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執行者たち


「倒れてるのは……はぁ、またあの三人組ね。彼らはあとで運ぶとして、――城島先輩、拘束だけ今お願いしても?」

「OK。お安い御用だ」


 一度桃児から視線を切り、倒れた犬山らを一瞥したあと同行者へ呼びかける少女。

 それに応じ犬山のほうへ駆けていき、その両腕を“魔法”で拘束しているらしい男子生徒。

 加えてもう一人、少女の後ろに控えどこかに連絡をとっている女子生徒。


 共に連れ立ってこの場に駆けつけた、彼らの共通点。

 物々しい印象を与える、“風紀”と書かれた腕章。


「それで、あの三人をああしたのが……あなたですか」

「あ?」


 桃児へと歩み寄り、再び鋭い視線を向けてくる少女。

 なかば確認のような呟きと表情ににじむのは、若干の呆れ。

 その態度と、あたかも自分を知っているかのような口調に、思わず桃児は疑問が声になって出る。

 当然、少女に見覚えはない。目の覚めるようなつややかな長い黒髪に、同じ色の瞳。かなり小柄なのは置くとしても十分に美少女といえるその外見を、見ておきながら忘れるということはまずないだろうと思われた。


「このあいだ。玉熊先輩との闘技(バウト)

「!?」


 不意に、ぽつりとこぼす少女。

 それを聞いた桃児、たちまちギシり、と体が軋むように硬直。


「私も見てました。自主試合にしては多い人だかりだったから、トラブルが起きることも考慮して、待機がてらに。……最初は正直、驚きました。あの“アステリア”に真っ向から挑んで打ち負けないほどの遣い手――先の学外でのいざこざを制圧したのも、これならば頷けると感心すら覚えたほどです」


 どうも少女、先の試合の観戦者の一人だったらしい。

 加えて初日の、あの喧嘩両成敗の件も把握しているようだ。

 淡々と、努めて事実だけを述べるような彼女の口調は、


「そう思っただけに、あの決着にはもっと驚きました。もちろんいい意味でなく」

「ぐ……」


 しかし次の瞬間、うっすらと感情のこもったものに。

 そこはかとなく見てとれるのは、呆れと若干の軽蔑と、あと恥じらいがほんのり。

 堪らず桃児、呻く。呻くしかできない。


闘技(バウト)が男女での対戦を是としているのは、普通のスポーツと違って身体能力の差がまず生じないからです。……けど、だからこそ互いの接触にはもっと細心の注意を払うべきで――!」

「や、ほんと、返す言葉もねぇ……」


 生徒を叱る教師のような語気に、彼にしては珍しく恐縮しきりの様子。

 しかし無理もない。あの(・・)決まり手以来、学内の生徒の桃児を見る目はそれとなく、だが確実に変わったのだから。有り体にいえば、以前と以後で「恐そうで近寄りがたい強面」から「硬派を気取ったセクハラ野郎」へ。……あと一部男子からは「オレたちの夢を掴んだ勇者」的な。


 正直、こたえている。

 身から出た錆とはいえ。


「コホン! ――まあ、先輩は転校して日も浅いから、闘技(バウト)の勝手がわからないのは致し方ないかもしれませんけどっ」


 実際今もまさに、状況を遠巻きにしている生徒からちらほらそんな視線を受けている桃児。

 そのへんいろいろ察したのか、すこし気兼ねしたように語気を弱める少女。


「でもこの状況は普通の学校基準でもマズいことくらいはわかりますよねっ?」

「あー、まぁ、うん。まぁ」

「加えて! 校内の指定の場所以外での“魔法”のみだりな行使は御法度! ご理解いただけたのなら、風紀委員会室までご同行願います。虎丸桃児先輩」

「まだメシ食ってねんだが……」

「聴取は食べながらでも構いませんから。我々も警察じゃないので、そこまで厳しいことは言いません」


 それはそれとして、己の職務はきちんとこなすようだ。

 現状を指差し示し、それから向きなおり今度はその指をぴしりと立てて申し出る彼女。

 まあ、仕方ないかと思う桃児。言い分はもっともだし、こちらの非も自覚している。公権力然とした雰囲気にはついなんとなく反発も覚えるが……

 実際反抗する気にならないのは、ひとえに少女に威圧感とか迫力とかが皆無だからだろう。

 精一杯厳格に振る舞おうとしているのは義気の表われなのだろうが、人形めいた容姿でそうされてもただ可愛らしいだけ。小柄さゆえ、長身の桃児に対して終始見上げる姿勢になってしまっているのも、その印象に拍車をかけている。

