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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
一章 魔道皇子、精霊の契約者になる
2/28

魔道皇子、親愛と忠誠を受けいれる

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 約十六年前。

 歴史を感じさせつつも丁寧に整えられた寝室は夜の闇に沈んでいた。

 天蓋の降ろされたベッドの上で眠っているのは黒髪の少年で、寝返りをうち丸まって眠る姿はまだまだあどけなくて愛らしい。

 やがて小さな寝息が乱れると暗闇の中で美しい金色の目が開かれる。少年はしばらく寝ぼけたようにゆっくりと瞬いてから自分の手を見つめ、そして一言。


「あ~、性別指定するの忘れてた……」


 彼の名はアラステア・クロース・シャムロック。シャムロック魔道帝国の第三皇子が十歳の誕生日を終えた夜の出来事だった。








 アラステアには前世の記憶がある。というか十歳の時に思い出した。

 前世での名は皆川(みながわ)千早(ちはや)。異世界からこの世界に落ちてきた二十歳の女性だった。大陸の中央に位置する世界最古の王国エーレクロンで保護され、動物の姿を模した精霊の契約者となって生涯を過ごした。


 ライオンの姿をとる精霊レスタをパートナーとして種族を超えたきずなで結ばれた千早は、魔力を持たないからこそこの世界では短命だった運命を受け入れて再びこの世界に生まれ変わることを望み、無事に記憶を取り戻したのである。


 前世からの願いはただ一つ。レスタと再会し、共にこの世界で生きていくこと。

 どれだけの時間がかかろうともそなたを待っていると約束してくれたレスタを信じて、アラステアは新たな人生を歩み始めたのだった。








 さて、無事に前世を思い出したアラステアだが、夜中に目覚めた直後から大泣きした。

 前世を思い出して今生の家族とのふれあいの記憶と重なると、行方不明になった娘を心配して最後には絶望したであろう前世の家族が想像できてしまったのである。皆川千早の時には考えないようにしていた深い場所についた傷が表面に浮かび上がり、幼いアラステアの心は耐えきれなかった。


 大声で家族を呼びながら泣き叫び、叫びすぎて吐き戻してさらに泣き、呼吸もままならなくなるほど泣きじゃくって意識を失ったらしい。

 らしい、というのはあとで聞いた話だからだ。


 お父さん、お母さん、お姉ちゃんと叫びながら泣き続けるアラステアの異常な事態に、皇妃である母親だけでなく皇帝である父親も、兄たちも駆けつけてくれていた。

 医者も魔導士も荒れ狂うアラステアの魔力に阻まれて近づくことができず、部屋の入り口で手を出せずにいたところに駆けつけた母はアラステアと似た魔力を持つ自分なら大丈夫だと周囲が止めるのも聞かずに押し入って、ベッドの上で吐きながら泣き続ける息子を抱きしめたという。


 『ごめんなさい、お父さん、お母さん、お姉ちゃん! ごめんなさい、本当にごめんなさい!』と母親にしがみつきながら狂ったように謝罪する姿を見た父や兄たちも加わり、魔力の暴走もあって眠りの魔道すら受け付けない息子が意識を失うまで辛抱強く声をかけ抱きしめてくれた家族には感謝しかない。


 この五年後に成人したら国を出て自分の精霊を迎えに行くと父親に話したとき、父はいつかこんな日がくるかもしれないと思っていたと告白された。

 十歳の誕生日の夜に起こった魔力の暴走と、その時に発した「お父さん」や「お母さん」といった普段は呼ぶことのない呼び方。兄しかいないアラステアが姉を呼んだこと。それから少しだけ変わった息子の性格もなにかの予兆だったと思っていたと。


