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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
三章 魔道王子、守るために戦う
26/28

魔道皇子、精霊を印象付ける

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 精霊に関する家族会議は主に皇帝ロードリックと皇太子サディアスの間で話し合われた。

 現在と将来のこの国をかじ取りしていく二人が、どのように情報を公開し、精霊たちと付き合っていくのかの決断をするのだ。二人の話し合いにレスタとともにアドバイザーとして参加したアラステアは、あまりに責任の重大さに自分では絶対判断できないと半笑いで静かにしていた。


 大変だったのは長兄サディアスだろう。今までおとぎ話だと思っていた精霊が実在した上に、実はシャムロック魔道帝国を守護する精霊がいて、しかも精霊関連で過去に凄惨な事件まで起きていたと初めて知ったのだ。どれだけ優秀で聡明な皇太子といえども、許容量を超えたらしくしばらく無言で放心していたので同情する。


「……まずはエーレクロン王国に精霊の人の契約内容の確認と……精霊の本当の力も知りたい。情報収集からですね。精霊を嫌っているという周辺国や、噂を流した国の本意も探らないと……」


 すべての情報を精査してから判断するべきだと眉間を揉むサディアスに、ロードリックは鷹揚にうなずいてアラステアに言った。


「アラステア。精霊に関してはお前に対処を任せる。サディアスに必要な情報を調査し、渡すことを最優先とすること。この件が片付くまで国は出るなよ?」


 ふらふらと気軽に出歩く末息子に釘をさしながら、イスから立ち上がって退室する皇帝の後ろ姿を見送った皇后が呆れたようにため息を吐く。


「あの人はあいかわらず忙しいわねぇ。精霊の隠し事だって代々の皇帝がしてきたことなのに、それを息子たちに丸投げするなんて……ちょっとおしおきが必要かしら」


 片手を頬に当てていつもと変わらず穏やかな口調だが、息子たちは微動だにせず硬直した。そんな家族に麗しい笑顔を向けた母はゆっくりと立ち上がりながらレスタを見る。


「アラステアを大事にしてくれてありがとう。わたくしはあなたたち精霊が大切な友人になることをうれしく思っているわ。だからわたくしにできることがあれば、いつでも頼ってちょうだい」


 そういって扇を広げて軽やかに退室していった。音もなく静かにドアが閉められると、青年三人が一斉に息を吐く。


「母上、怒ってたな」

「あれは当分荒れるぞ」

「レスタ、よかったね。母上が後ろ盾になってくれるって」


 長男、次男、三男の順番でのんきなセリフが飛び出すのを、控えている侍従や護衛騎士が能面のような顔で見守っていた。皇后の後ろ盾と言われてもしっかり理解できなかったようなレスタが首をかしげるのが可愛くて抱き着いていると、サディアスが注意をむけるように咳払いをする。


「エーレクロン王国にも問い合わせるが、レスタ殿にも質問させてもらえるだろうか?」

「もちろんかまわぬよ。精霊と人の契約は私と精霊リーガが、当時のエーレクロン王国国王と作ったのだ。だが契約魔道も使っておらぬし、国民に周知はさせたがこれといって罰則を決めたわけでもないのだが」

「ああ。精霊が決めた契約者を貶めると、精霊が報復するんだよね。そして精霊の報復に対して契約者へ罰を与えないんだっけ?」


 前世の千早を貶めたある男性の秘密(かつら)を、精霊たちが燃やしてしまったのは覚えていた。思い出し笑いをしていたアラステアを見て、次兄エグバートが思案するように腕を組んだ。


「これは私たちが精霊をよく知らないと認知させる以前の問題になるんじゃないか? おそらくだがステアは最初に一級冒険者の相棒とか、帝国の第三皇子と契約しているとかで知らせようとしてたんだろう。見たことのない精霊に対する契約云々より先に、いい(・・)イメージで精霊を紹介するほうが先かもしれない」


