池原悠その2
「おはようさん。えーと...」
浦山が出社したのち、PCを眺めていた池原に声をかけた。
「池原くん、すまんが今から将棋の相手、してんか?」
「・・・・・・わかりました」
「頼むわ。高やん、ワシはしばらく、会長室の方におる。電話とか客はワシから言うまで待たすか後で折り返す旨伝えるかしてくれ」
「かしこまりました」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
会長室で浦山が先手、池原が後手で将棋を始めた。しばらく沈黙の中で互いに駒をさしていったのだが、
「・・・・・・・・・・・・池原くんに1つ、聞いてもらいたい話がある」
「・・・・・・はい」
「キミはここへきて1年以上が経った。俗にいうスパイの用語も覚えてきていると思う。ヒューミントという言葉はわかるか?」
「・・・・・・大ざっぱですが、人と人との対面による情報収集という認識はあります」
「そうや。・・・ワシはそれに適した人材が欲しくて、ある男にアタリをつけた。彼は今営業にいてるんやが、営業成績自体もさることながら、活動で得た情報で同僚の成績を持ち上げている話で有名らしい」
「・・・・・・・・・・・・」
「今すぐにでもこちらに呼びたいところやが、なんぞおさまり悪くてな。こう、違和感いうかもやもやが消えないんや」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・何かがあかんのや・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・室長、その違和感について、私なりの考えをお話ししてもいいですか」
「・・・・・・聞かせてくれ」
「・・・・・・いまお話に出た彼は、営業担当としての立場が、身動きして客先に会える源です」
「・・・・・・その通りや」
「この将棋で例えたら、その人は桂馬かもしれません」
池原は少し前に浦山から取っていた持ち駒の桂馬を手に話した。
「彼は色々な動きをして、情報を我々にもたらしてくれています。・・・・・・しかし、本来の持ち場を離していきなり違うところに置いたとき、彼がうまく働けなくなる可能性を無視できません」
ぱちり。池原は敵陣二段目のマスに、手に持っていた桂馬をさした。
「桂馬をいきなりこんなところに置いたら、身動きできません。それどころか、置いたわたしは禁じ手を使ったものとしてルール上は負けになります」
「・・・・・・・・・・・・彼を異動さしたら、あっという間に使いもんにならなくなるいうことか」
「・・・・・・おそらく」
「・・・・・・わかった。その点については今一度考え直す。ワシの用はしまいや」
「・・・・・・お聞きいただき、ありがとうございます。久しぶりにお話しできて楽しかったです」
「こちらこそ、悩みを聞いてくれて助かった。おおきにな」
池原が社史編纂室のデスクに着くと、黒森が個装タイプのチョコレート菓子を持ってやってきた。
「疲れが顔に出てるよ。これでも食べて」
「・・・・・・美穂さん」
「会長相手に2時間以上は、いくら悠でも疲れるでしょ。よくやったわね。えらいえらい」
黒森は池原の頭を撫でながら言った。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・?どした?」
「美穂さん、両手を身体から離してもらえますか?」
「え?こう?」
黒森が両腕を上げてすぐ、池原は黒森に抱きついた。黒森は驚いたが、右手は池原の頭に、左手は背中にやってなだめた。
「・・・・・・・・・・・・美穂さん、ありがとう」
「いきなりはびっくりするわよ」
「ごめんなさい」
「まあ、たまにとか時々ならいいわ。甘えてちょうだいといったのはこちらなんだし。ただ・・・・・・」
「?」
「お尻をもむのはやりすぎや、アホ!」
近くにいた高瀬は飲んでいたお茶を噴いて咽せていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「いや、そんな「どうして?」みたいな顔しない!他の人のいるとこで卑猥な真似はあかんやろ!」
「・・・・・・・・・・・・美穂さんのいけず」
「悠、あんた見かけとは違ってクールからほど遠いわね」
「・・・・・・・・・」