「お前が十歳の誕生日を境に努力してきたことは知っている。帝国の皇子にふさわしい教養を身につけ、魔導士として知識と腕を磨いてきたことも」


 家族としての愛情のこもったまなざしでアラステアを見ていた父親だったが、しばらく考え込んだあとに皇帝らしい威厳を漂わせて口を開いた。


「お前の努力は認めるが帝国の皇子として生まれ、今のお前を形作ったのは帝国の民だ。お前の人生はお前だけのものではなく、民のためにもあらねばならない。それはわかっているのか」

「はい。承知しております、皇帝陛下。そのためにいくつかの提案を持ってまいりました。もう少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 十五歳になり、来年から学園に通う三番目の息子が前皇帝と同じ黄金の目で笑いながら交渉に乗りだす姿に感慨深いものを感じて、それまで穏やかに見守っていた皇帝も姿勢を正して息子と対峙したのだった。








「とまぁこんな感じで父親を丸め込んで、レスタを連れて帰ったら政治の表舞台からいったん降りるという約束を取り付けてきた」


 行儀悪く足を組んで美味しそうにお茶を飲む姿は普通の青年と変わりなく見えるが、アラステアの面差しと雰囲気だけでどこか気品が感じられる。向かい合って座っていたジークとネズミの精霊ロイは長く会えなかった友の話を楽しそうに聞きいていた。

 場所はエーレクロン王国の王城の一室。もみくちゃにされながらも精霊たちにあいさつを終えたアラステアを捕まえたオーガスタに、ジークとしっかり話し合いをしろと放りこまれたのだ。


「そこから学園に通いながら冒険者登録をして地道に等級を上げたりお金を貯めて、成人したあとにいくつか国の問題を解決したりして二十五歳でようやくレスタを迎えにくることができたんだよ」


 なんでもないことのように話しているが、それがどれだけ困難なことなのかがわかるのは歩んできた本人だけだろう。

 父である皇帝との契約はまだすべてを完了していないので話すことはできないが、アラステアにしてみればレスタと再会するのが最優先事項だったため目的は達成したといっていい。精霊の行動を縛るのがほぼ不可能な現状でアラステアとレスタを引き離すことは、たとえ皇帝でもできはしないのだ。


 人の言葉を話す精霊が存在することは知られているが帝国ではすでに三世代にわたって確認されておらず、詳しい生態もほぼ忘れられている。アラステアも調べてみたが個性的でマイペースな精霊たちの平均的な生態などあるわけもないと思い出して調べるのをあきらめた。


「それから一年かけてこの国までやってきたってわけ」

「一人で、か?」


 魔道帝国の皇子がたとえ一級冒険者といえども単独行動をしたのかとのジークの問いに、黒髪を揺らして小さく首を振る。


「私が私的に雇っている仲間が一人いるけど、王都の宿屋で待機させている。私が城に呼ばれた時点で連絡しているから今頃ゆっくり休んでいると思うよ」


 にっこりほほ笑みながら答えれば、年齢を重ねて男の色気の増したジークが嬉しそうに視線を合わせた。


「それならあいさつをしないとな。俺の仕事の引継ぎは十日もあれば終わるし、それまではいろいろと忙しいだろう?」


 再開後に騎士の誓いをアラステアに捧げたジークは、千早のときとはうって変わって少々強引に話を進める。まるで離れるのを恐れているように。


「それなんだけど……本当に後悔しないか? 外の世界はこの国ほど平和ではないし、私の身分は面倒だし、ロイも嫌な思いをたくさんするとおもう」


 今ならまだ間に合うと水色の目を見返すと真剣な表情の男にたじろぐ。痛みをこらえるような、不機嫌そうな、さまざまな感情の入り混じった硬い気配とは逆に艶のある低い声が静かに言葉を紡いだ。


「チハヤがレスタ様とともに森で暮らすと聞いたとき、俺はそれでもまた会えると思っていた。まさか二度と会えなくなるとは思ってもいなかった」


 膝の上のこぶしが血管が浮かぶほど強く握られる。


「チハヤが去ってからクランベルド閣下よりすべてを聞いた。魔力を持たないチハヤは短命であることも、魔力がチハヤの寿命を縮めていたことも。そこでようやく俺はチハヤが好きだったことに気がついたんだ」


