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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
一章 魔道皇子、精霊の契約者になる
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魔道皇子、ダンスを踊る

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 軽やかな音楽、煌びやかな室内、着飾った人々。これといって珍しくはない定例の夜会は珍しく緊張をはらんでいた。貴族同士の交流やご機嫌うかがいといった意味合いの強い夜会で、精霊レスタの新たな契約者が紹介されるからだ。


 契約者が貴族たちに紹介されるのは一部の精霊に限られるのだが、それでも精霊王といわれる金獅子の契約者はこの国の者たちにとっても特別であるらしい。しかもそれが他国の皇族ともなれば人々の興味も一段と強かったようだ。


 そんな人々の視線の先で話題になっている青年が涼やかなようすでたたずんでいた。

 黒髪は襟足に軽くかかる長さで、今は右側の前髪の一部から飾り編みにされて耳の上で蒼玉の髪留めで止められている。両耳にはイエローダイヤのシンプルなピアスが光り、切れ長の美しい金の目が柔らかくほほ笑んでいた。


 帝国式の見慣れぬ黒い詰襟の上着は青年の柔和な面立ちからは思いつかないほど鍛えられた身体を包み、紫の飾り布が端を胸元に垂らして左肩から緩やかに背中、右肩と胸元を通り、左肩で重なった布を金のマント止めでとめてある。布はそのまま膝裏まで背中側に垂れて、簡易マントとしての役割を果たしていた。


 ボタンや詰襟、そで、すその刺繍は金色で、ウエストを締める黒ベルトは帯剣用で無骨でも繊細な彼の容貌になぜか似合っているのだ。ズボンは細身だが手足の長さが際立ち、ふくらはぎまでのブーツも黒で統一されているので暗いイメージになるはずが、肌の白さと白手袋、そして楽しそうにきらめく金の目のおかげで凛々しい印象に代わっていた。

 異国情緒あふれる青年の姿に若い娘のみならず男性ですら見惚れているが、当の本人は内心だらだらと冷や汗を流していた。


「なんか、注目されてるんだけど。やっぱり魔道騎士の制服はダメなったかな」

「仕方がないでしょう。王族の皆様の服はどれもあなたに似合わなかったのだから。だからもっと飾りなさいとあれほど!」


 となりに立つオーガスタがほほ笑みながら叱咤し、叱られた犬のようにしょげたアラステアを見てレスタは体を揺らして笑う。


「そなたが私の装飾品を拒むからだな。だが今の衣装もよくそなたに似合っているよ」

「まったく想定外だったわ。どうして我が国の盛装をさせると、どことなく軽薄な印象になってしまうのかしら」


 遠慮なく見回しながらため息をついた彼女は、彼が持ち込んでいた帝国魔道騎士団の制服があってつくづく良かったとこぼした。


「いや、それは見たかったな。お前は顔が華やかだから盛装も似合うと思ったんだが」


 仕事の関係で衣装合わせに立ち会えなかったラスニールがしわのある顔でにやりと笑い、衣装合わせの騒動を思い出してアラステアは憂い顔で小さく息を吐く。話す内容を聞かなければその姿は悩める美貌の皇子なのだから、当然見守っていた人々は息をのんだ。


 先ほどまで国王(ファリシオン)クランベルド公爵(レインナーク)と話し終えたばかりなので、今は休憩がてら会場の護衛をしているクライとクロルの双子騎士や、侍女服姿の白騎士リズの仕事ぶりを密かに眺めていた。


「アラステア殿下。どなたか声をかける方はいらっしゃいますか?」


 外交官ではなく経理官のオーガスタがそばに控えているのはアラステアの要望だが、正式なシャムロック魔道帝国の使節として国を訪れたわけではないのでそれほど顔をつなぐ必要はない。アラステアが千早だったと知っている人間はごく少数で、あいさつをしなければならない人にはあらかじめ個別で訪問していたこともあって、お披露目会は本当に顔見せ程度で済ます予定なのだ。

 それでも気になる人物はいるわけで。


「あの……名前、なんだっけ。千早のころに緑騎士団の団長だった人……精霊たちにかつらを燃やされた……」

「かつらを燃やした方ですか?」


 当時うら若き乙女だったオーガスタの耳に下世話な噂話は入らなかったのだろう。心当たりがないと首をかしげる彼女のとなりでラスニールが吹きだした。


「おまっ、ゴホン。イライアス・サムソン殿のことだな。彼なら引退して今は領地に戻っているはずだ」

「そうか、残念だな。最初に会ったときにあまりに自然だったので、どんなかつらを使っているか気になっていたんだけど」


 白髪は混じっているがふさふさの元後見人の頭を見ながら残念がる。俺は違うからな、などと逆に疑ってしまうような反論をするラスニールを見てから、流れてきた音楽にオーガスタを振り返った。


