そのトリ慌てる
今日は朝から慌ただしく望海が支度している。あれはどこ、最近までこの辺にあったのに!と叫べば、素早くお目当てのものの傍で、ピー!と一鳴きして教えている。
「ピーちゃんありがとう!ピーちゃんが居なかったら家を出る時間が遅くなっていたよ!明日の夕方には帰ってくるから、お利口さんに待っていてね。」
「もちろんだ!マイハニー!楽しんでおいで!」
家を出る前にお礼を言ってきた望海に、ピー!!と元気に返答する。ピーちゃんは鳥かごの中に戻されていた。暖房はつけたままで行ってくれるようだ。最初は、ピーちゃんを実家に預けてから出かける予定だったが、同僚の一人がインフルエンザ陽性になったため、急遽夜勤の交換となり、夜勤明けで実家に戻る時間がなかった。そのため、水飲み台と餌箱が追加された。ピーちゃんとしては何の文句もない。言いたいことがあるとすれば、
「ノッキー、結婚おめでとう!」
ピーピー!と、望海が扉を閉めると同時に祝福を述べた。まあ、望海の耳には届いてないだろうが。それでも伝えたいくらいにピーちゃんにとって喜ばしいことだった。
望海の足音が遠のいたのを確認し、いつものごとく、鳥かごの扉を器用に開けて、外を満喫する。
「あのノッキーが遂に結婚かあ!先々月の式場問題が解決出来てよかった。次の式場が決まった時、夜勤明けで寝ているマイハニーの電話に何度もコールしてたもんな。」
三度目のコールで寝ぼけた望海が電話に出たら、ノッキーからの報告だった。望海が聞いた瞬間、わんわんと泣いて、よかった!本当にお疲れ様!!と鼻をすすりながら通話していた。
「まさかそのオッケーしてくれた式場のお偉いさんが、院長の友人だったなんてなー。あそこの院長はすごく優しいってマイハニーもノッキーもよく言っていたもんな。話しつけてくれたんだろうな。」
本当にそうかは知らないけれど、報告があった日に、望海が近場のコンビニに菓子折り買いに行って、院長の勤務時間を職場に電話して確認してから病院に持っていった。帰って来たときは、本当に機嫌がよく、珍しく鳥かごシェイクされなかった。
「式場の形式にはまらないで、好きにタイムスケジュール組んで良いからねって言われたらしいから、お土産話も楽しみだな!」
明日の夕方には、上機嫌の望海が色々教えてくれるだろう。今から心が躍る。外は寒そうだが、暖房が効いた部屋の窓から外を覗くことが大好きで、トレーニング終わった後に居眠りしなければ、窓で日向ぼっこすることもある。ベッドボードに乗り、外を眺める。ここからだと近場は見えない。ベランダの手すりの高さとベッドボードの高さがあまり変わらないためだ。
「これも運動だし、カーテン登るか!」
あと暇だしと付け加えれば、今いる位置からレースカーテンに飛び移り、くちばしでカーテンを挟んでいる間に、両足を持ち上げ、両足が近づけば、少し上のカーテンをくちばしで摘まむという何とも地道な作業で、カーテンレール下まで登っていく。バランスを崩し、羽根をばたつさせるが間に合わず、またスタート地点へ戻ったが、10回リベンジしたあげく、疲労困憊状態で目的地にゴールした。
「これが、エベレスト登頂した人の気持ちかもしれない!オレさいこー!」
勝利の雄叫びを上げてみる。近くに雀や烏、鳩が居なかったため、どこからも何も返答はなく、沈黙が流れる。
「うん、オレさいこー。うん。」
自分で自分を慰める姿はきっと滑稽だろうなと思いながらも、とりあえず。今の立ち位置だと、お隣さんのベランダとの敷居が邪魔で外が見えづらいので、カーテンの中央まで蟹歩きで移動する。右斜め前には、いつも集合する遊歩道を一望できる。左斜め前には、望海の職場が見える。見えていても、望海を見つけることは難しいので、それはピーちゃんもしていない。軽く左右見渡し、光の反射でキラキラと輝く遊歩道の川を眺める。犬の散歩に限らず、歩いている人は多いようだ。腕を大きく振って歩いている人を追い抜かすランニング趣味の人、ベンチでくつろぐ人もちらほら見える。
「お、レオンぽいお犬様が散歩してるー。」
ピーちゃんが見つけた犬はかなりの高齢に見える。足腰がしっかりしていないようで、ふらつきながら歩いていた。その犬がベンチの前を通過すると、座っていた人が立ち上がってきょろきょろとする。遊歩道でリードを外す飼い主も少なくないため、飼い主を探したのかもしれない。普段なら少ししたら後ろから飼い主が歩いてくる。それは、ここにたまに登って見学しているピーちゃんでも知っている。どんな飼い主さんかなーと待っていたが、待てど暮らせど来ない。先ほどの老犬は、遊歩道の出入口付近まで到達しそうだ。
「う、うそだよな…?独り?」