 なんにせよ、ここはおとなしく従うかと桃児は思い、


「――ッけんな」


 と同時に、ふと、

 伸びていたはずの犬山が、いつの間にか立ち上がっている。

 その両腕は後ろ手に、おそらく“魔法”で拘束されているようだが……


「毎度毎度、しゃしゃってくんじゃねェ風紀野郎が!! あとまだ終わってねェぞ虎丸ゥ!!」


 戦意はいまだ健在らしく。

 叫びつつ、後ろ手のまま駆け出す犬山。迫る彼の頭部や肩、脚部など、全身の要所要所にプロテクターのような“魔儀(マギ)”が現れていき――

 溜息吐き、拳を鳴らしつつ、少女を庇える位置へ踏み出そうとする桃児。


「問題ないわ」


 しかし彼女はそれを静かに制し、代わりに前へ。

 その身から立ち上り始めるのは、銀色(シルバー)の“魔導光(マギカ・レイ)


「――“クロエ”!!」


 凛と、彼女がそう呼ぶや否や、

 その背後の足元から猛然と飛び出す、大きな黒い影。


「げェッ?!!」


 影は少女を跳び越え、迫る犬山に襲いかかり渡り廊下の床へと押さえこんでしまう。


『グルルルルルルッ……!』


 否、それは影ではなく、全身黒い毛並みの猛獣。


「ざっけんなッ! こんなワンころでオレをどーにかできると――ッ」

「ワンころはあなたでしょ? クロエは黒豹。ついでに力も本物と同等だから、ヒトの腕力でどうこうできると思わないほうがいいわ」


 その猛獣――黒豹こそが少女の“魔儀(マギ)”であり、“魔法”

 彼女の言葉に嘘はないようで、どれだけ犬山がもがこうと、のしかかる黒豹はびくともしない。


「加えてクロエは、()でもある。如何な形にも移ろう影……だから、こんなこともできる」

「ぐ、おっ? うぐぐ……っ」


 さらに少女がそう言うと、黒豹は犬山を踏みつけたまま座りこみ……かと思いきや、その足元から徐々になんというか、でろーんとしてくる。

 その結果犬山は、上半分が豹型のスライムにのしかかられるという、奇妙な絵面に。


「影、っつーか」

「うん。猫は液体、って感じだね」

「ネコじゃありませんっ、ネコじゃ……」


 それを見て思わず呟く桃児と、人だかりに交じって事態を傍観していた竜吾。

 すかさずつっこむ少女のぼやくような声は、なんとなく思うところがありそうで。


 ふと見れば、伸びていた他の二人――猿橋と鳥羽もまた、少女の同行者にひったてられている。

 ……というか、気絶したまま歩いている? 様子を見るに、連中を後ろ手に縛ったのが男子のほうの“魔法”で、それを操り人形のように歩かせているのは女子のほうの“魔法”らしい。


「……あちらは問題なし、と。ではあらためて同行願います、虎丸先輩。なお、抵抗するならあなたもこうやって(・・・・・)、クロエに運ばせることになりますが……」

「――、~~~ッ!」


 視線を移せば、少女がこちらへと向きなおって言う。

 次いで少しだけ悪戯っぽく、そんな風にもつけくわえる。

 言いながらひと撫でした“魔儀(それ)”はいつのまにか黒豹の形に戻っているが、その胴体には半ば埋まるように、犬山の姿も。ご丁寧に口元まで埋められた彼は声を上げることもできず、飛び出た手足が時折もがくようにうごめく様は、正直かなり奇怪。


