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綱渡りな道行き

『むむむ……迂闊です。()くあまりに地鳴りによる洞の変容を失念していました……』


 やや落ちこんだ様子の童女。

 その目の前には地盤が裂けたような崖があり、行く手を阻んでいる。

 裂け目の幅は……十メートルはないように思える。対岸の岸壁、やや上方にはこれまで通ってきたものと同程度の洞が見受けられ、おそらく以前はそことこちらが繋がっていたのだろうと思われた。

 おもむろに、足元から十センチほど宙に浮いてみせる童女。


『わらわのみなれば先へは進めるのですが……』

「はいはい! 私も行けるよー! でも他のみんなは……どうしようか?」

「お前が抱えて運んだりできねぇの?」

「それはちょーっと厳しい、や、リリちゃんくらいなら行ける……? んー、どのみちももくんは無理かなー」

「だろうな」


 呟く童女に元気よく手を上げ、ついでに“魔儀(マギ)”も発現してみせるのは以於。

 そこへ訊ねるが、返ってきたのはなかば予想していた答え。なんであれ彼女に抱えられて運ばれるのは、桃児も絵面的に御免だが。


「私も、運ばれるならクロエに頼みます。跳べるかどうかはギリギリですけど……」

『あなたを乗せてだと微妙かもね。私だけなら余裕だけど』


 リリもまた、以於の呟きにやんわりと遠慮を示す。

 その足元、童女の灯り玉が作りだす影には黒豹の頭が。これもこれで、つくづく妙な絵面である。


「玉熊が一人ずつぶん投げるのはどうだ?」

「人間カタパルト!? 解決法が乱暴だよぅ、ももくんっ」

「で、できなくはないですけど、私その、……投球はわりと不得手でして」

「っし、やめとこう」


 冗談半分に思いつきを口にする桃児だが、繭音の言葉に提案を即座に取り下げる。

 投擲が不安な人間に、あの洞へのシュートを決めさせるのはほとんど博打だ。


 崖を下りてから向こう側まで登るのもひとつの手だろうが……

 いや、素人が命綱もなしにほぼ垂直の崖を登攀するなど、あまり現実的ではないだろう。


 ふと、以於の袖口をくい、くいと引く手。


「ね、ね。雀部は飛べるって認識で合ってる?」

「ん? そだよ鳩谷さん。“フェアリーステップ”。“空を飛ぶ魔法”っ」

「それなら――」

『――HAHAAAA!』


 そうしたのは私花で、返答を受けたときにはすでに、その手にはあの奇怪な笑い声を上げる大きな絵筆――“コーボーさん”が。

 その笑いにビクッとなる童女を余所に、


「――こいつを向こう岸まで運んだらいい」

『HA――HAHAHAHAHAHAHA……!』


 描き上げたそれ(・・)を、以於へと差し出す彼女。

 そうして尾を引く絵筆の笑い声が静まるころには……


「……これで、だいじょぶかな?」

「うむ。ばっちし」


 こちら側と、以於が飛んで渡った向こう側。

 その間には、洞と洞を繋ぐつり橋がかけられていた。


「つり橋っつーか、縄橋か?」

「これは……アスレチックのようでドキドキといいますか、ビクビクといいますか……っ」

『素晴らしいですっ、イオ、ヒソカ! さっそく進みましょう!』


 橋は足場と手すりを担う三本の太い綱と、それらをあやとりのようにジグザグに繋ぐ綱からなる。

 その綱を支えるのは両端にそれぞれついた……某ランドの鼠キャラクタを彷彿させる白い手袋型の意匠……? それらが岩場に粘着することで固定されているようだが……


「……大丈夫なのか? これ」

「計算上、虎丸の体重程度なら余裕で耐えられる。いいからいいからー、わたしを信じてー」

「なら信憑性の薄れる態度をとるんじゃねぇ」

『どうしましたー? みなさん。早くいらっしゃいなー』


 相も変わらぬ突飛な造形に、思わず不安が口をついて出る桃児。

