表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢喰いアニマル’ず  作者: 琴之葉 矢乃
15/17

そのヒト奔走する

 ゴンは、祐太が池の中に落ちているレオンの体を抱きしめるまで絶対にレオンの前足を咥えて離さなかった。師走の水温、10℃を切っている。祐太の手は真っ赤になるが、抱きしめたレオンはこの両手より冷たかった。咥えることをやめたゴンは、祐太の邪魔にならないようにアケミと共にボール付近に移動する。

「レオン!しっかりしろ!」

祐太の声がつんざく。ピーちゃんもゴンもアケミも、祐太が引き上げてくれることを待つしかなかった。いくら老いたとはいえ、中型犬。猫二匹に助けることはできなかった。父ちゃんか光彦でも間に合えばと思ったが、それよりも先にレオンを呼ぶ声が聞こえて、アケミは声の主を探しに駆けて行ったのだ。

「レオン!レオン!」

祐太は、体重23㎏もあって毛に大量の水を含んだレオンを少しずつ持ち上げる。その間、ピクリとも反応しないレオン。誰もが息を吞む。

「お、おい!大丈夫か!俺も手伝おう!」

光彦がやっと到着した。その後ろから、吉郎も来た。吉郎の手にはキャリーとネットがある。

「ゴン、今回は逃げないで一緒に来てほしいの。父ちゃんが持っているキャリーに入って。」

「なんで俺が!」

「父ちゃんも母ちゃんもゴンと家族になりたいって6年前からずっと思ってくれていたんだよ。」

「!?…わ、わかった。」

レオンのことは、祐太と光彦に任せて、ゴンとアケミは吉郎に駆け寄る。立膝して、目線を合わせようとしてくれる大好きな父ちゃん。

「アケミ!やっぱりゴンか!2人とも心配したんだ。家に帰ろう?」

キャリーの扉を開けて入るまで待つ姿勢の吉郎を横目に見ながら、ゴンがおとなしく入った。かちゃっと鍵を閉める。アケミも、ネットのファスナーが開くまで吉郎の前でしゃんと座って待っていた。開けてもらったら自ら入る。閉めてもらったことを確認してから、ゴロゴロと喉を鳴らした。

「よかったよ、2人とも無事で。」

ネットの上から、そしてキャリーの上から抱きしめられる。触れあっていなくても温かい、ゴンは確かにそう感じた。

「少年、腰の方は任せなさい。体がしっかり池から出たら、おじさんが上着を土の上に敷くからその上乗せてあげよう!」

「はい!わかりました!」

池からお腹のあたりまで上がってきた。光彦は、上着を脱ぎ、未だ水の中にあるレオンの腰をがっちり捕まえる。

「せーの!」

2人で息を合わせて、池から救出し、体を横に倒しながら、上着の上に乗せてあげる。レオンは揺らしても反応しない上に、瞳孔も開いている。かなりゆっくりではあるが胸の上下は見えた。光彦は、着ていたカーディガンも脱ぎ、レオンにかけてあげる。

「少年、これで抱きしめて温めてあげなさい。おじさんこの近所に住んでいるから、今車持ってくるから、車で病院に連れて行こう。」

「あ、あ、ありがとうございます!ありがとうございます!レオン!頑張ってくれ!」

半袖になった光彦は、吉郎も置いて単身で家に走って戻っていく。吉郎もキャリーとネットを持って祐太に近づいて声をかける。

「大丈夫だから、レオン君信じて待っていてあげよう。」

「はい!」

動かないレオンをカーディガンごとぎゅっと抱きしめ、目からは大粒の涙を落とす祐太。吉郎は、そんな祐太の背中を車が来るまでさすっていた。

 黒須動物病院、アケミがよく3種混合ワクチンを注射されている。診察室6部屋程度の動物病院に、レオンを運び込んだ。自動車走行中に、吉郎が電話をかけておいたおかげで、駐車場に到着したころには、スタッフが5人も外で待機していた。ストレッチャーに意識混濁しているレオンを移し、アケミとゴンも診察することになった。

「アケミちゃんよぉ!独特な匂いも、あの同じ服着た人間たち見ても、怖さしかないんだけど!?」

「わかるわかる。まあ、頑張りなさい。我慢していれば終わるから。」

「オレはお世話になったことないから、新鮮だなー!」

診察台にゴンとアケミは乗せられ、お尻からカバー付きの体温計を差し込み体温測定、体温計のカバーについた便を使用して検便、右股の静脈から血液検査、触診などをされた。ゴンは何かされる度に唸ったが、アケミはびくっと力が瞬間的に入るだけで耐えていた。できることは何でもしてほしいという父ちゃんの意向だったことと、ゴンに笑われたくはなかった。ピーちゃんは、魂の状態なので傍観している。祐太と光彦はいうと、待合室のシートに座っていた。

