魔道王子、決着をつける
・このお話はフィクションでファンタジーです。
「ただいま~」
アラステアの肩の上で小さな手を振るロイに、待っていたヴァージルとレスタが顔を上げて反応する。ジークとともに席に着き、まだちらほら残っているほかの冒険者の視線を受けながらレスタを抱きしめて、アラステアはその豊かなたてがみに顔を埋めた。
「子供は?」
「無事に見つかった」
ヴァージルの問いにジークが答え、二人の視線はいまだ黄金のたてがみから離れようとしない青年に向けられる。
「予定の変更は?」
「ないよ。冤罪をかぶせてきた連中の処罰はギルドマスターに任せてきた。だからここの領主とファリシオン陛下に手紙を書いて終わりかな。ロイが目撃していてくれて助かったよ。そうじゃなかったら面倒な時間を取られることになっただろうからね」
冤罪を晴らすことなど造作もないが、そんなくだらないことのために時間を使う余裕はアラステアにはない。
「だれかが意図的に精霊を貶めようとしている。いやな感じだ。こうなるとうちの国のほうがましな気がしてきた。青騎士団にだって精霊の契約者はいるだろうに……」
獅子のたてがみごしに青年らしくない低い声が発せられ、おもむろに顔を上げるといつもは優しい金の目が固い光を宿していた。
「ここ数年、カラストリア王国にエーレクロンからの騎士団派遣はないから、契約している精霊はこの国に足を踏み入れていないな」
青騎士団の役職付きをしていたジークがここ最近の騎士派遣について語ると、ヴァージルはふっと眉を寄せる。
「おかしいな。今年だけで魔獣による冒険者の犠牲者が五人。そのたびに一級冒険者のパーティーに依頼が出ていて対処はしているようだが……わざわざ反対の国の冒険者を呼び寄せるくらいなら、王国騎士団の派遣のほうが早かっただろうに」
居残っていたヴァージルは冒険者ギルドでうまく情報収集ができたらしい。レスタに幼児殺害の容疑がかかっただけで、何も言わなくとも必要な情報を集める彼は経験に長けていた。そしてヴァージルの話からこの国がエーレクロンの騎士団を呼ばない理由はわからないが、こうなったのはここ数年の話のようだ。
「まぁ、おかしな偏見とたいしたことない尊厳を守るために、冒険者を犠牲にするならすればいい。冒険者が減っても騎士団が代わりに働けばいいし、エーレクロン王国も同じようにしているから、どうにかなるだろ」
ふわふわのレスタのたてがみを撫でながら興味もない返事をすると、ジークと視線を合わせたヴァージルがあきらめたように首を振った。
「こいつは冒険者の立場だし、うちの国とこの国に正式な国交はないから、これ以上は干渉できない。ギルドが今回の件に関してどの程度の制裁を与えるのかはわからないが、中級以上の冒険者なら移動は自由だしな」
事の顛末を盗み聞きていた周囲が小声で話し始め、これからのギルド長の手腕が問われることになりそうだが、アラステアには関係のない話だ。それに経験上、こういったもめごとは当事者にならずにやり返したほうがいいことはわかっていたし。
レスタの穏やかな青い目が自分を気遣うように見上げてきて、黒髪の青年は愛おしさに金の目を溶かしながら首をかしげると。
「そなたもエーレクロン王国に報告するだろうが、私もほかの精霊たちが心配だから今夜、カルシーム砦に行ってきていいか?」
「明日にはここを出るけど、大丈夫?」
「さすがに王都までは一晩では無理だが、カルシーム砦までなら問題ない。それほど時間もかからずに帰ってくるよ」
心配するアラステアの頬になだめるようなキスをすると、テーブルの上でくつろいでいたロイがはい、はい!と小さな手を上げた。
「それじゃあ僕はこの街や近くにいる精霊にあいさつに行ってくる~」
その言葉に驚いたヴァージルが飲んでいたグラスをテーブルに戻すと、ネズミに顔を近づけ声を潜めて話しかけた。
「こんな街にも精霊がいるのか?」
「いるよ? 街の中にもいるし、近くの森とかちょっと離れた湖のそばとか。精霊は基本的に何にも縛られないから、好きなところに住んでる」
答えを聞いた男は微妙な顔をして考え込むのを、レスタと一緒に笑いながら見守る。
ヴァージルの考えていることはよくわかる。アラステアが憤慨するほど悪意と偏見に満ちたこの街に、普通ならば住みたいと思わないのではないかと考えているのだ。精霊という存在を目の当たりにして時間の短い彼のためにアラステアは説明する。
