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魔道皇子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
一章 魔道皇子、精霊の契約者になる
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魔道王子、精霊と再会する

・このお話はフィクションでファンタジーです

・前作「異世界女子、精霊の愛し子になる」の完全続編です

・獅子の姿の精霊レスタ×前世の記憶持ち魔道帝国皇子

・精霊はほぼ人化しません


 以上を踏まえてお進みください。

 人の手が入っていないというのにきれいに整えられた深い森に一つの人影があった。虫も鳥もいない不自然な森の小道を、その人物はまるで来たことがあるかのように迷いなく進んでいく。フード付きのマントからちらりと見える腰に差した剣は使い込まれていて、森を渡る風に黒い前髪が柔らかく揺れた。


 やがて白濁した水晶の巨岩の前に立つとためらうことなく洞窟の中へと歩みを進め、巨大な水晶が鎮座する玉座の間へと入るとフードをとってこちらを見つめるレスタと魔女にあいさつをする。


「はじめまして。私はアラステア・シャムロックと申します。約束のない突然の訪問をお許しください」


 耳に心地よいテノールでどこかで聞き覚えのあるあいさつをする青年(・・)は、期待と失望という相反する感情を内包する目で自分を見つめる黄金のライオンの前でひざまずいた。

 見上げるレスタとの視線が交わったまま、青年はとても愛おしそうに微笑んでゆっくりと口を開く。


「ただいま、レスタヴィルクード。私の精霊。性別を指定するのを忘れてうっかり男に生まれてしまいましたが、また契約してくれますか?」


 黒髪に金色の目と白い肌。高い身長に無駄のない筋肉のついた見事な体躯と長い手足。切れ長の目と精悍な美貌は前の契約者と正反対なのに、柔らかい言葉と微笑みが青年と異世界から来た女性の面影と重なる。


「千早?」

「はい。ずいぶん待たせてしまってすみません。国内どころか大陸の端の魔道帝国に生まれてしまって、生まれてから二十六年もかかってしまいました」


 輝きを失っていた黄金色を撫でながらアラステアはレスタの目をのぞき込んで彼が理解するのを待っていると、ふるりと体を震わせてほこりを落とした精霊が立ち上がり青年を見下ろした。


「おかえり、私の愛し子。そなたを待っていた。一瞬見違えたが美しく聡明なことは変わらぬな」


 たてがみを擦り付けてくる大きな身体に押されてしりもちをつきながら慣れた様子で抱き着けば、レスタは目を細めて低い声でささやく。


「アラステア・シャムロック。そなたと契約を交わしたい」

「もちろんです。これからもどうぞよろしく、愛しの精霊王」


 返事を返したアラステアは黄金の獅子と視線を合わせ、整った顔をうすく染めながら小さく笑った。


「前回は涙とか鼻水なんかで契約したけど、今度はどうしようか?」


 幸せそうに笑う青年の質問に目を細めたレスタはふわふわのたてがみを揺らして小さく首をかしげる。


「そなたに痛い思いはさせたくないが、かといって泣かせたいわけではない」


 相変わらず優しい精霊に戻ってきたことを実感したアラステアは、胸の内をムズムズさせながらキスができそうなほど近くにある青い目を見つめた。


「でも媒体(体液)は心臓に近いほうがいいな。レスタとの契約を強固にできるし、それに一秒たりとも時間をおきたくない」


 言うなり小さなナイフを取りだしたアラステアは左の手のひらをさっくりと切った。あふれてきた血液をぺろりと舐めたレスタが耳に聞き取れない声でなにかをつぶやくと、傷がみるみるふさがっていく。


『私の真名はレスタヴィルクード。呼ぶときはレスタと』

「私の真名はアラステア・フォルスネルト・シャムロックです。フォルスネルトは魔導士特有の秘密名(マギスト)だから内緒で。家族や親しい友人たちにはステアと呼ばれているよ」


 お互いの真名を名乗りあうと魔力が結ばれ契約が成されたことが感じられた。魔力のあるなしでこれほど感覚が違うのだと実感しながら、ようやくレスタとつながった安心感でアラステアはへたり込む。