「オーガスタ様をダンスに誘ったら旦那様に怒られる?」


 アラステアの提案にしばらく考えてから、彼女は適任だと思われる数人の名をあげる。


「怒りはしないでしょうけどわたくしでは不足ではないかしら……例えばクラリッサ王女殿下とか、グランバル女公爵様は?」


 シャムロック魔道帝国の皇子として一度は踊るべきだと判断したのを理解しているようだが、腕を組んで思案したあとに小さく首を振った。


「さすがに未婚の王女殿下とのダンスはまずいかな。私には婚約者もいないから婚約者のいるほかの王女殿下方も無理だし、クリスタリア公爵様はこのあいだお子をお産みになったばかりじゃないか。ご無理はさせられないよ。それに男性パートしか踊れないからラス様とも踊れないし」


 となりで目を輝かせていたラスニールがあからさまに意気消沈したが、直後に落ち着いた女性の声が背後からかけられた。


「それならわたくしはどうかしら」


 振り向けば黒蛇のファイを手首に巻いた前王妃のグローリア様――王太后と呼ぶと睨まれる。いっきに年をとった気分になるらしい――が、ほかの側妃を連れて近づいてくる。


「グローリア様におかれましてはご機嫌うるわしく」


 ひざまずき手袋に包まれた手を取って口づけると、歳を召してもなお美しい青い目が慈愛をたたえて見下ろした。


「あまり機嫌はよくないわね。わたくしの可愛い精霊の癒し手があと数日で国を去るというのだもの。もっとたくさんおしゃべりがしたかったのに本当に残念なの。だからお詫びに一曲踊ってもらいたいわ」

「陛下がお望みとあらば喜んで」


 王妃の地位を退いたといっても千早のいた世界でいえば六十代だ。まだまだ現役で公務もおこなっている王太后は社交界への影響力も大きく、彼女と踊ればアラステアの目的は一度で達成されるだろう。

 本当にこの国の人々は精霊に甘い。そして精霊の癒し手たるアラステアにも甘いのだ。

 貴婦人の手をとってダンスホール中央に赴けば周囲の視線が集まってくる。高位貴族のペアが何組か同じホールに立つと軽やかに音楽が奏でられ始めた。


「楽しみましょうね」

「ご期待に添えられますよう精いっぱい務めさせていただきます」


 意訳。魔道帝国の皇子ならばこの曲も踊れるわよね? 頑張るけど手加減してね、といったところだろうか。

 女性の体を支えながら音楽に合わせて踏みだせば、リードしつつもすぐに感嘆する。少し古いがそれゆえに誰でも知るダンス曲は本国で踊ったことがあるが、おそらく今までもっとも踊りやすいパートナーだったのだ。

 さすがは来賓をもてなす王妃を勤めあげたことだけはある。視線一つ、しぐさ一つに至るまで計算しつくされている女性に、アラステアは尊敬のまなざしを向けた。


「ねぇ、あなたの飾り布はどうしてそんなに広がって揺れるのに邪魔にならないの?」


 グローリアはくるくると回って踊っているにも関わらず、どこにも引っかかることなくそれどころかともに踊るように(ひるがえ)る紫色の布を不思議そうに見る。


「ああ、これは私の魔力が通るようになっているので自由に動かせるのですよ。これ以上は帝国の機密なので追及はお許しください」


 自然な動きでふわふわと揺れる紫の布は目を引くものではないが、ある一定レベルの魔道に詳しい人間なら目をひいていた。ここに魔導士長がいれば布だけ強奪されかねない機密たっぷりの品物である。


「ダンスが()えるわね。ドレスに使えないかしら?」


 さすがは女性だ。この布の本来の使い方からはかけ離れた提案に、アラステアは困ったように笑ってターンした女性を引き寄せる。


「魔力制御が難しいですよ。少しでも間違えればスカートがひっくり返ります」

「……それは、厳しいわね。そこまで制御が難しいものを身にまとう理由は問わないけれど、あなたを信じましょう」


 そうだよなぁとアラステアはほほ笑むことしかできない。帯剣ですら許されない場で、得体のしれない魔力を帯びたものを身に着けていれば注意くらい受けるだろう、と。

 そこまで順調に踊っていた二人だがグローリアが小さくステップを踏み変える。おや? と気がついたアラステアは表情を変えることなく足運びのタイミングをそろえると、腕の中の彼女が楽しそうに笑った。


「さすがはシャムロックの皇族ね。この古い型を踊れるとは思わなかったわ」


 今、二人が踊っているのはこのダンス曲の古い型だ。長く踊られてきた曲ゆえに今風に少しずつ変化する前のステップを知る者はあまり多くはないだろう。知らずに踊り続ければパートナーに足を踏まれることになったかもしれないというのに、正しく踊れたことで王太后は魔道具の持ち込みを許してくれるらしい。


 本当にこの国の人々は精霊に甘いと、アラステアは注目を浴びながら最後まで踊りきったのだった。


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