魔道皇子、決意する
・このお話はフィクションでファンタジーです。
・【2022.10.14】 9話追加改稿により、旧9話の一部を移動しております。内容の変更はありません。
街中に入ってもレスタは人々の目を引いた。ただ、警備兵のように嫌な視線ではない。珍しいとか見たことがないとか、そんな好奇の視線だった。この国の民は精霊の存在を知っているし、あいまいでも魔物とは違うことを知っている。エーレクロン王国でも精霊を下に見下す連中はいたが、それは貴族や国に仕える者の一部なのだろう。
おかげで絡みつくほどうっとうしいものはなかったので、馬のジスレを引いたアラステアは精霊たちとともに冒険者ギルドに向かって歩いていく。この街に来るまでに討伐した魔物の素材の買い取りをしてもらうためだ。
「冒険者ギルドに顔をだして、従魔も宿泊できる宿を紹介してもらう。それと当初の予定を繰り上げて最短で国に帰る」
早く国に帰っても皇子としての仕事に追われることがわかっていたので、あちこち見ながらゆっくり帰るつもりだったが、今回の騒動でやらなければならないことの優先順位が変わった。
「皇位継承権は破棄したままでいいけど、皇族から抜けるのは少し待ってレスタを周知させることを優先する。使えるものはなんでも使ってやる」
マントをなびかせて歩く青年にも視線が集まるが、近寄るなオーラがすごくていつもと視線の種類が違うとヴァージルは笑いをかみ殺す。やがて小さな鐘楼が目印の冒険者ギルドまでやってくると、ジスレを二人に預けて再び硬い表情になりながらレスタとともに入っていた。
時間が中途半端だったせいか室内に人は少ない。カウンターも空いているので一瞬も足を止めることなくアラステアはギルド職員に声をかけた。
「従魔と一緒に宿泊できる宿屋を教えてほしい。それと一級冒険者アラステアへの個人指名依頼は、次に手続するまで受けるつもりはないので断ってくれ」
魔石の埋め込まれた冒険者プレートを提出しながら一息で言い放つと、返答を待つべく沈黙する。自分のイラつきは自覚しているので、職員を巻き込まないように口は極力ひらかないようにしていた。
「あ、はい。従魔も一緒に宿泊できる宿屋ですね。もしよろしければギルドの宿泊所はいかがでしょうか? 厩舎もありますし、専属の世話係もいますけど」
「レスタは部屋に入れたい」
「もちろんご一緒にどうぞ」
従魔に関する騒動はそれなりにあるらしく、手慣れたようすでレスタとの同室を許可してくれる。その丁寧な案内に少し気分を持ち直したアラステアは、幾分表情を和らげて二部屋の宿泊手続きをおこなうと外の二人に声をかけに行った。
「すまないな。彼は私の扱いについて少し悲しんでいるのだよ」
カウンターに残ったレスタが受付に言うと、彼は目を見開いてから納得したようにうなずいた。
「精霊でしたか。それで彼は荒れていたんですね。考えてみればあなたのような姿の魔物など見たことがなかったのだから、早く気がつくべきでした」
ギルド職員としてまだまだだと本気で反省している受付の男性は、心配そうにレスタを見る。
「アラステアさんはシャムロック魔道帝国の冒険者ですが、一緒に行かれるのですか?」
「ははは、私の契約者は私のために戦ってくれるよ。私も彼のそばから離れるつもりもないが、心配してくれてありがとう」
ギルドの記録は主に滞在する本拠地の記載があり、それでアラステアがこれから帰国するのを推測したのだろう。気づかう視線にレスタは穏やかに笑って目を細めた。
「……アラステアさんなら必要ないかもしれませんが、いちおうギルドのほうでも連絡を回しておきますね。申し訳ありませんが従魔という形にはなります」
「いや、協力に感謝する」
「感謝?」
外から戻ってきたアラステアが雰囲気のいい二人に首をかしげると、レスタはゆらりと尻尾を揺らして見上げてくる。
「ほかのギルドに連絡を回してくれるようだ」
レスタのゆったりとした低い声で、それまで煮えたような怒りを感じていた頭が急に冷えた。
「私の覚悟が足りなかったんだな。……八つ当たりをしてすまない」
座って頭を擦りつけてきたレスタを撫でながらギルド職員に謝罪すると、職員はさわやかに笑いながら宿泊所のカギを二つ渡してきた。
