そのアニマル約束する
あれから1カ月が経った。町の家々は門松のプレートを外し、早朝には通学や通勤をする人の群れが出来上がり、日暮れには子供が家に帰り、日が落ちれば大人が帰宅する。そんな何てことのない平凡な日々に戻った今夜は、集会だ。ゴンの参加は初めてである。他3匹からしたらいつもの場所で待ち合わせ。ゴンからしたら、初めての待ち合わせだった。ゴンは、公箱座りしているアケミの周りをぐるぐる回る。黒いしっぽをピンと空に立たせて。目障りなくらいうろちょろされていてもアケミは動じず、大あくびをこく。まだピーちゃんも来ていない。
「アケミはいつまで待つんだ?来ないじゃないか!」
「大体遅くなる時は、深夜3時を回るわ。だからここで昼寝して待つの。」
「そんなに待っていたら、光彦が起きてきて心配してしまうじゃないか!」
「ああ、大丈夫。あいつはちょっとやそっとじゃ起きないから。本当に仲良しなのね。」
「べ、別にそうじゃないぞ!アケミが構ってやらないから、ちょっと可哀想かなと。」
ぶんぶんと大きく顔を横に振るゴン。それをまた愛おしそうに目を細めるアケミ。その2匹のところに上からじゃがいもサイズのミサイルが飛んできた。
「遅れた!なかなか片付けが終わらなくて!お、今日はゴンもいるのかい!よろしくー!」
ミサイルの正体は、ピーちゃんだった。本当に慌てていたのだろう。上手く減速できず、同じように魂で来ているゴンに真正面からぶつかる。シャー!と怒られた。
「あら、引っ越しでもするの?」
「いやいや、この前あったマイハニーの親友の結婚式で使った小物を片付け。あちこちから引っ張り出したから戻す場所忘れたようだ。しっかりサポートしてある程度片付いたよ!」
凄いでしょ!とピーちゃんが胸を張る。元々鳩胸なので、さらに張ってもわかりづらい。
「そうだったのね。おめでとう。」
「ありがとう!全世界にありがとうと叫びたい!」
「それはうるせえからやめろ!」
ピーちゃんのテンションについていけないゴンが悲鳴に近い苦言を申す。
「皆、楽しんでいるね。おまたせ。そして先日はありがとう。」
数か月ぶりにこんな穏やかな顔を見たなとピーちゃんもアケミも思うほどに、レオンの曇っていた瞳は磨きなおされていた。
「レオンこそ、お疲れ。今日は報告会なしに雑談に花を咲かせましょう。」
「アケミもありがとう。皆が居なかったら突き落とされたまま、溺死したよ。感謝している。神様に会ったら伝えておくね。」
せっかくの穏やかなムードへ持っていこうとしていたというのに。初っ端から挫かれ、爆弾発言まで投下された。ピーちゃんが慌てふためき、
「つ、突き落とされたってそんな!」
「ごめん。知らないおじさんが近づいてきて、蹴り落とされたんだ。」
「よーし。レオンくんよー、そいつ特徴憶えてないか?」
ゴンの毛が逆立つ。最近まで現役で戦ってきただけあり、気迫は鬼のごとく。普段闘争しないレオンは、あっさり迫力負けする。
「えっと…毛糸の帽子、セーターを裏表逆に着ていて縫い目が見えていた気がするけど…」
「この地域じゃ有名な輩じゃあねえか。他の兄弟たちも怖い目に合ったことあるな。この近隣の猫ども集めて、痛い目に合わせてやる。」
「逆襲が怖いからやめた方が…。」
「なーに。今やあの輩に近づかれて逃げない同志はいないから俺達に手は出せないさ。」
白い猫の組は知らんけど。とぼそっと呟いたが、他3匹は頭をかしげた。
「でも本当にありがとう。皆のおかげで、また祐太が話しかけてくれるようになったんだ。こういうことで悩んでいた、悩んでいる、今後こうしていきたいとか。僕は相槌を打つことしか出来ないけど、今すごく幸せだよ。」
「それは良かったよ!あの日を蒸し返すようで悪いけど、聡太君は病院にも来なかったよね。大丈夫だったかい?」
あの日、ピーちゃんだけが最後までいた。レオンが入院になって、祐太が泣き崩れながら明日も会いに来ていいですかとカウンターでお願いしていたところも知っている。だからこそ、最後まで来なかった祐太の弟が気になった。
