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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 魔道王子、帰国する
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魔道王子、ネズミの実力を見る

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 カルシーム砦の出国出口は壁の中で二度曲がるように作られている。馬に乗ったまま魔道の光源が照らす中をゆっくりと進んでいくと、出口に立っていた青騎士がレスタに敬礼をした。振り返れば砦の上の見張りも姿勢を正して見送っている。


「こんなの見ると、みんなに慕われているレスタを本当に連れていっていいのか悩むよ」


 山道を苦にしない馬たちに揺られながらアラステアはぽつりとつぶやいた。横を歩くレスタがちらりと見上げてきて小さく笑う。


「この国の者たちは私たちを慕ってくれるが、私たちの幸せが契約者と共にあることを知っている。だから笑顔で見送っていただろう?」


 レスタの言葉でも消えない罪悪感を顔に浮かべるアラステアに、精霊は青い目を楽しそうに輝かせて話を続けた。


「それに再会できたら世界を見てまわろうと約束したはずだ。私はそれを楽しみにしていたのだよ」

「ああ、うん。そうだった。本を読んでいろいろ行きたい場所を考えていたんだ。千早のときも、アラステアになってからも」


 そこからあの湖はとか、遺跡はとか、そこは訪れたことがあるなどと二人の会話は弾んでいる。その後ろにいたヴァージルは並んで進んでいたジークにあきれたように話しかけた。


「あの二人、いつもあんな感じか?」

「ああ。変わらないな。いつもああして本当に楽しそうに話しをしていた」

「あんたも、彼女(・・)を待ったのか」


 痩せた男がグレーの混ざった緑の目でこちらを見てくるので、ジークは男らしい顔で小さく笑う。


「ああ」

「あいつは男だぞ」


 ヴァージルの鋭い視線が前を行く二人に向いても会話は続き、ロイは馬の頭の上で楽しそうに話を聞いていた。


「知っている」

「シャムロック魔道帝国の皇子だ」

「そうらしいな」

「簡単に手を出せる相手じゃない」

「そうだな」

「あんたはどういう立ち位置であいつについていくつもりだ」


 ここでようやくジークは驚きに満ちた水色の目をヴァージルに向けてから、しばらく考えて口を開いた。


「お前と一緒だよ。俺は彼と精霊王を守護するものだ。役割的にも盾だな」


 端的に返事を返されたヴァージルが口をつぐむと、にやにや笑ったロイが馬の頭から頭へ飛び移って男のそばまでやってくる。


「質問は終わった? 残念ながらジークに裏なんてないよ。今はアラステアのそばにいたい、ただそれだけ」


 楽しそうな声は質問が杞憂だと明確に示していて、ヴァージルは少し前に出た体格の良い男の背中を見つめた。


「裏切らないなら、いい」

「うん、ヴィー君の心配もわかるよ。恋とか愛って簡単に裏返るからね。でもさ、ジークが恋をしていたのは千早なんだ。アラステアじゃない」


 ロイの言葉に肩の力を抜いたヴァージルだったが、片耳が少し欠けた彼はそこでにんまり笑って。


「ただジークがアラステアを好きにならない保証はないけどね。もともとジークの恋愛に性別は関係ないみたいだし」


 ジークのもとへと戻っていく彼の楽しそうな言葉に驚きながらも、ヴァージルは最後尾から前を行く彼らを冷静に眺める。

 精霊に秘密は守れないから、人に知られて困ることは精霊に話さないほうがいいとは事前に聞いていた。ということはロイの今の話は事実なのだろう。


 精霊とは人にはかなわぬ強大な力を持ち、おのれの欲するままの言動ゆえに余計な欲望を持つことはなく、自分を受け入れぬモノですら気にならない器の大きさを持つ存在に見える。そしてそんなおおらかな存在が身近にいる人々もまた、受け入れる度量が必要なのだろう。


 ヴァージルとてエーレクロン王国で遊んでいたわけではない。(あるじ)たる青年が迎えに来た精霊とはどういうものなのかを、主とは違った視点で調べていたが結果は二通りだった。

 精霊を受け入れる者と受け入れられない者。

 ヴァージルのように精霊を自分とは姿が違うだけの意志ある生き物として受け入れればいいのだが、それがどれだけ困難なことなのかアラステアは知っているのだろうか。


 思考の中心人物に目をやると、強大な魔道を苦もなく操り、剣での接近戦はもとより徒手空拳でも戦うことができる青年が、おのれの精霊に向かって帝国にいた時ですらめったに見せなかった穏やかな笑みを浮かべていた。理知的な金の目がここ数年は見たことがないくらい甘く溶けていて、ヴァージルの気分をかすかにイラつかせる。

 みっともない独占欲だと自覚している男が小さく頭を振って愚かな思想を追いだすと、観察するように黙って見つめてくるジークと目が合った。


「完全に信用できないのはお互いさまか」


 それでもアラステアが信用している以上、ジークが自分の次に頼れる男であることには変わりはない。あとはこの男たち(・・)がどの程度使える(・・・)のかだけだった。








 どうやらヴァージルは精霊とジークを受け入れることにしたらしい。こっそり様子をうかがっていたアラステアは安心して前を向いた。

 もともと裏ギルドに所属していた男なのだ。そう簡単に人を信用することができないのはわかっていたが、ヴァージルともジークとも一緒にいたいと思ってしまったのは自分だ。


「私は帝国の皇子なんてものになって欲張りになったなぁ」


 隣を歩く大好きな存在に罪を告白するように告げれば、風でたてがみを揺らしたレスタが面白そうに笑う。


「そなたが私以外を受け入れるのは少々嫉妬するが、彼らを受け入れた程度で欲張りとは思えぬがな」


 本当は二人きりがいいのだとさらりと告げた言葉に、かぁと顔に血が上る。千早のときは何度も言われてきた言葉だというのに、アラステアになってから改めて言われると羞恥心がすごかった。


