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夢喰いアニマル’ず  作者: 琴之葉 矢乃
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そのトリ留守番を任される

 そこは、とあるアパートの一室。紙の束に挟まれた鳥かごの住民は朝から精を出していた。

「ま、マイハニーに今日こそっ!かっ、かっこいいって言ってもらうんだっ!ごじゅうに、ごじゅうさん…」

傍からはピーピーと鳴いているようしか聞こえないが、ピーちゃんは必死に自分を奮い立たせ、止まり木に掴まり、片脚スクワットに励んでいる。嘴が閉まらないほどに疲弊しながらも、目標数まで頑張っている。開いた口からは舌が横に出ている。疲れからか片目が閉じ始めた。かっこいいと言うよりは、他の鳥が糞を落下させて、巣に近づいてきたカラスを撃退する場面の、糞が口に入った時のカラスの顔である。

「ろくじゅううう!」

勝利の一鳴きが響く。一目散で、給水器に降り立ち、がぶがぶ飲む。顔を上げる頃には、2mmほど水位が下がっていた。休憩したピーちゃんの目から闘志が燃やされ、かごの天井からぶら下がっている鈴付きブランコに飛び移る。鈴を嘴で左右に叩き続ける。

「右フック!左アッパー!フック、フック!」

鼻息を荒くしながら、鈴を相手にボクシングをやっているようだ。次第に鈴の音が早くなり、そして突然止まった。さっきまで必死に技を繰り広げていたピーちゃんが、あたりを見渡して息を潜めている。静けさを打ち壊すように外へとつながる扉からピンポンとチャイムが鳴った。

「羽島さん、ご在宅ですか?こちら、○○モバイル佐々木と申します。」

営業だ。静に徹しているピーちゃんは、その嵐が過ぎ去るまで、置物のようにびくともしない。数回チャイムは鳴らされたが、反応がないことを理解したのであろうか、カツカツと足音が遠ざかって行った。ピーちゃんは、完全に足音が聞こえなくなるまで動かない。何分経っただろうか、ピーちゃんの辛抱強く車のエンジン音が聞こえるまで、緊張を解かなかった。エンジン音が鳴り響くと同時に、かごの床に置いてある水浴び用の小皿へダイブする。

「うぇーい!良い汗かいたし、これでオレも水も滴る良い男だ!ひゃっほい!」

何事もなかったかのように、豪快に水を跳ねかす。羽根を伸ばし、バシャバシャと水面を叩き、水しぶきは、紙の山へ跳んでいく。そんなことはピーちゃんにお構いなしだ。気が済むまで、水浴びしたら、とまり木に戻って、ブルルッと体を振るう。これで水気もなくなり、いつものふわふわのピーちゃんの出来上がりだ。

「日も高く上がったし、そろそろイメトレの時間だ!瞑想するぞー!」

キュッとまぶたを閉じる。最初は、とまり木に両足でつかまっていたが、次第に右足が上がり、ぷーぷーと音を鳴らし始める。鼻には、絵で描いたような立派な鼻ちょうちん。お昼寝したピーちゃんは、望海が帰ってくるまで起きることはなかった。

 ドタバタと階段を上がる音が近づいてくる。ガチャガチャと鍵を回し、勢いよく扉が開く。望海のお帰りだ。忙しなく、帰ってくるのはいつものことだが、今日は息まで上がっている。普段とは違うことがあったのでないか、今日は一段に大きな鳥かごシェイクがくると危機感を募らせるのは、寝起きすぐのピーちゃんだった。全身に力を入れていつでも耐えられるように、望海の次の動きを静かに観察していた。案の定、望海は鳥かごをたくましい両手で抑える。

