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桃児、真祇会に立つ

メアです。

またよろしくおねがいします。




 都内某所。

 そこそこ治安のよろしくない路地裏の一角にて。

 これまたそこそこ素行のよろしくなさそうな男一人が、


「――ごはあっ!?!」


 殴り飛ばされ、もんどり打ってアスファルトへと倒れ伏した。


「ぅう……」

「――ゲッホ!」


 路地には他にも、同様に倒されたらしい男どもが十名ほど。

 皆ことごとく、しばらくは立ち上がれそうにない様子で方々に転がっていた。

 その他共通項としては、ほとんどの者が同じ学ラン姿である点、そして例外なくガラの悪そうな風貌である点が挙げられようか。


 大勢が倒れ伏す殺伐とした光景の、その中央。

 ただ一人、自らの足で立っている男がいた。


「……」


 その場の誰よりも高いだろうと思われる長身。

 身に着けているのは、周囲の者とはまた別の学校のものと思われる学ラン。

 ところどころ跳ねのある黒髪を後ろへ撫でつけ、やや猫背気味に倒れた男らを睥睨するその様は、

 あたかも獰猛な獣のようでもあり。

 そんな彼がややあって、わずかに乱れた学ランの襟を正すようにしたあと、


「――ッハ」


 少し呆れたような息をひとつ、大儀そうに吐き、


「……さすがに懲りたろ。もう突っかかってくんじゃねぇぞ。俺だってヒマじゃねんだからな」


 それから倒れている誰にともなくそう呟いて、踵を返しその場を去ろうと――


「くぉら、虎丸(トラマル)桃児(モモジ)