「親御さんたちにここにいるって連絡できるかい?」

「は、はい。ズズズ」

祐太の涙も鼻も止まらないため、左に置いてあるティッシュで鼻をかむ。動物たちが診察を受ける前に病院スタッフが大判のタオルを数枚、ボックスティッシュ、ゴミ袋などを持ってきてくれていた。スタッフ達に体を乾かしてもらったレオンは、処置室で湯たんぽに挟まれ、温かい溶液の輸液をされていた。意識が戻ることを祈りながら待つしかない。

「あ、あの。猫たちが、レオンの居場所教えてくれたんです!足事引っ張られて!公園についたら、黒い猫が、必死にレオンの前足を咥えて助けようとしてくれて!」

「そうだったのか。」

「あ、その。お礼したいので、もしよければご住所教えていただけませんか?」

お礼がしたいともう一度声にして祐太はその充血した瞳で、隣に座ってタオルで服が含んだ水分を取っている光彦を見据える。しかし、

「そんな、大丈夫だって。」

光彦は、ゆっくり横に顔を振った。そして、話題を変えた。まるでそれを避けるように。

「しかし、動物って不思議だな!君がレオン君を探しているってアケミ達は分かったってことだ。」

「あ、そうですね。確かに!名前呼んでいるのが聞こえたのかな。遊歩道通って、家へ帰る道にいるじゃないかって思ったのに、レオンは公園で溺れていた。もう一人で歩くこともしんどかったはずなのに。」

そこまで言いかけて、祐太の胸の下に痛みをおぼえた。何かがこみ上げてくが、こらえようと唇をきつく結び、口角が下がるほど力を入れた。それに気がついた光彦は、ゴミ袋を祐太の鼻から顎下を覆うように渡し、

「昔、母さんが言っていたことだが、動物は生きることしか考えないんだってさ。レオン君は公園で遊びたかったのかもな。」

光彦は、できる限り優しい口調で、祐太が落ち着いて顔を上げられるようになるまで背中をさすっていた。

 病院に到着して1時間半くらい経過した頃、診察室から吉郎が2匹をつれてふらふらしながら待合室に戻ってくる。どうやら、やれることは終わったので後日分かる検査の結果を待つだけのようだ。アケミの体重は4.5kgで、ゴンは6.2kgもあったそうだ。これは重い。光彦が、ゴンのキャリーを引き取り、自分の足元に置いた。

「早くここから連れ出せー!こんなところ居たくない!」

にゃおにゃおにゃおにゃおと文句垂れるゴンとは対照的に、私余裕よという雰囲気を醸し出しているアケミは、シートに座った吉郎の膝の上に乗せたネットの中でくつろいでいる。人間に見えていないだろうピーちゃんはというと、実は吉郎の頭に巣を作って休んでいるのだった。

「光彦、レオン君の状態はどうだろうか?」

「まだ目を覚まさないようだ。体温もかなり下がっていたから。」

「そうか…。すまないが、先にアケミとゴンを連れて帰ってあげられないか?ここにいることは好まないかもしれない。」

「分かった。じゃあ、軽く食べられるものでも持って戻ってくる。あ、祐太君は、ご両親が来られたら帰宅しても大丈夫だからな。」

光彦に声を掛けられ、嘔吐した後ずっとうなだれていた祐太が顔を上げる。泣き止みはしたようだが瞼が腫れぼったい。コクっと小さく頷いた。光彦は2匹を持ち上げる前に、その小さくなった肩をぽんぽんと叩き、受付の事務に声をかけ、病院を後にした。吉郎は、4人掛けのシートの端に縮こまっている祐太に声をかけ、光彦が先ほどまで座っていた席へ移動し、ティッシュを1枚頂戴した。時折、肩を震わせる祐太を静かにただ柔らかい眼差しで目を細める。そして何拍か間を開けてからぽつりぽつりと、言葉を紡ぎ始めた。

「祐太君、少し時間をこの老人に割いてもらってもいいかい?なーに、我が家のアケミの親ばか話をさせてほしい。」

「あ、はい。いいですよ。」

きょとんとした目で、吉郎を見上げてぎこちなく頷いた。

「アケミは、毎日って程でもないが週に数回は、目覚まし時計が鳴っても起きない息子のベッドに登って、鼻の頭を噛んで起こすんだよ。そのおかげで、息子の鼻には瘡蓋が2つあるんだ。」

