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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 魔道王子、帰国する
20/28

魔道皇子、大聖女に会う

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 吸血の森はいつもの静けさに満ちていた。先の鋭い葉も、棘のついた枝も、うごめく虫や植物たちもいつも通り。

 行きがけに騒動があったのでどこかぎこちなく始まった依頼だが、森に慣れた二級冒険者二人と二級に上がるための試験を受けている三級冒険者(ジーク)、そしてその付き添いの一級冒険者(アラステア)が集まればなにも問題もなく終わった。


 逆に森の浅い場所で騒がしくならなかったのがよかったのか、滅多に見つけられない虫が採取できたと指名依頼の二人が喜んでいたくらいだ。


 無事に依頼を終えて冒険者ギルドに戻り、採取した物を提出してから体を清める。ジークと二人でギルドのシャワールームで体を洗っていると、一緒に依頼に行った冒険者二人が入ってきてギルドからの連絡を伝えてくれた。


「アラステアー。ギルドの職員が話があるって言ってたぞー」

「ん~。ちょっと眠いんだけど、本格的に寝る前のほうがいいかな?」

「あれだろ。あの問題起こした女二人の話じゃねぇ?」


 三日も一緒に行動していれば少しの連帯感が生まれるらしく、服を脱ぎながら気安い言葉で返事が返ってくる。ああ、そういえばそんなこともあったなぁと、たくましい男たちの裸体を眺めながらお湯を止めた。

 すでに緊張の緩んだ頭は緩慢にしか働かないが、正直に言えば自分に関係のない浅はかな考えの人間の末路など興味もない。


「面倒なことはさっさと終わらせるに限る。ほら、行くぞ」


 同じく体を洗ったジークがタオルで体を拭きながら、動こうとしなかったアラステアの腰を軽く叩いた。


「寝てからではダメかな」

「牢に入れて三日だろ。罰とはいえ未遂だし、そろそろ拘束するのも限界なんじゃないか」


 睡眠すらろくにとれない依頼をこなしてきたばかりでこのままゆっくりと寝たかったのだが、まじめなジークの言葉に(あきら)めて下着と服を身に着けると、再びギルドのカウンターへと赴いた。


「ああ、アラステアさん。依頼を達成していただきありがとうございました。先ほど採取物の確認が終わりましたので報酬をお支払いします。それとジークさんの二級への昇級が決まりました。おめでとうございます」


 対応したのは生き残りだと告白した男性職員だった。落ち着いた声で穏やかにほほ笑みながら必要な対応をすると、まだ周囲に冒険者がいるにもかかわらず謝罪してきた。


「それと三日前は大変申し訳ありませんでした。今後は職員の教育を徹底していきます」


 彼が頭を下げると、周囲にいたギルド職員もそれぞれの手を止めて頭を下げる。まるでアラステア一人が不愉快な思いをして自分さえ許したらそれで終わりであるかのような空気に、少し苛ついて目を細めた。


「私への謝罪は結構です。私はしょせん通りすがりの冒険者でし、ここに(・・・)常駐している(・・・・・・)冒険者(・・・)とは違うのですから」

「はい。全職員、冒険者の皆さまに信頼していただけるように努力してまいります」

「がんばってくださいね」


 よほど特殊な依頼でない限り武闘派冒険者であるアラステアに吸血の森への用事はないし、はっきりいってこちらは事故にあった気分である。それなのに騒動の結末を決めろと言われても、そこまで責任を取りたくないというのが本音なのだ。

 完全に面倒だと思っている空気が駄々洩れだったのだろう。後ろから肩を抱きしめたジークが話を継いだ。


「男性職員が多いギルドで女性の身体特性について話をするのは難しい問題だと判っているし、ギルドの説明が不十分だったとも思っていない。ただああいった人の話を聞かない(やから)は老若男女問わず存在していて、どんなに説明しても納得しないものだ。それを見極められるようにならないと、次はギルドを通さずに森に入る可能性があるから気を付けたほうがいい」


