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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
一章 魔道皇子、精霊の契約者になる
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魔道皇子、王都を発つ

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 大陸の強国シャムロック魔道帝国の第三皇子で、エーレクロン王国の前王妃グローリアの覚えもめでたい一級冒険者であり、誰もが見惚れる美貌を持つ独身青年。艶やかな黒髪と甘く蕩けるような金の瞳、肌の色は白くて長い手足と引き締まった身体の二十六歳。

 ここまでそろっていれば己の娘や息子の伴侶にとおもう貴族がいてもおかしくはない。帝国では『精霊狂い』などと呼ばれていても、この国では『精霊の癒し手』でありなんの障害にもならないのだ。


「準備はできたか」


 不機嫌なヴァージルに声をかけられたアラステアは、宿に届いた貴族からのさまざまな手紙をひとまとめにして(くく)ると、あとを任せると書いた手紙とともにラスニールへと届けてもらう。返事を出そうとも面識すらないし、元後見人のよしみで処理してくれると請け負ってくれたので甘えることにしたのだ。


「終わったよ。ジークは?」

「馬の準備をしておくとロイから伝言をもらった。場所はレスタが知っていると」


 ここ数日でずいぶんと精霊になじんだ彼は、本来使えるものはなんでも使う性格もあって精霊たちをすんなりと受け入れていた。


「ファリシオン陛下からの親書も持ったし、母上たちにおみやげも買ったし、この国の上質な防具に買い替えたし……」


 さすがは一年に一度はドラゴンを狩る国だけはある。高品質な武器や防具は騎士団御用達だが、ジークとラスニールの伝手で他国では考えられないほど低価格で手に入れることができたのだ。

 レスタたちとともに宿屋をでたアラステアは遠くに見える王城をふり返る。


 私は先に進むよ。

 誰に言うともなく胸の内で呟けば、耳元で『いってらっしゃい』と誰かがささやいた――気がした。


 ここ数日で街を歩くレスタに多くの視線が集まるようになり、アラステアはレスタとヴァージルと視線を合わせると無詠唱で身体強化の魔道をかける。会話はない。あちらこちらから感じる視線はレスタの契約者であり、シャムロック魔道帝国第三皇子アラステアを探るものだからだ。


 大通りから裏道に入ってすぐに壁に何度か足をかけて屋根の上まで駆けあがると、大きく飛び跳ねるように軽やかに先を行くレスタの後を追う。

 背後では叫び声やついてこようと走りだす複数の気配はあるが、さすがに屋根の上を走ることのできる貴族の見張りはいなかったようだ。彼らがアラステアを探しているうちにヴァージルの姿も消えており、彼は彼で地上を移動しながらレスタを追っている。


「騎士団に見つかるのはまずいか?」


 不意に足を止めたレスタに尋ねられて視線をめぐらすと、確かに数人の騎士がレスタを見つけているようだ。


「私には目くらましもかけているし、報告が上がるのはレインナーク閣下だから平気でしょう」


 少し遠回りをして裏ギルドの連中を追い払ったヴァージルが追い付いてから、三人はふたたび移動を始める。やがて貴族街から離れた場所にある騎士団専用の牧場にたどり着いた。


「アレクシス!」


 のびのびと牧場を走り回る馬たちの中に一頭、ひときわ小柄で栗毛の美しい牝馬が見える。思わず名を呼ぶと彼女はアラステアのところに走り寄ってきて、一緒に体格のいい黒毛の牡馬もより添うように近づいてきた。

 優しい黒い目が幼少期よりともに過ごした主人を映し、アラステアも彼女の顔を撫でて声をかける。


「元気に暮らすんだよ。気に入らないことがあったらこんな雄なんか蹴とばしていいからな。お前も! アレクシスを大事にしろよ! 無理をさせたら大陸の端から戻ってきて返してもらうからな!」


 アレクシスはアラステアの馬だ。元の世界と違って魔力の多い馬は三十年くらい生きるから、十五から一緒に訓練してきた彼女とは一心同体だといってもいい。それなのにこの国について馬を預けていたら、ケガで療養していた軍馬の雄と番ってしまったのだ。


『いやぁ、ガシューが珍しく毛づくろいをしていると思っていたら、あんたの馬もまんざらでもなさそうだし、このまま番わせてみてはどうだろう』


 この牧場主の言葉と黒馬に安心しきったようにより添うアレクシスを見たら、とてもダメだとは言えない雰囲気だったのである。牡馬のガシューの主はジークの上司で大事にしてくれると保証してくれたが、それでもアラステアは最後までごねていた。