とんとんと自分の鼻を人差し指で叩き、祐太に笑いかける。祐太も釣られて笑う。その笑顔はぎこちなさを残して。

「ああ、あれもあったな。今年の話だ。息子が仕事から帰って来て玄関に座ったら、アケミが階段から数段飛ばしで降りてきて、背中に飛びかかったのさ。慌ててアケミを引き離そうとしたら、彼女は蝉を咥えていた。連れて帰って来た蝉を退治してくれたようで、ティッシュをアケミの前に持っていったら、口から出してくれたよ。」

クスクスと受付の事務の方からも笑い声が聞こえてくる。祐太の顔の緊張も次第にほぐれてきているように見えた。

「アケミは、虫捕まえるのが本当に上手なんだ。この手の話はまだあるぞ。確かあれも、蝉退治と同じ年だった気がする。我が家は住宅街の中でも古いから、よく網戸の隙間から虫が入ってくるんだ。その日、やたらとアケミが動き回っていて何しているんだろうと、後ろからついていったら、なんと!」

吉郎は人差し指を天井に向ける。釣られて見上げる祐太。

「…天井に張り付いていたゴキブリを、アケミが壁を蹴って追いかけていたんだ!」

「ふぁあ!?」

大きな声が出てしまい、慌てて口を右手でふさぐ祐太。パッと周りを確認すると、受付の事務しかいなかった。彼女たちもまた驚きを隠せないようで、目が大きく開いていたり、口を両手で覆っていたり、カウンターをたたく真似をしていたり。その様子を見て満足そうに頬をほころばせる吉郎がいる。ほどなくして、祐太の両親が病院に到着した。

 両親の姿を視界に入れるや否や、祐太は傍まで駆け寄り、頭がぶつかる勢いで土下座する。そのまま頭を抱えこみ、ごめん!とむせび泣く。両親は、祐太の前でかがみ、大丈夫よと声をかけながら、体勢を起こさせる。その場の誰もが硬直する中、吉郎のみ動じず、ゆっくり立ち上がって、会釈をした。祐太が自分の足で立ち上がったことを確認し、両親も会釈するため、吉郎を見たとき、

「ああ、鴇田さんではないですか!池に落ちていたレオン助けて下さって、病院にまで送ってくださったようで。この度は本当にお世話になりました。」

お父さんは、深々とお辞儀をする。お母さんもその隣で両手を前に揃え、時間差で頭を下げた。2人が頭を起こすまで、吉郎は言葉を紡ぐことを抑えていた。

「ああ、細野さん。ご無沙汰しております。いえいえ、レオン君が病院で治療を受けていられるのは、祐太君が頑張ったからです。」

顔を上げた2人の近くまで行き、後ろから祐太の両肩に手を軽く添える。祐太は、生乾きのブレザーの袖で涙をぬぐった。

「レオン君に会ってきてあげてください。待っているでしょうから。」

細野家3人は、ありがとうございますと再度頭を下げ、受付のカウンターから診察室へ案内されていった。見送った吉郎は受付に向かい、

「すみません。アケミとゴン君の会計と、そしてレオン君の治療に少しばかりの気持ちを添えさせては頂けませんか?」

ズボンの後ろポケットから財布を出し、まず家族分の会計を済ませ、先ほど頂戴したティッシュに数枚包み、カウンターの上に置いた。

「鴇田さん、それは…」

「細野さんには秘密にしておいてください。」

「領収明細書を発行しますので難しいかと。」

「そうですか。それでは仕方ありませんね。」

渋々と財布に包みのまま戻す。そこに、両手に丸々と膨らんだスーパーのビニール袋をぶら下げた光彦が戻ってきた。大汗たらしながら、そのビニール袋をカウンターに置き、

「今日は大変お世話になりました!良かったら皆さんで分けてください!」

「と、鴇田さん、ありがとうございます。」

ありがとうございます。とカウンター越しに、事務2人とたまたまカルテを取りに来ていた看護師が続くようにお礼を言う。

「父ちゃんも喉乾いただろ。」

光彦は、吉郎お気に入りの三毛猫のイラストつきペットボトルを渡す。

「ああ、ありがとう。祐太君は、ご両親と一緒にレオン君と対面しているよ。」

3人が先ほど案内された診察室を振り返りながら指差す。その診察室のみ扉が閉まっていた。2人は顔を見合わせて、受付に挨拶をして、病院の扉を開いた。

「わ…ん」

か細い犬の声が耳に届く。2人はもう一度振り返り、病院を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