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第1話

稀代の悪女。


そう呼ばれた女性は公女という身分を利用し皇太子の想い人にひどい嫌がらせだけでは飽き足らず、毒殺しようとしたという事で処刑を宣言された。


しかし、心優しい皇太子の想い人の女性により処刑ではなく、国外追放という罰で済んだ稀代の悪女は国を去ることになり、また皇太子の想い人の女性は皇太子と結ばれ、皇太子妃となった。


そしてその稀代の悪女というのが――――――


「えっ!?安っ!!!なにこれ、今日キャベツ安すぎない!?」


他でもない。


この明らかに公女だった人間とは思えないほど庶民じみている私、スカーレット・ラグラリア改め、ただのスカーレットなのであった。





私、スカーレットはスカーレット・ラグラリアとして生きた女性ではない。


彼女は死んだ。


それは比喩ではなくただの事実だ。


よく決意を新たにした際、生まれ変わった気持ちで未来を歩む、なんて言い方はあるけれどそういう事ではない。


スカーレット・ラグラリア元公爵令嬢。


彼女はラグラリア家の一人娘として生まれ、ビオール王国で一番身分の高い令嬢として人生を生きていた。


しかしある時、彼女は二番目に身分の高い人間へと変わる。


それは皇族の次に身分が高いとされる”聖女”と呼ばれる存在が現れたからだ。


帝国で一番身分の高い令嬢として生きてきた彼女にとってそれは屈辱だった。


そしてその屈辱から聖女に対し、嫌がらせをした末毒殺未遂まで起こしたのだと国外追放されたスカーレット・ラグラリアについてきた元侍従の青年、ラグに聞いた。


その後、国外追放に納得できなかった彼女はこの先の未来に絶望し、自殺を計った。


で、その自殺は成功し、彼女は死んだ。


後からが本題だ。


スカーレット・ラグラリアと共に国外へやってきたラグというのはラグラリア家の代々使えてきた家系の人間で、スカーレット・ラグラリアが国外追放を言い渡されるまで神殿で神官として生きていた。


彼はひどく純粋で信仰心が厚い。


そんな彼の願いを神が聞き入れないことはなかったのだろう。


彼がスカーレット・ラグラリアの死を悲しみ、神にスカーレット・ラグラリアの復活を祈ったせいで私が今、ここにいる。


ここではない世界、日本で貧乏OLとして生きていたはずの私が。


「いやぁ、大量大量!今日の夜ご飯は何鍋にしようかなぁ♪」


日本で生きていた時の私の名前が何だったのか、どういう人間だったのかとかは何も覚えていない。


覚えていることはただ二つ。


私が日本で貧乏OLとして暮らしていたこと。


そして一日三食鍋生活大歓迎と言えるほど鍋が好きな私は不況により値上がりする野菜に絶望しながら事故にあったせいで生涯を終えようとしていたが、「最後に鍋が食べたかった。」と言葉をこぼしたら何やら「その願い、私が叶えましょう。」という声が聞こえ、気づいたら全然知らない世界にいたという事。


恐らくだけど死ぬことを望んでいる本来のスカーレット・ラグラリアの復活は困難であり、生きて鍋が食べたいと願った私の復活は容易だったのだろう。


……いや、知らんけど。


とにかくなんやらの事情で再び生きて鍋が食べれるようになったことですべてどうでもよくなった私は明らかにスカーレット・ラグラリアの性格が変わったことで驚いていたラグと話し合ったことで互いにこの事象による理解を深め合い今がある。


まぁ、そんな今までの事なんて正直どうでもいいし、異世界の人間に憑依なんてことをしてしまったものの私には特に今後するべき使命もない。


国外追放後流れ着いた街はそれほど大きくはないけれど近くに農村が多く、野菜が豊富で人も温かい。


日本でせわしなく生きてきた私にとっては早すぎる隠居生活を謳歌するには十分すぎるほど幸せな日々を暮らしていた。


願わくばこのまま何の使命もなく、毎日鍋を食べて生きていきたい。


そう、元スカーレット・ラグラリアの侍従である同居人、ラグと共に!!


「……最初はこんな事流石に続かないと思っていたんです。」


「…………はい?」


大量の野菜を抱きかかえ、家に帰り鍋の準備をしているとダイニングテーブルに向かい着席しているラグに真剣な面持ちで話を切り出された。


(一体何が続かないと思ったんだろう。……あ、まさか!)