 長年騎士団の中堅を担ってきた男の言葉は重みがあり、ギルド職員だけでなく周囲にいた冒険者たちも息をのむ。こういうところは経験の差を感じるが、すんなり受け入れられる空気を持つジークがうらやましくなる。


「わかりました。肝に銘じておきます。それと彼女たちがあなたに直接謝罪したいと言っているのですが……それはこちらで話をつけておきますね」


 あからさまに面倒だという表情を浮かべたアラステアを見て、男性職員が苦笑いをこぼす。アラステアの容姿と素性を知られた今は、女性冒険者など面倒ごとしか運んでこないのは目に見えていた。


「これで終わりならまずはご飯! それから寝る! レスタのベッドが借りれるから、ヴァージルを気にしないでジークもゆっくり休もう!」


 話が終わったところで合流した、先ほどシャワールームに来た二級冒険者を打ち上げに誘うと、四人は連れ立って冒険者ギルドをあとにしたのだった。




◇◇◇




 一日ゆっくり休んだ一行は、翌日レストラーダ聖王国に向けて出発した。依頼を受けたのだし少し休んではどうかというヴァージルの意見に対し、アラステアはギルドでの騒動を説明したうえで、どうせレストラーダ聖王国ではしばらく足止めを食らうのだから休むならそちらでいいと判断した。


「たしか魔女の盟友がいる国だったな」


 レストラーダの名にレスタが思い出したようにつぶやいたので、アラステアは馬上から苦笑いをこぼす。


「ちょっと想像とは異なる性格だったね。それに明確な追加報酬が提示されていないから、実はちょっと国に行くのが怖いよ。魔女は信用しているから行くけどさ」


 狂信者ほど怖いものはない。死すら恐れぬ生き物など、もはや生き物ですらないように思えるからだ。

 かの国は大聖女レラリアを神と崇める信者だけが暮らす国であり、ここ十数年は周囲の国との軋轢が問題にもなっていた。レストラーダ教を信仰しないことが悪だという国になりつつあり、売買契約を反故にしてこれは寄付だったと言いがかりをつけてたという話も聞こえてくる。


「なんかすごい嫌な予感がするんだよな。いや、悪いことにはならないと思うんだけど」


 レストラーダ聖王国は小さな国だ。王都がそのまま国土という特殊な国で、三カ国に囲まれている。自分たちは高度な外交で国を成り立たせていると思っているが、アラステアが見るにレストラーダ周辺は緩衝地帯として機能しているだけだ。どこの国が取っても扱いが面倒だし、もしうまく三分割したとしても狂信者連中がなにをするのか判らない土地など積極的に欲しいとは思わないのだろう。


 こういった小さな認識の齟齬が重なって周辺国とレストラーダ聖王国の認識の差が激しいのである。

 一方は狂信者の国。もう一方は神に選ばれし自分たちが暮らす至高の国だと。

 高い壁に囲まれた小高い丘に白く輝く神殿が見える。一体何と戦うつもりなのか、牧歌的な景色の中に突然現れる辺境の砦と見紛うばかりの城壁に、初めで見たレスタやジーク、ロイが無言になった。


「初めて見るとびっくりするよね。これで慈愛と寛容を売り(教義)にしているんだから、詐欺に近いかも」


 主要街道だというのに人通りは少ない。三英傑の一人、大聖女レラリアへの感謝と尊敬から、各国に税金もなく神殿を建てて布教しながら信者を集めていた。各国に建てられている神殿からの寄付で成り立つ国は、どこか閑散としていて不気味だとアラステアは感じていた。