飼い主とはぐれたであろうか。ピーちゃんの中で警鐘が響いた。望海は今日帰ってこない。こんな時間だけど、誰にも見られないように飛べるはずだ。ばっと、自分の鳥かご傍に飛び降り、丸くなって瞼を閉じる。次の瞬間、ピーちゃんは自由な羽根を広げ、窓の外、遊歩道の先へと飛び立った。
人間の中には、魂のピーちゃんが見える人がいるが、みんなではない。幸い、外を出歩かないので知っている人も少なく、この時間は子どもが学校に行っているため、叫ばれることもない。小さなアパートから民家の隙間を抜けて、遊歩道の先の橋を目指す。
「あのお犬様、あんなにヨタヨタしてた。下手すると事故にあってしまう!早く危ないって教えてあげないと!」
ピーちゃんはジェットコースターのように加速し、家と家の間や急カーブをノーブレーキで曲がっていく。どこにぶつかることもなく、透けるのだけれども、できるだけ目撃されないように到達したいと考えているからだ。
「あれ?あそこにいたはずなのに!」
到着したころには見失っていた。家の間を飛んでいる間に、遊歩道を歩いていた老犬がいなくなっていたのだ。仕方なく遊歩道のいつもの集合場所の木に止まる。右左上下、いろいろな方向を確認するがそれらしい犬がいない。とはいえ、事故が起きた様子もなく、自動車は通常通り走行している。土手にでも転がっていったら、歩行者くらい気がついてくれるだろうが、そういう声も聞こえない。では、次どこ行ったらいいかなと、眉間にしわを寄せてみる。行くとするなら、歩行者の多い遊歩道を出た先、橋が架かっている歩道に行くしかないだろう。あちらは木が少ないので、姿を目撃される可能性は上がる。
「行くしかないか。」
目撃されたって逃げ切ればいい。神様だって非常事態だったら怒らないはずだし、除霊っていうのをできる人は多くないはずだ。だってああやってテレビで特集組まれるくらいだ。珍しいはずだ。そう自分に言い聞かせ、大通りへ飛ぶ。きょろきょろとしながら、探すが視界に入ってこない。走れる体には見えなかったから、それほど遠くまで行ってはいないはずだ。隅でうずくまっているとかないかなと考えながら、橋の手すりにつかまってみては、下を確認する。土手に落ちている様子も歩道でうずくまっている様子もない。これ以上闇雲に探しても見つからないや…と、飛んできた方向へ向きを変える。親切な誰かが、きっと保護してくれるだろうし、今のところ事故を起こしていないなら大丈夫だろうと、諦めた矢先に小さな子どもの声が鼓膜に響く。
「あー!わんわん寝てるー!」
「こ、こら、やめなさい。か、帰ろうね。」
「えー!わんわん触るー!」
「だ、だ、だめよ!帰ります!」
明らかに動揺している女性の声も一緒だ。やだやだと駄々をこねる男の子抱きかかえ、足早に橋を通り過ぎていった。
「ま、まさか。」
この冬日に、外で1匹。子どもは寝ていると言ったけども、お母さんの動揺ぷりからしたら、最悪な事態が浮かび上がる。ピーちゃんは、親子が来た方へ向かう。この体に見合うほどの小さな羽根を懸命に動かし、パーキングエリアの横を通過、くすんだコンクリート製のビルの先へ。先ほど探していた老犬が倒れていたところは、寂れた公園だった。池が1つ、その近くに薄汚れたボール、そして老犬、それ以外は何もない。今は誰もいない。ピーちゃんは、減速しながら、池の横に横たわっている老犬に声をかけに行く。薄茶のハチワレ顔の犬だ。誰かに似ている気がする。顔の傍に降り立つと老犬は、小刻みに震えながら、捨てられたゴムボールを前足で動かしていた。まじまじと顔を見るピーちゃんの表情は険しくなった。
「レオン、どうしたんだい!?家族の人は!?」
「いないよ…。」
質問に返答するレオンの声が枯れている。ピーちゃんが先月会ったときは魂だったから、ここまで老いていたことも知らなかった。今のレオンは、この寒空の中で体温が奪われていくことを待っているようだ。どうして!何で!理由を聞くのは今じゃない!と言葉を飲み込む。
「…。」
「絶対助けるから待っていて!」
レオンが何も話してくれない。今のピーちゃんには具体的に助ける方法は分からないけれど、何とかしないとってピーちゃんを震え立たせる。
「…助けてなんて言ってないよ。」
「君が今言ってなくても君の心が叫んでるんだ!助けられる人を探してくる!絶対に池に落ちちゃだめだよ!」
ピーちゃんは、レオンに何度も念押しして、近場の住宅街へと飛びこんだ。その住宅街には、友達がいる。アケミの家がある。バサバサと羽根を動かし、庭を突っ切り、家の一室を通り抜ける。住宅街によって色々な特徴がある中、ここは柿の木、栗木、梅や松、様々な木が各家の庭に植えてある。それは時に目印にもなる。アケミの家の庭にも銀杏の木が植えてある。それを目指して飛び回った。