「遠慮しとく。つか、世話かけたな。――あーっと、」

「ああ。そういえばまだ名乗っていませんでしたね」


 少女の提案を願い下げ、ついでに呼びかけようとして、途中で止まる桃児。

 それを察した少女、一歩前へ出てくるりと振り向き、


「風紀委員会庶務、一年二組の獅子倉(シシクラ)リリです。以後お見知りおきを」


 折り目正しい自己紹介と、軽くお辞儀。

 しかしふと思い直したかのように、


「――もっとも私の職務上、あまり顔なじみになるのもどうかとは思いますが」


 そうもつけ加え、素気無くくるりと踵を返して校舎へと歩きだすのだった。






 風紀委員会――

 その役割は普通の学校のそれとは異なり、ただ校内の風紀を律するだけに留まらない。

 生徒のほとんどが特異な力を持ち、かつ出自も生い立ちも様々な者が集まるという、学園の環境。

 そこで起こるトラブルは、“魔法”のない環境より頻度も危険性も高くなりがちである。


 ゆえにそれらに対応する風紀委員には、他の生徒にはない特権が与えられている。

 必要とあらば校内のどこでも――たとえ生徒へ向けてでも“魔法”の行使が可能なこと。

 それを活用した、生徒の起こしたトラブルへの抑止、仲裁……

 場合によっては捕縛、ないし処罰。


 そんな特権を持つせいか、なにかと生徒に恐れられがちな彼ら、風紀委員。

 その拠点となる風紀委員会室は、第一校舎、三階端に割り当てられている。

 黒豹(+α)を従えた黒髪小柄少女――リリのあとにつき、たった今、桃児もまたそのドアの前にたどり着いたところ。

 ちなみに竜吾は同行していない。「大変そうだねえ、頑張って」と言わんばかりの無駄に爽やかな笑顔と手振りで見送られてしまった。此度のいざこざに彼は無関係なので、当然といえばそうなのだが。


(大概いい性格してやがるよな、あの野郎も……)


 思わず苦笑いしそうになる口元を、意識して引きしめる桃児。


「ただいま戻りました」

「はぁーい、ごくろうさまぁ」


 その目の前で、リリが率先して風紀委員会室のドアを開く。

 直後部屋の中から聞こえる、やや甘ったるい感じの間延びした声。

 見れば応じたその人物は、部屋中央奥のデスクに着いて、にっこりと片手を挙げている。

 制服のタイの色から、上級生と思われる女子生徒。

 その手振りが手招きに変わったのを見て、リリが部屋に入り彼女へと近づいていく。


「いつも迅速な対応、ありがとねぇリリちゃん。えらいえらい」

「~~なんで毎回頭撫でるんですかっ。子供じゃないんですからっ」


 ごく自然な所作で、手招きを撫でに移行させる彼女。

 即座にさっと半歩身を引き、思わずという感じで両手で軽く頭を押さえるリリ。

 それを見て、座ったままでも手が届く高さだからじゃね? と桃児はなんとなく思う。


「一年生を愛でるのは三年生の義務、いえ使命なのよ~。クロエちゃんもごくろうさまぁ。……ん~やっぱりいい毛並みぃ」

『ゴロロ……』


 リリに逃げられてもとくに気にした風もなく、今度はそのそばの黒豹を撫でにいく上級生女子。

 こちらは飼い主(?)とは違い、素直に撫でられ気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 そのままにこやかに、喉元などをひとしきり撫でた上級生女子は、やがて視線を豹の背のほうへ。


「……それでぇ、この子が今回の困ったちゃん、でいいのかな?」

「あ、はい! すでに国分先輩から報告は受けていると思いますが――」


 小首を傾げて訊ねる上級生。

 それに応じたリリが、先の渡り廊下での状況をはきはきと簡潔に報告していく。


「なるほどぉ、駆けつけた時にはもう事態は鎮静済みで……で、そうしたのが、そちらの彼ってわけねぇ」

「……はい、そうなります」


 聞き終え、確認するように呟き、頷く上級生。

 そんな彼女へのリリの返事は、どことなく遺憾そう。対応に間に合わなかったことへの口惜しさだろうか。見た印象のままに真面目なヤツなのだろう、と桃児は当たりをつける。

 ふと見れば、にこやかなままに立ち上がり、こちらを見つめる上級生の視線。


「ふぅん、お話には聞いていたけど、思った以上におっきいのねぇ……あ、ごめんなさぁい挨拶もなしに。私、三年の雁瀬(カリセ)月夜(ツクヨ)。なにを隠そう、風紀委員会の委員長です。ふふっ、リリちゃん共々、よろしくねぇ?」