 アラステアがレスタを連れて帰ってきた時点で、ある程度精霊についての調査を始めていたのだろう。その中に精霊の悪いうわさもあったのかもしれないが、それでも自分の目で見たものを信じる性格のエグバートは、ロイとレスタを観察してうわさが嘘であると判断したようだ。


 ちなみに。子供のころ、サディアスに誘われてエグバートと三人で夜の皇城で肝試しをしたことがあった。にやにや笑うサディアスと不気味な雰囲気に震えるアラステアだったが、エグバートは自分で見たことがないという理由で幽霊の存在を信じておらず、長兄につまらないと言われていた。

 が、それから数年後。年少のいとこが自分の屋敷で怖いものを見たと話したとき、次兄は「ソレが怖いものとは限らないぞ」と言って兄弟たちを震え上がらせたことがあった。


 閑話休題。


 何事も現実的に対処するエグバートの意見に納得したらしいサディアスが指令を出してきた。


「ステアは当初の予定通りレスタ殿を連れて『人と契約し、ともに助け歩む精霊』という宣伝を続けろ。大聖女レラリアの後押しもあるし、私も根回しを進めていく。そのあいだに精霊に関する常識を私たちやここで働く者たちに周知させたい。できるか?」


 まったく知識のない状態で自分が望む精霊の印象を与えていいという許可に、数日前にレスタに同じことを言われていたアラステアはしっかりとうなずいて己の精霊と笑いあう。


「レスタもロイも、もちろんジークもヴァージルも協力してくれる。大丈夫。最初からレスタを認めさせるつもりだったから、大まかな計画は立ててるよ。それでまずはエグバード兄上にお願いがあるんだけど」


 まかせろと胸を張ったアラステアは、皇国最強魔導騎士である次兄ににやりと意地の悪い笑顔を向けたのだった。




◇◇◇




 ざわざわと大勢の男たちが訓練場に集まっていた。騎士もいれば魔導士もいる。文官らしき姿もあれば貴族らしい姿もあり、ほぼ全員が敷地の中央で話をする四人と二頭を見ていた。

 四人のうち二人は皇族だ。騎士団から絶大な支持を受ける第二皇子で魔導騎士エグバートと、最近話題に上っている平民からの支持が高い第三皇子アラステアである。残りの二人は魔導騎士の中では中堅どころになるコンラッドと、エーレクロン王国からきた謎の精霊騎士ジークだ。


 今回、アラステアの提案でジーク対魔導騎士という組み合わせで対戦することとなった。アラステアが帰国したときから一緒に現れたジークは注目の的だったが、彼の身分がエーレクロン王国の精霊騎士と判ってから向けられる騎士団連中の熱い視線に、アラステアが「脳筋ばっかり……」とつぶやいて精霊たちが大笑いしていた。

 そしてロイがキラキラと目を輝かせながら「今度こそジークと一緒に戦っていいんだよね?」と聞いてきたので、この対戦を思いついたのだ。


「本当に大丈夫なのか?」


 やる気を見せるジークとロイに対して、逆に心配そうなのは魔導騎士の二人だった。特に次兄のエグバートは体の小さなネズミの精霊ロイが心配でたまらないらしい。


「なんなら兄ちゃんも入っていいよ? その代わりこっちはアラステアとレスタを入れるから」

「今日はロイとジークの実力をみんなに見せてやってほしい。でも大きなケガはさせない(・・・・)で」


 体が大きく視線の鋭い現役騎士(エグバート)を、気軽に「兄ちゃん」と呼んだロイがジークの肩の上で挑発しながら笑っていたが、アラステアの人差し指であごの下をさすられてふにゃりと溶けた。


「アラステア殿下、大丈夫ですよ。私も手合わせの範疇を超えるつもりはありません」


 小さなネズミに手加減するように助言したアラステアに、プライドを刺激されたコンラッドがむっとして言い返すと、第三皇子は金色の目を細めて真顔で昔馴染みを下から見上げた。


「精霊は自然災害級の力を持つよ。ロイはどちらかというと武闘派の精霊だから手合わせを許可したけど、もし精霊と本気で敵対したら全力で防御して逃げたほうがいい。それに彼は対人戦闘の経験が豊富でちょうどよく手加減してくれるから大丈夫だよ」