「げ」


 ――したところで、名指しで呼び止められた。

 我知らず足を止め、気まずげにひとつ漏らす彼――桃児は、

 それからぎこちなく、声の方へと振り向いた。


「ったくどこほっつき歩てんのかと思えば、お前さんまた……今日は話あっから、学校(ガッコ)終わったらすぐオレんトコ顔出せっつっといたでしょーが」


 視線の先には、呆れ顔で路地裏を覗きこんでいる、年のころ三十半ばほどの男。

 ぼさぼさの癖毛に色眼鏡と、どことなく胡散臭い風体だが、それを不審がる様子は桃児にはなく。


「いやでも叔父貴よ、因縁つけてきたのはこいつらの方で、」

「へいへいそのへんの話は帰ってから聞くとして、とっととずらかりますよ不逞の甥よ」

「それでいいのか。仮にも俺の保護者だろアンタ」

「なんだ、素直に通報されてしょっぴかれたいの?」

「そりゃごめんだがよ」

「堅気に迷惑かけたわけでもなしってことで、ご近所さんにもお目こぼししてもらってんだから、その厚意をムダにしちゃいかんよ。ほれ行くぞ、キビキビと」

「……あいよ」


 案の定、互いを「叔父」「甥」と呼び合う両者は、気安いやりとりののちその場を立ち去った。

 あとに残るのは、不良ばらが累々と倒れ伏す殺伐とした光景。

 苦痛に呻く彼らを憐れむように、風がひとつ吹き抜け、路地裏を撫でていった――






「――ってなワケでお前さん、明日っから転校ね」


 ややあって、都内の別の某所。

 下町の一角にある、一軒の小さな喫茶店“Go West”。

 その事務所兼物置(物置兼事務所かもしれない)の屋根裏部屋にて、

 店の主でもある色眼鏡の男――西行(サイギョウ)遊人(ユウジン)が開口一番己の甥へと告げたのは、そのような言葉。


「……は?」

「諸々の手続きはもう済んでっから……これとこれ。お前さんはこの書類だけ持ってきゃいい」


 出し抜けに聞かされ、思わず声を上げる桃児。

 それを聞いてかいないでか、雑多なものになかば埋もれそうになっているデスクに着く西行が、引き出しから取り出した書類とパンフレット数枚を、机に置いて示した。


「いやいや待て待て、急すぎんだろ。っつーかそのワケ(・・)を話せワケを」

「こないだ、お前さんの学校で身体測定あったろ?」

「あ? ああ」

「そこでドン、ほれ、結果が出たワケだ。“REI保有量92”。お前さん立派な“魔法使い”だったってコト。はいおめっとさん」


 詰め寄る桃児の焦りように反し、書類のひとつを開いて示す西行は平然そのもの。

 さらには加えて、おざなりな称賛と拍手。

 これには桃児も唖然とするよりほかなく。


 書類と一緒に、机の上に開かれたパンフレット。

 そこに紹介されているのは、昨今世間でなにかと話題になりがちな、ある施設――


 “魔法使い”のための学園。


 世情に疎い桃児であっても、その存在くらいは知っていた。

 二十年ほど前、突如世界各地で起きた地殻変動。

 それに前後し、やはり世界各地に現れはじめた、特異な能力を発現させる子供たち。

 既存の科学では説明がつかぬ、時には物理法則すら無視するかのような現象を起こす力……


 それらはまさに“魔法”としか思えず、

 だから自然と、それらの力の行使者は“魔法使い”と呼ばれるようになり、今日に至る。


「――っつわれても、そもそもそんなワケわからん力なんかねぇぞ、俺」

「“魔法使い”のなかにゃ、己の力に無自覚なヤツもいるっつーハナシよ? んだからそのへんの検査諸々のためって意味合いも、転校にはあるワケ」

「……荷物とか、今住んでる部屋とかはどーすんだ?」

「学園は家具完備の全寮制だから、とりあえず必要なのは着替えと勉強道具くらいだな。お前さんの住んでる部屋はあとひと月くらいは契約続けとくから、その他私物やなんかはおいおい休日にでも運んだらいい」

「バイトはどうなる。いきなり辞めるわけにも……」

「あ、そのへんもすでにオレからハナシ通しといた。たまには保護者らしーコトもしないとねー」

「…………」


 一応の抗議として、思いつく問題点をいくつか挙げてみる桃児。

 しかし案の定というか、叔父の返答に隙はなく。時折妙な如才なさを発揮する彼の手により、お膳立てというか外堀埋めというか、とにかく前もって済まされてしまっているらしい。


「まぁそう渋い顔すんなや桃児クンよ。ダチもいない喧嘩三昧な身分じゃ、今通ってる学校にもとくに未練はなかろ?」

「身に降る火の粉払ってるだけなんだがなぁ……」

「のワリにゃご機嫌でぶん殴ってるように見えるがねー」

「……」

「さておき、ノリ気でなさげな桃児クンにとっときの情報だ!」

「あんだよ」

「統計的に“魔法”の発現は男女比3:7だそうよ? 必然ッ、キミの転校先も女子率高めのパーラダイッ! むしろオレが通いてーよぅ、ちくしょーめ!!」

「淫行でしょっぴかれろ」


 唯一の身内との馬鹿なやりとりに、頭がつきそうな低い天井を見上げ、溜息を吐く桃児。

 とはいえ、転校そのものにさして不満があるわけでないのも事実。

 別れを惜しむような友はなし。破落戸どもとのド突きあいにも辟易してきたところではあるし、ここらで環境を変え心機一転というのもありか、とも思える。

 ……そうでも思わないとやってられない、ともいえる。


(世話んなったバイト先にゃ、挨拶くらいはしときてえとこだが……)


 それも折をみてでいいだろうと、桃児はもうひとつ溜息を吐き視線を戻した。


「まぁ冗談はさておき、女の子多めの環境なら、今みたいに無駄に喧嘩っぱやくなることもあんめ。あともいっこ、とっときのサプラーイズもあったりなんかしちゃったりなんだけども……」

「んだそりゃ?」

「そいつぁ転校してからのお楽しみってコトで。ともあれお前さんは、部屋戻って用意するこった。行き先は孤島! んでこれが今日最終便のチケット……ああ、時間、今から準備せんと間に合わんかも」

「まずそれを先に言えってんだ、ったく」


 抜け目ないようでやはり抜けている叔父に呆れつつも、

 それからすぐに住んでいた借家へ向かい、慌ただしく準備を整え――




   ●




 ――数時間後。

 太平洋上に浮かぶ孤島、真祇会(マギエ)島。

 その地に桃児は、ついさっき降り立ったところ。

 乗ってきた飛行機を降り、島唯一の空港を出て、


「くぁ……」


 ひとつ、大あくび。

 それから視線を巡らせれば、目につくのは学園の方向をしめす看板。

 必要最低限の荷物を入れた旅行鞄を担ぎなおしてから、彼はその案内に従い歩きだす。

 念のためと看板を探しはしたが、そうでなくとも目的地へたどり着くのは容易だったろう。それらしい施設は機内からも見えていたし、今もそう。そもそも今歩いているこの島の主要道路がまさに、空港と学園をつなぐために敷かれたものだろうから。

 まだ新しさを感じさせる、黒々とした車道のアスファルト。

 道路沿いの建物、店舗も建って日が浅く……というか今まさに建設中の建物も見受けられる。

 そんな小綺麗な街並みも、物珍しくはあるのだが……


「あの光景にゃ敵わねぇよなぁ、さすがに……」


 思わずそんなことを呟き、視線を遠方に投げる桃児。

 そんな風にそれ(・・)を見上げる、または見下ろすのは、もう何度目か。

 飛行機上で、そして今も、学園施設や街並み以上に目を引くもの。


 島のほぼ中央に鎮座する山。

 かつて休火山の火口だったその頂上から、煙のように天へと立ち上るのは、光。


 この世に“魔法”を齎したとされる、世界各地での異常地殻変動。

 その結果立ち現れた、噴煙の如き“魔導光(マギカ・レイ)”の地上放出現象。


 それを目の当たりにすれば、いくら感受性豊かとはいえない桃児といえど痛感せざるをえない。

 この場所――“魔法使い”のための学園。

 その立地であるここ真祇会島が、特異な地であることを。


(つって、それが俺に関わるっつう実感はイマイチねぇが……)