「アラステアさんの八つ当たりなど普段の冒険者に比べればかわいいものです。とくに高ランクの冒険者の場合、横柄な態度になる方も多いですし。まぁ、そういう方は長く続かないんですけどね」
にこりと笑う顔にどことなく闇が見えるようだが、ある程度裏の顔がなければギルド職員などやっていられないのだろう。おかげでそれまでのじりじりと焦げつくような不愉快な気分が少し晴れてきて、馬を預けたヴァージルとジークがアラステアの変わりように顔を見合わせていた。
「はい、カギ。悪いけど私とレスタで一部屋使うよ。一息ついたら夕食まで今後の行程変更について話し合おう。あ、近くにおいしい食事処はある?」
手に持ったカギを一つ放り投げるとヴァージルがなんなく受け取り、これからの予定を指示しながら質問すると職員は慣れたようすで応対する。
「ありますよ。個室を予約しておきます。もちろん精霊も一緒にどうぞ」
「ありがとう。それじゃあ一度部屋に行こう。レスタで癒されたい」
怒りで気疲れしたアラステアが、それでも陰りのない美貌を情けなく緩ませた。その弱々しい姿に視線が釘付けの男たちに、レスタの青い目が見るなとけん制するように向けられる。一瞬立ちのぼる守護するような怒りの気配と、床に打ちつけられる尻尾の音で男たちが目をそらしているうちに、二人は宿泊所へと上がっていったのだった。
元来、千早は怒りを持続するのに向いていない性格をしていた。アラステアになってからもそれは受け継がれたらしく、慣れない苛立ちにレスタのたてがみでも癒しきれない疲れを感じていた。
「そなたには悪いが、そなたが本気で怒ってくれたことをうれしく感じてしまうよ」
「うん。私も驚いた。今まで腹の立つことなどいくらでもあったし、だいたいうまく受け流してきたはずだったから、まさかレスタのことというだけでこれだけ感情が高ぶるとは思わなかったよ」
部屋に入ってからレスタのたてがみから一瞬たりとも離れようとしない青年は、細身だが筋肉のしっかりついた体でおのれの獅子にしだれかかる。
「はぁ、見通しが甘かったな。くそっ、腹ぁくくらないと」
口の悪いアラステアに体を揺らしてレスタが笑った。
「私を連れて行くのをあきらめるといわれる心配をしていたが、逆に腹をくくってくれるからには私も応えねばな」
柔らかなたてがみ、一点だけを集中して聞く丸い耳、縦長の瞳孔を彩るロイヤルブルーの目、少し湿った鼻に肉食獣らしい牙を隠した口に触れる。顔ほどの大きさの手には鋭い爪が隠されているが、裏側の肉球は硬くて独特な手触りは癖になりそうだ。背中の毛と対照的な腹毛のふわふわな手触りは幸せそのもので、表情と同じくらい感情豊かに動くしっぽは意外と力強かった。
それらすべてを味わったアラステアがようやく落ち着いて己の太ももにレスタの頭を乗せると、連絡蝶を飛ばして隣の三人を呼ぶ。すぐにドアが開いて待ち構えていた彼らが入室すると、それまでのゆるんだ表情から一転して凛々しく真剣な表情で話し始めた。
「レスタの扱いに私が我慢できそうにないから、金を積んで転移門を使って最速で帝国に帰り、精霊を上層部に周知させたい。国民や他国に周知されるまで時間がかかるだろうが、それが一番最速だと私は考えた。ただ、なにか意見があれば聞きたい。私はなにかを見逃している?」
余計な気づかいや慰めはいらないと直球で現在の問題を語りだしたアラステアに、もう一つのベッドに座ったジークもロイも安心しながら首を振る。エーレクロン王国からあまり出たことのない彼らは、アラステアの望むことを成すだけだ。
それならばとアラステアの金の目が扉近くの壁に寄り掛かった男に向けられると、ヴァージルは暗く澱んだ緑色の目をむけながらゆっくりと口を開く。
「お前は精霊をどういった位置に持っていきたい? どういう印象を人々に与えて、どういった関係構築を望む? 帝国での精霊はおとぎ話の中の存在だぞ。それを現実に認識させる手段は考えているのか」
ここに来るまで口にださずにいた危惧を突き付けるヴァージルは、遠慮なくこちら側の現実を語った。
「俺ですらお前が言わなきゃ精霊なんて昔話にでてくる程度の存在だった。お前だって精霊に会いに行くと口にだした時点で覚悟していたはずだ。あの時は話だけだったから馬鹿にされただけで済んだが、実際に連れて行けばさらに反発があるのは想定していただろう」