 攻城兵器の直撃ですら簡単に防ぐような立派な門を潜るために馬を降りる。白い飾りのような鎧を身に着けた神殿騎士が、真顔で身体検査を手荒くしてきた。


「この国にはなにをしに来た?」

「神殿からの依頼達成報告です」


 全員の身分証を確認した神殿騎士がレスタとロイに目を向けると、馬鹿にしたように鼻で笑う。


「畜生は持ち込めないぞ」


 まぁ、言われるだろうなぁと思っていたアラステアは焦ることなく返答する。


「大聖女レラリアから連れてくるように要請されているのですが……判りました。このままこの国から立ち去りますね。追加報酬も結構ですとお伝えください」

「大聖女レラリアだと?! 嘘をつくな! 俺ですら顔も見たことないのに、お前ごときが会えるわけがないだろうが!!」


 激昂する騎士が腰の剣に手をかけるが、完全無視を決め込んだアラステアたちが来た道を引き返そうとしていると、真っ黒なローブを着た司祭らしき二人が早足で近づいてきた。

 白い街並みと白い神殿と白い騎士鎧の中で、異質な黒に騎士たちが顔を強張らせる。前回依頼を受けたときはレストラーダ聖王国の冒険者ギルド経由だったので偉そうな白いローブの男経由だったが、神殿騎士が声をかけることすらできない黒い男たちは、アラステアたちに追いつくと深々と頭を下げた。


「一級冒険者のアラステア殿とお連れさまですね。大聖女さまがお待ちです。ご案内いたします」

「……私の精霊は入れないと言われたんですけど」

「神殿の者が失礼をしてしまい申し訳ありませんでした。レストラーダ聖王国は大聖女さまの意思を尊重いたします。皆さま、そのままこちらへどうぞ」


 困ったようにかすかな笑みを浮かべるアラステアとレスタ、不機嫌そうに鼻で笑うヴァージルに怖いくらいの無表情のジークと、ご機嫌で鼻歌を歌うロイが黒ローブの男たちの後に続く。

 門を潜ると整然とした街並みが現れた。前回来た時より通りの人が少ないのを訝しく思いながら、人々の視線を浴びつつ大神殿に入っていく。


 真っ白い建物は色とりどりのステンドグラスが華やかに光り、それでも以前は人がごったがえしていた神殿は、今日はまばらに信者や司祭らしき人々が立ち話をしているだけだ。時期の問題か? と思いながらそのまま奥へと進んで完全に関係者以外立ち入らない奥まで通されると、銀の金属の飾りがついた豪華な扉の前で足を止める。


「アラステア殿をお連れしました」


 ノックしたわけでもないのに入室許可が出ると、黒いローブの男は扉を開けて深々と頭を下げた。

 促されるままに入れば、中は真っ白い空間。なにもかもが白い部屋で、白い豪華なソファに少女と女性の狭間の年齢に見える人物が座っていた。


「いらっしゃい、アラステア君。依頼を達成してくれてありがとう」


 楽しそうに笑いながらレラリアらしき少女は大きなソファに座るように促す。


「お連れの方も、精霊の皆さまもどうぞソファに上がってくつろいで」


 アラステアの足元に座ったレスタにまで気遣って声をかけると、真っ白な衣装を着た侍女らしき女性が入ってきて六人分のお茶と茶菓子を給仕した。


「まずは初めまして。私はレラリア。今は大聖女なんて大層な名で呼ばれています」

「初めまして。私はアラステア・シャムロック。彼はヴァージルとジーク。そして私の精霊レスタとジークと精霊ロイです」


 全員分の自己紹介を簡単に終えると、レラリアは見た目にそぐわない慈愛のまなざしで精霊たちを見る。そして目を輝かせると、立ち上がってレスタに近づいた。


「触ってもよろしい?」


 少女らしい可愛い願いに、こちらも穏やかな青い目の獅子がゆっくりとうなずく。銀髪に紫色の目の少女が日に焼けたことのない白い手を伸ばして黄金のたてがみをしばらく撫でると、最後にぎゅっと抱き着いて満ち足りた表情を浮かべた。


「ふわふわ、もこもこは正義だってハルキが言ってたの。本当だった!」


 にこにこと笑いながらイスへと戻ったレラリアは、お茶を進めながら追加報酬の話を始めた。


「それで、追加報酬なんだけど」


 両手でカップを持ってふうふうと冷ましながら、それまでの天真爛漫な様子から少し雰囲気を変えてニヤリと笑う。


「アラステア君は精霊を周知させたいと思ってるでしょ? それでそれを少し手伝ってあげようと思ったんだ。もちろんタダじゃないよ。ちょっとしたお願いを聞いてくれたらイイコトあるよ」


