ようこそ学園島へ!
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翌日、朝。時刻はもうじき八時になるという頃合い。
制服姿の学生が思い思いに校舎目指して歩く、いわば登校の風景。
「――ってな感じのことがあってな」
「へえ……」
その中に、虎丸桃児の姿もあった。周囲と同様の男子制服姿で、同じく学校指定の学生鞄を担いで歩く彼は、その隣を行く少年に、昨夕到着早々にあった出来事を話し聞かせながら歩いている。
「学園の生徒が問題起こしたって噂は流れてたけど……そっか、トラもそれ、見たんだ」
「まぁな」
ちなみに話したのは“魔法使い”同士の喧嘩に遭遇したことだけで、それを諸共殴り飛ばして止めたことまでは言っていない。喧嘩の仲裁、といえば聞こえはいいが、実情はたんに連中以上の暴力を振るっただけ。転校早々わざわざ自分の印象を悪くすることもない――それくらいの分別は桃児にもあった。
「なら驚いたんじゃない? 力に無自覚で、“魔法”自体にも今まで触れてこなかったって話だし」
「そりゃ、多少は。――あぁそだ、“魔法”っつーのはみんなあんなスタ○ドみてぇな感じなのか?」
「ス○ンドって……まあわかるけど。断っておくと、全員が全員そういう、まんまな感じではないかな」
「そうなんか」
ところで、桃児を「トラ」と呼ぶ少年は、名を巻島竜吾という。
寮の相部屋同士となった学園の男子生徒で、通うクラスも同じということもあり、せっかくだしとこうして共に登校している。
「しっかし話にゃ聞いてたが、こーして見っとホントに男少ねぇんだな」
「まあ、そうだね。魔法の発現は女のほうが多いわけだし」
「……てかリョーゴお前、なんかキャーキャー言われてね?」
「そこは気にしないでもらえると。こんな顔だと、どうにも人目を引くらしくて」
なんとなく周囲を見まわし、つい見たままを口にする桃児はやや呆れたような顔。
ついでに気づいたことも隣へ問う。十人が十人、美少年と断じるだろう容貌を持つ竜吾。その手の話は言われ慣れている、といった風情の彼の返しは、持つ者なりの苦労をそこはかとなく感じさせた。
「というか、トラもトラで結構注目されてない?」
「……みてぇだ、な」
そんな竜吾の指摘に、今度は桃児が若干渋い顔になる。
道行く生徒の視線が竜吾だけでなく自分にも向いているのには、彼も気づいていた。加えて「王子の隣にいるヤツだれ?」だの「っていうか、あんな生徒ウチにいたっけ?」だの「デケェ……」だの「顔コワッ」だのの囁きも、そこはかとなく聞こえてきている。
もっともそれらの声も、桃児が「見世物じゃねぇぞ」とばかりにがんを飛ばせば、たちまち静まるのだったが。
ひとつ、軽く溜息。容姿が人目を引きがちという点において、あるいは自分と竜吾は似た者同士なのかもしれない。そんなことも、彼はぼんやりと考える。
「にしても……」
「にしても?」
「や、“魔法使い”の学校っつーのに、みんな登校は歩きなんだなぁ、と」
「そりゃあね。生徒がホウキで空飛んでたりとか、期待した?」
「そこまでベタじゃねぇが……ほら、昨日のアレもあるしよ、もうちょい奇抜なコトするヤツがいてもおかしくはねぇかなぁ、とは」
今一度周囲の生徒らを軽く見やり、それから桃児は所感を口にする。
女子率が高いという点を除けば、周囲の光景は普通の街中で見る朝の登校風景とさして変わらず。生徒一人一人についても、そのほとんどが“魔法”という特別な力を持っているのだという事実に、だからいまいちピンとこない。隣を歩く美男子の顔立ちのほうが、よっぽど浮世離れしているとさえ思えるくらいだった。
ホウキ云々はないとしても、“魔法”を移動に使う生徒くらいはいてもおかしくなさそうではあるが……
「みんな寮で近いから、そこまでする人はそういないよ。よっぽど寝過ごしたとかでない限り」
「あるにはあるんだな」
「まあね。けどそもそも学内でも、“魔法”のみだりな行使はあまり推奨されてないから」
「そうなのか?」
「使いようでは、怪我人が出てもおかしくない力もあるからね。おおっぴらに使えるのは、それこそ競技場くらいかな。校庭とか体育館で使うのも、教員の監督がある授業中に限られるし」
「ほー」
どうも“魔法使い”の学園といえど、その力を野放図に振るえるわけでもないらしい。
とはいえそれも言われてみれば当たり前で、つまるところは普通の学校の“廊下は走らない”などの延長上にある決まりなのだろう。
なおその決まりを破った場合、風紀委員による“執行”が待ち受けているという。
「……なかなか楽しそうな話じゃねぇか」
「なんでそこで獰猛な笑みなのトラ……。やめてよね滅多なことは」
「安心しろ。そもそも俺ぁ、おかしな力なんか使えねんだからよ」
「そういえばさっき聞いたね。REI値はあるけど力には無自覚なタイプなんだったっけ」