 歩きながら、そんな風にも思う彼。数値が出たとはいうが、“魔法”などというおかしな力を使うどころか、力そのものへの自覚すらないのだから仕方ない。

 この特異な島も、それから学園も、どうにも余所事に思えるというのが正直なところだった。


「……」


 なにげなく周囲を見やる。

 大きな施設が学園くらいしかない孤島にしては、それなりに多いといえる人通り。

 しかし学園、ひいてはこの島自体が世界的にも稀有な場所であることを鑑みれば、むしろ自然な賑わいだろうか。


 従来の科学を根底から覆しかねない、“魔法”という超常。

 その存在は格好の研究対象であり、新たな商機であり、なにより実在の幻想だ。

 研究者然とした集団、いかにもビジネスマンといったスーツ姿の男、和やかな観光客……

 そういった人々が歩道を行き交い、島の賑わいを形成している。


「――!」


 そしてそのほとんどが、桃児を見るなり道を譲るようにさりげなく距離をとる。


「……」


 つい、軽く鼻から息を吐くようにしてしまう。

 いつもどおりといえば、そのとおり。生来のがたい(・・・)の良さと目つきの悪さのおかげで、親しみやすさとは無縁の彼。他人に恐がられるのも慣れっこで、ガラの悪い連中に変な因縁つけられるよりはむしろましだとすら、最近思うようになってきたところだった。


 気を取りなおし、進む先を見やる。

 目的地の学園、その施設との距離もだいぶ近づいてきており――


『――……』


 不意に、なにかに呼ばれるような感覚。


(なんだ……?)


 知らず足を止め、声? のほうを振り向く。

 主要道路から逸れる、細い脇道。そこに人通りはなく、気のせいと捨て置いてもよかったが……


「……」


 妙に、気になった。

 なるべくこの時間までに受付を、と指示された時刻にはまだ余裕がある。

 ならばと軽い気持ちで、桃児は寄り道してみることに。


『……、――』


 路地を少し進んだところで、再び彼を呼ぶ声。

 否、気配といったほうがしっくりくるだろうか。具体的な音として耳に届くものではなく、なんとなく“呼ばれた感じ”がするというだけの、奇妙な感覚。


 あるいは、これが“魔法”というものなのか。


 そんな風にも思いつつ、感覚に従いしばし進み……


「……地蔵、か?」


 そうしてたどり着く、その気配の元と思われる場所。

 低木に囲まれた簡素な祠。

 いかにもお地蔵様が祀られていそうなところ。

 しかし覗きこんでみると、中に坐すのは想像とは少し違うもの。


 石造りで丸っこく、ぱっと見では地蔵にも思えるが、

 よく見ればそれは女性を模ったものだとわかる。

 女性というよりは、女児だろうか。神職めいた衣装を纏い、穏やかに微笑むような女の子の像。


「お供えもんでもしろってか?」


 たどり着いてからは気配が止んだのにも気づきつつ、桃児はなんとなくそう声をかけてしまう。

 当たり前だが、返事はない。

 祠を彩る花に囲まれ、微笑んだままの像。

 突然語りかけてくるとか、まして動き出すなどの超常現象も当然起きず、ただ静かに佇むのみ。


 屈んだ姿勢から起き上がり、また軽い鼻息の桃児。

 なにやってんだか、と自分に呆れたがゆえの仕草。空耳程度で寄り道など、我ながららしくねぇ、とも思う。あるいは“魔法”の島という特異な場所に来て、浮かれでもしたのだろうか。虎丸桃児ともあろう者が。


「ッハ」


 意図して、軽く笑い飛ばす彼。

 そうして気持ちを切り替え、踵を返し来た道を戻ろうと――




 したところで、

 突如路地を駆け抜けるは、熱風。




「ぅおあっつ?!」


 堪らず数歩後退し、また祠の前まで戻ってしまう桃児。

 それから顔を庇った腕を下ろせば、


 目に入るのは、赤い輝きと青い輝き。


「――チィッ、外したか!」

「ハハッ! 当たるもんかよ! テメーの攻撃なんざ!」


 それらは二人の人物――

 否、その傍らに立つ奇妙な人形から発せられていた。

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