「心配することはない。精霊は契約者や仲間に手を出さなければ、多少侮辱されても猛威を振るうことはないからな」


 脅しをかけたアラステアに苦笑したレスタがフォローを入れると、コンラッドはようやく安心したようだった。アラステアだって大丈夫だと言ったのに、続いたレスタの言葉で安堵したことに釈然としないが、これも人生経験の差だと思うことにする。


「それじゃあ……魔導の使用あり、致死攻撃の禁止、訓練場の破壊禁止、どちらかの降参か武器を手放したら終了でいいか?」


 アラステアが試合の条件をすり合わせていくと、ロイが桃色の小さな手を挙げた。


「はい! 僕とジークがばらばらになっちゃうと二対一に見えちゃうから、ジークの体から(・・・)離れない(・・・・)ことにするね。それと僕は土を操るのが得意だよ。今日はこの場所を壊しちゃいけないから、ほとんど使わないけど覚えておいてね」


 ジークから離れずにどうやってその小さな体で戦うのだと疑問を顔に浮かべた二人の魔導騎士のようすが面白くて、美しい金色の目を楽しそうに輝かせたアラステアが笑っていると、おもむろにジークがひざまずいた。


「我が(あるじ)に勝利を捧げます」


 そう言って手袋に包まれた大きな手を差し出すと、見学していた連中が一瞬で静まり返って視線が一気に集中する。今ではめったにすることはない、騎士が戦いの前に(あるじ)に捧げる誓いに、アラステアが真っ赤になりながら右手を乗せるとジークは手の甲の中指の付け根に口づけた。ほんの一瞬のふれあいでも、触れた場所が火照ってくる。


「相手は魔導騎士だ。思いきり楽しんでくるといい」


 本来は騎士の勝利を願う返事をするのだが、ちょっとだけ意趣返しがしたくなったアラステアはにやりと意地の悪い笑みを浮かべると、口角を上げて笑い返したジークの水色の目が細めながら剣呑な気配を漂わせた。

 そばで見ていたエグバートには、お互い信頼しあった仲の良い主従が、よからぬ(たくら)みをくわだてているように見えたのだが、遠くから見ていた連中にはそうは見えなかったらしい。

 整った容姿の若く麗しい青年皇族が頬を染めてほほ笑み、年上の騎士が忠誠以上の感情を向けて誓いを捧げていたように見えた、と後で聞いた第二皇子は頭を抱えることになる。


 黄金の獅子を連れたアラステアがフィールドの外に出ると、魔導士たちによって結界が張られる。高校のグラウンド一つ分を覆う結界の高さは十階建ての建物と同じくらいだ。そこにレスタが喉を鳴らして上からかぶせるようにもう一枚の結界をひそかに張る。

 同時に周囲を見回していたアラステアが驚いた表情の観覧者を見つけると、あらかじめ隠れていたヴァージルに合図を送った。


 訓練場が静けさに満ち、それに伴い緊張感が増してくる。気の弱い者なら嘔吐しかねないほどの殺気は対峙する二人の騎士から放たれていたが、審判として残ったエグバートは表情を変えることなく対戦開始を告げた。


「始め」


 一瞬の溜め。それに似た静寂に誰かが唾を飲み込むと、十メートルほど離れていた二人が間合いを詰め、抜きさった真剣がぶつかり合い火花を散らす。誰かの漏らした「速い」の言葉すら置いていく戦いに、その場にいた者は(まばた)きもせずに魅入っていた。

 ガキン、ガキンと響く金属音をかき消すように響く何かが割れる音。最初はその正体が判らなかった一同だが、呼吸を整えるために打ち合いをやめたコンラッドが話しかけたことによって判明する。


「どうやって魔導陣を破壊している」


 何かを発現する魔導陣の場合、魔力でも魔道インクでもいいので空中に魔導陣を描く必要がある。いわゆる無詠唱、詠唱破棄と呼ばれる手法だ。身体強化の魔導も背中や胸に魔導陣が描かれるので、目には見えなくともそれを破壊されれば現象は現れない。

