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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 魔道王子、帰国する
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魔道皇子、過去を思い出す

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 エーレクロン王国を出た直後は知り合いもいないし、訪れたことのない国ばかりだったから寄り道をすることもなかった。レスタの大きさに多少驚かれたりしたものの、なんの問題もなく転移門を二度使って三カ国を経て、ようやくよく知った地域に着き、アラステアはここで寄り道をジークと精霊たちに提案した。


「道のりとしては三分の二といったところなんだけど、ちょっと寄りたい街があるんだ。いいかな?」


 いつもとは異なり、少し自信がなさそうに聞いてくる青年に三人は視線を交わしつつもうなずく。その訳を知っているらしいヴァージルは、呆れた顔をしながらも止めることはなく、アラステアの好きにさせていた。


「レストラーダ聖王国に行く道からも外れているんだけど、近くまで来たらいつも寄ってるんだ」

「ぼくたちはいいけど、そこに何があるの?」


 好奇心で首をかしげながら聞いてきたロイに、優秀な冒険者でもある青年は小さく笑って答える。


「わたしの冒険者として生きていく覚悟と自分への(いまし)め、かな」


 そういって淡々と馬を進める一行の前に、高い壁を要した大きな街が現れた。








 あれはアラステアが冒険者として活動を始めて数年がたったころ。ヴァージルと二人で依頼を受けるのにも慣れ、シャムロック魔道帝国からの出国を認められて初めて国外に出た時だった。


 このアルトハイムという街の領主の息子がたちの悪い病にかかり、治療のための貴重な薬を運んでほしいという指名依頼を受けた二人は、無事に依頼を終えて宿屋で一息ついていた。道中何事もなく無事に終えたので少しばかり簡単すぎたと笑っていたのだが、旅装を解く前に街中の鐘が鳴り響く。


 短く五回。繰り返しならされるそれは、どの国でも街でも同じ意味を持つ。

 最大の脅威が迫っている。戦える者は集まれ。戦えない者は立てこもりの用意を。


 二人は宿を飛び出して先ほど出たばかりの冒険者ギルドに走りこむと、数組の冒険者グループが集合していた。それでも日が昇ってすぐに行動する職業であることから、集まった数はかなり少ない。

 緊張をはらんだ空気と冒険者たちの殺気立った気配に、街の外から来たアラステアとヴァージルは入り口近くで何が起こったのかを聞いていた。


「中型魔獣の集団暴走か。数頭程度なら難しい敵じゃないが、大規模戦闘は経験がないな」

「今すぐここから離れ……は、しないよなぁ」


 冷静に状況を分析するアラステアにヴァージルが頭をがりがりと掻きながらそれとなく提案するが、皇族として民を守るという意識の強い彼は、聞かなかったことにして話題をそらした。


「確かこの街には大きな傭兵団があったはずだ。防壁もしっかりしているし武器防具もそろっているなら、門さえ守りきればいける……かな?」


 最後は自信がなくなったのか尻すぼみになりながらお目付け役兼護衛の彼を見上げると、反対側から覇気のある男の声が響いた。


「我が傭兵団だけではなく、魔道の天才といわれる二級冒険者とその相棒もいるんだ。どうにかなるだろ」


 微塵も感じなかった気配に驚いた二人はとっさに男と距離を取る。そこにいたのは分厚い筋肉のたくましい体躯の、千早の感覚でいえば三十台後半の男性だった。短く刈り込まれた赤い髪と太い眉、厚めのくちびるに浮かぶ皮肉気な笑みとは裏腹の冷徹な鋭いまなざし、武装を整えて大槍を背負った歴戦の傭兵の姿に、アラステアは目を輝かせヴァージルは舌打ちした。


「門兵から聞いたぞ。本当にいいタイミングでこの街に来たな。俺はブラッドリー・アスカム。ここに本拠地を構えるルウェリン傭兵団の団長をしている」

「私はアラステア。彼はヴァージル。どうぞよろしく、アスカム団長」


 分厚くて硬い手と握手をすると、男に気が付いたギルド職員が走り寄ってくる。


「アスカム団長! うちの主力パーティや冒険者は依頼を受けて街を出ていました。すぐに戻ってくるように連絡を飛ばしましたが、間に合うかどうか。かろうじて三級のパーティを二組と、後方支援の魔導士、治癒術士数名を集めました。あとうちのギルド長も参戦すると」