「ずっと独身友達だと信じていたノッキーに裏切られたあああ!あいつ、来月結婚式するって!!ひどいと思わない!?ひどいよね!ね!ピーちゃん!!」

「マイハニーには、オレがいるだろ!!そんなこと気にしないでいいんだよ!愛しているよ!」

望海の本日の愚痴に答えるようにピーピーと鳴き叫ぶ。とまり木にがっちりつかまり、羽根を羽ばたかせ、シェイクを耐えている。勿論、望海にはピーピーと可愛い声しか聞こえないため、激情が落ち着くまで、体感的には地震だと錯覚するほどの勢いで揺らし続けた。

「私には、私には!ピーちゃんしかいないね…!大好きだよ!」

溜め込んだものを吐き出した望海は、感情の起伏の波が穏やかになったようで、やっとピーちゃんの目を見る。愚痴の嵐を耐え抜いた勇者は、きゃるんとまん丸い目で小首を傾げ、望海を見つめていた。

「はあああ!ピーちゃんっ、か、かわいい…」

歓喜の声が絞り出される。ピー!と一鳴きすれば、望海が鳥かごから出してくれた。

 狭い部屋のテーブルでいつも通りのレンジ調理の夕飯を口に運びながら、ペットボトルのキャップをひっくり返して遊ぶピーちゃんを微笑ましそうに見ている。

「いつでも悪い奴撃退できるように、噛み技を鍛えるぞ!」

これはトレーニングだと言わんばかりにピーピーと鳴いているピーちゃんの姿は、望海からは楽しそうに遊んでいるようにしか見えない。

「本当にピーちゃんは癒やしキャラ…。心が洗われるなー。」

溜息がこぼれる。必死にキャップを咥えては落としているピーちゃんに、人差し指を伸ばす。その気配を察知したピーちゃんは、手を止め、撫で待ちの態勢に切り替える。望海の指を誤って噛まないよう、嘴をキュッと閉じ、かきやすいように横歩きしながら指に近づく。カキカキと小さく指を動かすと、ピーちゃんは気持ちよさそうに目を瞑る。

「ピーちゃん、かわいい…。」

望海は、ピーちゃんの頬を掻きながら、日々のピーちゃんに細かく切られた卓上カレンダーを確かめる。来月の10月14日にハートマークが書かれている。ハートの中にも文字が書かれていた。

「来月で、ピーちゃんは4歳か。早いねー。」

『祝4歳ピーちゃんバースデー』と。望海が看護師として働き始めるときに、お迎えしたのがピーちゃんだ。忙しなく過ぎていく日々の中で、この時間はとても貴重なものだった。望海は、手を止めて、何か思案し始めた。ピーちゃんはすぐさま手元から離れ、望海の全身が視界に映るように下がる。深い隈のアイラインが白い肌に浮かび上がっていた。視線が合わない。望海は瞼をゆっくり閉じ、左肩から倒れ込んだ。

「…寝落ちしちゃったね。いつもお疲れ様。」

ピーちゃんは驚くことなく、ピーと小さい声で鳴いて、テーブルのお皿を嘴で挟んで中央まで動かす。それが終わると望海の真後ろのベッドに飛び移り、ポップなインコ柄の毛布を体全身でえっちらおっちらと押して、ベッドから落とす。落とされた毛布は下にいる望海を優しく覆った。毛布から足が出ているため、床に降り立ち、毛布の端を嘴でつかみ、伸ばしていく。望海が少しでも体を動かすたび、一度飛び上がり、踏まれないように気をつけながら少しずつ、確実に。ピーちゃんは大仕事を終えると、もう一度テーブルに戻り、状態を確認するために見渡す。幸い、望海は頭をぶつけなかったが、フローリングに倒れたので、明日は身体のあちらこちらが痛いであろう。軽く毛づくろいしたら、鳥かごに戻らず、出入口の扉の横についている照明のプッシュタイプのスイッチに、飛んでいって空中タックルして、部屋を暗くする。カーテンの隙間からこぼれる月明かりを頼りに、鳥かごに戻り、嘴で器用に扉を持ち上げ、とまり木の定位置に落ち着く。

「マイハニー、おやすみなさい。」

子守唄の優しさを含んだトーンでピーと鳴いて、片足上げて、顔を背中に埋めた。


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