営業二課課長補佐 白石徹
三年後、20xx年7月某日 H工業本社営業二課(法人営業担当)
白石徹は大学新卒よりH工業に入社し、12年営業畑を歩いてきたベテランである。彼は契約額の数字は上の下といった順位だが、営業で回った客先から仕入れた情報が他の営業部員にもたらした利益も多いため内部ではトップクラスに重宝される存在である。この日も正午前に外回りから帰社したところ、課長の伊良原から呼び止められた。
「イトシロさん、昼休みはいる前にちょっとこちら来てください」
「はい」
白石は、新任先の上司であった徳山(現:営業戦略担当本部長)から「イトシロ」のあだ名をつけられ今ではその呼び名が広く浸透していた。
「先輩が出た後、人事部長から呼び出しの電話がありまして、昼過ぎまでいるから戻ってきたら来るように伝えろと言われたんですよ・・・もしもし、営業二課の伊良原と申します。小河内部長はご在室でしょうか?・・・はい、では、課長補佐の白石が戻った旨お伝えください。今からそちらに向かわせます。はい、失礼します。・・・そんなわけで、昼休み前にもう一つ行ってきてください」
「了解、ありがとう。人事部長からの呼び出し・・・はて」
白石はフロアの移動をし、人事部に入った。
「すみません。営業二課の白石と申します。小河内部長と面会をお願いしたいのですが」
「伺っております。どうぞこちらへ。・・・・・・小河内部長、白石課長補佐をお連れしました」
「突然の呼び出しですみませんね。小河内です。白石営業二課課長補佐、貴方の噂はかねがね聴いてますよ」
「失礼します。こちらこそ、お待たせしてすみません。人事部長から呼び出しというのは聞いたことがないのですが、何か重大な案件とかあるのでしょうか?」
「うん、ここでは詳しく話せないので場所を変えましょう。なに、貴方の評判聴いた限りでは今回の話は傍から見る分には興味深いことになると思うんだ。当事者としては不安しかない話で申し訳ないんだけど、今回の件は人事部として直接には絡んでいない。私も単なる連絡役として動いている。私から話せるのはこのくらいだ」
小河内と白石は連れだって移動をし、到着したのは表札のない一室だった。小河内はノックをして入室した。
「失礼します」
「お入りください」
「室長、営業二課白石徹課長補佐をお連れしました」
「ありがとう。御二方、そこにお掛けなさい」
「「失礼します」」
「白石さん初めまして。私は社史編纂室室長の浦山圭二いいます」
「は、浦山室長。初めまして白石徹です」
部屋の中にいたのは定年を過ぎた老年の男だったが、よくよく見ると不思議な風体だった。坊主頭だが、かつらのようであったし目頭近くには眼鏡の鼻当て跡がくっきり残っているため、普段は眼鏡を着用する人なのだろうかと考えた。
「では、率直にお話しします。白石さんには来月からしばらく営業の仕事をしつつ、営業活動で得た情報を社史編纂室に送ってもらいたいんです」
(・・・この男、どこかで見覚えがある。人事部長が丁寧な態度をとっているのを見ると、重役クラスなんだろうが、写真では見覚えのない人物だ。でも、初めて会った気がしない・・・本当は髪の毛があって眼鏡を常用している重役・・・)
「その前に、社史編纂室について詳しくお話しいただいてもよろしいですか?浦山室長。・・・・・・いえ、黒部会長ですよね?」
「・・・・・・私が黒部陽一会長ですって。けったいなことを言うてくれるね。そう思った根拠、聞いておこか」
「はい。私は、社に務め始めてから10年余りたちますが、役員経営陣の顔は定期的に見直して突然の訪問などに備えております。浦山室長、頭のかつらはあからさまですし、鼻の頭の眼鏡跡もわかりやすいです。一番の決め手は、耳の形が私の記憶する会長のそれと合致しています。いくら変装や整形しようにも、耳までいじる例はあまり聞きません」
「・・・まあ、合格やな。では、会長として白石君。君に辞令を伝える」
「はい」
「君を営業部のチーフストラテジスト職につけるものとし、待遇は次長級とする。仕事内容は、これまでやってきた仕事に社史編纂室へ向けて情報を送ることが加わる程度や」
「・・・・・・」
「次に社史編纂室についてやが、ここの実態は社の情報機関なんや。そして、その実態を知るものは秘書室と、各部課の課長級以上の社員・役員に限定している。平社員には扱えないレベルの情報やらなんやらが飛び交っているからな。だから君を、現在の補佐から階級を引き上げるいう話や。以上が、今日来てもらった話なんやが、どうする?」
「情報を送る方法は特段に決められているのですか?」
「ああ。社内メールは使わず、こちらで用意した書式の紙ベースで持ってきてくれ。それか、秘書室の人間使ってくれても構わんから電話で別の場所に呼び出して渡すとかな」
「わかりました・・・・・・・・・わかってないところもまだあるとは思いますが、依頼と辞令は、」
白石は営業二課にいったん戻り、伊良原に声をかけた。
「課長、少し二人でお話しできますか」
「わかりました。喫茶店行きましょう・・・イトシロさん、人事部長は何と?」
「俺に辞令と社史編纂室から特命の打診が来た。室長とも顔合わせが終わって、とりあえず来月からやることになった」
「社史、編纂室ですか・・・」
「ああ」
「わかりました。同期や後輩から少しだけ社史編纂室についてうわさを聞いているのですが」
「ああ、何と?」
「あそこは、俺たちが入社した時のような追い出し部屋ではなくなってます。それどころか、凄腕のスパイが集まる情報機関だと陰では恐れられているようです」
「はっ!?スパイ機関って・・・えっ?」
「どうもそれが、3年前に社長が交代してから会長肝いりで社史編纂室に人材が集まり始めたとかで」
「そうか。スパイ機関と噂されている所のことだ。俺もさっき室長から話聞くまで知らなかったが、実態は各部課の課長級より下には伝わらないように緘口令が敷かれているそうじゃないか。これ以上は、もっと内密にやらないとやばいぞ」
「ということは先輩、昇格も伝えられたんですか?」
「机とか移動なしでチーフストラテジスト職につけるんだと。待遇は次長級だそうだ」
「営業の客先引継ぎとか、必要ですか?」
「いや、それについてはこれまで通り変わりなくていい。ただ、たまに他の営業部員の営業について行って客先から話を聞くなどして来いとは言われた」
「わかりました。こちらの課の仕事は特に変わりなくやっていただくということで」
「ああ」