まだまだ言いたいことはあるがこれ以上は不要だろうと口を閉じた男が、おのれの主たる青年を見据える。
アラステアはヴァージルに指摘された事柄を一つ一つ考えながら前世の映画を思いだした。確かに異種族が人間社会に交じることができなかった話が多かった。未知の生物に対する恐怖は知性のある生命体ならだれもが持つものなのかもしれない。
「なるほど。ファーストコンタクトを成功させないと受け入れるのは難しいか。人に近しく、友となり得て、人を理解し、人にはない力を操る。正義のヒーローをさせるつもりはないけれど、人を契約者として得ることで力を貸してくれる存在としてセンセーショナルに大々的に堂々と公表したほうが、間違った精霊の印象を変えられるかもしれないな。エーレクロン王国でも精霊が契約者を選ぶことに人は口をださないという契約もあったし、精霊は政治に口をださないという契約もあった。まずはその契約を父と結んでもらおう。それとレストラーダ聖王国のトップに伝手ができたんだから、こちらでもダメもとで頼んでみるか。最初に仕組みと契約を公表すればなし崩し的に認知させられるかな?」
ぶつぶつと独り言ともとれるような小声で対応策をつぶやいていたら、男二人が引きつった顔をしていたが精霊たちは逆に楽しそうに会話を繰り広げていた。
「わぁ。なんか僕たち、すごいことしてもらえるのかな?」
「アラステアが楽しければそれが一番だ。私も精いっぱい役割を果たすぞ」
「あ、ずるい! 僕もなにかやりたい! 僕はね、土を操るのが得意だよ~。カルシーム砦の地下岩盤を採掘したのも僕たち。お城の地盤とか簡単に崩せるから、必要ならいつでも言ってね~」
ライオンとネズミが顔を合わせてはしゃぐ姿は癒されるが、話しの内容が過激でヴァージルがさらに引き、立ち直ったジークが話をもとに戻す。
「いろいろと聞きなれない単語があってお前の話をすべて理解したわけじゃないが、手っ取り早く精霊と契約した一級冒険者として有名になったらどうだ?」
前の世界の単語を交えたせいでアラステアの言いたいことの一部がわからなかったらしいが、平民に理解しやすいという点では彼の案も有効だろう。人はおのれの理解しやすいことに同意する傾向があるからだ。
ゆったりとベッドに座ったジークの落ち着いた低い声がアラステアをなだめるように優しく紡がれ、強いまなざしが励ますように注がれた。
「お前が皇族なのに特級冒険者にならないのは、平民からの依頼を優先したいからだろう? その選択が精霊を人々に信用させる手段になる」
冒険者の階級で一番上は一級だが、それ以上の特級がある。冒険者資格のある貴族限定で金を積むと得ることができる身分だ。説明をしたヴァージル曰く、家督を継げない貴族の子供が箔をつけるために得る身分らしい。実力はまちまちだが主に貴族相手の依頼を受けることが多く、冒険者ギルドと貴族の橋渡しをしている者もいる。ただ貴族の特権を振りかざす愚か者もいるが。
もちろん一級冒険者でも貴族の依頼を受ける者もいるが、一級以下のランクは実力に合わないという理由で貴族からの指名依頼を拒否することができるのだ。だからこそアラステアは一級冒険者でいるのだと話を聞いていたジークは、それが手段の一つになると言った。
「まぁ、それが妥当だろうなぁ。王侯貴族連中には精霊と契約をした帝国の皇子、それ以外なら庶民の味方の一級冒険者(精霊付き)で売り出すか……」
「お前、興奮しすぎて自分がなにを言ってるのかわかってんのか」
あきれるヴァージルだが、雰囲気としては悪くないと思っているようだ。アラステアの内心は真逆だが。
「本当は目立つのはいやなんだよ。緊張するし、性格的に合わないし、裏でこそこそ動いたほうが好きだし」
レスタの腹にすりすりと顔を擦りつけながらおのれの矮小さを白状すると、しっぽで耳をくすぐられ体をよじらせて顔を上げる。
「でも、まぁ……」
アラステアの金の目がすっと硬くなって宙をにらんだ。
「やれることは全部やる。ごめん、レスタ。私のわがままに付き合ってくれ」
「もちろんだとも。そなたの願いは私の願いでもあるのだから」
凛々しい表情に覇気をにじませた声音は青年の本気をうかがわせて、顔を寄せていたレスタはアラステアの薄いくちびるをぺろりと舐めると、こちらは美しい蒼い目を甘く緩ませて答えたのだった。