 先ほどから魔導騎士が戦っているのに派手な魔導がなに一つ発動されなかったのは、描いた魔導陣をジークたちがことごとく破壊しているかららしい。


「ん~。適当なところに陣を描いてみてくれる?」


 ジークの肩の上からロイが答えると、コンラッドは判りやすいようにわざわざ色を付けた魔力で自分の目の前一メートルほどに初級の陣を描いた。


「いい? 見ててね」


 ロイのしなやかな尻尾が揺れたと思ったら陣が粉々に砕けた。速さと細さに、離れて見ていた男たちにはなにも見えなかったのだろう。どよめきと不満の声にロイは仕方がないなぁとジークの頬を叩いた。


「精霊の肉体は精霊力で作られているから、伸ばしたり縮めたり大きさも自由自在なんだよ。だからさっきは尻尾を強化して伸ばして陣を叩いたの。見えなかった人のために次はジークが割るよ」


 そう言ってもう一度お願いね、とコンラッドに頼むと、今度は高さ違いの左右に大小の陣が描かれた次の瞬間。一歩進んだジークが右側の小さな陣を、おそらくジークの左肩にいたロイが左側の陣を破壊した。


「人の使う魔導陣は描かれる時間が必要だからタイミングを読みやすいんだ。アラステアみたいにいきなり現れる魔導陣は難しいけど、騎士さんたちなら描きあがるまで一秒くらい時間があるしね」


 ロイの説明はエグバートがわざわざ拡声して聞こえるようにしてくれていた。小さな精霊の説明に周囲の騎士や魔導師たちが意見を交わし始める。


「ロイ、次は陣の破壊は最小限に」

「それじゃあ、僕も攻撃してもいい?」

「……ほどほどにな」


 ざわつく周囲を気にすることなく息を整えたジークが再び身体強化を発動させた。今度は風も炎も飛び交っているが、コンラッドの手数が明らかに増えてきているのはロイからの攻撃を防いでいるからだろう。正面から正々堂々と渡り合う姿に、観覧者たちは話し合いをやめて試合に集中していた。


「うそだろ。相手、コンラッド卿だぞ」

「えげつない魔導が発動されるのに、なんで当たらないんだ? 精霊が結界張ってる? なんで魔導の軌道が変わるんだよ。え? あれも精霊の力?」

「たまにコンラッド卿のそばでなにかが破裂してるんだけど、あっちの騎士は魔導を発動していないよな」

「だが、彼が剣を振り抜くと同時になにかがおきてる(・・・・)

「うそだろ。今の避けれるのかよ!」


 あちらこちらから試合の感想が漏れ聞こえてアラステアはレスタと顔を見合わせて笑いあう。

 彼らは気づいているだろうか。魔導騎士相手に身体強化くらいしか使えない普通の騎士が対等に戦えているという事実に。

 そのうちジークが近距離攻撃を得意にしていると理解したコンラッドが、少しずつ距離をとって戦う方向にシフトしてきた。それによってジークの攻撃が単調になり、ロイのフォローも間に合わなくなってくる。

 やがてズンと一瞬だけ地面が揺れて……ジークが攻撃の手を止めた。


「降参だ」


 まだまだ余裕があったが、ロイが大きく精霊力を使ってしまいそうになったのだから仕方がない。立ち上がったアラステアはレスタを連れて汗だくのジークと合流する。


「ごめん……」


 肩の上でどんより沈んでいるロイの頭をジークがちょこちょこと人差し指で慰めていた。


「大丈夫だ。楽しすぎて加減を忘れたんだろう。これ以上は俺も持たなかったからお前のせいじゃない」


 近づけば熱気を感じるほど激しく動いた後だというのに、ニッと笑ったジークが男前すぎて動悸がするが、審判をしていたエグバートも別の意味で興奮していた。


「凄いな。コンラッドが手を抜いたようすもないのに対等レベルで戦っていた。エーレクロン王国にはこんな騎士がゴロゴロいるのか」

「まぁ、騎士の中にも精霊の契約者はいるが、精霊もロイのように戦闘が得意なものもいれば隠密が得意なものもいる。移動が速いものも、力がつよいものも。それに精霊によっては契約者のそばにいないものもいる。レスタは別だが、俺がエーレクロンで働いているときは一か月もロイの顔を見ないこともあったな」


