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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 魔道王子、帰国する
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魔道王子、冤罪を解決する

・このお話はフィクションでファンタジーです。

 警備騎士には明後日に街を出ると言っていたが、正直に言えばアラステアは翌日にも出発したかった。

 ヴァージル曰く、エーレクロン王国から離れれば離れるだけ精霊への偏見は減るだろうとのことだ。シャムロック魔道帝国などの国では、精霊自体がおとぎ話レベルの存在だ。だからこそ今日のような侮蔑や偏見が少ないといえると。


 そう考えると精霊とは下等な生き物とか、人を喰うから不死であるという間違った知識を発したのは、ある程度エーレクロン王国に近い国からのものであると推測できる。

 だからこそこの国に長居はしたくないとの判断は間違っていなかった。

 一晩ゆっくりと体を休め、これからの旅程の再確認と移動に必要な物資などを調達していたアラステアたちが遅めの昼食をとっていると、物々しい雰囲気で街の衛兵たちに囲まれたのだ、のだが。


「ここの煮込みは絶品だな」

「この魔物肉のから揚げも肉汁たっぷりで柔らかい」

「あ~、やっぱり移動食は味気ないもんなぁ」

「でもジークのご飯は美味しいよ」

「そうか。気に入ってもらえたのならよかった。お前と一緒にいるために練習したんだ」

「そうなんだよ。最初のものなんてリズが青い顔でどこかに走っていったからね」

「私は本当にたくさんの人に愛されているなぁ」


 食堂は騒然とした雰囲気なのに、黄金の従魔をつれてテーブルを囲む三人の男たちは意に介さず食事を続けていた。というか完全に周囲を無視していた。

 囲んでいる男たちはかなり怒っているらしく剣を抜く者までいる。平の衛士五人に隊長と副隊長という編成で、隊長らしき男の制服には見覚えがあった。


「おい、お前たち。昨夜どこにいた」


 恫喝するような声は低く、居合わせた客たちがびくりと体を震わせる。艶やかな黒髪を揺らしながら、椅子から立つこともなくアラステアは振り返った。


「誰?」

「見て判らないのか」

「判るわけない。私たちは冒険者だ。滞在する街の衛兵や騎士の制服がどんなものかなんていちいち覚えていられないよ」


 やれやれと面倒くさそうにグラスに口をつける青年に、周囲の冒険者たちが同意するように笑っていた。


「騎士だと判っているじゃないか!」


 唾を飛ばしながら男が怒鳴ると、行儀悪く足を組んだアラステアがひらひらと片手を振る。


「騎士っぽい制服は着ているけど、騎士かどうかは別だろう。本物の騎士なら所属と階級を名乗るものじゃないか?」

「……っ。私はカラストリア王国、カラニア地方大隊、警備部、第三隊隊長サンライムだ。昨夜、どこにいたか言えるか」


 意外と素直に名乗った騎士だが、質問の内容はそれほどおかしなものではなかったため、ヴァージルが立ち上がりながら答えた。


「全員ギルド直営の宿屋にいたぞ。二人部屋でこいつと従魔、俺と彼で分かれて休んだ。いい加減に何があったのか教えてくれないか。部下たちの様子を見る限り、だらだらと時間をかけていいもんじゃないんじゃないか?」


 完全に言いがかりをつけられているのは判っていたが、それでも本気でなにかがあったのではないかと心配している男は、本当に荒んだ雰囲気の見た目にそぐわないなぁとアラステアとロイはこそこそ話す。

 警備兵たちは苛立ちのまま声を荒げて、レスタを指さした。


「子供が行方不明なんだよ! その化け物が喰ったんじゃないのか!」

「子供が……? いつだ? どこから? 捜索状況はどうなっている?」


 実際になにかがあったと聞いたジークが立ち上がって衛士たちを見下ろすと、その迫力に下っ端たちがしどろもどろに話し始める。


「昨夜、日付の変わるころに寝かしつけた子供の様子を見に行った親が、姿がないことに気が付きました。窓は開いていましたが子供部屋は二階でしたので六歳の子供が一人で降りることはできません。一晩中さがしましたがいまだ見つかっておらず、守備隊から昨日危険な化け物が冒険者の手により街に入ったと報告が上がったので探していました」


 ジークの威圧のせいで途中から上司への報告のような口調になってしまったのが笑えるが、本当に子供が行方不明ならばふざけてもいられない。ジークも同じことを思ったらしく、真剣な表情で質問を続けた。


「夜間の街の出入りはどうなっている」

「主要門は閉鎖され、通用門の警備兵は不審な人物の出入りはなかったと」

「子供がさらわれたんだ。もちろん今も封鎖されているな?」

「い、いえ。今朝は普通に開門しています」

「なぜだ。誘拐犯を逃がすつもりか」


 さすがに見逃せない失態だといっそう表情を厳しくするジークに、小さなネズミとなにやら話をしていたアラステアがとりなすように両者の間に入る。


「まぁまぁ、そう焦るなよ。それよりここの冒険者ギルド長を呼んでくれるか。冒険者が誘拐と殺人の嫌疑をかけられているんだ。規定により公平な立会人になってもらう」

「お前たちも、なぜべらべらと犯人一味に報告しているんだ! 子供がひどい目にあうかもしれないんだぞ」


 流されて言葉をはさめずにいた隊長サンライムも慌てて部下を叱咤し、容疑をかけられたレスタは楽しそうに男たちを観察していた。ギルドの隣の食堂だったこともあってすぐにギルド長が姿を現し、詳しい話を警備兵から聞いた後にアラステアに質問する。