 その不安を和らげるんだか和らげないんだかな私花。また思わずつっこめば、向こう岸ではいち早くさっさと渡ってしまった童女が、暢気に手招きなどしている。

 あんたはほぼ浮いてるから気楽だろうよ……そう思わずにはいられない。


「では自ら安全性を示すべく、私花、ゆきます」


 いわく言い難い桃児の表情を窺った――からかどうかいまいちわからないが、私花がすっと片手を挙げ、それから言葉どおり綱の橋を渡りはじめる。

 相変わらず、左右にゆらゆら揺れる独特の危なっかしい歩きかただが、やはり不思議と足を踏みはずすようなこともなく――


「サチッ。つつがなし」


 ほどなく渡りきり、ふり返って親指を立ててみせる彼女。


『私はひっこんでたほうがいいわね。気をつけてね、リリ』

「言われなくとも――っ」


 それを見てとり、続いてリリも渡る素振り。

 気遣う黒豹に素気無く返しつつ、彼女がひっこむと同時に綱に手をかける。

 そのまま軽い身のこなしで、リリは難なく橋を渡っていく。


「次、どうぞ。先輩方」

「はいっ! で、では」


 これでこちら側に残っているのは、繭音と桃児の二人だけ。

 リリに促され、気負った様子の繭音が左右の手で綱を取る。


「――っ」


 けれどもなかなか、足を踏み出せないらしく。


「……大丈夫か? 玉熊。無理なら雀部にでも頼んで、」

「いえっ! 行けますっ……行きますッ! ここで臆して、なんとする――ッ!」


 思わず声をかけるが、それがかえって彼女の負けん気を刺激したようで。

 たぶん漫画のだろう台詞を口にしつつ、勢い込んで一歩踏み出し……


「――ぁわわっ、い、意外と揺れ……っ」

『だ、大丈夫ですかっ?! マユネッ』

「先輩っ、あまり下は見ないで前を――!」


 ……たはいいが、その足取りは産まれたての小鹿のように覚束ないもの。

 そのせいか前二人が渡ったときより綱の揺れが大きく、それがますます歩みを鈍くし、


「ッ!?」


 ついには橋の中ほどで、踏み出した右足を滑らせる繭音。

 思わず桃児は飛び出しかけるが、


「――ッ“アステリア”!!」


 洞を照らす山吹色(サンライトイエロー)の光。

 自らの“魔法”を発現させた彼女は、同時にその巨大な“魔儀(マギ)”の左腕を伸ばし――


「か、間一髪でした……」


 次の瞬間には、“引力”で自身を引き寄せ、向こう岸にその手をかけていた。

 ほっと脱力する桃児。


「し、心臓に悪いよ~、玉熊さんっ」

「あはは……ご心配をおかけしました……っ」

「も~恐かったらちゃんと言ってね? 運ぶのはキビシくても手を取ってあげることくらいはできるからっ」

「そう、ですね。そうしてもらったほうが心強かったかも……」


 懸垂の要領でひょいっと洞の中へと上り、それから“魔儀(マギ)”を解除してへたりこむ繭音。

 そこへ駆け寄り、一緒にしゃがんで彼女を気遣うのは以於。だいぶ肝を冷やしたらしく半分泣き顔の以於に、繭音も申しわけなさそうな力のない笑みを返している。


「平気か?」

「あっ、はい虎丸さん。なんとか……あ、あれ?」

「あぁいい、座ってろ。てか、“魔法”で行けんなら橋渡らなくてもよかったんじゃ」

「それはその、あちらからは“アステリア”の引力圏外だったので。あそこまで渡ってようやく届くくらいなんです、じつは」

「なるほどな」


 とくに問題なくささっと橋を渡り、桃児もまた繭音へと声をかける。

 立ち上がろうとする彼女を片手で制するようにし、次いでふと浮かんだことを指摘。

 そうして判明する、繭音の“能力”の有効範囲。どうやら、引力や斥力を発揮させる対象を明確に指定できるのは、ちょうど“魔儀(マギ)”の片腕の長さと同程度らしい。それより外だと、どうも狙いがぼやける感じだとか。

