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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
一章 魔道皇子、精霊の契約者になる
3/28

魔道王子、ひっそりと謁見する

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 エーレクロン王国の王城。

 懐かしい人たちとの再会から数日後、シャムロック魔道帝国の皇子ではなく冒険者アラステア・シャムロックとして入国していた青年が、陽ざしの降りそそぐ通路を黄金のライオンと一緒に歩いていた。少しだけ肩にかかる黒髪が柔らかく揺れ、前を見据える金の目はすれ違う人々の視線を奪う。薄いくちびるにはほほえみを浮かべながらも真剣な表情は凛々しくて、青年特有の色気までも漂わせていた。


 身にまとう服はシンプルで仕立てがいいのか上品さを醸しだしているが、それでもアラステアは今から面会する人物には不敬なほど質素ではないかとの理由で面会を拒否しようとして失敗し今に至る。今生では初めて会うし、千早の時にはお世話になった人物なので非公式で記録に残さないという条件をのんでくれたのには助かったが。


 城の重要区画に入るためにはさまざまな審査や許可が必要でも、一応いまだに皇子の身分であることと大陸でも数少ない一級冒険者であることですんなり扉をくぐったアラステアは、見覚えのある深緑のじゅうたんが敷かれた廊下を案内役である黒騎士とともに進んで応接室へと通された。


「お待たせして申し訳ありません」


 室内で待っていたのはエーレクロン王国国王ファリシオン・ローグ・エーレクロン陛下と今代クランベルド公爵レインナーク・ド・クランベルド元第二王子殿下だ。

 年を重ねたことでファリシオンの鋭利な美貌は少しばかり損なわれたが、それゆえにレインナークと似てきた二人は並べば同等の威圧感があり、優しげな風貌だったサラディウス前国王と粗野な印象すらあったラスニールとは対照的だった。


「かしこまる必要はない。立ってくれ」

「こちらこそ突然呼びだしてすまない、レスタの(・・・・)契約者(・・・)殿。それに久しぶりだね、レスタ」

「元気そうでなによりだよ。ファリシオン、レインナーク」


 国王の前ということで片膝をつき頭を下げる冒険者の青年に楽にするように声をかけたレインナークに続き、ファリシオンがにやりと笑ってアラステアを見る。国王の含みのある言葉に立ちあがって苦笑した青年は、レスタがあいさつにこたえてからあらめて帝国式の正式な礼をとった。


「はじめまして。一級冒険者でレスタの契約者のアラステア・シャムロックと申します」


 顔を上げて穏やかに言葉を紡ぐアラステアはこの国の国王の前だというのに落ちついてソファへと座り、レスタは軽やかにとなりに寄りそう。


「ああ、冒険者(・・・)のアラステア殿だな。私の名乗りは必要か?」

「いいえ、ファリシオン陛下。王太子時代にはお世話になりました」


 腹の探り合いが好きではないとあっさり前世の話を持ちだせば、ファリシオンはいささか気の抜けたような笑みをこぼした。


「よりによってシャムロック魔道帝国の皇子とは」

「同じことをラス様にも言われました。心配せずともこちらで得た秘密は誰にも漏らさないと誓いますが」


 陛下たちが心配しているのはこのこと(前世の記憶)ではないのですか?と問えば、小さく首を振って否定される。


「私はチハヤを信用しているよ。それに約五十年前の機密など漏らされたとしてもすでに終わったものも多いしね」


 生まれ変わってここまでくる二十六年と森に引きこもって過ごした二十一年という年月におおいに納得したアラステアは、一番の懸案事項が片づいたと安堵するとようやくだされたお茶に口をつけた。