「ああ…。あの日、聡太は僕が見つかった事にホッとしてソファで爆睡していたらしいよ。病院から帰って来てから、どうやって脱走したのか家族会議をしたらしい。まあ、聡太が鍵を閉めないで登校したことを思い出して、こっぴどく怒られたって言っていたな。頻回に鍵が開いていることを知っていて出て行ったのは僕だけどね。ああ、今は家に戻れたし、聡太も鍵が閉まっているか何度も確認してから登校しているよ。」
眉があったら下げただろうなと思うほどの困り顔のレオンを見て、アケミがすかさず、
「けれど、もう家出は考えてないでしょう?」
「そうだね、だって今が幸せだもの。祐太とボール遊びすら出来ない寝たきりの体になって、それでも近くに置いてくれているサッカーボールを触ると祐太が一緒に触ってくれるよ。」
レオンは自分の両前足の指を軽く開閉させる。その動きはまるでボールを押さえているようだ。
「祐太君と通じ合えたならよかった。もしかしてレオンって、そろそろ…?」
「うん。来週には神様の遣いが虹の橋をかけてくれるよ。次、いつ会えるかわからないけど、生まれ変わったら会いたい!忘れているかもしれないけれど。」
レオンは、まっすぐ3匹を見据える。その瞳の奥にはダイヤモンドにも勝る輝きを秘めていた。死期が近づくと神様の遣いが段取りしてくれていることは周知の事実だった。神様の遣いが町に降りてきたら、どこかで虹の橋渡る子がいるということだ。冬場は本当に頻回に遣いが降りてくる為、察しはついていた。
「このピーちゃん!忘れていても皆が見つけてくれたから、今度はオレの番!絶対レオンを見つけるからね!ゴンが!」
「おめえが探すんじゃないのかよ!」
レオンの鼻先からゴンの上で飛び回り、ゴンの狭い額に降り立ってみる。ゴンは突っ込みと共に、両前足で顔を洗うようなしぐさをして追っ払う。
「あははは!ピーくんらしいね。天国へ戻ったら出来るだけ早めに転居届を提出して、次はシェパードになってこの町に帰ってくるから!」
「あら、可愛いハチワレの小型犬にすればいいのに。」
「いやいや、体毛の模様は選べないよ!?一応、転居届出すときに希望は出してみるけど。」
ワーワーと騒いでいる2匹を無視して、アケミとレオンは来世のことで盛り上がる。
「選べないのは、模様だけじゃなくて、品種もだな!レオンがどんな子犬でくるか今から楽しみだ!」
パチンと野良の根性で猫パンチをピーちゃんに一発お見舞いして、2匹の会話にもどってくるゴンと、パンチを受けてボールのように跳ねたが、すぐさま体勢を持ち直してレオンの鼻に止まるピーちゃんも会話に入ってきた。
「そうだね!天国に戻ってからが忙しいよ。あまり憶えていないけど、オレも飛び回っていた気がするし!」
「ピーは早かった。私に家族が出来てから、すぐ虹の橋を渡って、1週間しないで生まれ変わったものね。」
ピーちゃんは思い出し笑いをするアケミを見て、どや顔をレオンに向ける。
「前世のオレ頑張ったようだね!さすがはマイハニーと赤い糸で結ばれているだけのことはある!」
「ぶれないピーくんを見習わないとね。僕も祐太や家族、そして皆と再会できるよう頑張ってみる。」
レオンの瞳の輝きを見て、アケミもピーちゃんも優しい笑顔を浮かべた。
「おう、頑張れ!今のうち、たらふく食って体力つけておけ!特にマグロのぶつ切りうめえぞ!」
たらぁとよだれを垂らすゴンは、アケミから頭突かれた。
「ゴンとレオンでは、好物が違うでしょうが!」
「うめえもんはうめえ!レオンも食べたら好むかもしれないだろ!」
「元気な兄妹喧嘩だねー!オレは、スルメが好き!」
ピーちゃんは、両羽根をばたつかせてアピールする。しかし、始まった猫の口喧嘩はなかなか終わらない。その騒がしさの中に身を置きながら、レオンが思い出したように呟いた。その顔は至福そのもので、
「僕は、ゆでたブロッコリーが好きだったなー。」
楽しい時間は、流れ星のように過ぎていった。




