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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 魔道王子、帰国する
18/28

魔道皇子、吸血の森の採取依頼を受ける

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 結局昨日一日は冒険者として依頼を受けたことになった。傭兵団の訓練強化という名目の依頼をヴァージルが受けてきたらしい。アスカム団長とジークが戦っている間に副団長から依頼が出されていたようで、しっかりと報酬も支払われるとなれば、手を抜くことなく、レスタもロイも使って実践さながらの指導をした。


 おかげで訓練した連中は潰れてしまい、酒を飲みに来たのは幹部連中くらいだったので、ジークも含めて邪魔の入らない早朝に出発することができたのである。


「あ、そういえばジークの冒険者ランク、二級に上がる試験は採取だって言われてたんだっけ?」


 一日休んで元気いっぱいのジスレたちをしばらく走らせてから、ゆっくりと歩みを進めていたアラステアが思い出したように話し出した。

 移動しながらできる討伐依頼をこなしたり賞金首である盗賊団を壊滅させたりしてきたので、意外と早くランクが上がるようだが、確かに採取依頼は受けてこなかった。依頼達成の種類が偏ったおかげで、試験内容が採取という珍しいことになったのだろう。


「ああ。だが採取は受けたギルドに提出が基本だから、アラステアさえ困らなければ急ぎで受ける必要はないが」


 三級だろうが二級だろうが、同じ二級パーティーとして組んでいるなら行動に制限はない。パーティーの全員がパーティーの等級を満たしているかと言われれば、そうでないことのほうが多いからだ。


「困りはしないんだけど……」


 馬上でしばらく考え込んだアラステアは帰国の行程や冒険者として依頼を受けるタイミング、これから通る地域や国を組み合わせて結論を出す。


「この先の街に採取依頼にちょうどいいギルドがある。三級の採取依頼を二回受けるのは面倒だから、二級の採取依頼を受けようと思うんだけど、どうする?」

「俺でも達成可能か?」


 慎重な返答に機嫌よくうなずくと、軽く説明する。


「『吸血の森』での採取だよ。ちょっと特殊な森で、魔獣はほとんどでないね。男性冒険者限定の採取で二級依頼になっているから、私と組んでの受注になるかも」

「うわさには聞いたことがある。魔獣すら寄り付かない吸血昆虫や吸血植物の森があると」

「なにそれ。怖いんだけど」


 ジークの話にロイが体を震わせる。精霊ですら怖いと思う森に分け入って薬草を採取する人間のしぶとさに、アラステアは小さく笑った。


「ちょっとした注意さえすれば依頼としては優しいから、手っ取り早くそれで二級に上げてしまおう。うちの国についてからの採取依頼は、なんだか面倒なことになりそうな予感がするんだよね」


 魔導士の予感は馬鹿にできないと言われている。なぜかは判らないが皆が共通して言っているので、経験則なのかもしれない。


「時間に余裕があるのなら俺は依頼を受けてもかまわない」

「ってかお前、いい加減ジークが三級だって目で見られんのが嫌なんだろ」


 気安く請け負ったジークを見ながらヴァージルが呆れたように言ってくるので、アラステアは振り返って反論する。


「だってあれだけ格好よくてすごいジークが、たかがギルドランク程度で見くびられるのは腹が立つからね。それでなくとも私は目立つから、ジークに嫌な思いをさせないためにも早くランクを上げようと思って」


 大陸の東側、シャムロック魔道帝国に近づくにしたがってパーティーにちょっかいをかけてくる輩が多くなったのだが、その大半が三級冒険者であるジークの代わりに自分を入れろというバカな要求をしてくる連中ばかりでうんざりしていたのだ。


 いちいち叩きのめすのも面倒だし、彼らを納得させる義理もない。それでも連中の相手をしたくないなら、ジークを彼らが文句を言えない等級にするのが一番簡単だ。本当は一級に上げたいのだが大物を狙うには時間がかかるし、どうせ上げるならヴァージルも一緒にしたいから、今は我慢するつもりだった。


「まぁ、いいタイミングではあるよな。そろそろ吸血の森の採取依頼が始まるころだし、間に合わなくとも俺たちは二度、依頼達成しているから単独潜入の資格はあるし」


 こうしてヴァージルが納得したことで、急遽行き先が変更されたのだった。




◇◇◇




 ニフィルティの町は名前は可愛らしいが、近くに吸血の森があるちょっとイメージの悪い町である。

 イメージが悪いといっても別に治安が悪いとか町中に吸血生物が現れるということはなく、ただ日帰りで行ける谷底に吸血の森があるというだけなのだが、大陸でも特異な生態系の森であることから風評被害が酷いのだとギルド職員は嘆いていた。