「そうですよね。陛下の性器の形を知っていたからといって今も同じというわけでもないでしょうし」


 なにげなく言った一言にレインナークはお茶を吹きファリシオンは頬がひきつるが、お茶を飲むしぐさすら優雅な青年は自分の精霊とうれしそうにほほ笑みあう。


「心配していたのです。私が秘密を知っているので国からださないといわれるかもしれないと」


 そのためにあいさつもせずにこの国を抜けだそうとしていたのだと正直に語ると、アラステアは許可をくださったお礼ではないですが……と一枚の紙を差しだした。

 そこに描かれていたのは優美な魔方陣。その道の研究者でなければ読み解けないほど複雑なのにすべてのラインが揺るぎなく配置されているのがわかる。


「これは?」


 あまりの緻密さに食い入るようにみつめるファリシオンと警戒するレインナークに、茶器をテーブルに戻したアラステアはにこりとほほ笑んだ。


「魔女の森に入るための結界です。人嫌いの魔女がかけてくる魔圧を防ぐのは実証済み。レスタを連れて行ってしまうので一応の保険ですね」


 なにかあったときのための魔道結界なのだと念を押す。


「この結界を陛下にお渡しすることは魔女の許可を得ています」

「そしてファリシオンに魔女からの言伝(ことづて)だ。『魔方陣の取り扱いと伝承は国王に一任する。ただし契約を忘れることなかれ』」


 レスタの言葉と同時にふわりと空気が揺れた。ごくかすかな揺らぎに美しい金の目を細めたアラステアは苦笑いをもらす。


「心配性だよね。言霊(ことだま)で縛らずとも精霊とともに生きるこの国ならば、よほどのことがない限り契約を破るような真似はしないでしょうに」


 それでようやく一方的な契約を結ばされたのだと気がついたらしい。アラステアの長い指がごく自然にレスタのたてがみを()き、それを気持ちよさそうに受け入れていた精霊王はどこか気の抜けた口調で答えた。


「契約はその魔方陣にかけられているから国王が代わっても気にしなくていいそうだ。……魔女は千早に会ったことで少しだけ変わったよ」


 人とかかわり合うことを嫌っていた彼女が少しだけ外の世界に意識を向けたのは、まちがいなく千早のおかげだ。拒絶し完全な不干渉を貫く隣人ではなく、王国は魔女と森を、魔女は他国からの防波堤である王国を守るために少しだけ声が聞こえる距離に近づいた。

 それが良かったかどうかはまだわからないが、少なくとも過去に一人の子供が森で迷子になったときのような衝突は起こりにくくなるだろう。


「精霊との契約に関しては私たちが口出しできることではないが……それにしても……」


 どこか感心したように目を細めてどこか楽しげな雰囲気をまとわせたファリシオンが、観察するような視線を向けてくる。


「本当に皇族の身分を捨てるのか? 礼儀作法、気品、物事の全体を見る能力、優れた容姿、他人に対する穏やかさは冒険者にするにはもったいないな。私の末娘が一人未婚だが娶るつもりはないか?」


 有益な人材を確保したいのはわかるが唐突すぎてアラステアは固まった。レスタがグルゥと喉を鳴らして不満を訴えるが、それが撫でていた手が止まったことに対するものなのか、自分の契約者に女性をけしかけられたからかはわからない。たぶん両方なのだろう。


「それは先ほどの意趣返しですか? 私と陛下だけの秘密は私が皆川千早であった証明なのですが」

「いいや、私は本気だよ。お前は自分の価値がわからないのか? 若いころの私を彷彿とさせる美貌、大陸でも我が国に次ぐ歴史を持つ大国の皇子という身分、そして精密で強大な魔道士でもあり穏やかで争いと権力を好まない性格の持ち主などほかにいるわけがない。できすぎていて気持ち悪いくらいだ。せめてどこか欠点を作れ」


 傍若無人とはこのことかと思わせる言葉は本気らしいのだが、さらりと自分の若いころの容姿を自慢してくるあたり素直に言葉通りに受けとれない。


「えっと……褒められてる? それとも自慢されてる? 本当はけなされてる?」


 一応この国の王に聞くわけにはいかないととなりに座るレインナークを見ると、なにかを諦めたような表情を浮かべていた。


「もちろん全部だ」


 かわりに本人が足を組みながらあっさりと肯定するが、その笑顔はとても楽しそうだ。

 たしかに外から見ればアラステアは完ぺきな人間に見えるだろうが、彼をよく知る人間は少し違う感想をもっているらしい。


「私の欠点ですか……家族は私のことを『精霊バカ』だと言っています。女性に興味がなく、精霊に会いにいくという夢をみているおかしな三男というのが親しい人の感想ですね」


 『女性に興味がない精霊バカ』の言葉に室内には納得する空気が流れる。女性だった記憶のあるアラステアに女性への恋愛感情を持つのは難しいだろうし、レスタと再会するためだけに生まれ変わった(千早)がほかの人に心を移すわけがない。

 精霊があたりまえのように存在するこの国ならいざ知らず、精霊がおとぎ話になるほど数の少ない他国では妄想、一歩間違えれば頭のおかしな人扱いされかねなかった。


「友人たちからも変人扱いされていましたし、女性に興味がないと言ったらでき損ない扱いされましたよ」


 あはははとほがらかに笑ってはいるが、まったく(こた)えていないか、えげつない仕返しをしたと思われる雰囲気を漂わせる帝国皇子に一同は乾いた笑いを漏らすのみだ。


「それならこの国で暮らしてはどうだい?」


 これ以上の深入りは危険と判断したレインナークが話題を先に進めれば、美しい姿勢でレスタを撫でていた青年はうれしそうにほほ笑みながら断りを入れた。


「精霊を認めさせるためにはこの国に引きこもっているわけにはいきません。まずは私の母国から、精霊たちのためにも少しずつ変えていこうと思っています。レスタにも不愉快な思いをさせるでしょう。それでも大好きな精霊たちのために私は身分も、能力も、人脈も、私の持てるすべてを使うつもりなのです」