 皆川千早への告白は騎士の誓いを立てたときと同じで、年齢を重ねて精悍さが増した男の存在感と一度手放したものをもう二度と離さないという決意に満ちていた。


「俺がチハヤにできたことはほんのわずかで、ともにいた時間も短かった。チハヤが死んでから忘れようと努力をしたこともあったが、ある日思ったんだ。記憶を引き継いだチハヤはまたレスタ様のところに現れる。その時こそそばにいられるようになろう、と」


 平民騎士で最高位の騎士団大隊長の地位もさまざまな知識と経験も、すべてはふたたび出会えたときにそばにいるため。

 鋭いと思えるほど真剣にジークの水色の目がアラステアを捕らえる。


「愛してほしいわけじゃない。誰を想っていてもかまわない。自分でもかなりこじらせているのはわかっているが、この心はどうにもならなかった。だから今はそばにいる許可が欲しい」


 事実だけを淡々と告げる低い声は色気を排除することで逆にジークの想いを強く引き立て、食らいつくようなぶれない視線にさらされたアラステアは頬を染めた。それこそ耳まで赤く。


『あなたに俺の剣を捧げる。だから俺が仕える許可が欲しい』


 再会直後に捧げられた誓いの言葉はジークの想いそのものだった。


「ねぇ、アラステア。もういまさらだよ。ジークの人生に千早が入り込んだ時点でジークは唯一を決めちゃったんだ」


 菓子を食べ終えたロイが満足そうに腹をさすりながら軽く言葉を続ける。


「それにジークがここまでこじらせたのは僕が千早に抱いた親愛と自分の恋心を誤解したからなんだ。もっと早くに気がついて告白してフラれていれば、ここまで面倒なことにならなかったんだよ。だからジークに気持ちを返さなくていいから受けとるくらいはしてやって」


 もともと常識(精霊)のロイの言葉に向かい合うソファに座っているジークは黙って肯定した。

 オーガスタが言っていた「よく話しあえ」とはこのことかと思考が飛びながら、アラステアは少しだけ年を重ねた男を見つめ返す。


 きっとずっと悩ませてしまったのだろう。千早が森にこもったときから寿命で死んだあとも。

 だからこそ彼が導きだした結論を簡単に否定することができず、となりのレスタの気配を感じつつもテーブルに視線を固定して自問した。


「正直に言うとレスタがいなかったとしても、私はジークを心の底から信用できなかったと思う」


 やわらかい声音と言葉を一つ一つ確かめるような話し方は千早のそれに似ていた。


「ただ……この世界の人で一番信用しているのはジークだったし、それは今も変わらない」


 言葉の後半は明瞭に発せられ、アラステアの覚悟が決まったのだろう。美しくも渇望(かつぼう)がかすかに滲んだ金の目がおのれを乞う男を映す。


「ジーク。私は皆川千早じゃない。アラステア・シャムロックという冒険者で魔道帝国の皇子でもある。あなたの感情に答えを返さないまま連れて行こうとしている卑怯者だよ」

「アラステア。俺はチハヤの知っている俺じゃない。従順にふるまいはするが、隙を見せれば噛みつくくらいの狡猾さは持ちあわせているぞ」


 にやりと笑うジークと挑発的な笑みを浮かべたアラステアはしばらく見つめあったのち同時に笑いだした。


「話はついたようだな」

「わーい、アラステアの生まれた国に行くんだね! 楽しみ」


 見守っていた精霊たちがのんきな言葉を交わし。


「本当に男前すぎるよね。隙をみせたら食われそうだ」

「好きなだけ俺を使うといい。お前に扱いきれるならな」


 立ち上がった男たちが笑いながら握手を交わしたのだった。


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