「精霊が契約者を持つことはまれなんだ。エーレクロン王国に契約者が多い理由はわからないけれど、精霊は好きな場所に存在しているし好きなときに目を覚ます。そこに人の都合は関係ないんだろうね」
そう言って食後のお茶を飲み干すと、三人と二匹は食堂を出て冒険者ギルドの受付に立ち寄った。可愛らしい笑顔の女性職員が頬を赤らめて、それでも事情を把握しているらしく対応する。
「まだギルドマスターは戻っていないのですが……」
「ああ、違うんだ。彼をわたしたちのパーティーに入れる手続きをしに来たんだ」
「かしこまりました。ギルドカードを提示していただけますか?」
かわいらしい女性職員に、パーティー代表であるのアラステアと加入するジークが金属のチョーカーについている収納魔石からそれぞれギルドカードを取りだして渡した。
「二級パーティー『あかつき』ですね。……ジークさんは三級ですが、よろしいのですか?」
受ける依頼の関係上、基本的にパーティー内のギルドランクは同じほうが望ましいからの助言だが、アラステアは柔らかく笑った。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。彼はすぐにランクを上げるから」
美青年のほほ笑みに顔を真っ赤に染めた受付職員を、後ろから近づいたヴァージルの三白眼が冷ややかに見下ろす。無言の威圧に正気に戻った職員が手続きのために席を立つと、頭一つ分背の高い男は元の位置に戻って小さくため息をついてつぶやいた。
「人を誑すな……」
聞こえたジークとレスタが声なく笑い、ロイは尊敬で目を輝かせながら金髪の青年の背中を見つめる。そんな後ろのやり取りを聞きながら、アラステアは頭の中でこれから送る手紙の文面を組み立てていた。
正直に言えば平気な顔で冤罪を仕立て上げた連中に、嫌がらせの魔道を食らわせて、顔を二、三発殴ってから牢屋にでもぶち込んでやりたいが、それをしていたら出発が十日ほど遅れるだろう。こんな精霊に対して偏見に満ちた連中のいる国に、これ以上の滞在はしたくないし、レスタを滞在させたくはなかった。
だから十日くらい悪夢を見せる魔道陣を連中の部屋に仕込むくらいはするつもりだが、優しいレスタはばれたとしても許してくれるだろう。エーレクロン王国に警告は出すが、人間に精霊の行動を縛る術はないし、精霊はきっと気にもしない。
「お待たせいたしました~。パーティー『あかつき』と共同口座へのジークさんの登録を完了いたしました。他に御用はございませんか?」
「大丈夫、かな。今日はこのまま部屋に戻るからギルドマスターに伝えてほしい。国相手で面倒なら、冒険者ギルド本部のシュガ・ランベール第十三隊長に私の名前を出せば手を貸してくれるはずだ、と。頼むよ」
早く用事を済ませようと軽く手を振ると、待っていてくれた仲間たちとともに部屋に戻っていった。
頬を染めながら見送った受付の女性は、手続した書類に目を落として呟く。
「『アカツキ』ってどこの言葉?」
夕食を終えた時間に呼び出された場所は冒険者ギルドの応接室だった。さすがに一国の警備隊長が冒険者に謝罪する姿を、一般人には見せられないのだろう。
「捜査の過程であなた方にあらぬ疑いをかけてしまったことをお詫びいたします」
三人掛けのソファに座っているのは足を組んだアラステアときれいな姿勢で座るレスタ、その後ろにヴァージルとロイを肩に乗せたジークが立つ。向かいのソファの前に立つ男は隣に立つ副隊長とともに頭を下げ謝罪していた。
一番上座に座るギルド長は怒りを漂わせていたが沈黙を保ち続ける。そしてアラステアも。
「顔を上げてくれないか」
唯一レスタだけが低く穏やかに声をかけると、ビクリと肩を揺らした二人はゆっくりと頭を上げてアラステアを見た。
「……許可したのは私じゃない」
不機嫌な声と冷たい眼差しに、再び体を揺らした二人は黄金の獅子を見つめる。精霊は澄んだ青い目で二人を見つめ、口元には笑みを浮かべて小さくうなずいた。
「そなたたちの謝罪を受け入れよう。それよりも私を罪人に陥れるために、無関係な子供を巻き込んだことについて厳重な処罰を求める」
前半は常とは変わらず、ただ後半は半音低く告げられる。本気の声音に男たちが無言でうなずき、隣に座っていたアラステアは瞳を輝かせてレスタを甘く見おろした。
真剣な声と寛容な心と、金に輝くたてがみが男前すぎてドキドキしてくる。素敵すぎだろう、私の精霊。