「はぁ、よかった。男性に生まれてしまったから契約してもらえないかもしれないと少し不安だったんだ」

「そなたの性別など些末なことだよ。私はその魂に心をよせたのだから」


 あいかわらず優しい言葉で包んでくれるレスタににやけていると、それまで黙っていてくれた魔女がここでようやく口をはさんできた。


「術が無事に()ったようだな。これで契約終了とするぞ」

「お久しぶりです。契約を正しく履行していただきありがとうございました」


 すっかり忘れていた魔女に挨拶をしたアラステアは、彼女を見上げながら立ちあがる。あいかわらず表情のない彼女は切れ長の目で睥睨しながら小さくうなずいた。


「それとレスタのそばにいてくださってありがとうございます」

「私はなにもしておらん。いつのまにかここにきて黙って居ついただけだぞ」

「……すまないな。千早のいた場所は思い出が多すぎて落ち着かなかったのだ」


 歴代の王族と契約を結んできた精霊が王城にいることができなかったのだと告白すれば、千早を亡くした彼の傷がいかに深かったのかがわかる。労わるようにたてがみを撫でたアラステアはなにかを思いだして魔女を見上げた。


「それと、これを預かってきました」


 そういってふところから取りだしたのは淡い紅色の魔石だ。中央に逆三角形が刻まれたそれを見て、魔女は片眉を上げ小さく笑う。


「懐かしいの。レラリアの伝言石か」

「ここに来る途中に通ってきたレストラーダ聖王国で託されました。大聖女レラリア様が二百年ぶりに目を覚まされ、私個人を指定して魔女に渡してほしいとの依頼です」


 アラステアが事情を説明しているあいだに掌の中から石が浮かび、それはゆっくりと魔女の元へと飛んでいく。


『ナー*・シ**ズ』


 アラステアには一部が聞き取れない言語だが、解凍ワードだと思われるものを魔女が唱えた。石はフワリと浮かび上がると強く光り始めるとはつらつとした女性の声が響き渡る。


『メリーちゃん、元気~? 私は元気だよ! お互い呪いで不老だからってずいぶん会ってないよね。そのうち女子会やろうね! それと面白い子がいたね~。メリーちゃんの魔術の色が見えたからついでに伝言石の運搬を頼んじゃった。アラステア君、追加報酬があるから帰りに精霊と一緒にうちに寄ってね~。あ、それと聞いた? あの女好きアリスターってばとうとう女に刺されて死んじゃったらしいよ。これは二百年前に起きたときに聞いた話ね。いつかは刺されるとは思っていたけど現実になるとは、本当に期待を裏切らない男だよ! その女、剣聖を殺せたんだから相当な腕だったのかな? それともよほど油断していたとか? ほら、男は出してる最中は無防備になるって聞いたことあるし――――』

「すまない。あとでゆっくり聞かせてもらうよ」


 こめかみに青筋を浮かべて石を握りしめた魔女に、苦笑いを漏らすアラステアが気まずそうに目をそらす。

 大昔に魔王が現れたときに戦った勇者と三英傑、勇者ハルキ、聖女レラリア、魔女メルリアム、剣聖アリスターの話は生きた伝説だった。勇者は大戦後姿を消し(正確には魔王の魂とともに眠りについた)、魔女は魔王城跡地にてふたたび魔王が生まれぬよう結界を張っていた(正確には勇者が目覚めるのを待っている)。


 聖女は荒廃した大地をよみがえらせるために神殿に戻り、それがレストラーダ聖王国という国なった(聖女はいまだ存在しているが歴代の神官たちがなぜかは知らないが隠している)。

 剣聖アリスターは当時残っていた国のお姫様と結婚したが、彼女が亡くなると妻との思い出の地を守るために名と身分を隠して旅に出たといわれていた。どうやら真実は違うようだが。


