表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢喰いアニマル’ず  作者: 琴之葉 矢乃
17/17

夢喰いアニマル’ず

 吉郎は、朝の散歩中に近所の夫人から梅の枝を譲ってもらったらしく、玄関の青いギンガムチェックの花瓶に活けていた。まだ玄関に差し込む光は柔らかくて、アケミの春先のお気に入りスポットでもある。花瓶の隣にちょこんを座れば、

「アケミは、梅の花が似合うね!絵になるとはこういうことだ。」

大喜びす吉郎を横目に、

「そんなのいいから飯をくれ!」

にゃー!と玄関のたたきから一鳴きするゴンがいる。吉郎はゴンの声でゆっくりかがみ、頭を撫でると、膝に両手を置いて、よっこいしょと立ち上がる。動きがぎこちないが、今のところは杖を使わずに生活している。

「おお、ゴンも待たせたね。朝ごはんにしようか。光彦を起こしてきてほしい。」

「おう!任された!」

アケミに代わり、ゴンが光彦を起こす係になって早4か月。毎朝、ベッドの上にダイビングして、光彦の丸い腹部でトランポリンを行うため、低いうめき声が聞こえてくることも多く、今日も4時くらいにはうめき声が漏れていた。吉郎は、アケミの方を向き直って柔らかく撫でる。

「アケミ、先にリビングで待っていておくれ。」

「わかったわ。」

愛らしくにゃあと返事をして、お気に入りの座布団でしゃんと座り、右前足で顔を洗う。

 ゴンは、いつものように階段を駆け上がっていった。光彦の部屋の扉は少しだけ開いてあり、その隙間を通り、カーテンから朝日がこぼれているベッドへ飛び乗る。

「おーい!光彦!」

ニャーニャー!と元気に耳元で叫んでみる。その声に反応したのか、うううと低い声が漏れる。しかし、起きる気配はない。

「おーい!…さっき起こしたのに寝るからだぞ!悪夢は何だ!また上司に怒られているのか!」

眠りが浅いと夢を見る。ゴンも感覚的には分かっている。家族が悪夢を見ていたら食べる、アケミには光彦の悪夢を任されていた。ゴンは、ニャウニャウと文句を言いながら、体全身で顔の上に乗る。ものの数秒で光彦が上体を起こし、腹側へ転がされた。

「息が!出来ない!」

肩を上下させながら、鼻の中に入ったであろう猫の毛をパジャマの袖口で拭った。掛け布団をはねのけてスリッパをはくと、

「なんだよー。起こしてやったのに!」

まだ文句を言うゴンをマグロのように両腕で抱え、部屋を後にした。

 日曜日の朝食は、平日よりも豪華だ。卵かけご飯、豆腐とわかめの味噌汁、塩ゆでしたブロッコリーと人参を添えた鮭のムニエル、そして食卓の真ん中に冬ミカンが積んである。作った品を全て持ってくるのは光彦の役割。先月、吉郎は運んでいる最中に転んだため、光彦が持ってきてくれるまで、椅子に座って待っていることになった。その隣には紫の座布団の上にくつろぐアケミ。ゴンは、光彦が席に座るまでずっと足元をまとわりついていた。

「今日は天気も良いし、洗車するから、庭仕事はしないでほしい。」

「ああ、わかったよ。ゆっくりリビングの掃除でもしてよう。」

「掃除機は嫌だからな!」

ゴンが悲鳴のように泣き叫び、テーブルの上に乗って吉郎に抗議するが、光彦に両脇に手を入れられて後ろに引っ張られ、横の椅子に座らされる。不屈の精神でもう一度乗ろうとしたが、左手で制止されてしまった。

「ゴン、掃除機は怖かったな。モップで綺麗にするから許しておくれ。」

「そ、それなら許す!」

吉郎に一声ニャンと鳴くと、椅子から降りて、長いしっぽをピンと立てたままアケミのお気に入りである腰高窓の上へ移動してしまう。

「わかりやすいやつだな。」

「こちらの言葉が分かるんだろうね。不思議だね。」

吉郎は、軽く微笑みながら味噌汁を右手に乗せ啜った。

 ピーちゃんの日曜日は、最悪な始まりだった。望海の寝ているベッドの上にある天井からムカデが落ちてきて、望海の絶叫で目を覚ました。ぼさぼさ頭の望海は、薄い肌掛けを這っているムカデを肌掛けごと、アパートの通路に運び出し、外に面している手すりでバサンバサンと叩いて、勢い良すぎたため、そのまま地面に落下させた。ああああああ!という叫び声を上げながら、部屋着でサンダルの彼女は階段を慌てて降りていく。その肌掛けを他の人が拾ってくれたらしく、ムカデ騒動が収束して帰って来た頃には、耳まで赤い望海がテーブルに突っ伏していた。まだ日が昇っている最中だというのに片手には缶ビール。ピーちゃんは、放鳥されて肩に乗っている。