「うんうん、そうだよね。私も最初は思ったよ。よく知りも知らない異性と同居生活なんて仲のいい友人同士でも同居は難しいっていうじゃん?いやぁ、やっていけるかなぁ~って――――――」


「あ、いえ、そうじゃないです。」


しみじみと今までの事を振り返りながらラグの言葉を理解したかのように私の考えを述べるとラグにはさらっとそうじゃないと一蹴される。


あまりにもさらっとためらいもなく一蹴されたことでなんだか出ばなをくじかれた気持ちになるものの、私は静かにラグの訂正を待つ。


ラグはひどく真面目な性格な上、しっかりと意思表現のできる子だ。


スカーレット・ラグラリアとは歳が同じ17歳らしいけど、なんとなく前世の私は26歳くらいだった気がする。


だからか若いのに私よりしっかりしているなぁと感心させられることが多い。


そんな彼が今何について発言をしていたのかを静かに話始めた。


「正直、毎日鍋というのは絶対無理だと思っていたんです。飽きるだろう、と。」


(あ……なんだ、鍋の事か。)


神妙な面持ちで話し出すものだから何の話かと思えばまさかの鍋の事で気が抜ける。


どうやら見ず知らずでこの世界について何も知らない私と暮らしていくことに対する不安についての事ではなかったらしい。


それは不安がられていなかったのだろうかと思うと少しうれしい。


「神殿でも毎日同じ料理は出ません。もちろん、神殿での料理に比べたら鍋は贅沢すぎるほどの料理ではありますが……それでも毎日鍋が食べたいという貴方の要望を聞いた時、そんな毎日同じものしか食べない修行生活を果たして自分は続けられるのかと不安になっていたのが懐かしいなぁ、と……。」


「うんうん…………え?修行と思われてたの、最初。」


ラグと暮らし始めてはや半年。


最初はお互いに言いたいこともいい合えない中……だったのだろう。


割とラグにはずけずけずばずば言われていると思っていたけど、そうじゃないところもあったらしい。


「俺がスカーレット様の復活を願ったばかりに見ず知らずの世界に連れてこられた貴方が俺の謝罪に対し求めた事が「毎日鍋が食べたい」というならその修行生活に俺は黙って耐える義務があると思ったんです。なのに今じゃ……」


「今じゃ…………?」


「目の前で煮詰められている野菜たちを今か今かと毎日待っているだなんて!!!」


話している間に野菜を切り終わり、ラグの目の前でカセットコンロのようなもので

鍋に火をかけるとラグは悔し気によだれを垂らしながら力強く言い放った。


どうやらこの現状を受け入れ、順応しているのが何やら屈辱なのか悔しいのか、そういう事らしい。


気に入ったなら別にそれでいいじゃん。


と思うのだけど……。


「というか、貴方の作る鍋、何なんですか本当。毎回毎回味が変わるから飽きる暇もないんですが。」


「いや、そりゃ私だっていやだよ、毎日同じ味の鍋。」


いくら鍋好きとはいえ毎日毎日同じ味は嫌だ。


でも鍋の素晴らしいところはスープさえ変えてしまえば飽きることなく毎日食べられるところだ。


一応私が毎日同じ味は嫌だっていうのももちろんあったけど、私の鍋活に付き合ってくれているラグの為にも飽きさせない工夫はしてきたつもりだ。


だからか素直じゃない感じに悔し気にでもこの鍋活を共に楽しんでくれているラグには感謝の気持ちがあふれてくる。


「今日は何鍋ですか?」


「さぁ、何鍋でしょう!」


「そういうのはいいんで簡潔に答えをください。」


よだれを垂らしながら鍋を見つめるラグに少し遊び心のある返答をしてみると真顔できっぱり遊び心を否定される。


どれほどまでに今日の鍋に興味があるんだか……


「今日はキムチ鍋だよ。まぁ、この世界にキムチは存在しないから自分で適当に作ってみたものだけどね。」


日本での私についてのプロフィールは何一つ思い出せない。


だけど一般常識などの生活に関する知識、特に食に関する知識については容易に思い出せる。


これも鍋が食べたくて死んだが故の恩恵か、元々食べることが大好きだった私にはとてもありがたい限りだ。


「でも本当、ラグが鍋を気に入ってくれて嬉しい限りだよ。最近なんて食べる量自体が増えたもんね。」


「…………はい?」


「鍋なんてヘルシーな食生活なのにラグ、このところちょっと肉付きよくなってきたのが鍋活を謳歌してくれている何よりの証拠だよね~。」


「………………。」


同士。


そう言っても過言ではないほど鍋を愛してくれているラグに対し嬉しい気持ちがあふれてくる私はラグと共にどんどん温まっていく鍋を見つめている。


いや、本当。


神殿での食生活がどれほどのものだったのだろうと思わされるほどヘルシーな食生活のはずの鍋活でラグは太ってきた。


というか、前が細すぎたから健康的になってきたという方が正しいのかもしれない。


最初は細すぎて「何この子、ほっそ!!」なんて思ったけれど今じゃ少したくましい。


なんて思っていた時だった。


「……とってください。」


「ん?なんて?」


声を震わせながら小さな声で何かをつぶやくラグ。


なんて言ったのか聞こえなかった私はラグになんて言ったのかを聞き返した。


するとラグはこぶしを握り、軽く机をたたくと――――――


「太ったのは間違いなく貴方の作る鍋がおいしすぎるせいです!責任をとってください!!!」


ひどく理不尽な文句を言い放たれたのであった。


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