総務課員・滝畑美穂
黒森美穂についても紹介しよう。
彼女は既婚者で、入社当時の姓は滝畑といった。滝畑は平凡な家庭で高校までは公立学校を出て、飛び級も留年もすることなく、大学は文系学部を4年で卒業するなど飛びぬけたところのないコースをたどってH工業に入社した。
滝畑は入社当初、総務課に配属された。彼女はここで外部からの電話窓口の仕事を日替わり当番でやる。彼女は学生時代から秘密結社や活動家団体、圧力団体などを好んで調べていた。国内外問わず、グリーンピース、スカル&ボーンズ、敬天会などをである。就職が決まって以降は、国内団体を中心に反社会団体や政党とのつながりも調べるようになった。そして、入社後の電話応対でその成果を発揮した。
ある日、デモや抗議活動を盛んにやることで知られる団体から電話が入った。他の人であれば2時間以上取られ、課長ないしは部長と代われと言われ、さらに長時間陳情や苦情、要求など並べる形で疲弊のもとになるのだが、今回は滝畑が応対に回ると相手の所属と名前を聞くことに始まり、相手の話を一通り聞いたところで、
「ところで、そちらの団体様は○○党の支持をされていますね。弊社の労働組合も○○党支持で組合費という形でお金納めているんですけど、そのことはご存知でしょうか?」
から始まり、
「○○党本体の方に、同じ支持者のいわば仲間といえる会社にたかりや業務妨害とも受け取れる活動を行っている団体があるのですがと通告してよろしいですか?」
や
「いっそのこと、弊社の組合に、党支持団体の組織脱退を申し入れて党に入るお金を止めますか?割合にしたらごくわずかでしょうけど。それでそちらに渡すものを工面しましょうか?」、「あるいは、両方やって、世間にも公表して信を問うた方がよろしいですか?」と次々に反撃に出た。
相手は狼狽えつつ、苦し紛れに「やれるものならどうぞ。その代わり、痛い目見ても知らんぞ」と言い捨てたが、それにも滝畑は「ああ、言い忘れてましたけど、今の電話は最初から録音してます。長時間の拘束による威力業務妨害と今の台詞による脅迫。証拠要件はそろいましたので。失礼します」ガチャ
電話を切った後、滝畑はただちに録音データ持参で総務課長と労働組合幹事の元へ報告に行った。その後、両者の許可を得て同じ上部団体に属する組合を持つ他社に、今回の一連の流れを伝えていった。
組合として上部団体脱退の動きはなかったが、その後は各団体からの電話やメールは激減し、○○党からも謝罪と見舞いの連絡が入った。
滝畑は総務課の能率を上げて皆を救ったのだ。その後に結婚し、4年後、浦山機関が社史編纂室に設置された際に成果を買われる形で創立メンバーに名を連ねることになる。彼女は「管理にかかわるコストや損失を減らす」ことを目的に採用された。
黒森の新しい所属先は書類上秘書室扱いだが、彼女の場合は秘書室にデスクを置いていない。ただ、秘書室のメンバーとはあいさつの他、気になる個人・法人の話を聞いて自分の調べの材料とした。その結果報告が秘書室を通じて各役員・各部署にフィードバックされ、会社の企業活動の助けになる。その流れが常になっていった。
さらに4年後、黒森にとって大きな転機となる後輩が入ってきた。天才児の池原悠である。彼女は某国立大学理系学部に飛び入学で入り、囲碁、将棋、チェス学生チャンプをやりながらストレートで卒業して入社してきた。色々と次元も方向性も異なる人材であったため、黒森としては教育担当につく自信はなかった。
黒森が誇れるのは趣味を兼ねた仕事の調査と、言葉を選び選んでしゃべることだけだと思っていたので、後者のスキルを最大限に使って自分や部署に慣れてもらうことに腐心しよう。と考えた。結果は先述の通り、池原もまた「不快感を与えたくない」と考えていたため、お互いに気を使いつつ距離感測りつつ、最終的に池原は黒森に懐くに至る。
時々、自分の仕事で見つけたお互いの領分にかかわる記述など情報交換もした。池原はたびたび、役員に呼ばれて囲碁、将棋、チェスの相手がてら雑談をしに行く。それが終わって戻ってきたとき、黒森の目には表情を出さない池原が疲れていることをしばしば読み取った。その度に甘いお菓子を手に労いに行くのだが、いつしかその時に抱きつかれたりそのまま尻を揉まれるようになった。黒森は友人とのじゃれ合いという形でボディタッチやスキンシップの経験がないではなかったが、池原みたいなだだ甘な例はなかった気がする。しばらく動悸が止まらなかったし、池原に抱きつくなどされた晩は、夫との営みがえらく充実した。黒森は戸惑いを覚えつつ、池原にやめるよう強くは言えなかった。