「ああ。だから、」
自分が本当に“魔法使い”なんて存在か、正直言や疑わしいくれぇだ。
竜吾との会話に、そう桃児が続けようとした瞬間――
「ももくんっ!」
不意に、背後から女子の声が。
「――っ」
次いで人影が、音もなく桃児の脇を通り抜け、
くるりとふり返り、向きなおる。
歩幅三歩ほど先からこちらを見つめたその女子は、
「やっぱりももくんだ! ももくんだよねっ!?」
そう桃児のことを呼び、満面の笑みを向けてくる。
「わーっ、うわー! ほんとにももくんだ! 昔もおっきかったけどもっとおっきくなってるし、なんか想像以上にカ、か、格……、~~えとえとっ」
微笑んでいてなお、ぱっちりと大きいのがわかる両目。
風に軽く揺れるショートヘア。
学園指定の制服をばっちりと着こなし、そのうえで校則違反にならない程度のアクセサリもちょこちょこと身に着けてもいる。
端的にいえば、おしゃれで垢抜けた印象の小柄な美少女。
そんな少女が、嬉しげに話しかけながらさらに一歩二歩近づいてきている。
それを受け桃児、ひとまずは面食らった様子をみせ、次いでやや訝しげな顔に。
「と、とにかくひさしぶり、だねっ! 話は聞いてたけどまさかまた一緒の学校に通えるようになるなんて……しかもそれがこの学園なんて、~~っ、なんだかすごいよね! ほんとに、」
「いやお前、誰だ?」
興奮気味に言いつのる少女。
それに堪らず、桃児は根本的な疑問をぶつけてしまう。
「そんな!?」
少女、あからさまにショックを受けた様子。
「私だよ、わーたーし! ――ほらっ、わからない? ほら!」
しかしめげずに、自身の姿をアピールしてくる。
くるり、くるりと角度を変えてポーズをとるその様は、微笑ましくも愛らしいものではある。
しかしそれでなにかわかるようになるわけでもなく。
桃児の記憶のどこをとっても、目の前の少女の姿は見当たりなどせず。
「トラ、雀部さんと知り合いだったの?」
「わわっ、巻島君も一緒だったんだ。おはよ! 挨拶遅れてごめんっ」
「うん、おはよう雀部さん。で、トラとはどういう関係?」
「か、関係って!? あの、そこまでただならぬ関係でもなくもなかったりするんだけど……っ」
横合いから会話に加わってきたのは竜吾。
少女の苗字を呼んだことと口ぶりから、少なくとも両者は顔見知りの様子。
あらためてという感じの竜吾の問いかけを、どう受け取ったのか少女はもじもじくねくね。
「いや知らんわ」
それを桃児が、ばっさりと斬り捨てる。
「ひどい!! 昔はあんなになかよしだったのにっ!」
「昔……」
言いかたがあんまりだったせいか、少女が彼を涙目で見上げてくる。
その仕草。彼女の言い草。
そして先程竜吾が呼んだ“雀部”という苗字――
『ま、まってぇ……ぐすっ、ももくんまって、おいてかないでぇ……っ!』
不意に桃児の脳裏をよぎる、幼いころの一場面。
「あぁ。お前、チビのピヨか」
「イオだよぅ! 雀部以於!! 昔のあだ名まで思い出さなくていーからっ!」
近所の同じ年頃の子らと、あちこち駆けずりまわっていた幼少期。
溌剌としたそのグループにあって、一人おとなしいくせに桃児の背中についてまわりたがっていた子が、確かにいた。
小柄な体格と泣き虫だった性格に名前をかけて「ピヨ」と呼ばれ、からかわれがちだったその子。親の都合で引っ越しが決まった時もまた、別れ際まで泣きついてくるくらいで――そんな記憶もまた、桃児の頭に連鎖的に蘇ってくる。
「――そのピヨがなぁ、でかくなってまぁ」
「親戚のおじさんみたいな言いかたっ! そーじゃなくてさ? ほらっ、女の子に対してもっと気の利いた一言をさ? ね?」
妙な感慨にひたる桃児へ、抗議の以於がもう半歩近づいて上目遣い。
「……」
そんな彼女を、ついじっと見下ろす。
目に映るのは、まごうことなき美少女。
なにかとすぐ泣く世話の焼ける子分――それが桃児の記憶する以於であり、だからその印象からかけ離れた今の姿に、はっきりいえば落ち着かない気分にさせられる。
「?」
見上げついでに小首を傾げてみせる彼女に、
しかしそれを正直に告げるのは、どうにも憚られる桃児。
「お二人さん、見つめ合ってるとこ悪いけど、遅れちゃわない?」
「ハッ! そだね、遅刻はよくないよ! うんっ」
「……学生課寄らなきゃなんねぇしな、俺は」
ふと、横合いから竜吾の指摘。
それを受け、軽く取り繕うようにしてから校舎へと歩きだす以於と桃児。
二人の様子に軽く笑ってから、竜吾もまたそれに続く。
「――と、そだ!」
かと思えば、今度は以於がなにか思い出したように声を上げ、
ととっ、と数歩進み、またふり返って桃児と相対する。
なんだ? と首を傾げる彼へと向け、
「あらためて、ようこそももくんっ! 学園島MAGIEへ!」
再び弾けるような笑顔とともに、彼女はそう歓迎の言葉を口にするのだった。
アニメかギャルゲならここでOP入り。