 精霊が契約者を慈しむのは同じだが、その方法が精霊によって違う。契約者を守ろうとすることはあっても、契約者のために戦うかどうかは精霊の性格に寄るのだ。精霊と契約しているすべての騎士がジークと同じだけ戦えると思われるのは困るので誤解を訂正すると、エグバートは逆に感心したようにうなずいた。


「精霊とは戦うだけの存在ではないんだな。なるほど。従魔とも違うのか……」


 考え込んでしまった次兄を放置して、疲れただろうジークをねぎらいつつ訓練場から先に脱出させてもらう。ジークの話を聞きたそうにしている連中がこちらを見ていたが、今はまだ大勢に接触させて適当な情報を与えるつもりはなかったので無視して部屋に戻った。あとの対処は次兄がしてくれる手はずになっていたし、たぶん嬉々として興味を持った連中と一緒に先ほどの戦闘を再現しようとするだろう。


「やはり敵わなかったな」


 部屋に戻りながらジークが悔しそうにポツリと(つぶや)いた。少し興奮が醒めてきたのかもしれない。


「魔導騎士相手に十分すぎるくらいよく戦ったよ」


 彼らは言うなれば国の中で一番のエリートだ。千早の世界でいえばオリンピックの代表とか、ノーベル賞の候補者とか、そのレベルだとアラステアは認識していた。それに千早の世界と違うのは、この世界では貴族階級があるためか才能のある者が才能を持つ者を娶ることが多い。言葉は悪いが競走馬のように優秀な人材が生まれやすいように思えるのだ。

 現にコンラッドも生まれは武門に優れた辺境伯家の三男だし、皇族は見目麗しい者が多いといわれている。他の魔導騎士だってほとんどは名門の出だ。過去に一人だけ平民出身の魔導騎士が実在したようだが、彼女はかなりレアな特殊技能を持っていたらしい。

 そんな素質に恵まれ専門に訓練してきた相手に、言い換えれば一般人で職業軍人でもあるジークがあれだけ戦えたというのは素晴らしいことなのだ。だからこそ試合後にジークと話をしたいという連中が目を輝かせてあふれていたというのに。


「楽しかったよねぇ。クラウンベルドのおっさん……あ、ラスニールのおっさん並みに破天荒じゃなかったら、攻撃が読みやすくて楽だったー」


 ロイがベッドの上で満足そうに大きなあくびをすると、強力すぎる魔力を抑えるために弱体化していた副作用で極上美少年の姿をしていた過去(千早)の後見人の名前が出て、彼なら今日のような品の良い戦いはしないだろうなと笑えた。

 防具を外して汚れた上着を脱ぎながらジークが思い出したようにげんなりする。


「訓練の最中に一瞬で落とし穴を掘って、落ちた連中に向かって大笑いするような人だからなぁ」


 またえげつない魔導の使い方をする元後見人の姿がありありと想像できて、アラステアは腹を抱えて笑った。インナーを脱いでたくましい裸体を晒しながら汗を拭っていたジークがシャワーを浴びに行っているあいだに、ヴァージルが合流してアラステアに報告する。


「レスタの結界に気がついたのは第三騎士団の隊長職の男だった」


 しっかり五日間の休暇を取ったヴァージルは無精ひげをきれいに剃って髪を整え、旅のあいだの気だるげな雰囲気がみじんもなくなっていた。細身の体を侍従服で包んできびきびと仕事をする姿に、城の浅いところで働いているメイドたちが熱いまなざしを向けているのも知っている。