 だが実際は、吸血の森自体は深い谷にあって希少な薬効植物や昆虫も多く、多くの採取依頼や植物や昆虫の研究者が訪れては冒険者を雇ってフィールドワークに赴くという、町の経済を支えているありがたい森でもあった。


「毎回思うんだけど、町の方向性がちょっと間違っているよね」


 無事に到着した一行はさっそく宿屋を取ると、冒険者ギルドを訪れてジークの昇級試験の手続きをする。ちょうどよく二級の採取依頼もあったのでアラステアの監督の元、ジークが依頼を受けることになった。

 そして吸血の森に入るには特殊な装備が必要なので、ジークとアラステアは買い出しに出たのだが。


 アラステアの言葉にジークは興味深そうにあたりを見回した。

 町は至る所にピンクの小物が飾られていて、町の名にふさわしいとても可愛らしい風景が広がっている。道路も整っていて清潔だ。市場や商店も活気にあふれていて、町全体が明るい雰囲気ですらある。

 だが、そこを通る人々が少しばかり(いか)つい男が多い。アルトハイムのように一目で傭兵と判るわけではないが、他の都市に比べて女性の姿が圧倒的に少ないのだ。だがこれには理由がある。


「さて。今から買いに行くのは特殊なインナーと防刃防具です。これがあれば吸血の森もちょっと危ない森に早変わり」


 ここにヴァージルがいれば「そんなことがあるか!」と頭を叩いてきただろうが、残念ながら彼は本国との連絡に忙しくてこの場にはいなかったので、ジークは先ほど受けた吸血の森の説明を思い出しながらアラステアの言葉にうなずく。


「あとは三日ほど風呂に入るのを我慢すればジークは二級冒険者に上がります。頑張りましょう」


 一級冒険者のアラステアは、ジークの試験官として吸血の森に無償で挑むことになっている。初めての経験なのか、それとも誰かの真似なのか、妙に緊張しながら話す青年を見てジークは笑いをかみ殺した。

 吸血の森での装備は専門の店ですべて揃えられる。指先から首元、つま先まで覆う上下に分かれた薄いインナーと、同じ素材だが少し厚い生地の手袋、そしてフード付きのマントを購入した。


「マントはあるが?」

「一回の依頼でボロボロになるよ。これは専用のマントだから気を付けて。採取物を入れる袋はギルドから支給されるし、森までは同じ依頼を受けた冒険者を一度に運ぶから足の心配もない」


 依頼の手順を思い出しながら携帯食料と液体ポーションをいくつか追加する。


「視界や聴覚を妨げたくないから顔は覆わないけど、その代わりにこれ」


 そういって自分のカバンから出したのは淡い青の魔銀を使ったシンプルな輪だ。それを頭の上からすっぽりと通して首にかけると、軽く魔力を流して起動させる。


「頭回りだけに軽い結界を張れる魔導具だ。これはこの町でも流通している」


 そこまで言ってから店の店主に聞こえないように小声でささやいた。


「ただしこれは私が作ったものなので、結界の強度は中級ですから内緒にしてください」


 硬質で鋭利な刃を持つ植物や顔に向かって飛んでくる虫などがいるので、森の中では視覚を保つために結界を張るか、マスクとゴーグルで肌の露出をなくすしかない。ほんの些細な出血も許されない場所なだけに、冒険者ギルドも森に入る冒険者の装備を厳重に確認するのだ。


「これでだいたい揃ったかな。あとは吸血の森での行動の仕方や、食事、排せつの手順なんかを確認しよう」


 明日からの行動を予想しながら依頼達成のためにうんうん(うな)っていると、ジークが楽しそうに笑って見下ろしていた。落ち着いた男の柔らかなほほ笑みに首をかしげて見上げると、ジークは大きな手で柔らかな黒髪を撫でる。


「チハヤはただ守ってやりたかったが、お前は一緒に歩いて行けるんだな。それはそれで楽しそうだ」


 慈しむ表情は千早のころにもよく見たし、今はアラステアが自分の見える範囲にいるだけで満足なのだと言っていた。それでも千早のころとは異なり、この世界をともに歩んでいく仲間としての扱いも増えてきたことにうれしくなって、アラステアはジークの意見に同意してうなずいたのだった。