「べつによろしくしなくても……」


 一歩、歩み寄った彼女――雁瀬は自己紹介しつつ、リリの肩に両手を置く。

 密着されたリリ、すこし肩を落としつつぼやくような呟き。

 それらを見つつ桃児は、ひとまず無言で軽い会釈だけ返しておく。


「うんうん。――ところでリリちゃん、そろそろ彼、解放してあげてもいいんじゃないかな?」

「あ! そ、そうですねっ。ここまで来て逃げるってこともないでしょうし……」


 今一感情の読めない笑顔で、桃児へ頷き返す雁瀬。

 それからふと、黒豹の背を指差して言う彼女。その指摘に、慌てたようにすこし大きな声を出すリリ。次いで声をひそめて「忘れてたわ……」などとも小さく呟きつつ、


「放してあげて、クロエ」

『ぶるるっ』

「――ぶはっ!! ハッ、ハッ、はあー……っ!」


 軽く命じる。

 同時に黒豹がやや鬱陶しそうに身震いすれば、放りだされるようにその背から転げ落ちる犬山。

 上体を起こし、座りこんだまま深く息を吐いている彼。鼻は埋まっていなかったから呼吸自体はできていただろうが、それでも息苦しさを感じないわけにはいかなかったようで。


「……クソ! いいこちゃんどもがチョーシクレやがってッ……おいジョージ! モンド! テメーらもいつまで呆けてやがんだ!!」

「――ハッ!?」

「あれっ、め、メシは……?」


 呼吸を整えるのもそこそこに、立ち上がって悪態吐く犬山。

 次いで鋭く、仲間らへも呼びかけ。

 “魔法”によって気絶したまま椅子に座らされていた二人が、それに反応して目を覚ました様子。

 ふと見れば犬山、その身からゆらりと“魔導光(マギカ・レイ)”を立ち上らせている。


「ちょっと、ここで暴れる気?!」

「やらいでか! ナメられたまんまじゃ徳高(トッコー)三強の名折れ!」

「よせ! というか僕のほうはまだ拘束を解くつもりはないぞ?!」

「ハハーッ! これくれーちょうどいいハンデよ! なぁ二人とも!」

「てかオレっちもともと、腕縛られてもカンケーねーし?!」

「うおー! メシはー?!」


 それに触発されたか、他二人も“魔法”を使う気満々で犬山のもとへと集う。

 リリら風紀委員の制止も聞かずいきり立つ彼らを見て、こりゃまたぶっ飛ばすしかないかと桃児もひそかに拳を握り――




「はぁい、そこまでぇ」




 ふと響く声。

 その柔らかな響きとは裏腹に、

 声の主からあふれているのは、他を圧倒するような茜色(マッダーレッド)の“魔導光(マギカ・レイ)”。


『!?』


 場の全員が、びくりと身を竦ませる。

 桃児をして背筋にうすら寒いものを感じさせるほどの、雁瀬の圧に。


「だめよぉ? ここは学園の風紀を預かる場所……暴力なんてもってのほか。めっ」


 にこやかな表情を崩さない彼女は、口調もまた幼子を諭すようなもの。

 だというのになぜ、あたかも猛獣を前にしたような緊張を強いられるのか。

 ……見れば本来の猛獣であるはずの黒豹すら、縮こまって耳も伏せている。


「こ、」


 だが、


「――こんくれーでビビッてられっか! やっちまうぞジョージ! モンド!」

「お、おうよー!!」

「なせばなる!!」


 獣すら恐れる対象に、己を鼓舞して向かっていく犬山。続く二人。

 それを見て、桃児は思わず溜息。

 お前らそりゃさすがに無謀、蛮勇だと悟って。


 不良三人に襲われそうになるという、普通なら恐怖を覚える状況。

 その最中でも、雁瀬は変わらず微笑んだままで――


「“ネメシス”」


 不意の呟き。

 同時に強く茜色が輝き、


 ドォン! と、

 彼女の背後に現れたのは、


『――……』


 立てた状態の鈍色の、棺桶……?

