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“魔法”との遭遇


「今度はこっちの番だ! カチ上げろ“ジャックフロスト”!」

「喰らうか! 焼き焦がせ“ジャック・オー”!」


 桃児の目の前で対峙する同年代くらいの男二人は、

 続けて共々、傍らの人形に命じるようにそう声を上げる。


 同時に人形がそれぞれ両手をかかげ、その身が青と赤に光かがやき、

 直後路上に氷の柱が乱立し、その隙間を縫うような熱風が吹き荒れる。


「チッ、ガードだ“ジャック”!」

『――』


 氷の柱は主に赤い方の男に殺到するが、前に出た人形が腕を振り、放った熱気でそれを阻む。


「だから、当たらねーっての! “フロスト”!」

『――』


 同様に柱を抜けた熱風に対し、青い方の男も人形に命じ、眼前に氷の壁を作ることで防御する。


「オラァ! まだまだいくぜ!」

「ハッ! 精々へばるんじゃねーぞ!」


 その後も続く、氷と熱気の応酬。

 明滅する赤と青の輝き。ついさっきまでなんの変哲もない路地だった場所は、いまや出来の悪い光のパレードのような有り様と化している。


「――あつっ、つめてっ!」


 そしてそのとばっちりを受ける桃児。

 両者共に互いに集中しているせいか、周囲にまで目がいっていないらしい。彼のほうを気にかける様子もなく氷や熱風を撒き散らし、その欠片や余波は路地の端にまで届くほど。


「大体テメーは気に入らねーんだ! 身近で似たような名前の“魔法”使いやがって!」

「そりゃこっちのセリフだ! つーかオメーがオレに似てんだろーがむしろよ!」

「んだとぉ!」

(なんつー傍迷惑な喧嘩だ)


 攻撃のみならず口撃での応酬まで加わる。

 それを聞き、余波を避けつつ呆れる桃児。

 そして呆れながらも、目の前で展開される珍現象をあらためて見やり、思う。

 これが“魔法”か。


(……つか“魔法使い”ってスタ○ド使いなんか?)


 ついでに思わず、某少年漫画を想起する。

 というか一度思いついてしまうと、もうそうとしか思えない。

 そして同時に、ああいう力が本当に自身にあるのかますます疑わしくなる桃児であった。


「っと、やべ」


 などと考えるうち、激化した喧嘩の余波が大きめの氷塊として間近まで飛んできている。

 それを慌てて避ける桃児。その最中、氷塊が祠のそばにぶつかり砕けるのを視界の端に捉える。

 しかし不思議と、祠やその周囲に被害は出ていないらしい。あの衝突の勢いなら、どこかしら破損してもおかしくないはずだが……


(って、考えてる場合じゃねぇな)


 思考を打ち切って駆けだす。またぞろ熱気や氷が自分へ迫っているのに気づいたからだ。

 だがいくら余波から逃れるように動いても、それを追うように赤青の二人は戦場を移動させる。今なお喧嘩に熱中しそれ以外は眼中にない様子である以上、意図してのことではないのだろうが……


(つか、このまま行くと大通りに出ちまうぞ)


 逃げながら浮かぶ危惧。

 それはほどなく現実となり、行く先に島の主要道路が見えてきてしまう。


「ブッ飛ばせ“ジャックフロスト”!」

「ブッ飛ばし返せェ! “ジャック・オー”!」


 ちらと後ろをふり返れば、案の定それに気づいていない二人。

 どころか決め手を打とうと躍起になって、力の応酬をますます激化させている。


「ったく、――!」


 悪態つき、再び前を向くと同時に、桃児はその目を見開く。

 旅行客だろうか。小さな子供連れの若い夫婦が、今まさにこの路地を渡ろうとしている。

 このまま行けば喧嘩の余波に巻きこまれるのは必至。

 それを見てとり、


(……仕方、ねぇよな)


 ひとつ息を吐き、

 鞄を無造作に放り、桃児は足を止める。


 叔父貴にも諭すようなことを言われたし、自身もまた自重すべきとは思ったが、

 この場合はまあ、別の話だろう。

 相手は因縁つけてきたどころか、こちらに気づいてすらいないわけだし……


(つまりこれは、喧嘩じゃねぇ)