「そうだといいけど……」


 その時レスタが歩みを止めてロイが馬の頭の上で立ち上がり、軽く手綱を引いて馬を止めたアラステアも街道の左側に茂る森をにらむ。そこは風がさわさわと木々を揺らし、人の股下ほどの高さの下草も視界を遮るように生えていた。


「珍しいな」


 ロイを肩に乗せたジークが馬から降りて低い声でつぶやく。

 まだ視界には入らないが、魔力をまとったしっかりとした歩みは肉食魔獣だろう。気配を消しつつ馬か人を狙っていたようだが、レスタがいるためか今回は見送ることにしたらしく近寄ってくることはなかった。


「少し時間をもらっていいか? これだけ街道に近い場所にでるなら、次に通った人が襲われそうだ。それに俺たち(・・)の実力を彼に見せるいい機会だろう」


 旅装そのものが魔獣の素材を使った防具だが、ジークは腰に下げた剣を抜くだけで駆除の許可を求めてくる。


「いいけど、実力を見せるには小物すぎないか?」


 国境付近とはいえエーレクロンの騎士たちが定期的に魔物を駆除しているため、今回の魔物は大型犬と同じくらいの大きさでしかない。


「僕ならいい? アラステアも初めて見るでしょ?」


 ジークの肩にいたネズミの精霊が黒い目を楽しそうにきらめかせながら尻尾を揺らした。小さな体で自信満々に見上げられれば、なんでもいいぞと許可したくなるほど可愛らしい。男前で体格のいいジークの肩に乗るかわいいネズミ、なんて目の保養にいい光景だろうか。


「無理をしないならいいよ」

「おい」


 体の大きさから心配したヴァージルが割り込むが、過去にロイはレスタの首を飛ばす役割を担っていたのをアラステアは知っていた。ネズミの精霊曰く自分はジークよりも弱いらしいが、それは直接行使の武力に限ったことだと今ならわかる。


 アラステアからの許可に鼻歌を歌いながらロイはジークを促すと、鍛えあげられた身体の男性が剣に手をかけることなく草むらへと入っていった。男の歩みにためらいはない。魔物の視線がどこからか向けられていてもただまっすぐ前を見て、街道からしばらく進んだところで止まった。


 旅装ゆえに身に着けたマントをひるがえして(きびす)を返したジークが、再び街道に戻ろうと歩き始めた直後。

 彼の背後で大きく揺れる下草と「ギャン」という獣の悲鳴にヴァージルは目を細める。ジークは剣を抜いていないどころか振り返ってすらいない。獣型の魔獣はまず足を狙って獲物を引き倒してから喉を狙うが、ジークの肩にいたロイに届く距離ではなかった。


「ロイはすごいなぁ。あと二匹」


 感心したようなアラステアの言葉に魔道を使用した気配もなく、ジークの歩みも止まらない。獲物を逃がしてなるものかと狼型の二匹の魔物が左右から挟み撃ちにして牙をむくと、ジークの肩から銀光が滑るように植物を薙いだ。そうなって初めて男が軽く三歩下がり、元の場所にビシャリと液体が飛ぶ。


「お前、もう少し……」

「ごめん、ごめん。一匹が軌道を予測して回避してきたから、こっちも間に合わなかったよ」


 責めるジークに軽く謝罪するロイ。長く伸びた彼のしっぽを振るって汚れを落とすと、二人は街道に戻ってきた。


「最初の一匹は眉間に、残りは首を切断か。しっぽの強度はどのくらいなんだ?」

「ジークの剣と打ちあえるよ」


 体の強度も自由なのだと自慢するように胸を張る小さなネズミを、すごいと褒めたたえたアラステアが指先に魔力を乗せて空中に魔方陣を描くと、魔物の死体が燃えあがる。魔道を使った高火力である程度焼き、周囲に延焼しないように確認してから再び進み始めた。


「残りはいいのか」


 ヴァージルが逃げだした魔物を気にするが、ジークはおとなしく待っていた馬の背にまたがるとうなずいて森を見る。


「ああ。群れが半分になったから当分街道には出てこないだろうし、それくらいなら商隊の護衛でもなんとかなる。それに中型の魔物を狩りすぎると小型の魔物が繁殖して駆除に手がかかるから、ある程度は見逃しているんだ」


 峠道はしっかりと整備されているが、山道ゆえに馬でも足元に注意して進まなければならない。それでも旅慣れた一行はのんびりと会話を続けていた。


「それにしてもロイは強いね」


 馬上の定位置なのか馬の頭の上にいたネズミをほめると、彼はひらひらと手を振ってこたえる。


「精霊力を使うと大事(おおごと)になることが多くて、下町で人間相手に使うには向かなかったから身に着けた技術なんだよ。多分精霊の中では一番の武闘派になるんじゃないかな」


 金獅子、赤熊、銀狼など大型の肉食獣がいる中で、爪と牙に頼らない技術持ちなのだと語るロイの姿は脅威を感じることがなく、それが彼の一番の強みなのだろう。


「だから多少の戦闘も任せてくれていいからね」


 そういって楽しそうに笑う姿は本当にただのネズミにしか見えなかったが。


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