 イイコトが怪しく聞こえるのはなぜだろう。それにどうやって精霊の問題を把握したのか。

 おそらく清廉潔白の筆頭にいるような大聖女に持っていい印象じゃないのだろうが、アラステアはレスタと顔を合わせてから話を続けた。


「確かに精霊に対する偏見をどうにかしたいとは思っていますが……お願い、というのは依頼ですか?」

「ううん。依頼じゃない。必要なのはあなたの正義感かな。これから私がこの部屋を出て、ある場所に移動するんだけど、それを邪魔する連中を片付けてほしいの。もちろん殺さずに」


 ほんわかした雰囲気から突然殺伐とした言葉が漏れて驚くが、レラリアはかまわずに話を進める。


「建物への損害は気にしないでいいし、精霊たちも大けがさえさせないなら好きにしてもらっていいわよ。逆に目立つように派手にしてもらったほうがいいかも」

「ちょっと待って。ここはレストラーダ聖王国だぞ。誰が大聖女を襲うっていうんだ。この周辺で不穏な動きはなかったはずだが」


 我慢できないとばかりにヴァージルが口を出すと、こくこくとお茶を飲んでいたレラリアは小さく首をかしげて可愛らしく言った。


「教皇と枢機卿とかレストラーダ教の上層部よ。ところで武器は持ってる? そろそろ神殿騎士が雪崩れ込んできそうだけど」


 その直後、すごい勢いでドアが蹴破られ、白い鎧の神殿騎士六人が抜身の剣を持って入り込んでくる。立ち上がってレラリアを抱き寄せたアラステアと、姿を消すヴァージル。レスタは単身で威嚇し、先頭ではジークとロイがゆっくりと剣を抜いた。


「あ、黒は私の直属だから大丈夫」


 いや、そうじゃないだろうと思ったが、今はゆっくり突っ込んでいる暇はない。気配を辿れば神殿全体がざわついているのがわかり、少女を自分の後ろにかばったアラステアに楽しそうなロイが振り向いた。


「殺さなきゃなにをしてもいいんだよね?!」

「……ほどほどになー」


 傭兵の街アルトハイムでアスカム団長と戦えなかったことを不満に思っていたらしいネズミの精霊に、アラステアが答える。はしゃぎながらロイの青い目が騎士に向くと体格のいい男たちがたじろいだ。いったいどんな視線を向けたのやら。


「こうなった以上、手伝いますよ。行先は?」

「近いと思う。目的地は大聖堂の教皇玉座」

「だって。よろしく」


 二百年も(引きこも)っていたレラリアに道案内は不可能だったので、先行するヴァージルに魔道で伝言を飛ばして探してもらうことにした。


「大聖女を騙る偽物をとらえろ!」


 ここまで待ってようやく目的を語った男どもが切りかかってくるが、左の三人はロイのしっぽの一振りで吹き飛び、右の一人はジークがかわしながら腕を取って捻り上げて突き放し、残り二人はレスタが電撃で麻痺させる。


「結界張るけど筋肉だるまにぶつかられたらケガしそうだから、排除よろしく。その代わり……」


 宙から黒い魔道インクの入ったペンを取り出して、そのまま目の前に複雑で優美な全解除の魔方陣を、五分ほどで描くと発動させた。窓のない部屋のなかでは見えなかったが、おそらく神殿を覆うような形で魔方陣が光ったはずだ。