 これ以上の説得は難しいと判断したファリシオンは可愛い末娘をあっさりとふった男に少々不機嫌そうに言った。


「ではこちらの要望としてはレスタの契約者の披露目に出席してもらいたい」


 そのあたりは千早のときに経験済みだと小さくうなずくアラステアとレスタ。


「それとこれは本人の希望もあるのだが、青騎士団大隊長のジーク・フィールドを精霊レスタの守護騎士として無期限で派遣する」

「うわ、太っ腹~」


 ジークは騎士団を退団して同行すると言っていたが、青騎士団大隊長として派遣するということは万が一なにかがあった場合はエーレクロン王国がジークを保証するということだ。

 それに人が精霊自体を害することがほぼ不可能な状態では実質契約者(アラステア)を守れという任務になるが、帝国の皇子として生まれ教育されてきた今ならわかる。ジークの実力は只人を超えていた。


 というかこの国の民の実力が他国に比べると抜きんでているのだ。

 たとえば千早のときに遭遇したイノシシもどきの魔物は狩人でも三人もいれば狩れると聞いていたが、これがエーレクロン王国の外に出ると冒険者と呼ばれる魔物専門のハンターでも中堅と呼ばれる三級ランクのパーティが狙う獲物になる。

 最初その事実に気がついたときには驚いた。彼ら(ラスニール)があっさり討伐した魔物を前衛三人、後衛二人で時間をかけて討っていたのである。


「これ以上この国にいてもフィールド大隊長には窮屈なだけだし、彼なら外国の演習の経験もある。お前の力になれるだろう」


 あとに続いたファリシオンの言葉は愁いを含み、この国以外にいる精霊の安否を気遣っていた。


「ありがとうございます。それでは遠慮なく彼と彼の精霊を連れていきます」

「ただし。彼は我が国の騎士であることは変わらない。定期連絡を欠かさぬようにしてもらいたい」

「それはジークに任せますが」


 自国と連絡を取るのはジークの自由だと首をかしげていると、レインナークが小さく苦笑する。


「兄上。フィールド大隊長だけでなく、チハヤ……アラステア殿とレスタの心配もしているのでしょう? 正直に言ったほうがいいと思いますよ」

「私がレスタの心配をするのは当然だ。もちろんその契約者も……」


 プイっとそっぽを向いてぼそぼそとつぶやく男性の姿にアラステアはレスタを抱きしめて胸の内の衝動をぐっとこらえた。

 なに、これ。演技? それとも策略? それとも現実では見たことのないクーデレってやつ? などとぶつぶつつぶやいて精神の安定をはかってからアラステアは照れたように笑った。


「ありがとうございます。ファリシオン陛下、レインナーク閣下」

「そなたたちの道行きに精霊の加護があらんことを。なにかあれば頼ってくれていいからな」


 穏やかに笑いながら侍従に促されて立ち上がったファリシオンとレインナークを、同じく立ち上がって見送ったアラステアは黒騎士に促されて部屋をあとにする。


「まだ帝国に帰れないな。もう少し日程の調整をしないと」


 騎士に聞こえていることも承知でぼやけば、レスタが小さく笑った。


「しかたあるまいよ。それにほかの精霊たちも簡単にそなたを離さないだろう。待ちに待った再会なのだ。もうしばらく付き合わねば」

「みんなの愛がありがたいね。さて」


 宿泊している宿まで馬車で送るといわれたが、丁寧に断って正門から城下を歩きだす。


「私の連れはそろそろ戻ってくるかな。レスタやジークに紹介したいんだけど」


 ここ数日は宿と王城を行き来していたアラステアだが、そのあいだ彼の仲間は私的な用事を済ませるために宿屋に戻ってきていなかった。


「そなたの友人は忙しそうだな」


 道を歩くすれ違う人々が時折レスタを振り返るものの、千早が生きていたころのように熱狂的な視線を向けてくるものは多くない。引きこもった年月はレスタの神話を多少は風化させたらしい。

 二人で警護もなく街を歩きながら、となりを歩くレスタを見て小さく笑う。幸せとはこういうことかと緩む表情のままアラステアは前を見つめ、一目で機嫌がいいとわかるレスタも歩調をそろえて進んでいった。


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