 いつかと約束した彼女との再戦。その際の参考のひとつとなりそうだが……

 ……今考えることじゃねぇか、と頭を振って切り替える桃児。


「ふむん。玉熊が思いの外どんくさかったのは想定外」

「うぐぅっ」

「ちょ、鳩谷先輩そんなはっきりとッ」

「改良の余地あり。帰りはもっと、安定性重点で創作しようかな」

「ぅ、そ、そうでした……帰りもあったんでしたね、考えてみれば……」


 私花の呟きに、毒気に当てられたように呻く繭音。当人悪気はないのだろうが……

 その証拠か、絵筆を振る動作で橋もろとも自身の“魔儀(マギ)”を解除した私花は、次はより渡りやすい橋をかける旨を口にしている。そんな彼女なりの気づかいにしかし、繭音のほうはその次を意識して浮かない顔になっているが。


『あ、御安心なさい。帰りはこちらではなく正規の道へ案内するつもりですからっ』

「正規? んなもんあったのか」

『ええ! 今はいち早く着くことを優先していますが、事が済めばその限りでもないでしょう? 本堂の奥から通ずる洞こそが、息吹の源へ辿りつく本来の道なのです』


 そこへ童女が、守り神らしい慈悲の微笑みで告げる。どうやら今いるここは、「通れるには通れるけれど……」というルートらしかった。本来のルートは学園の裏――つまり昔からの島民が住む島の南側、マミコさまを祀る本社の敷地内から通じているらしい。

 見ればほっと胸を撫でおろしている繭音。気持ちに余裕ができたからか、問題なく立ち上がれてもいる。


『では先を急ぎましょう! ……息吹の揺らぎを感じます。あるいはすでに何事か起きているやもしれませんッ』


 童女の言葉に、誰ともなく頷く一行。

 そうして洞の先へと進めば……






 次第に、様変わりを見せ始める周囲。

 具体的には、洞の壁面。

 あたかも宝石を含むような、色とりどりのきらめき。

 それらがそこかしこに見受けられ、奥へ進むにつれそういった箇所が徐々に増えていく。

 イルミネーションのような光景。

 しかしそれは電飾のようなチカチカとしたものではなく、あくまで優しく淡い輝きで。


「綺麗……」

「これは……」

「ええ、まさしく、」

「ゲーミング洞穴」

「ちょッ!? 鳩谷さん言いかた!!」

「? ちがった?」

「いや、間違っちゃいねぇが……」

「言われたらそうとしか見えなくなりました……」


 うっとりしかけていた女子たちが、しかし私花の発言で変な方向に認識を引っぱられた様子。

 桃児もまた、呆れる。呆れるが存外的確な表現でもあったため、わずかにだが感心もしてしまう。


『? ……よくわかりませんが、見惚れるのは後にしましょうッ。この息吹の乱れ、やはり何者かが奥にいるようです!』


 一人、ジェネレーションギャップにより意味を把握できなかった童女。その切迫した声に一行は意識を引き戻される。

 そうして足を速め、先へと進めば、 


「――、――ッ」

「……~~~!」


 なにやら言い争うような、二人分の声。

 というかこれ、どっかで……と、首を傾げる桃児の視線の先。

 洞の奥、開けた場所が徐々に見えてきて――


「――今日こそ終いだ! ここで決着(ケリ)つけてやる!!」

「ッハ、望むところだ! もちろんテメーの負けでなぁ!!」


 そこで対峙していたのは、

 案の定、いつぞや自分を巻きこんでくれた、赤と青の光を放つ少年らで。

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