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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
一章 魔道皇子、精霊の契約者になる
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魔道王子、酔っぱらう

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 エーレクロン王国の食事は塩味が多い。スパイスはそれほど種類も少ないが、素材の持ち味とおそらく元の世界の出汁に近いものを利用しているようだ。前の世界で大豆アレルギーの子供を持つ親戚の料理を食べたときに似ていて、調味料の種類が少なくてもここまで多彩な味付けができるのだと感動しながら懐かしい味に舌鼓を打つ。

 宿屋のとなりの食堂は宿屋をしているご夫婦の娘婿がしているらしい。おすすめだと言われて食べてみれば、値段のわりにボリュームがあって味も良かったのでほぼここで夕食を取っていた。


「すまない、遅れた」


 えりつきのシャツに細身のズボンと腰に剣をさげた姿のジークが食堂に顔を出し、四人掛けにレスタとその横に座るアラステア、アラステアの前に座ったヴァージルのとなりに空いていたイスに座る。ちなみにロイはテーブルの端で自分の頭ほどの大きさの肉と格闘中である。


「大丈夫。今始めたばかりだから。とりあえずネルーでいいか?」


 すでに届いてた酒は三人分だ。顔の大きさほどのジョッキになみなみと満たされた酒は前世のビールに近く、安価で飲みやすいそれを手渡すと軽くテーブルにぶつけて乾杯した。

 ジョッキの半分ほどを一気に飲み干したアラステアが酒精とともに息を吐きだすと、ようやく初対面の男の紹介を始める。


「ジーク、彼が私の護衛兼従者のヴァージルだ。目つきは悪いがいい友人だよ。ヴァージル、彼が一応レスタの専属護衛騎士のジークだ。ロイの契約者で私の(ふるく)からの友人。お互い力量はなんとなくわかるよね」


 次々に届く料理を受け取りながら簡単に説明すると、隣り合った男たちは顔を合わせてからそれぞれの感想を口にした。


「つかみどころがないな。負けるとは思わないが」

「正面からじゃ絶対勝てねぇ」


 まさに的確な感想を聞きながらヘラリと笑いレスタのたてがみに頬をすり寄せたアラステアは、機嫌よくジョッキを空にするとおかわりを注文する。


「前衛がジーク、中衛はヴァージル、後衛に私ならかなりバランスのいいパーティになるな。ほかにレスタやロイもいるから、もう一級パーティの火力だよ」


 アラステアの冒険者ランクは一級、ヴァージルは二級で、二人で組んだパーティも二級に位置付けられている。

 ギルドからは前衛を増やすようにいわれていたが、さすがに魔道帝国の皇子がいるパーティに生半可な冒険者を入れるわけにもいかず、レスタを迎えにいったあとの将来も不確定だったために話をのらりくらりと躱してきたのだ。


「俺たちは冒険者ギルドの発行した旅券を利用するが、彼はどうなる?」


 身分ゆえに秘密裏に動くこともあったアラステアたちは、冒険者を隠れ蓑にすることもあった。それがエーレクロン王国発行の旅券を持った騎士と同行すれば隠密行動ができなくなると心配する目つきの悪い男に、喉仏を鳴らしてネルーを飲んだジークが言った。


「俺の任務は表向き極秘だ。実際精霊に護衛など必要ないからな。だから俺も冒険者ギルド発行の旅券を使う」

「あ、そういえばジークって騎士になる前は冒険者してたんだっけ」


 串に刺された肉汁たっぷりの肉を食べながら思い出すと、にやりと笑ったジークが甘さを含んだ視線を向けてきた。


「覚えていてくれたのか」

「それはジークのことだからね」


 ゆるんだ空気に酔いもあってへらへらと笑ってしまう。酔ってしまったアラステアがこれ以上使えないと判断したヴァージルは、情報のすり合わせを引き継いだ。


「何級だ?」

「三級だ。二十歳の成人と同時に騎士団に入団したから、冒険者としてはかなりブランクがある」

「成人前に三級までいったのか。凄腕だな」

「いや、この国の三級は他国なら四級レベルだろう。ある程度の小物を狩ることができればなれてしまうからな。大物や危険な魔物は騎士団が狩ってしまうから、冒険者ギルドの規模も小さいし」