「開封されれば証明は必要ないというお話でしたが、魔女殿もなにかを大聖女様に送るのでしたら引き受けますが」

「いや、我らは思念を飛ばせる。レラリアはお前を見たいがために伝言石などよこしたのだろう」


 掌の中で淡く光る石を見ながらあきれたようにつぶやいた魔女にアラステアは大きくため息をつく。


「どうした?」


 気遣うレスタを抱きしめた青年は思わずといったようすで愚痴をこぼした。


「レストラーダ聖王国で呼びだされたときに大変だったんだよ。なんか大聖女の聖言だかなんだかでこれ()を預けるから命をかけて運べとか、なぜお前のような冒険者ごときにうんたらとか、非常に面倒くさかったのを思い出してしまって」


 聖王国は聖女至高主義だから、国の上層部はましでも下っ端の狂信者たちは他国の皇族なんて関係ない連中ばかりで歪んでいる。大聖女とやらが本当に存在しているのなら、さっさ起きて狂信者どもをどうにかしてほしいと思う程度には迷惑な国だった。


「ふむ。大聖女レラリアか。私は会ったことはないが創生教会の総本山だったか?」

「ああ、あの精霊を魔と定義しながら精霊を己が崇める神としたドジっ子集団……レストラーダ教の分派だったんだね」

「今のレラリアにどの程度の力があるかはわからぬが、彼女は昔から思慮深い。レスタを呼んで礼をするのであれば二人にとって大いに力になってくれるだろう。アレの周りが面倒なのはいつものことだが、それ以上に恩恵をもたらすだろう」


 魔女にそこまで言われれば無視するわけにはいかないと、アラステアはレスタのふわふわのたてがみを撫でることで漏れでるため息を飲み込んだ。


「貴女はまだこちらにいらっしゃるのですか?」


 アラステアの金の目が心配そうに魔女に向けられるも、彼女はかすかに笑みを浮かべて首を振る。


「いまさら伝説は必要なかろう。古代魔術の知識が欲しければまた訪ねてくるとよい。私はここで勇者を見守っているよ」

「わかりました。それとここに来るのに魔圧に対抗する術式を組んだのですが、レスタを連れていく代わりにそれをエーレクロンの国王とクラウンベルド公爵にお渡ししてもよろしいでしょうか」


 魔力を持つ者にこの場の魔圧は厳しすぎた。もともと高魔力を持つ魔女と魔王の封印が存在していて、それ故に魔物ですら近づくことはない。魔力をまったくもたない千早だからこそなにも感じることなく前に進めたのだと思うと、前世の自分に魔力がなくて本当に良かったと思うアラステアである。


 そして今回自分の都合で精霊王であるレスタが国から出るので、魔女への接見が必要になった場合に備えて組んだ術式を王国に残していいかとの問いかけに、魔女はしばらく悩んでから言葉に魔力を乗せて許可を出した。


『これは魔女メルリアムと精霊レスタとの契約である。魔方陣の取り扱いと伝承は国王に一任する。ただし契約を忘れることなかれ』

『精霊レスタより魔女メルリアムとの契約を交わす。その言葉、しかと国王に伝えよう』


 二人が契約を結ぶのを見守るアラステアと彼の魔法陣についての契約を受け入れるレスタ。

 魔女が精霊王たる彼に契約を持ち掛けるのは、アラステアの命に限りがあるだからだ。紛失しなければ未来永劫に残る魔術式に対する責任をエーレクロン国と精霊レスタが負う形となる。


「どれだけ大きくともリーガに成人男性を運ばせるのは申し訳ないからな。アラステア、これはこの国を離れる私のけじめでもある。そなたが気にすることではないのだよ」

「……うん。ありがとう、レスタ」


 額を触れ合わせお互いの体温と気配を十分堪能してからマントを揺らして立ち上がった。


「それではそろそろ失礼します」

「お前の行く道に光があらんことを祈っている。レスタも楽しんでくるといい」


 穏やかに笑う魔女に見送られながらアラステアとレスタは楽しそうに歩きだす。そして水晶の洞窟はふたたび静寂に包まれた。


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