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第5話.私を取り戻す

 


 その日の放課後。

 授業を終えたブリジットは、図書館へと向かっていた。


 というのも学院での成績は下から数えた方が早いくらいなのだが、ブリジット自身は本来、別に読書や勉強が不得意ではなかった。

 むしろ、好きなほうだと思う。多くの人間から虐げられ馬鹿にされるブリジットだが、物語の本や教科書は、ページを開いた人間によって差別をしないものだ。


(ジョセフ様……ジョセフ殿下と婚約してから、『馬鹿が寄りつく場所じゃない』って言われていたけど)


 心の中で言い直しながら、思う。


(もう私は彼の婚約者じゃないんだから、勝手にしていいわよね?)


 フィーリド王国の王都外れにある、周囲を森に囲まれた学院の名はオトレイアナ魔法学院という。

 契約精霊を持つ貴族の子息令嬢のみが入学を許された、最も実績のあると謳われる学び舎である。


 石造りの立派な学び舎の、東側に位置するのが魔法実験棟で、その裏手にあるのが図書館である。

 広大な敷地面積を誇る煉瓦色の建物の本棚には、魔法書や、教科書にも載っていないような歴史を綴った書物が溢れているという。


 ジョセフという後ろ盾――と呼んでいいのかは微妙だが、彼の庇護を失った以上、自分のことは自分で守らなければならない。

 メイデル家は義弟が継ぐことが決定している。メイデル家の遠い親戚筋の少年で、炎の最上級精霊と契約しているために父が養子として引き取ったのだ。


 別邸に閉じ込められているブリジットは、弟とはほとんど会ったこともなかった。

 下の学年に居るはずなのだが、学院でも見かけたことはない。向こうもきっと、ブリジットとの接触は禁じられているのだろうが。


(彼に何か、思うことがあるわけじゃないけど)


 弟が居る以上、ブリジットの存在は不要だ。


 そう遠くない未来に、家を追い出される……なんてことも、十二分にあり得るだろう。

 それが分かっているからこそ、我が儘で傲慢な女という風評に流されたままでいるわけにはいかなかった。


 ブリジットがそう思ったのは、多分に、昼間見たユーリの影響があった。

 彼の姿を見ていて、強く思ったのだ。



(私は、()()()()()()()()()()()()()



 うまく言えないけれど、そんな風に感じたのだ。

 ありのまま。ただ心の思うままに、進んでいけるように。


(化粧も……むやみやたらに濃くするのはやめようかな)


 白粉を塗りたくった頬に小さく触れながら、ふと思う。

 そんなことを言ったら、シエンナたちは泣いて喜ぶのではないだろうか。


 もともと、「お嬢様は顔立ちが華やかでいらっしゃいますから、もっとシンプルなお化粧のほうが絶対に似合います」と言ってくれていたのだ。それを遠ざけ、ジョセフの言いなりになっていたのは自分だ。


(化粧だけじゃない。喋り方とか……笑い方とかだって)


 人を小馬鹿にするような態度や物言いは好ましくないものだ。

「オッホッホ」なんて扇子を持って高笑いするのも、どれだけ恥ずかしかったことか。

 ピンク色の派手なドレスだって好きじゃない。本当は、もっと清楚で上品な格好に憧れている。


 悪評高きブリジット・メイデルの姿は、いろんな人の目に焼きついているだろうけれど。

 ちょっとずつでいいから前に進みたいと、そう――思うものの。


(まずはふつうの喋り方からよね……)


 先は長そう、と落ち込みながら歩いていたら、いつの間に図書館に着いていたらしい。

 学院の外からも多くの知識人が訪ねるという図書館の中は、意外と人気が少なかった。


 受付の司書たちが、ブリジットを見てぎょっとした顔をしているが……会釈すれば、おずおずと返された。

 だが、とても話しかけられるような空気ではない。館内図を見て、目当ての本は自分で探すことにする。


(えーっと……あ、あった)


 さっそく分厚い古書を発見し、胸に抱えるようにしながら席に着く。

 広々とした閲覧スペースにはまったく人の姿がない。本当は借りていこうと思っていたが、これならこの場で読書に耽ってもいいだろうと思ったのだ。


 ブリジットが手に取ったのは、『精霊大図鑑』というタイトルの本である。

 古今東西、数え切れないほど存在しているという精霊種。

 普段は精霊界で自由気ままに暮らしているという彼らには謎が多いが、人と契約した精霊については絵にされ、情報が本にまとめられているのだ。


 上位の精霊は――例えばブリジットの父が契約しているイフリートなどを始めとして――人の言語を使いこなすことも出来るので、図鑑には精霊の種類の前に、彼らが語ったとされる精霊界の決まりや、その景色について収められていた。


 ブリジットは精霊が、そして彼らの住む世界が大好きだ。

 だから本を読むとき、いつもブリジットの表情は幼い子どものようににこにこと緩んでしまう。


 ……もちろん、本人に自覚はないのだが。


(虹が架かった滝ではなく、滝がそもそも虹色の水で溢れている。美しさに見惚れてうっかり飲んでしまうと、大抵の場合は吐き気に襲われるので、注意が必要)


 幻想画の数々が見開きで描かれているので、瞬きも忘れて魅入ってしまう。

 炎精霊は火花を吐いて、水精霊は泥を吐いて、風精霊は息吹を吐いて、光精霊が溜め込んだ光を吐き出すと、辺り一面は目映いほどに輝き、その日は夜が訪れないのだという。


 だから浮かれた祭りをしたいときは、光精霊に虹を飲ませてやるのがオススメだという。


(ゴツゴツとした岩肌を叩くと、惰眠を貪っていた小さな精霊たちが転がり落ちてくる……。あら、誰かがくしゃみをすると、空と大地が逆転しちゃうの? ふふっ、面白い……)


 精霊たちの生活があんまり愉快でおかしくて、思わずくすりと笑ってしまう。

 次のページを捲りながら、何気なく顔を上げてみて――ブリジットは目を疑った。


(えっ?……ユーリ・オーレアリス?)


 いつの間にそこに居たのか。

 二列隔てた席に、ユーリが頬杖を突いて座っている。


 手元の本に目線を落としながら、窓から射し込む陽射しを浴びた彼の姿は、一枚の絵画のように美しく……思わず視線を奪われそうになった矢先に、ユーリが顔を上げた。

 大慌てでブリジットは、図鑑に目を落とした。


 座学も実技も、ユーリは他者を寄せつけないほど優秀だ。

 だから彼が図書館に居るのは決しておかしなことではない。

 だが数時間前、ジョセフに糾弾される姿を覗き見したような格好になってしまったのが後ろめたかったのだ。


(でも、今さら謝るのも変よね……)


 そんな風に思い、ブリジットは読書を続けることにした。





 ――そして、その翌日も。

 ――またその翌日も、同じことが続いた。


 ブリジットが本を読んでいると、気がつけばユーリも姿を見せ、静かに読書をしている。

 ユーリが本を読んでいるときに、ブリジットがひっそりと着席することもある。


 ブリジットがいつも同じ席に座るように、ユーリにとっての定位置が、ブリジットの二列向こうの向かいの席らしい。

 ユーリはブリジットの存在など歯牙にもかけなかった。もはや、認識しているかどうかも怪しい。

 だが、いつも誰かに姿を見られれば虚仮(こけ)にされていたブリジットにとって、ユーリの無視はむしろ気楽に感じるくらいだった。


 そしてそんな不思議な日々が続いたある日のことだった。



「…………あっ」

「…………」



 ブリジットが本を取ろうと伸ばした手が、ユーリと重なってしまったのは。




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