれが結構めんどうくさい。
いちいちつけたり外したりがめんどうくさい。
なによりも、視界が悪くなるのがナイの気に障るので、できればつけたくないというのが本音だ。
しかしそうはいっても利用価値があるのも事実。
致し方ない部分もある。
ハリスは自分で言っていた通り、力が強く荷物持ちには最適なのだ。
それに最近ではリオンに戦闘の手ほどきを受けて戦えるようにもなってきた。
まだまだ弱いが、そのへんにいる雑魚の魔物くらいなら一人でも倒せるレベルにはなってきたとリオンが言っていた――気がする。
だから仕方ない。
リオンもハリスも使えるうちは使いつぶしたい。
嫌になれば勝手にいなくなるだろう。
そうだ。それでいい。
何度同じ疑問を抱いたのか。
そして何度同じ答えに辿り着いたのか。
問題の先延ばしをしているのはわかっているが、この世界の知識が偏っているナイには良い問題解決手段が思いつかないので仕方がない。
リオンもハリスもおそらくナイとどっこいどっこいの良い勝負だろう。
思考の海から戻ってきたナイは、残っていたジュースを一気にあおる。
そして空になった紙コップを潰し、近くのゴミ箱へと投げた。
「外れたな」
「外れたね」
「……チッ」
面倒なのでそのまま放置しようとしたが、ハリスからの抗議を受けてしぶしぶ立ち上がる。
その時についでとばかりに二人の空になった紙コップを笑顔で押し付けられたナイは、苦虫を百匹は嚙み潰したような顔で受け取り、自分の分と一緒に乱暴にゴミ箱へと投げ捨てた。
「あ、待ってよナイ!」
「そんな怒んなよ。怖い顔がさらに怖いぜぇ」
そのまま歩き始めたナイのあとを二人が追いかけてくる。
ざりざりと地面を引きずる杖の耳障りな音と、声変わり前の少年特有の高い声。
そして成人男性の落ち着いた低い声は、やがて賑わう雑踏の音に紛れていった。