「笹野君に醜態晒した…。」

笹野君。どうも同じ看護師仲間らしい。笑いながら、ムカデを近くに落ちていた枝にひっかけて取り除いてくれたようだが、普段きっちり仕事をしている望海からしたら、部屋着のままぼさぼさ頭で奇声あげていることを目撃されたことで、顔が茹っていた。

「明日には、職場の皆に笑われるんだああああ!!」

テーブルをバンバンと叩き続ける。このセリフ、この2時間で3回目だなと思ったが、それは心に秘めたまま望海の気が済むまで寄り添っていた。

 家で軽い昼食を済ませた細野家は、祐太が川谷に相談を受けていた家に歩いて向かう。家族4人で歩きなれた遊歩道を通り、親しんだ橋を渡る。そうして、見えてきた小さな公園の横の道を通り、住宅街へ入っていく。街路樹は、少しずつ新芽をつけていき、春の訪れを示唆していた。庭の手入れが行き届いているこの住宅街は、高齢の方が住んでいる家が多い。それ故、庭仕事や散歩している人も多く、あちらこちらで挨拶され、祐太は礼儀正しく頭を下げながら挨拶を返し、聡太は元気で大きな声で挨拶を返す。挨拶をする度に、高齢の方は微笑まれていた。

「あそこの角の家らしい。ほら、門の前に犬の置物が置いてある。」

祐太は、右手に持ったスマートフォンで川谷から送信された家の画像を両親に見せる。

「今からドキドキするよ!どんな子がいるんだろう!」

聡太は、胸に両手を当て頬にえくぼが出来ている。両親も、気持ち軽やかな足取りで、その家のチャイムを鳴らした。

 「桃花ちゃんから話は聞いてきてくれたのですね。見ての通り、子犬だらけになっていまして、もしよろしければ家族に迎えてほしいのです。」

と、髪にパーマをかけ、明るい茶色にカラーリングしている夫人は言う。細野家は、家に上がらせてもらって、案内されたリビングでお茶を頂きながら、サークルの中で遊ぶ雑種と思われる子犬4匹と、しきりに遊び相手をしている成犬の真っ黒で毛艶の良いラブラドルレトリバーを眺めていた。聡太はそわそわしているが、お母さんに軽く小突かれ、一応座ったまま我慢している。学校で川谷に相談をされたのが一昨日。近所の家の玄関に子犬が段ボールに詰められて捨てられていたと。祐太としては、レオンが逝ってから日が浅い為、断りたかったが、家族に相談してみたら、

「きっとレオンが心配してこのご縁を持ってきたのかもしれないね。」

とお父さんの一言で、子犬を迎えることを決定した。そして今、その子犬たちを眺めている。夫人は色々、貰い手になってくれそうな知り合いを探し、6匹いた中の2匹は昨日段階でもらわれていったと話していた。そして、細野家も1匹選ぶことになっている。4匹の子犬の中は、成犬のしっぽにじゃれていたり、転がって眠っていたり、噛むと音が鳴る鳥の形のおもちゃをあぐあぐと噛んでみたり、ボールの上に乗って転がってみたりと、思い思いに過ごしていた。その中で、祐太は薄茶色の子犬と目が合った。それはボールの上から転がって、へそを上に向けた子犬だ。祐太と目が合った子犬は、白いしっぽをぶんぶん振り、口を開けてハッハッハと体温を逃がしている。まるで、遊んでと言わんばかりに、ボールに乗っては転がって、祐太を見ている。夫人が話してくれる内容は全く耳に入ってこない。聡太より先に席を立って、ボールの傍で転がっている薄茶色の子犬を抱き上げた。あんぐりと口を開けた聡太の表情に吹き出しそうになるも、祐太は迷いなき眼差しで夫人に宣言する。

「この子と家族になりたいと思います。」

抱き上げられた子犬は目をつむり、祐太の顔をしきりに舐めていた。


「ただいま」

そう言っている気がしたのは祐太だけだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