10 ナイ
偶然立ち寄った森の中をあてもなくふらふらと彷徨う化け物、ナイがわずかに眉を顰める。
理由は明白。
半年ほど前からナイのあとを付いてくるようになった悪魔だ。
今日も今日とて一人でぺらぺらと良くしゃべる。
独り言ならナイには関係がないので聞き流すだけなのだが、いつも何故かこちらに話しかけてくる。
返事を返さなくても一人で勝手に話を進めていくし、返事をしないのを良い事にナイに関する事なども勝手に決めて実行に移すこともある。
ナイにとって害がある人物ではないのはこの半年あまりでわかってきたが、如何せんこの悪魔の好きにさせておくと面倒が増える。
特に無駄に構われるのが結構面倒くさい。
最近は簡単な返事をするようにしているが、内容を無視されることも多い。
こちらも無視をしているのでお互い様な面もあるが。
ナイは肩越しに悪魔へと視線を向ける。
すぐに気付いた悪魔はナイと視線が合うと、ヘラっとした笑みを浮かべて首を傾げた。
「どうした?」
「……」
特に用事もないのでそのまま視線を前へと戻すと、また一人他愛ない話をしはじめた。
この男が何をしたいのかナイにはよくわからない。
出会った当時はここまで関わってくるようなやつではなかったはずだ。
よくわからない理由でついてきて、つかず離れずの距離を保っていた。
しかしどうだ。二月もしないうちにナイの世話を焼き始めたかと思えばこれだ。
余計なお世話だと言っても、迷惑だと拳を振るってもやつは気にせず、むしろ躍起になって世話を焼いてくる。
「お前はうちの母親か?」と思わず口に出してしまったナイは悪くないだろう。
そして、その時の悪魔は実に笑える顔をしていた。
あの悪魔は戦闘時においてはとても使える。
なのでナイに危害を加えないうちは、使えるうちは好きにさせようと思っていた。
だが、あの顔を見てからは少々気が変わった――ような気がする。
口うるさいのは嫌だし、世話を焼かれるのもうっとうしいが、前ほど悪魔に、リオンに嫌悪感を抱かなくなった。
隣にいるのも、後ろにいるのも、リオンに『ナイ』と呼ばれるのも、それが当たり前になったことに気付いた時は衝撃を受けた。
しかしそれもまた別にどうでもいいことかとナイは考える。
ナイは人間は嫌いだが、召喚獣は別に嫌いではないのだ。
なぜなら同族だから。
この半年あまりのナイの行動はシンプルだ。
ほぼ町の外で寝起き。
時々出くわす盗賊達を返り討ちにし、逆に身包みを剥いだりもする。
クズらしき召喚師を見かけたら血祭にあげてみたり。
ごくたまに町へと寄ってみたり。
昔の自分が今の自分を見たら卒倒しそうだが、この環境に染まってしまった今のナイは正直何も思わない。
やっていること自体は召喚師の管理下に置かれてからあまり変わっていない。
むしろ首輪の苦痛にさらされなくなっただけ、現状の方が充実しているともいえる。
ナイは召喚師が嫌いだ。
だから召喚師がいたら殺したいと思う。
しかしながら自由になって初めて知ったことがある。
それは召喚師と召喚獣がそれぞれいい関係を築いている場合があるという事だ。
というよりむしろ友好関係の方が多いのではないかと思い始めた。
なぜならそれぞれが笑いあっていたり、楽しそうにしていたりするのを何度も見たからだ。
この世界の召喚師は皆クズだとナイは思っていたが、本当はナイが召喚された地域の召喚師たちだけが飛びぬけてクズだったのかもしれない。
だからといって好きにもなれないし、やられたことは忘れられない。
関係ない大多数の召喚師にとってはとんだとばっちりであろうが、うっすらすべての召喚師が嫌いであることに変わりはない。
道から外れた獣道を二人は歩く。
その時ナイの耳が人の声を拾った。
「あー。ナイの嫌いな人種がいるなぁ」
後ろにいるリオンにも聞こえたようでそんなことを呟いた。
まだ遠くだが、耳が良くなったナイにははっきりと聞こえる。
男の声だろう罵声と殴打の音、そして謝罪する小さな声にナイの気分は急降下した。
――ガリガリガチャ。
今まで歩いていた進路から声の聞こえる方へと足を向ける。
リオンも当然のように追従する。
やがて見えたローブを羽織る痩せぎすの男と、緑の髪を持つ獣人の少年の二人組。
ナイは自らに芽生えた不快感を拭うべく、男へと近寄った。
「あーくそ。このままじゃ今日は野宿かよ。せめてこの森を抜け――あ? なんだ、テメェ?――」