「アレクシスは小柄で美人だから、軍馬じゃない気性の穏やかな馬と番わせるつもりだったのに……」


 ぐずぐずと離れたがらないアラステアの首根っこを押さえて、慣れたように引きずって厩舎に連れてきたヴァージルがジークたちと合流する。


「もうあきらめろ。普通の馬と極上の軍馬の交換だぞ。これからいろいろ(・・・・)やる(・・)ならちょうど良かったんだよ」

「まだ言ってるんだ。好きな(オス)と番えるんだから祝福してやりなよ。それに代わりのガシューの弟ジスレは本当に優秀な軍馬だからね」


 ジークの肩の上にいたロイがあきれたように首を振りながら奥を見ると、厩舎には三頭の大きな馬が待っていた。

 その中の一頭は先ほど自分の馬に寄りそっていた黒馬とそっくりで、唯一の違いは顔の中央と左前足の(ひづめ)に近い部分が白いことだけだ。もっさりとした黒毛の間からこちらを見る深い茶色の目は落ち着いていて、調教を終えたばかりの七歳には見えない貫禄がある。

 馬具ですら古いものは使えないくらい体格差があり、これも急ぎで新調してくれたレインナークには感謝していた。


「ごめんな、お前がいやなわけじゃないんだ。ただ大事な相棒と別れなくてはならなくなって少し寂しいんだよ」


 こちらをおとなしく見つめる黒馬は、わかっていると言いたげにアラステアに顔をすり寄せる。その優しさに癒されながらアラステアはジスレと視線を合わせて覚悟を言葉にした。


「私の名はアラステア。これからお前の(あるじ)だ。無理もさせるし危険も伴う。それでも私に付いてきてほしい。ジスレ、よろしく頼む」


 耳をこちらに向けて話を聞いていた黒馬が一度前足で地面をかいた。


「そろそろ出発しよう。お前たちの馬が移動しているのがわかれば、ここにも貴族の使いが押しよせてくるぞ」


 ジークが栗毛の自分の馬に(またが)ると、葦毛の馬上でヴァージルが満足そうに己の馬の首を叩く。

 三人はマントを羽織(はお)り、荷物は斜めがけした大きな肩掛けカバンのみを持つ。冒険者が持つカバンは魔力に応じて収納量が変わるから、アラステアのそれにはヴァージルやジークの荷物も入っていた。腕には魔石を利用した防具の収納用腕輪をはめて、腰に下げる剣だけの身軽な姿の三人は腕利きの冒険者に見える。

 あぶみに足をかけてひらりと跨ると、愛馬とは異なる視界の高さにアラステアは目を輝かせた。


「それじゃあ、行こうか」


 三騎の馬が早駆けで草原を駆け抜ける。もうしばらく南によりながら走っていけば主街道に合流できるが、今は面倒な連中を避けるために街道から離れた場所を走っていた。

 魔物は騎士団が定期的に駆除していて危険は少ないとはいえ、整備されていない走路は馬の負担にもなる。しばらく走って王都の建物が完全に見えなくなってから速足に切り替えて先に進み、ロイはジークの馬の頭に陣取り、レスタは疲れもみせず伴走していた。そして昼休憩にはいっても彼は涼しい顔でアラステアに付き添っていた。


「今回、あいさつ回りはいいのかな?」


 昼食を用意しているヴァージルを横目に見ながら金のライオンに問うと、レスタは尻尾を揺らめかせながら笑った。


「前回は(やまい)を得ていたからね。突然だったから(みな)に心配もかけたし、あいさつもできなかったこともあって声かけに離れたが、普通は精霊がいなくなったり消えたとしても気にしないのだよ」


 一応国の重要人物を契約者にしているリーガやファイなどの精霊は一言言いおいて消えるらしいのだが、それでも期間を言わなかったりするので人間側も慣れているのだ。


「それじゃ、疲れたらすぐに言ってくれ」

「ふふっ、カルシーム砦まで半日で走れる私をそなたは心配するのだな」

「どれだけ早く走れるかは関係ないよ。私はレスタを少しでも苦しませたくないんだ」


 並んで座りながらたてがみをゆっくりと撫でていると、獅子の尻尾がアラステアの腰に巻きつく。


「おら、そこの精霊と契約者! さっさと昼飯食っちまえ」


 甘い雰囲気にイラついたヴァージルがパンに焼いた肉と野菜を挟んだ昼食を用意しながら二人を呼んだ。お茶を入れたジークがカップを渡してきて、三人はこれからの進路を確認しながら食事を取る。

 ちなみに。収納カバンは魔力さえもてばなんでも入るが、中では時間が経過するので出来たての料理を温かいまま保存することはできない。アラステアとしてはそこを改良したかったのだが、残念ながら時を操る魔道は数が少ないうえに才能がないと扱えなかった。

 精霊の件が片づいたら取り組みたい課題の一つである。


「街道で最初の街スタユーナではなく、その先にあるライズの村で一泊する。そこなら普通の馬では一日でたどり着けないから大丈夫だろう」


 ジークの言うとおり、健脚を誇る軍馬たちは気性が荒いぶん体力もけた違いだ。この昼食の場所ですら当初予定していた場所より先に進めていて、だからこそ温かい食事を用意する時間もできた。あと半日進めば差はさらにひらき、初日にそれだけ差が開けばカルシーム砦でも追いつくことはできないだろう。