◇◇◇




 早朝。ニフィルティの宿屋の裏でアラステアは黙々と武器を振るっていた。

 訓練のための頭を通すだけの簡素なシャツと動きやすそうな伸縮性のあるズボンという姿で、汗を光らせながら一心不乱に打ち込む姿を、同じく朝の訓練に出てきたジークがじっと見つめる。


 少し伸びてきた黒髪を揺らしながらこめかみから汗を流し、美しい金色の目は誰かを見つめているかのように宙を見据えて、架空の相手に向かって規則正しく剣を振るう。何度も打ち合った相手がいるのだろう。ジークの目にはアラステアの動きから相手の動きがある程度読めてしまった。


 それならどうせ自分も体を動かすのだからと手にした剣を鞘から抜き、あいさつをしながら近づいていく。


「おはよう。早いな」

「おはよう、ジーク」


 ジークに気づいたアラステアが手を止め、頬を流れる汗をシャツの裾を持ち上げて(ぬぐ)う。汗に濡れるシャツと引き締まった細い腰回りに視線を持っていかれたが、なんとか顔を上げると黙って剣を向けた。

 アラステアは何も言わなくても同じように剣を構え、ゆっくりと確認するように打ち合い始める。


 最初は基本の型から。そして先ほどまでアラステアが相手をしていた仮想敵を同じ動きに移行していけば、それに気が付いた青年が楽しそうに目を輝かせた。速さはない。ただ確実に、確かめるようになぞられる軌跡に、アラステアの師がこの仮想敵なのではないかと推測する。

 しばらく無言で刃を合わせていた二人だが、朝日が完全に上ったところで動きを止めた。


「付き合ってくれてありがとう。それにしても私の練習を見ただけで、相手の太刀筋が判るなんてすごいな」

「まぁ、これでも戦いを生業(なりわい)としてきたからな。ところで仮想敵は誰だったんだ?」


 随分と独特な型を使うなと軽く聞いてみると、タオルで汗を拭いながら甘そうな金の目で見上げてきた。


「私の二番目の兄だよ。基本は騎士団の指導係に教わったけど、魔導を使いながら戦う基礎はエグバート兄さまが教えてくれた。それがどうかした?」


 部屋に戻りながらアラステアに説明されて、なるほど、そういうことかとジークは納得した。

 ジークは平民にしては魔力が高い。もともと高かった上にロイと契約したことでさらに増えた気がするが、それでも戦い方は武力が中心だった。身体強化を中心に余裕があれば目くらましやフェイントに使うくらいだったが、魔導騎士は攻撃魔導を使いながら戦うことができるのだ。


 もちろんそれには魔力と才能も必要だから、魔導騎士になれる人間はかなり少ない。最低でも魔導を無詠唱の並行発動ができて、さらに剣技も騎士団レベルでなければ一流の魔導騎士とはいえないのだ。

 だが、これが(はま)れば強さが段違いになる。一騎当千とは言わないが、魔導騎士一人で手練れ十人を相手取ることができるといわれていた。


「お前はなぜ魔導騎士にならなかったんだ」


 依頼を受けるための出発準備をしながら疑問を口にすると、着替えていた青年がうんざりしたような表情を浮かべた。


「ジークさ。本物の魔導騎士ってどんなのか知ってる?」


 エーレクロンで言えば最強騎士であったラスニールが魔導騎士と同じだが、それを思い出して納得する。


「あの人たちは別の生き物だ」

「そうなんだよ。頭の作りが違うというか、変態というか……目の前の事象に対処しながら、全く違うことを平然と考えることができる天才なんだ。私には無理」


 ぴったりとした防刃インナーの上から装備を身に着けながら、はっきりと言い切ったアラステアに笑いながらジークは腰に剣を下げた。


「さて、採取依頼に行こうか」


 ヴァージルは相変わらず忙しそうに本国との調整を続けているようで、ロイとレスタは昨日、吸血の森を見に行った後に「絶対行かない」と宣言した。

 なにがあったか聞くと「悪い森じゃないんだ。ないんだけど……なんていうか、気持ち悪いんだよね。グルグル回ってるっていうか……一歩入ったら天地が逆転する感覚というか」と言って寝込んでいた。

 どうやら人には感じられない何かが我慢できなかったらしい。珍しく離れることのないレスタも言葉少なく「待っている」と言うくらいなので、よほどダメだったらしい。


「昨日話した注意は(おぼ)えてる?」


 身長差で少し見上げてくるアラステアがかわいくて頭を撫でてから、装備をもう一度確認してうなずいた。


「とにかく出血をしない」


 究極な結論だが間違ってはいないだろうと胸を張ると、なんとなく彼女の面影が残る笑顔で青年は笑ったのだった。


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