「はぁ? ギルド長はこの間ぎっくり腰やってたじゃねぇか。あの(じじぃ)は後方支援だ。ここを動くなと言っておけ! まずは動ける連中だけ連れて行くぞ」


 自分の父親よりも少し若いくらいの男盛りの傭兵は、高揚して目を輝かせながらアラステアとヴァージルを見下ろして笑った。


「いい固定砲台と情報収集係がいるんだ。さっさと片付けようぜ」








 大門を囲うように押し寄せる魔物に、傭兵たちが武器を振るう。正面は傭兵団の中でも歴戦の猛者たちが陣取り、足の鈍った魔物たちを大剣で薙ぎ払っていた。

 半円形に陣取られた傭兵たちの中心で、アラステアは炎の中級魔道を連投する。人一人分の高さに浮かぶ五、六個の炎の塊を勢いよく走ってくる魔物にぶつけて足を止めるのが役割だが、集団暴走の怖さは速さのある巨体がためらうことなくぶつかってくることなので、衝撃で足を止めた魔物を傭兵たちが力づくで討伐していた。


「アラステア! 煙で奥が見えん! 他の属性に切り替えろ!」


 強い血臭と騒音の中、アラステアの周囲にいる他の魔導士たちに指示を出していたアスカム団長が、ぐるりと周囲を見回して怒鳴った。

 炎の魔道からの切り替え……無難なのは風の魔道だが、切り替えるとなると数段上の威力の魔道を発動しなければならない。なぜなら炎は直撃しなくとも目に見えるだけで足が鈍るし、炎の恐怖は魔物も変わらないからだ。それに風の魔道はアラステアと相性が悪く、今以上の威力を求めるなら連続発動も難しくなる。


 最初の魔物がぶつかってからやく半時間。そろそろ前衛の交代をするためにも大きな時間稼ぎが必要だと判断すると、土と火の魔道式を組み上げた。

 それまで浮かんでいた炎を打ち尽くすと、次に浮かんだのは赤く燃えるこぶし大の石だった。炎は上がっていないが、石から発せられる熱で空気が揺らぐ。


 どこまで通用するのか。緊張でくちびるが乾き、それをぺろりと舐める。


 周囲の喧騒や魔物たちの断末魔と戦っている男たちの怒鳴り声が響く中、複数属性の初級魔道を発動させたアラステアは先ほどより雑に、角度と速さを増して奥の魔物へと投げつけた。

 ボシュッという音は先ほどまでの炎の魔道より静かだったが効果は絶大だった。(かす)ったり身体の末端に当たった程度の魔物は弱りつつも傭兵たちに突っ込んでくるが、内臓などにめり込んだ魔物はどうっと倒れて痙攣(けいれん)を起こしていた。


「……魔力はもつのか」


 後ろから見ていたアスカム団長が聞いてきたので、険しい金色の目を正面に向けたまま冷静に言葉を紡ぐ。


「残存魔力は半分、といったところですね。この大きさの魔獣ならまだ()ちますが、大型が出たら厳しいです」

「大型が出たら俺たちの出番だ。お前はここで固定砲台をしていればいい」


 ひどい言い草だが理にかなっているし、言葉からはすべての責任は己が取るという覚悟が見える。背後に自分より強くて固い人間がいるということが、これだけ安心できることなのだと知った。ヴァージルは受け流してから反撃するタイプなので、盾や壁がある感じとは違うのだ。

 そのヴァージルはほかの門に回されている。かなり嫌がったのだが、街が魔物に蹂躙されれば単独で逃げたとしてもアラステアに危険が及ぶと説得されてしぶしぶ従っていた。


「だいぶ減ってきたな」


 延焼の煙が少なくなれば魔物たちの様子も見えてきたらしく、アスカム団長の太い声が(つぶや)いた。だが、ほっとした空気が流れて周囲を見回す余裕が出てきたアラステアの目の端に、子供と付き添いらしいやせた男が入ってきたのはその時だ。


「えっ」


 開いた門のすぐそばまで来ていたようで、魔物に注目している周囲は誰も気が付いていなかった。運が悪いことに俊敏な魔物が壁になっていた傭兵の頭上を飛び越えて弱いものを目ざとく見つけると、一直線に彼らに向かっていく。


「危ない!」


 距離と魔物の小さすぎる体格のために、今の位置からは魔道が届かないと走り出そうとしたアラステアの腕を、アスカム団長の大きな手ががっちり捕まえる。


「お前はここにいろ!」

「でも!」


 焦るアラステアに鋭い緑の目が憤怒の光を浮かべて突き刺さった。


「お前がここから動けば、前線が崩壊する! そうすれば街の中に魔物が入り込んでさらなる犠牲者がでるぞ! お前が今するべきなのは、馬鹿どもを助けることじゃなねぇ!」


 怒鳴られながら体を正面に力づくで向けられて、顎をガツッと捕まれて無理やり顔を上げられる。ためらったのは一瞬だけ。二人一組で怪我や疲労で前後を交代しながら戦う傭兵たちの後ろ姿に、歯を食いしばってふたたび無数の魔道を紡いだ。