 薄く焼いた小麦生地にキャロとエシトという野菜の酢漬けと先ほどの串にささった肉を巻いて、レスタにあーんと給餌していたアラステアが同意する。


「この国の騎士団のレベルが凄すぎるからなぁ。バラストボアを一人(ソロ)で一瞬で狩るんだぞ」

「ああ、クランベルド閣下か」


 すぐに反応したのはジークだ。


「なんだそれ。いや、ソロでも狩れなくはないが……」


 驚く痩躯の男に美麗な笑顔を向けながらアラステアはさらにつけ足す。


「もちろんジークも狩れるし、もっというなら冒険者ですらない狩人が三人もいれば片付く魔物なんだそうだ」

「そっ、れは……すごい国だな」


 レスタに作った料理と同じものをジークにさしだしながら、帝国の皇子はさらに笑いながら続けた。


「しかも精鋭揃いの騎士団が年に一回くらいの頻度で大規模部隊を組んで討つ魔物ってなんだと思う?」


 飲みすぎだとジークに酒の入ったジョッキを取り上げられ、しかたなくグラスに注がれた水を飲む青年がにんまり笑いながら問いかけると。


「氷狼か炎鳥とか……まさか」


 危険級といわれる魔物の名を答えたヴァージルに、アラステアは金の目をきらめかせて答えを口にした。


「竜だよ。ドラゴン。しかも下級(レッサー)じゃなくて炎竜とかの属性持ち。他国なら災害級で十数年に一度、みんなで必死に倒すやつ」


 冗談だろとのヴァージルの無言の訴えはジョッキを飲み干したジークの一言で跳ね返される。


「この国では大規模討伐に参加して初めて一人前の騎士といわれる」

「……それで古龍塚なんてもんがあるのか」


 王都の観光名所の名をあげたヴァージルは投げやりに杯を重ねながら、揚げ魚に手を伸ばして舌鼓を打った。


「ああ。ある一定以上の大きさの竜の頭蓋骨は使い道がないから、王都まで運んで並べていたらいつの間にか観光名所になっていたらしい」

 ちなみにある程度までの大きさの頭蓋骨は、発見場所に近い町や村の門の上に飾られる。骨に残った魔力が小物を寄せつけないのだ。

「野ざらしでなにかの骨があると聞いていたから、適当な大型魔獣の頭蓋骨でも置いてあるのかと思っていたが本物とはな」

「大丈夫? この国は他に比べるとちょっと違うから、初めて来た旅人さんたちも苦労するみたいなんだよね」


 遠くを見ながらどこか虚ろに笑うヴァージルにテーブルを歩いて近づいたロイが労うと、レスタが不思議そうに首をかしげる。


「他国とはそれほど違うのか。外ではあまり人に関わらないようにしていたから気がつかなかったから、アラステアの祖国に行くのが楽しみになったな」


 それまでおとなしく話を聞いていた金獅子が楽しそうに(おのれ)の契約者を見上げ。


「私はレスタと一緒にいろんな場所に行けることが本当にうれしい。美味しいものをいっぱい食べて、きれいな景色を一緒に見て、楽しいことをたくさんしよう」


 頬を染めてへらへらと笑うアラステアを穏やかな目で見守っていたレスタだが、視線を向かいの席の男性二人に向けると青年を運ぶように頼んできた。


「アラステアを部屋まで支えてやってくれないか」

「私はまだまだ平気だよ」


 酔っ払い特有の謎の自信をみせる青年に、レスタは頭を擦りつけながら語りかける。


「それはわかっているが明日は夜会の衣装合わせだろう? スノーたちも合流するといっていたから、体力は温存していたほうがいい。さぁ、いい子だから気をつけて部屋まで戻ろう」

「う~……でも」

「アラステア。話の続きは明日でもできる。これからは私もジークもロイも一緒にいるのだから、今日は休もうか」


 たてがみに顔を擦りつけながらいやいやする青年に黄金のライオンは穏やかに言葉を重ねると、しばらく唸ってからようやくうなずいた。


「わかった。もう寝る」


 酔っていた自覚はあったのだろう。それでなくとも白い肌を薄く赤く染めながらアラステアは立ちあがり、ジークに支えられてレスタとともに食堂を出ていく。


「ヴィー君、どうかした?」


 あっけにとられたように彼の背中を見送っていたヴァージルは、いつの間にか愛称で呼んだロイにむかって口元をゆがめながら言った。


「あんなに甘えるアラステアを初めて見た。レスタのいうことを素直に聞くし……」

「え? 千早って昔からあんな感じだよ? ヴィー君にも甘えているじゃないか」

「は?」


 今日はあまりない話ばかり聞くと驚く青年の肩によじ登ったロイは、小さく首をかしげる。


「だって君への対応がオーガスタ様と同じだからね。レスタを外に連れて行くのだって本当はすごく嫌なはずだけど、迷うことなく踏み切れるのは君がいるからだろう? 他人をめったに懐にいれない千早に、いや、アラステアに、自分の都合で面倒に引っぱりこんでも大丈夫だと思えるヴィー君がいてくれたことに僕は感謝したいよ」


 精霊は寿命がないと聞いていた。ならばこの小さなネズミも途方もない時間を人とともに過ごしてきたのだろう。愛らしいしぐさと能天気にも聞こえる言葉から侮っていたのは自分だと反省しながら、ヴァージルは肩に乗ったロイに言った。


「『ヴィー君』はやめろ」


 それでなくとも目つきの悪い男が照れ隠しに本気でにらんでいるというのに、ロイはあっけらかんと返す。


「いいじゃん、愛称呼び。僕は僕の呼びたいようにヴィー君を呼ぶよ」


 返事に小さな舌打ちをしつつ食堂を出る二人。ヴァージルの耳がうっすらと赤く染まっているのをロイは見て見ぬふりをしたのだった。


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