 その天辺には、血の涙を流した女の顔のような意匠が施されていて――


 突如、バガン! と、観音開きになっている棺桶の前部が、開く。

 その内側、扉に至るまでびっしりと並ぶのは、長く鋭い、棘。


「――!?」


 それを見て、さすがに怯んだのか止まる犬山たちの足。


 すると図ったように、棺桶内部から物凄い勢いで飛び出てくるのは、鎖。

 よく見るとその末端は手錠のようになっているらしく、


「なっ?!」

「ヒェッ!?」

「うげッ?」


 ガチャガチャガチャッ! と、たちどころに三馬鹿の両手足を拘束。

 ……どうも雁瀬が“魔法”を出した時点で、風紀委員男子は自分の“魔法”を解いていたらしい。

 ともあれ、先程よりも厳重に身動きを封じられた犬山ら。


「だから暴力はだぁめ。あんまりはしゃがれるとぉ、お姉さん困っちゃうなー」

「え……」

「ちょっ」

「これ、引っぱら……!?」


 そちらへ悠然と歩み寄っていき、人差し指などを立てて見せている雁瀬。

 加えてどうも、鎖には引きこむ力が働いているらしい。

 それも生半なものではないようで、繋がれた三人は少しずつずりずりと引きずられていく。


「犬山丈君。猿橋錠司君。鳥羽門人君……」


 繋がれた三人をそれぞれフルネームで呼ぶ、雁瀬のゆったりとした口調。

 かえって不気味なその穏やかさに、呼ばれたほうは顔を引きつらせ、冷や汗。


「校内での他の生徒との諍い、三回。無断での授業のサボタージュ、四回。その他ちょっとした騒ぎなど、風紀委員(わたしたち)から口頭で注意を受けること複数回……六度ほど科したはずの反省文も、結局今まで一度の提出もなし、と……」


 抵抗むなしく、徐々に棺桶との距離が縮まる三人。

 それを迎えるように傍らに立つ、雁瀬の表情はやはり変わらず、慈母のような微笑みで。


「さすがにちょーと、お姉さんも見過ごせないかなぁ? あんまりこういうのはよくないんだけど、でも、いい子にできないならすこーし厳しくするのも、時には必要よね……?」


 少しだけ、立ち位置をずらす彼女。

 さすれば棺桶とそれに繋がる三人を遮るものは、もはやなく――


「だから、お・し・お・き♥」


 立てた人差し指を口元に、片目をつむり、内緒するようなポーズで、雁瀬は一言。

 同時に鎖が、飛び出た時と同等の速度で一気に引きこまれ……


 ジャララララ、バタン!!




『あ゛あああああああああああっ!?!!』




 棺桶から、閉じこめられた三人による、長く尾を引く断末魔のごとき叫び。


「おいあれ死んだんじゃ……?」

「大丈夫、です」

「いやでもめっちゃトゲ生えてたし、どう見ても三人入る大きさじゃねぇし……」

「あのトゲって見た目だけで、実体はないらしいです。中も特殊な空間になってるらしくて……六人までなら入ってったの、以前見たことがあります。もちろんその人たちも生きて出てきましたよ? ……ええ。生きて」

『ぎゃあああごめんなざあああああいッ!!!』

「……ほんとに大丈夫か?」

「大丈夫……です。たぶん」


 時折ガタガタ揺れる棺桶を見て、思わずそばにいたリリへと問うてしまう桃児。

 返す彼女の口調は、努めて冷静。

 しかしその顔はすこし引きつっていて、かえっていっそう不安になってしまう。


「さぁて、虎丸桃児君?」

「ッ、う、うす」

「今回の騒ぎについて、あなたの視点からも話を聞いておかないとね。あとで駆けつけたリリちゃんたちは全容を知らないわけだし、当事者全員の意見を聞かなきゃ公正な判断はできないしー。あ、もちろんあの子たちにも、あとで話を聞くつもりよ?」

『うわあああぁぁぁ――ッ!』

「……」


 不意に呼ばれ、知らず桃児の背筋は伸びる。

 そんな彼へ歩み寄る雁瀬の問いかけ。その口調はあくまで優しく、穏やかなもの。

 しかしそれで緊張が和らぐようなことはなく、むしろより身の引き締まるほど。


「あらあら、そんなにカタくならないで。さっきのことをよーく思い出して、なるべく正確に話してくれたらいいの。――あぁそれとも、厳しい処分が下るかもーって心配してる? ふふっ、大丈夫。どんなに厳しくても、反省文の提出くらいで済むからぁ。……あ、でもぉ」


 言いながら、桃児にそばの椅子へ着くよう仕草で促す彼女は、

 ふと一旦、言葉を止め、


「嘘ついたり、ごまかしたりは、しないでね? お姉さんと約束、ね?」


 そうつけ加え、また慈母の微笑み。

 自然、無言で頷く……というか、頷かざるをえない。

 喧嘩の場でなら恐いものなしの桃児も、

 逆らうべきでない相手がいることくらいは、承知していた。

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