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夢喰いアニマル’ず  作者: 琴之葉 矢乃
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そのネコ留守電を任される

 リビングの腰高窓の上、ここはアケミの特等席だ。今日も窓の外を眺めている。吉郎は、すでに昼食取り終わり、散歩に出かけている。息子は、いつも通りどこか遠くの建物で「仕事」しているのだろう。

「今日も散歩行ってくるからな。いい子にしているんだぞ、アケミ。」

しわしわな手でアケミの頭を撫でて、家を出たのは太陽が屋根の真上にいたときなので、今は少し時間が経っている。アケミは、先ほどまで全身にお日様を感じながら昼寝していたからだ。庭の銀杏の木陰が寝る前より伸びている。銀杏の向こう側は、道路で、家々の間を生活道が通っている。向かいに住んでいる腰の曲がった夫人は、つばの長い柔らかい生地の帽子をきっちり被り、道路に転がっている落ち葉を柄の長い箒ではいている。その横をイヤホンで耳をふさいでいるりんご腹の男性が息を上げながら走り去っていった。アケミは、そんな日常をこの窓から眺めている。その目は、感情を映し出さない。ただその光景が目に飛び込んでくるから、目を開いていると言わんばかりに大あくびをして、座りなおしてもう一度寝ようと、まず前足から伸ばし、次は後ろ足を伸ばし、公箱座りで両前足に顔をうずめようとする。

「アケミさんよー、今日も暇そうだな。そこ開けて出てきたらどうだ。」

窓の下部からにゃんにゃんと声がする。またかと、アケミは心底面倒くさそうに窓から庭の地面を見下ろす。アケミの家の庭の土を上には、黒の八割れ、緑の目、黒い長いしっぽ、それ以外は黄ばんだ白だ。最早四本足は茶色と言って良いかもしれない。右目のそばに切り傷のある人相の悪い猫が、窓を見上げていた。

「あら、いつも見回りご苦労さんね、ゴン。見ての通り、下々の営みに興味はないから声かけないでくれる?毎日言っていると思うけど。」

小さなピンクの鼻をフンと鳴らすアケミ。懲りずににゃーにゃーと話しかけるのはゴンだ。アケミがこの家にもらわれてから、毎日ここをパトロールのルートにしている野良猫で、実を言うとアケミの兄にあたる。アケミといつも同じような軽いやり取りして、すぐパトロールに戻る物好きだ。

「毎日ここは通るからな、俺のテリトリーだし。毎日そこで暇そうにしているんだから、お前の言う下々の生活を体験してみたらどうだ?楽しいぞ。」

「誰がこんなに綺麗にしている毛並みを汚したいと思うのかしら。おかげさまでさらさらよー、ごわごわ毛並みのゴンとは違って。」

お日様の光を浴びたふわふわなアケミの毛は、とても艶もよく、良い香りがしそうだ。それに比べ、ゴンの毛並みは所々毛同士がくっついて固まっているようで、手入れが行き届いていないのだろう。

「悪かったな。ノミやダニはそこら辺にいるから仲良しになれるぞー。」

「それは仲良しとは言わない。私は、ここがいいの。」

ぶるると身震いするアケミを見て、愉快そうに笑うゴン。動物にとって、ノミダニは天敵と言っても過言ではない。マダニだと命を落とす危険性があることは、ゴンも知っているはずだ。

「いつも思っていたんだけどよ。そんな檻の中で何が楽しいんだ?今日も爺さんが帰ってくるまでそこで寝て時間つぶすんだろう。俺にはつまんねえ生き方しているようにしか見えないぞ。」

普段だと、トカゲうまいぞーとか笑っていなくなるゴンが、アケミの生き方に物申してきた。少し戸惑いながらも、余裕を見せて答えるアケミ。

「私は自分の使命があるの。それを放棄しているアンタが理解できないけどね。ここで好きな人が帰ってくるのを待つ時間も悪くないから。」

アケミは、しっぽを軽く揺らす。吉郎の帰宅に思いをはせる。今日は、新しいおもちゃで遊んでくれるかしら…、昨日買ってきていたのは知っているから、遊んでくれると嬉しいなと考えてしまう。いつもわざわざ声かけてくるゴンなんてそっちのけだ。

「だってよ、夢なんて食ってやってもよ、俺達の腹膨れないんだぜ。何の為にやるんだよ。あの『神様』はそんなに『人間』が大切なのか?」

ゴンの爆弾発言に、アケミの幸せな想像が吹っ飛んだ。アケミは、公箱座りから立ち上がり、背筋の毛を軽く立たせた。

「アンタね、『神様』はそういうこと言ってなかったでしょ。『人間』と括らなかった、『大切な存在』の悪夢を食べられるように、この能力とこの役目を与えてくれたのよ。」

「わかんねえな、お前みたいに人間に閉じ込められている奴らばかりじゃねえか。何が『大切な存在』だ?そうやって錯覚させられて、俺たちは消費されていくのかよ。」

ゴンの言葉は、アケミの心をナイフの鋭さでえぐっていく。アケミの『大切』を否定されている。キッと、自論に陶酔しているようなゴンをにらんだが、ゴンの全身の傷が視界に入り、ハッとする。

「ゴン…アンタは、同じ野良仲間に友人はいないの?犬の子からご飯譲ってもらうことないの?小鳥たちが木陰で木の実や果物を落としてくれることはないの?」

アケミは、記憶を辿るようにゆっくりな口調で、何かを見落としていると思えるゴンに同意を求めが、それに対して鼻で笑うゴン。アケミの言葉は空しく消えたようだ。

「ねえな。同族はテリトリー争いするからな。犬の飯は生きるためにぶんどってんだ。鳥が俺達の為にそんなことするかよ。どんな夢見てるんだ、鎖につながれた飼い猫さんは。」

「な!夢物語なわけないじゃない!!レオンもピーも私の大切な友達よ!」

アケミは今度こそ感情を爆発させた。これ以上は、いくら兄であるゴンであっても否定されたくはなかった。

「誰だそれ。」

「え…。誰って。」

「アケミ、帰ったぞ。どうしたニャーニャーと、外まで聞こえてきたが、喧嘩しているのかい?」

ゴンとの言い争いで、吉郎の帰宅に気が付かず、いつの間にかアケミの真上に吉郎の顔があった。がばっと見上げると、彼の視線はゴンの鳴き声がした方を見渡していた。小首をかしげる吉郎、アケミは見上げた顔をゴンが居た庭に向けたが、もう姿を消していた。アケミは、もう一度父吉郎を見上げ、にゃーんと一鳴きする。

「おかえりなさい、父ちゃん!」

「ただいま、アケミ。今、おもちゃ用意するから遊ぼうな。今日はリボンがいいか、猫じゃらしか…。おお、昨日新しく買ったオンドリの羽根のじゃらしにするか。」

こちらの言っていることが分からないはずなのに通じ合っているそんな幸せを感じながらアケミは、おもちゃを何にするか思案する吉郎の横に飛び降り、老いた足にすり寄りながらしっかりした足取りで歩く。

「父ちゃん、大好きよ。」

吉郎を見上げながら軽く両目を閉じて、またにゃーんと鳴いた。


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