「そこまで用心することか?」


 そんなにこの男(アラステア)が欲しいのかと半信半疑のヴァージルだが、当のアラステアも同意する。


「帝国なんて遠すぎて、私と縁を結んだところで益はないと思うんだけどね。やっぱりレスタの契約者というのが大きいかなぁ」

「レスタ様と契約すれば王位に近づくといわれているからな」


 荷物を片づけながらジークが笑うと、ヴァージルが手を止めて驚いた。


「なんだ、それ」

「代々の王族を契約者としてきたから、私の契約者は国王も多かったのだ。それゆえにおとぎ話のように語られているが事実ではないな」


 当事者に否定されれば少しは安心したのかふたたび片づけ作業に戻ったヴァージルだが、精霊を間近に見てから感じてきたことをぽつりと言葉にする。


「とんでもないことを、なんでもありにしてしまいそうなところがアラステアに似てるよな」

「あ、やっぱりアラステアってそんな感じなんだ」


 いつのまにか足元にいたロイに独り言を聞かれたヴァージルは、「踏んじまうぞ」と彼を拾い上げて肩に乗せてから騎乗した。


「ああ。俺が最初にあいつに会ったのはあいつが十三歳の時だ。最初の依頼は突然実力をつけ始めた第三皇子の観察だったが、あいつは俺の居場所がなぜかわかっていて、その近くで本を声にだして読んでいたんだよ」


 速足の馬上で当時を思いだしたヴァージルが苦笑いをこぼし、彼の話に興味が沸いたレスタとジークも耳を傾ける。


「最初はなにをしているのか意味がわからなかったが、あいつの話を聞いているうちに内容が帝国貴族の利害関係なのだと気がついて、さらに俺を雇った連中の名前まで出てきたから驚いた。まだ十三歳の子供が俺の気配に気づいて騒ぐわけでもなく、なぜ依頼がだされて俺が雇われたのかを聞かせてきたんだぜ。そんなことをされりゃ、今の依頼と依頼者が馬鹿に見えるのも仕方がないよな」


 ある時は大きな木の下で。ある時はあたたかな日差しの注ぐバルコニーで。天井裏にいたときは真下に椅子を持ってきて絵を見せてきたりと、二人の逢瀬は続いていった。


「そのうち俺もあいつの部屋で気配を消すのをやめたよ。どんなに気をつけても毎回わかるんだから、隠すのも馬鹿らしいだろ。そしたら王家の隠密のおっさんに『第三皇子の隠密だからといって気を抜くなよ』って注意されてな。おいおい、いつから俺はあいつの隠密になったんだと頭が痛くなって、あいつの前にでて直接聞いてみたら、もぐりこんだ初日から私的な諜報員だと言っていたらしい」

「ははっ」


 どかどかと馬の歩む音の中でも聞こえるくらいジークが吹きだし、ロイは肩の上で腹を抱えて笑っている。


「で、俺への依頼が皇子の観察から暗殺に変わった時点で降りたら、次にきた依頼が第三皇子の専属隠密だった。どんな手をまわしたのか裏ギルドからも除名させて完全に抜けさせられたと知ったのは、逃げられないと観念してその依頼を受けてからだな」


 話は聞こえているだろうに懐かしそうにほほ笑むだけで口を挟まないアラステアにロイが質問した。


「なんでヴィー君を専属にしようと思ったわけ?」


 馬の歩調に合わせて楽しそうに体を揺らしながら走っていた黒髪の青年は、極細の魔力を周囲に巡らせながら答える。


「最初はこれ(・・)の練習をしてたんだ。自室から徐々に広げていって第三皇子宮全体まで広げていくうちに、ある一部が不自然に空白になることに気がついてね。今までの諜報や隠密なんかは気づかないか、気づいても切断しちゃうからなんだろうって興味がひかれたよ」


 精霊たちの目にはアラステアの魔力が、背中から美しい金の糸のように広がって見えているのだろう。


「その空白の空間に魔力が届くと、誰かの魔力を一瞬だけかすかに感じて自然と押しだされたんだ。すごい繊細な技術だと驚いたよ。王家の隠密だってよほどの腕利きじゃなけりゃ私の宮に来るのを嫌がるのにね。その不自然な空間に人がいると王の隠密に報告されれば、そんな有能な人物を欲しくなるのは当然だから(将来的には)私の諜報員だと答えたんだ」


 自慢するようににんまりと笑ったアラステアは、風に黒髪を揺らしながら渋い顔のヴァージルを振り返る。


「そこからいち貴族と第三皇子とどちらにつくのが得策かを話していたら、意外に興味を持ってくれて口説き落とせたわけ。裏ギルドへの伝手がなくて兄に力を借りたけど、借りを作っても損はしないのはわかっていたからね。生涯雇用の契約も結んだし、人となりも気に入ったから友人にもなれた」

「そなたの(したた)かさは健在だな」


 今の話を聞いて(したた)かだと褒めるレスタもどうだろうとヴァージルが思っていると、耳元でロイがつぶやいた。


「アラステアは狡猾な一面があるなぁ」


 このネズミとは理解しあえそうだと頷いていたが、続けて。


「でも面白いこともたくさんしそうだ」


 というなんとも恐ろしい呟きを聞いて、彼は肩を落としたのだった。


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