 そんなできる男を体現しているヴァージルだが、アラステアやジークたちの前では取り繕わないことにしているらしい。ジークの部屋だというのにノックもせずに現れた彼は、お茶の用意をしてアラステアに差し出した。


「あの色黒で小柄だけど筋肉ガチガチのお兄ちゃんでしょ? たぶんあの人、精霊と契約しているよ。でなきゃ僕は(・・)見えない(・・・・)と思う」


 まるで猫とネズミの古いアニメのように腕枕をしながらベッドの上で寝そべるロイの姿は、魔導騎士相手に互角に戦ったようには見えない。


「今すぐ接触するか?」


 できる侍従の様相で聞いてきたヴァージルにアラステアは美味しいお茶を飲みながら首を横に振った。


「本人が契約者だって気が付いていない可能性もある。どうやって契約を結んだのかも気になるし、本人が知らないなら、その理由を精霊に聞くほうが先」


 これまで問題なくやってきた関係をアラステアの都合で壊すわけにはいかない。膝の上にのったレスタの頭を撫でながら精霊たちに頼みごとをした。


「というわけで暇な時でいいから彼の精霊を内緒で探してくれる? できれば話が聞きたいと伝えてほしい」


 精霊は精霊の居場所が判るらしい。それでも本気で隠れていると判らないらしいので、二人は快く請け負ってくれた。


「さて、まずは一投目。強さは正義と考える連中が多い騎士団はどんな反応をするかな?」


 シャムロック魔道帝国の第三皇子という顔で笑ったアラステアは、シャワーを浴び終えて濡れた髪をかき上げ、素晴らしい上半身をさらしたジークに親指を立てた。


【世界の裏話・冒険者と傭兵の違いについて】


作者「今日は冒険者と傭兵の違いについて、のお話です」

千早「そういえば別の職業として出てたね」

作者「作中でちょっとだけ言及していますが役割が違います。簡単に言えば冒険者は対魔物の専門家、傭兵は対人間の専門家です」

千早「ああ、だから魔物の集団暴走の時にアラステアがいるから大丈夫だって話になったんだね」

作者「もっと説明すれば冒険者は『収穫する仕事』です。野生の魔物は人の生活に役立つ部位が多くて、それを討伐して収集する大事な役割があります」

千早「肉とか魚とか野菜とかも冒険者が収穫するの?」

作者「ちゃんと家畜もいるし、生産もしているので農家もありますよ。エーレクロンの猟師のように多少の腕もあるのですが、冒険者は依頼で人を襲う危険な魔物を討伐することも業務に含まれますね」

千早「それじゃあ、傭兵は?」

作者「盗賊や野盗などの対処や、考えの違う国や地域との諍いに出ていきますね。お金を払って雇う護衛という感じです」

千早「冒険者だって護衛はするんじゃない?」

作者「そうですね。襲ってくる相手は選べませんから、冒険者が野盗を対処することもあるし、傭兵が魔物を相手にすることもあります」

千早「それなら一緒でもいいんじゃ?」

作者「吸血の森のように専用装備が必要な魔物がいたり、人と魔物では守る部位が違うのです。そのあたりは住み分けですね」

千早「それなら騎士はなにしてるの? エーレクロンでは魔物の討伐をしているようだけど」

作者「シャムロック魔道帝国の騎士団は他国からの侵略の防衛、大規模討伐への参加、街や村の防衛や犯罪者の取り締まりなどですね」

千早「それって自衛隊と警察を合わせたような仕事内容だね。なるほど、だから冒険者は『収穫する仕事』といえるわけね」

作者「そういうことです。魔物の素材はすでに人々の生活に食い込んでいるので、今更なしにはできないし代替品もまだ開発できていないので、当分このままでしょうね」

千早「人の住む場所をでたら凶暴な生き物がいるって、考えたら怖いね」

作者「だからこその冒険者なのですよ。冒険者も傭兵も、年齢や結婚による引退後は小さな村などに移住して自警団のような第二の人生があったりします」

千早「それなら安心だね」

作者「でも彼らの平均寿命とか考えたら、どうでしょうね……」

千早「え……」

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