「昨夜はどこに?」


 壮年だがガタイのいい厳めしい男性に、一級冒険者の青年はほほ笑みを浮かべて首を横に振った。


「貴方を呼んだのは私たちの身の潔白を証明するためではないんです。立会人として付き合ってもらえますか」


 ちらりと好戦的な光を浮かべた目で見上げると、ギルド長が片眉を上げて唇の端をかすかに歪める。面白そうだと笑ったのだと気が付いたのは傍観していた他の冒険者だ。レスタが化け物ではないことを知っている連中は、一級冒険者がこの決着をどうやってつけるのかを酒の肴に盛り上がる。


「そちらの……第三隊長さんも同行を」


 そういって肩にロイ乗せたまま食堂を出ていく。動こうとしないレスタとハンドサインで待機を命じられたヴァージルが食事の続きを始め、ギルド長と警備兵の隊長、副隊長のあとからジークがついていった。残りの衛兵はついて行く者とレスタを見張る者とに分かれる。


「どこまで行く」


 昨日通った主要門に向かう青年にいら立った警備隊長が問いかけるも、アラステアは笑ってついて来いというだけだ。肩の上のロイも楽しそうに笑うだけで悲壮感のかけらもない。騒動を知らない者が見れば、冒険者ギルドと警備騎士が仕事で一緒に歩いていると思うだろう。


「精霊はね、眠らないんだよ」


 騎士に関係のない返事をする一級冒険者は文字通り風をまといながら、世間話のように続ける。


「昨日、西門を通るときに言いがかりをつけられたから、夜の散歩に行くならおかしなことがないか見ていてほしいと頼んだんだ。彼らは散歩も好きだからね」


 アラステアの黒髪が風に揺れ、金の目が門のすぐ内側に建てられた守備隊の待機所を見上げた。


「だからあなたたちが夜中に子供を探して走り回っているのも見ていたんだって。随分と静かに小規模で捜索したんだね」


 話しながら待機所のドアを開け、中にいた男たちは魔力を放出して黙らせると二階に上がる。その段階で第三隊長の顔色が悪くなったが、歩みは止まらなかった。


「何事だ!」


 目的の部屋につく前に昨日会った守備隊長が執務室から現れるも、有無を言わせず魔道で拘束する。


「貴様! 何のつもりだ!」


 恫喝してくる男をにらみ上げたアラステアは普段は聞いたことのない低い声で告げた。


「子供の誘拐事件の捜索です」


 それだけ言うと最奥のドアの前に立って初めてついてきた二人に振り返った。


「どうぞ、ドアを開けて自分たちで確認してください。彼は子供を荷物のように運ぶ男がこの建物に入って、この部屋に閉じ込めたのを見たそうです。例の子供かどうかは判りませんが、一刻も早く見つかればいいとここまで案内しました」

「丁寧に抱き上げていたから子供に怪我はないと思うよ。それでも怖がって泣いていたから、優しく話しかけてあげてね」


 優しくて気づかい上手のネズミの精霊ロイが可愛くて、頬を擦り付けて彼をねぎらう。

 この時点でギルド長のこめかみに太い血管が浮かび大きな手が固く握りしめられていたが、大きく息を吐いて冷静さを取り戻すと静かに扉を開けた。そこにいたのはソファで眠っている子供と近くのテーブルでカードゲームをしている男二人だった。男たちは私服だが待機所の一室でくつろいでいるところを見れば誰なのかは見当がつく。


「子供は無事ですか?」


 室内の光景が信じられずに固まる二人の背後からアラステアが声をかけると、警備隊長と副隊長が慌てたように無事を確認した。室内で子供を見ていた男たちは椅子から腰を浮かして驚いているし、拘束を解いた守備隊長も部屋に入って渋い顔をしている。

 レスタかアラステアを陥れようとしたのだろうが、こちらは酔狂で冒険者をやっているわけではない。こういった嫌がらせはどこの国でもあるし、なんなら冒険者ギルド内でもある。ただ、今回は無関係な子供を使ったことは悪質だった。


「行方不明の子供で間違いありませんか?」


 別人だと言い張られても困ると確認すると、副隊長がしぶしぶうなずく。アラステアは愕然として放心する第三隊長と冒険者ギルド長の前にほほ笑みを浮かべて立った。


「ではレスタが子供を喰ったという言いがかりは事実無根だと認めていただけますね? 今は事実確認がお忙しいでしょうから謝罪は後ほどで結構です。あ、明日にはこの街を出ていきますのでその前にお願いします。それとギルド長もこの国の本部に報告をしてください。私だから冤罪を防げましたが、これが他の冒険者だったらそんな悠長にしていられませんよ」


 言いたいことを言うと彼らの反応を待つが、年下の青年からの指摘に素直にうなずくことができなかったようだ。反応のない二人にアラステアは笑みを消し真顔で低く言った。


「……返事は?」


 大の男二人が同時にびくりと体を揺らすと、慌てて首を何度も縦に振る。


「あはは! アラステアって本当に皇族なんだねぇ。不機嫌なのはなんとなく判っていたけど、そこまで激怒していたとは思わなかったよ! 国王とかって感情をあまり出さないってスノーが言っていたのを思い出した」


 肩の上で腹を抱えて笑うネズミの言葉に、眠っている子供を除くその場にいた全員がぎょっと目をむいた。おそらく『皇族』の部分に驚いたのだろう。


「当たり前だろ。国が変われば人も変わる。偏見と自身のプライドで突っかかってくる人間の言うことを、いちいち真に受けて怒っていたら外交はできないよ」

「……おい」

「私は一級冒険者だ。外交問題にすると私が(・・)面倒だから、冤罪についての処罰はそちらに任せるから。ジーク、行こうか」


 恐る恐る話しかけてくるギルド長に、ロイの無邪気な言葉に癒されていたアラステアはにっこり笑ってから、仲間とともに扉に向かって歩き出した。


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