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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 魔道王子、帰国する
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魔道王子、アザラシに会う

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 次の日の朝、馬房から連れ出されたジスレたちは、昨日は走れなかったと不満を訴えるように足踏みをしていた。アラステアたちはそんな彼らをなだめながら、馬具の点検と冒険者ギルドを経由する手続きの確認を終える。


 昨日の騒動でこの街を中心に活動していた冒険者パーティ二組が場所を移したらしい。ギルドの反応も犯人の処罰も決まっていないのに素早いなと思っていたら、どうやら使い魔や従魔がいるパーティだったようだ。


 二級と三級パーティだが、常駐している三級以上のパーティ五組のうちの二組、しかも一組はここで最高ランクのパーティだということもあって、冒険者ギルドは朝から騒がしかった。


「どれ、行くか」


 無事にレスタとロイも合流し、面倒なことになる前に出発しようと全員が慌ただしく騎乗する。朝の早い時間は人通りも多く、それでも皆がそれぞれの目的を持って移動しているので注目されるようなことはなかった。


 マントをまとってはいるが、フードを外してさわやかな風を受けながらゆっくりと歩みを進める。レスタの金のしっぽが楽しそうに揺れ、その頭の上でネズミの精霊が腹を出して熟睡していた。精霊は眠らないがロイいわく、徹夜したあとだから気分の問題らしい。レスタの頭の上なのは馬だと落とされるかもしれないからだそうだ。


 のんきな姿に幸せを感じてアラステアも穏やかな表情で馬を歩かせながら周囲をそれとなく警戒するが、街角を曲がった先に見える一昨日とは別の門で警備している連中の視線も他意があるようには見えないし、不自然に警戒する騎士の姿もない。


 街中では仕掛けてこないのか、あきらめたのか、自分たちにかまっている場合ではないのか。


 この世界の人々は魔物と戦うことが身近にあるせいか、暴力に躊躇がない。銃を所持していれば使用するのが容易になるのと同じ心理だが、石壁に囲まれた街の中の治安はそれほど悪くはない。よほど大きな都市でない限り、街中で悪さをすれば追い出されてしまうからだ。一度追い出されればその街に再び住むことは難しくなり、そんなことを繰り返せばどうなるかは火を見るより明らかだ。


 だからこそ街を出たあとに行方不明になる者は多い。街中でさえなければある程度の悪事は許容されるのだ。


「仕掛けてくるかな?」


 自分たちを追う視線は感じるが、敵意はないように感じる。ジークもヴァージルも襲撃の可能性は半々だと予想していたが、やはり帝国皇子の肩書が強かったのかもしれない。


「余計な騒動がないのならそれに越したことはないぞ。冒険者はコネでも肩書でもなんでも使って安全を確保するもんだしな」


 年齢でいえばジークとアラステアの中間であるヴァージルだが、外の世界の表も裏もよく知っている。エーレクロン王国から離れたことのないジークや、皇族でもあるアラステアよりも常識があると言ってもいい。


 力があるからといって困っている人を誰彼構わず助けようとしてしまうアラステアのお目付け役としてこれ以上適任はいない、とは兄であるサディアス皇太子の言葉だが、彼がよしとしたのなら間違ってはいないのだろう。


「それじゃあ、さっさとこの国を出て転移門のある隣国に入ってしまおう。ジスレたち、よろしく頼むよ」


 ジークがエーレクロンの軍馬ならばショートカットができると教えてくれた道を力強く歩む馬の首筋を叩いてねぎらいながら、三人は街道からゆっくり外れていく。森に入り、山の稜線を回るように馬を進めれば小さな湖に出た。静かな森の中で澄んだ水が湧きでていて、動物たちの憩いの場になっている……はずなのだが。


 ざわざわと風もないのに揺らぐ湖面と重く沈む周囲の空気に、一同は警戒のために歩みを止める。


「ありゃ~、まだ不機嫌なのかな?」


 この事態の理由を知っているらしいロイは、レスタの頭の上で立ち上がると湖に向かって声をかけた。


「ほら! もうレスタも怒ってないからさ。いい加減ロップも落ち着きなよ~」


 ロイの声が発せられるのと同時に湖の中央にある小島付近で何かが水の中に落ちる音がして、アラステアは体長一メートルほどの影が近づいてくるのに気が付く。それは浅瀬まで泳いてくるとぽかりと湖面に頭を覗かせた。


「か、かわいい……」


 丸みを帯びたつるりとした頭部と黒目がちの大きな目、ひげと自在に開閉する鼻の孔の下には笑っているような口が見える。体色は灰色で所々に黒と白の斑点が混じり、前足のひれを器用に動かしながら陸上まで上がってきたそれはアザラシだった。