「たぶんこの神殿の中くらいのすべての魔方陣を解除したよ。罠とか鍵とか、とにかく面倒なので全部」

「凄いね~。ここは魔王誕生の地だから私が少しずつ浄化してたんだけど、封じ込めてる結界まで解除されちゃった」

「「「「「「は?!」」」」」」


 レラリアの言葉に倒れている騎士たちも含めて全員が固まった。テーブルの上に散らばっていたお菓子をつまんでいた彼女に、青ざめたアラステアは膝をついて問いかける。


「それってかなりまずい?」

「ん~? 魔王が復活する、かも?」


 その言葉にぞっとした。数千年前の化け物みたいな威力の魔道でも、倒すことが困難だった相手だ。今復活などしたら人類は滅ぶかもしれない。


「それって時間は?」

「どうだろう。一時間後とか、百年後とか?」

「再封印は?」

「できるけど神殿の中心、教皇玉座に行かないと」


 わらわらと現れる神殿騎士や司祭連中を蹴散らして、一時間以内にもっとも厳重に警備されている大聖堂の玉座にたどり着かなければならないらしい。


「私の責任なんだけど、犠牲なしは無理かも」

「だめだよ。こちらの完璧な正義を主張するなら、犠牲はゼロで」


 アラステアを信用した目で見上げてくる少女を見て、魔女が彼女を思慮深いと評していたことを思い出した。そして彼女の周りが面倒だけれど、それ以上に恩恵をもたらすという言葉も。


「どうする?」


 新たにドアから入ってきた三人の男たちを蹴散らしたジークが振り返り、同時にヴァージルから玉座の場所も送られてくる。迷っている時間はなかった。


「ジークとロイはここで侵入を防いでおとり役を。時間が経てば魔導士が術式をくみ上げて攻撃を仕掛けてくると思うけど、そうなったら撤退。ここに居残る必要はない。ヴァージルは大聖堂の人員把握を。手段は問わないから、邪魔な連中を排除できるならお願い。私とレスタは大聖女を連れて大聖堂に向かう」


 大変申し訳ないが高貴な少女を肩に担ぎ、アラステアは窓を開けた。侵入防止の魔道も消えているので、すんなりバルコニーに出ると上を見上げる。


「飛びます。口を閉じて舌をかまないように注意してください」


 すべての警備魔道も解除しているので空からの侵入も邪魔をされることはない。だから身体強化で飛び上がってもいいが、今は時間が惜しいので飛行魔道をかけた。


「レスタ、行くよ」


 バルコニーから飛び出すと落下することなく垂直上昇するとレスタも宙を踏みながら追随し、途中で強風が二人の背後を襲う。ちらりと背後を見たアラステアの目には、十数本の矢がパラパラと落ちていくのが見えた。


「包囲して飛び道具とは用意周到。いつから(くわだ)てていたんですか……ああ、今は忙しいんであとでちゃんと聞かせてください」


 屋根へと飛び上がってそのまま中心の高い建物を目指していたが、途中で飛ぶのをやめるとレラリアをレスタの背中に乗せる。


「警備の復活が思ったより早い。これ以上飛ぶと撃墜されそうなので走ります。レスタ、頼んだ」

「レラリアよ。しっかり掴まるといい」


 本当はすごく嫌なのだが、いくらなんでも華奢な女性を担いで走るわけにもいかないので次善策だ。あとで今回は特別なのだと言っておかないと、などと現実逃避ぎみの思考が笑える。

 灰色の屋根の上を飛ぶように走っていく。今のところ自分たちに気が付いたのは外に配置されていた射撃手だけだが、ヴァージルからの情報によれば教団の上層部のかなりの人数が大聖堂に集まっているらしい。どうりで今日は一般信者の姿がないわけだ。


 走り出したアラステアの目の端にこちらに向かって矢を放とうとする射手が見えたが、黒い影が男を包むと次の瞬間には姿が消えた。ジークたちのいる建物付近では大きな動きが感じられなかったから、この国の魔導士が用意していた魔法陣などはすべて解除されたと思っていいだろう。

 逆にシンボルを掲げた大聖堂は建物を渡ると一キロほど先だが、そちからはかなり慌ただしい気配を感じる。


「なんか、まずい感じがする」


 得体の知れない気配に走る足も鈍るが、まだ一時間経ってないからと誰ともなく言い訳をしながら、ようやく大聖堂の天井窓へとたどり着いた。


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