 そうこじつけ、ふり返る桃児。

 騒ぎに気づいたのか、視界の端では路地を渡ろうとした親子がぎょっとして固まっていた。


「クソッ、しぶてーヤツだ!」

「テメーがな! いい加減くたば――」


 正面に罵りあう二人と、それに呼応し熱気と氷を撒き散らす赤と青の二体。

 そこへ割りこむように、




「いい加減にすんのは、」




 静かに、しかし重く響くように宣告。

 ぞくり、とただならぬものを感じたように、その声へと向く二人。

 しかしそこに、すでに声の主はなく、


手前(てめぇ)らだ」


 熱気と氷の猛攻、

 その隙を一瞬で見定めた桃児は懐にまで踏みこんでおり――


 右、それから左。

 一振りずつの拳をもって、




「ごぉっ?!!」

「がはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!」




 二人共々、殴り飛ばす。

 距離にして数メートル、それぞれの方向に同じ距離だけもんどり打って吹き飛んだ両者は、


「ぐふぅ――!」

「ぎゅぅっ」


 やはりそれぞれ路面に打ちつけられ、倒れ伏した。


『……』

『……』


 その様を呆気にとられたように眺めていた赤と青の人形も、

 やがて二人が完全に伸びたのに合わせて、ふっと消えてなくなる。


「フン」


 それを認め、やや清々しつつ軽く鼻から息を吐いた桃児。

 次いでふり返り、ぽかんとしている親子の無事を確認。


「――ッチ、結構時間食っちまってんな」


 それから端末を取り出し、その画面を見てやや顔を顰め、

 端末をしまい、鞄を拾い上げ、

 気持ち足早に親子の脇を通り抜け、学園を目指すのだった。




  ~~~




 桃児が路地を去ってから、ほどなく。

 彼とは逆に、学園から路地を目指して駆ける男女が数名。


「まったく! 放課後に学外で騒ぎだなんて――ッ」


 駆けながら思わずという感じでそう愚痴るのは、先頭を行く一際小柄な少女。

 彼女も、そして他の者も、身に着けているのは学園指定の制服と、

 厳めしい書体で“風紀”と書かれた腕章。

 息ひとつ切らさず、アスリートもかくやという速度で駆け抜ける彼女ら。


「――状況は!?」


 そうして駆けこんだ路地には、少女らと同様の服装の男女二人。

 先に到着していたらしい仲間の姿を認めるなり、少女は問う。


「あっ、獅子倉さん! それがね……?」


 しかし困惑気味ながらも返ってきた答えは、彼女の想定からはだいぶ外れていて――


「――じゃあその通りすがり? の男が、あの連中を取り押さえたってことですか?」

「取り押さえた、というか、どうも殴り飛ばされたらしくて……」

「あのねっ、すっごいの! バーンって、ドカーンってとんでっちゃったの!」


 学園生が起こした、“魔法”を用いてまでの喧嘩沙汰。

 その収拾、場合によっては鎮圧のつもりで、この場に駆けつけたのが少女らであった。

 しかし蓋を開けてみれば喧嘩はすでに収まったあとで、それ自体には当然否やはないが……

 問題はその収まりかた。

 どうも通りがかりの何者かが、暴れる二人を瞬く間に殴り飛ばしていったらしい。その証拠とばかりに路地には(くだん)の生徒らが伸びていて、今は最初に駆けつけた仲間によって拘束されている。“事態の収拾”を目撃した親子連れの証言もそのとおりで……というか今もその当事者の一人である女児が興奮気味に、しきりにその様子を訴えかけてきている。


 やがて両親に宥められ、共々この場を去っていくその子。

 証言のために貴重な時間を使わせたことへの謝罪と礼のあと、少女とその仲間は親子らを見送る。


「どう見る? やはり学園(うち)の生徒かな?」

「……いえ、たしか転校生が来る予定があったはずですから、そちらの可能性が高いかと」

「そういえば今日だったわね、その話」


 見送ったのち、軽い意見交換。

 先輩男子生徒の問いかけに、少し考えてから少女は答える。


 学内の治安を預かる身として、生徒の情報を把握するのも彼女らの勤め。ゆえに在校の生徒――とくに問題を起こしそうな者の名前と学年、外見的特徴、そして“能力”についても、少女の頭には入っていた。


 親子から聞いた男の特徴は、黒髪にかなりの長身、そしてなにより印象的だったという、鋭すぎる目つき。

 それらすべてに該当する在校の生徒は、しかし少女の記憶にはなく。

 まして“Cclass”の使い手二人を一瞬で無力化できる者となれば、校内でも限られてくるのだから、なおのこと。


(けど資料によれば、今日来る転校生の“REI値”は“D”相当だったはず……)

「まあなんにせよ委員長に報告と……連中も医務室へ運んでやらんとな。獅子倉、一人頼めるか?」

「――あ、はい! “クロエ”を呼んで運ばせますね!」


 先輩生徒の呼びかけに、はっとして思考を打ち切る少女。

 それから仲間と手分けして撤収の準備など、己が職務へと意識と行動を移す。

 動きながらも少女はしかし、


(面倒なコトにならないといいけど……)


 そんな漠然とした不安も覚えてしまうのだった。

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