「この判断の責任は俺にある。お前が気にすることじゃない」


 瞬時に判断を変えたアラステアに団長がフォローするようにつぶやく。街のほうから悲鳴のようなものが聞こえたような気がしたが、団長の言い分ももっともだし、勝手な判断をするなと威圧されていることもあって意識を前方に集中させたのだった。








「結局付き添っていた使用人の男が死んだ。子供は裕福な商家の次男だったらしく、魔物が見たいとわがままを言って出てきたらしい。子供は片手と片足を食われてたが、生きているだけましだろう」


 街の外にある墓地の質素な墓に膝をつく。


「あの時に犠牲になったのは彼だけだった。娘が生まれたばかりだったらしいよ。でも子供の親は子供を守れなかった彼が悪いって怒鳴ってて、子供の怪我の治療費を払えって奥さんに言ってんだ。最後はこの街の領主が来て、けが人や死者の保障をするって連れて行ったからどうなったのかはわからなかったけど、こうしてこの街にお墓があるということは、そう悪いことにはならなかったんじゃないかと思う」


 祈りを捧げて立ち上がると、穏やかに見つめるレスタの頭を撫でた。

 アラステアの黒髪とマントが風に揺れ、ひざ丈の野草も死者を慰めるように優しく周囲を覆う。いつもは感情豊かな金色の目がレスタの青い目と合い、その柔らかなたてがみや丸い耳を優しくなでる。


「シャムロック魔道帝国皇子として人々の助けになれ、という教えを理解していたつもりだったが、人である以上、目につく全員を助けることなどできないということを本当に認識していなかったんだ。今までは私の代わりに誰かが犠牲の責任を負っていたんだと痛感させられたよ。それと同時に冒険者は時には犠牲を出す取捨選択が必要になることもあると学んだんだ」


 学びは覚悟でもある。

 自分が人の生死を決めていいとは思わない。けれど誰かが決断しなければならない時が必ずくる。その時に迷わずにすむように。どんな決断をしても後悔するかもしれないが、決断を下したことを後悔しないために覚悟を決めたのだ。


「二級冒険者に上がったばかりで浮かれていた私にはいい薬だった。天才魔導士なんて言われて、まんざらでもなかった自分が恥ずかしい。子供のころからそれなりの教育を受けていれば、ある程度は誰だって器用な魔導士になれるし、本当の天才や主人公っていうのは、きっとあの場面で街も人も助けられる(・・・・・)んだろう」


 黒歴史とはこのことかと、今は本気で思っている。

 だからこそ近くに来れば初心を忘れないように意識的にこの街を訪れるし、あの時の無力感を何度でも思い出すことを自分に課すのだ。


「だが……」


 アラステアの話を黙って聞いていたレスタが、たてがみを風に揺らしながら自分を撫でていた手をぺろりと舐める。


「そなたがちょうどよくこの街に滞在していたからこそ、犠牲が最小限で済んだのだろう? そなたは十分に人々を助けているし、今度は私もロイもジークもいるのだ。そなたが後悔するような決断などけしてさせぬよ」


 レスタの力強い口調と慈しむまなざしにアラステアが嬉しそうに小さく笑うと、ひざまずいて頬にキスをした。


「頼りにしてる。私の精霊」


【作者覚書兼ミニ知識】


千早「この世界の年齢と容姿って、ちょっと判りにくいよね」

作者「あ、うん。私も時々頭の中で計算していますよ」

千早「それを教えてよ。私も正確に理解していないから」

作者「了解です。まず、この世界の人々は私の世界でいうエルフといった想像上の種族に似ています」

千早「確か、成人する二十歳までは私と同じように成長するんだよね?」

作者「そうそう。そこから成長が緩やかになるので、子供の姿がすごく貴重なんだよね。判りやすくジークで説明すると。

 現在のジークの年齢は83歳。そこから25歳を引いて58歳。それを3で割ってだいたい20歳。それに20歳を足して、見た目年齢40歳。体を使う職業のせいか、ジークは若く見られるから三十台前半かな。これは肉体年齢にも当てはまるので、実はジークは平民の中で超優良物件でした。

 寿命は200歳から300歳。これは魔力によるから、平民代表レックス君などはすでにジークよりも年上の見た目です」

千早「そっか。だからラス様の美少年姿が公認されていたのね」

作者「そうです。ちなみにラスニール閣下は魔力が豊富なので、まだまだ長生きされますよ」

千早「それにしても、寿命差がすごいね」

作者「まぁ、そうなんですが。私たちの世界でも同じ地球に住んでいるのに、平均寿命が30年も違いますしね」

千早「それに魔力っていうのが、よくわかんない」

作者「それは追々作中とあとがきで説明が入ります。基本的に千早のお話は世界の根幹の話をするタイミングがなくて、生きていくのに精いっぱいだったので(笑)」

千早「そうねぇ。私も外が怖くて引きこもっていたから。それじゃ、今日はここまで。またお会いしましょうね~」

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