「やばっ。レスタ、格好良すぎ。惚れ直す」
小声だがはっきりと告げられた浮かれた言葉に、後ろからヴァージルが小突いてくる。
「だって聞いただろう? あれだけ無礼な対応をされたのに謝罪を受け入れたし、処罰を求めるのは子供の件のみ。こんなに優しい存在って他にいる? 私だったら土下座させて、その頭を踏みつけるけど」
話しかけているのはヴァージルにだが、同じ部屋にいる警備隊二人はあまりの内容に頬をひくつかせた。そんな男たちにちらりと向けられた金色の目が細められ、顔がかすかにレスタを指す。返事をしろ、と。
「了解しました。彼らには必ず反省させます」
「それと被害者と家族も気にかけてほしい。子供を誘拐されるなんて悪夢でしかないのだから」
一国の騎士団で責任ある地位に就いていたジークの追撃にも二人は素直に首を振り、ギルド長が立ち上がった。
「これ以上冒険者ギルドと騎士団の軋轢は避けたい。これで手打ちとしていいだろうか」
問いかけはアラステアに。シャムロック魔道帝国の皇子は組んでいた足を戻して、レスタの耳の裏を愛おしそうに撫でてから口を開いた。
「私は冒険者だ。冒険者が冤罪をかけられることは少ないとは言え、ないわけじゃない。だがこれは悪質すぎる。子供をあんなに無防備に転がしていたんだ。警備兵の顔も見ているだろうし、自分を閉じ込めたのが誰か証言もできるだろう。もしうまくレスタを冤罪にかけられたとして、そのあと子供はどうするつもりだった? 邪魔だから本当に消すつもりだったのかな?」
それまでとろりと溶けていた金の目が、鋭く固い光を放つ。美しさすら感じさせる顔はくちびるを引き結び、高貴な者特有の張った気配がなんの感情も伝えることなく放たれる。怒りすら封じる感情の制御はさすが皇族といえるのだろうが、この場にいる者たちにはいつ起動するかわからない危険な魔法陣のように感じられて顔をこわばらせた。
「反省? 生ぬるい。レスタを下に見ていた連中のことだ。レスタが罪に問われれば、私が始末するとでも考えたんだろう? 私にとって彼がどれだけ大切な存在なのかも知らずに」
アラステアの周りに魔法陣が浮かぶと、普通は平面で展開されるはずのソレが幾重にも重なり、壁、床、天井にまで広がりながら青白く輝いた。そのままギルドの応接室に施されていた防音や防聴の魔方陣が次々と書き換えられていく。
「子供の誘拐がこの国でどの程度の罪になるのかはわからないが、突然なんの理由もなしに誘拐され、親から引き離される子供の恐怖を理解させるくらいはさせてもらおう。それと誘拐に関わった連中をこの街から移動させるんだよな? 被害者の身近に誘拐犯を存在させるなよ」
移動の方法は生死を問わないと暗に言われたギルド長が口を開く前に、アラステアは魔方陣を収束させて取り出した魔法具紙に定着させた。美しい魔道式模様にロイが小さなため息をつき、レスタも興味深そうにのぞき込む。
怒りに任せて書いたわりに魔法陣の出来は良く、魔力を込めすぎて薄く発光しているそれをギルド長に渡した。
「と、まぁ、どれだけ言っても私は一介の冒険者でしかないから、せいぜい嫌がらせくらいしかできないね。だからコレを彼らの前で破ってくれるかな? 私のほうはこれでおしまい」
それまでの固い空気を霧散させ、柔らかく笑ったアラステアがレスタを促して立ち上がる。
「明日にはここを出ていくよ。今夜もうちの精霊たちは散歩に行くようだけど、今日と同じ事態にならないように祈ろう」
「……手間をかけさせて済まなかった。二度とないように冒険者ギルドも注意する」
アラステアの威圧にひるむことのなかったギルド長が頭を下げ、顔を青くした護衛騎士二人はうなずくだけ。こいつら本当に大丈夫かと疑う表情のヴァージルと、無表情のジーク、機嫌のよさそうな精霊二匹を連れて部屋を出るとアラステアは大きく伸びをした。
飴と鞭。冒険者と魔道帝国皇子の身分を使い分けて釘をさすことは、あらかじめ全員で決めてあった。
エーレクロン王国には今回の事実と、精霊に対するいやな偏見が広がっていると自分の見解をまとめて伝えているので、あとは国同士の話でありアラステアには関係はない。二度と馬鹿なことはさせない程度の注意と、大切な精霊を陥れようとした罰さえ与えれば十分だった。
第一、こんなとことで些末なことにこだわっている場合ではない。これからアラステアはこの大陸の国に対して大きな戦いを挑むのだから。