「はじめまして、精霊王! ぼくはロップ。この湖に住んでいます。精霊と人の懸け橋になられた有名なお方にお目にかかれて光栄です!」


 大きな目をキラキラと輝かせてあいさつをする精霊に、レスタはゆっくりと近づいてこちらもあいさつを返す。


「こちらこそはじめまして、ロップ。私はレスタ。()精霊王であったものだよ。ここの環境はとても穏やかで豊かだな。君という精霊がよくわかるようだ」


 ロップはレスタのあいさつがよほどうれしかったのか、草の上をゴロゴロと転がりながら喜んだあと、深呼吸して落ち着きながら心配そうに見上げてきた。


「人間に濡れ衣を着せられたと聞きました。さぞかし不愉快な思いをなされたでしょう」


 丸いフォルムと先ほどまでのはしゃぎようからはかけ離れた賢そうな言葉に、精霊に慣れていないヴァージルはぎょっと目を見開く。


「心配してくれてありがとう。だが私の契約者がしっかり守ってくれたので、成り行きを見守っただけで済んだよ。紹介しよう。私の最愛の契約者、アラステアとその友人たちだ」


 紹介された三人が会釈をすると、ロップは安心するように小さくうなずいた。


「エーレクロンの精霊の愛し子だね? うわさは聞いていたよ。愛し子には初めて会ったけど、たしかに普通の人間とは違う感じがするね」


 ちょこんと擬音がつくように首をかしげて見上げてくるアザラシに、アラステアは膝をついてあいさつをする。


「はじめまして。レスタの契約者のアラステア・シャムロックです。彼らはジークとヴァージル。ジークはロイの契約者ですよ」


 アラステアの自己紹介にロップが嬉しそうに笑った。


「シャムロック魔道帝国の者か。そういえば昔に行ったことがあるが楽しい場所だった。それとジークとヴァージルだね。しっかり覚えたよ。ぼくは普段眠っていることが多いけれど、君たちならぼくの力が必要な時に貸し出してあげるよ」


 レスタを見る無邪気に慕っている雰囲気から一転、年下を慈しむようなまなざしを向けられてヴァージルが戸惑ったようにジークを見て、ジークは胸に手を当てて軽く頭を下げ感謝の意を表す。

 アラステアはこの可愛らしいフォルムのアザラシが、どうやってシャムロック魔道帝国まで移動したのか気にはなったが、静かに振り返って通ってきた森を見つめるレスタに気が付いた。


「見送りだと思うが、二、三人ついてきているな」


 風の中の何かを読み解くように視線を宙に向けていた獅子がポツリとつぶやく。


「まぁ、この面子(めんつ)を三人で襲うなら、うちの国の皇帝騎士くらい連れてこないと無理だけどね。レスタとロイを入れれば皇帝騎士でも無理だけど」


 それを聞いて小さく笑ったアラステアは名残惜しそうに立ち上がった。


「ゆっくり話をしたかったけど、どうやら面倒なお客が来たようだ。迷惑をかけても悪いから、そろそろ出発させてもらうよ」

「ふーん。そいつら、足止めする?」


 楽しそうに足を揺らしながら聞いてくるロップにアラステアは身もだえつつも首を振る。


「君はここでの生活があるでしょう? 地元の人間と揉め事はおこさないほうがいい。大丈夫。私たちの馬は早いから、彼らの足では追いつけないよ」


 ジスレにまたがりながら答えると、アザラシの精霊はにんまりと見た目にそぐわぬあくどい笑みを浮かべて言った。


「ぼくだとバレなきゃいいんだね」








 湖に静けさが戻る。かすかな気配を頼りに前の三人を追っていた男たちが離されまいと足を進めていると、雨が降ってきた。彼らの背後から迫っていた雨雲に追いつかれたようだが、これでは気配や足跡を読むのが難しくなり追うことは困難だ。


 リーダーが忌々しそうに消えた三人の向かった方角を睨んでから踵を返した時には、彼らの衣類はすっかり雨に濡れていた。

 どんな指示を受けていたのかはわからないが、あきらめて街に帰る彼らについていくように雨雲が移動する。そこから雨と曇りの日が二十日も続くとは、この時には誰も予想していなかった。


 そしてその間、騒ぎを起こした警備兵と騎士が拘束された場所で十日ほど悪夢にうなされ、移送されるときには人が変わったかのようにやせ細っていたことは話題にもならなかったのだった。


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