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第48話.拭い去れない恐怖

 


 太陽照りつける真夏。

 結論から言うと、庭を使っての焼き芋パーティーは料理長ネイサンによって即座に却下された。


「こんな暑い日に外で焼き芋って、馬鹿でしょ? 死ぬ気?」と怒られたカーシンは落ち込んでいたが、すぐに切り替え、当初の予定通りに厨房を使って調理することにしたらしい。


 さつまいもの主な収穫時期は秋で、その頃が食べ頃でもあるが、最近は品種改良によって夏でも収穫できる種が出てきたのだとか。

 ただし秋に獲れるものより小振りで、甘みも弱いそうだ。


 というわけで、数十分後。

 調理衣に着替えたカーシンが腕まくりをし、本日のメニューを発表する。


「焼き芋はまた秋にってことで、今日は簡単なお菓子を作るぜ!」

「おかし!? やったー!」


 喜びのあまりか、すっかり幼い口調になっているブルー。

 ブルーはといえば台の上に乗り、カーシンの横にぴったりと張りついていた。すっかり仲良しになっている。


「じゃあ、まずはさつまいもの皮剥きからだ。包丁使うから、ブルーは下がってなー」


 常日頃は庭を駆けたり花瓶を割ったりしている騒がしいカーシンだが、さすがに厨房では慣れた様子で作業している。

 その手元に夢中になっているブルーに笑いながら、きれいにさつまいもの皮を処理していく姿はけっこう決まっていた。


 (かまど)を使えば室内で焼き芋も可能だろうが、わざわざカーシンがメニューを変更したのは事情を説明したからなのだろう。

 用意されているフライパンを見ればすぐに分かった。なるべく小さめの火を使って、ブリジットの負担を少なくするつもりだと。


(使用人のみんな、私を気遣ってくれてる……)


 じんわりと胸が温かくなる。

 炎精霊との契約者が多いのに、こうして炎に触れる機会もなく数年間過ごせていたのはみんなの気遣いのおかげだ。


 でもブリジットのせいで、別邸には暖炉がひとつもない。

 寒い冬を、ブリジットは衣服を何着も着込んで、炎の魔石を服のポケットに入れて乗り越えてきた。

 使用人たちも同じだ。否、彼らの場合はもっと不自由な思いをしてきただろう。


 そう思うとますます、頑張らなくてはという思いが強くなる。


 普段は使用人が使うというカウンター席から首を伸ばし、ブリジットは厨房を覗き込んだ。

 まだカーシンは炎を扱っていない。だから平気のはずなのに、既に鼓動をうるさく感じるのが煩わしい。


「お嬢様」

「大丈夫よシエンナ。心配性ね」


 わざと軽い口調で応じるのは、よく気がつく侍女に動揺を悟られないためだ。


 カーシンは滞りなく調理の手を進めている。

 潰した黄色い芋を次々と丸めているところを見るに、どうやら、


「芋もちね?」

「せいかーい」


 ニッと無邪気にカーシンが笑う。

 芋もちはブリジットも大好きで、小さい頃からよくカーシンが作ってくれるお菓子だ。


 鉄製の小さなフライパンにバターを塗ると、平たいもちを並べて。

 カーシンがこちらをちらりと見遣ってから、調理台に炎魔法で火をつける。


 燃える炎は、ブリジットの位置からはほとんど見えなかった。

 それなのに――


(息が……)


 ふいに、真綿で首を絞められたような息苦しさを感じる。


「おいしそう!」


 ブルーが歓声を上げる通りだ。

 芋の表面がバターで炙られて、良い匂いが漂ってきているし、バターが焦げる音だって食欲をそそるものだ。


 そう分かっている。

 分かっているはずなのに。


(こんなことくらいで、どうして)


 ぎゅっと目を閉じる。本音を言えば両耳を塞ぎたいくらいだった。

 だが、必死に我慢する。それでは炎の克服なんて夢の夢だ。


 ――そうして、ブリジットにとっては異様に長く感じられた数分間が過ぎ去ると。


 カーシンが火を止め、できあがった芋もちが三つずつ、四つの皿に載せられてカウンターに並んだ。

 しかも壺に入った蜂蜜と、氷の魔石で冷やしたアイスクリームまでついてくる。


 感極まっているのか、ブルーはふるふると身体を震わせていた。


「それじゃ、召し上がれ」


 蕩ける蜂蜜とアイスクリームに彩られた黄色い芋もちを、恐る恐るとブルーが口に運ぶ。

 そして口からほふほふと湯気と冷気を出しながら、叫ぶ。


「おいしいーっ!」

「そうだろー? 簡単だから、ウチだと鉄板のお菓子だぜ。妹なんていつも十個は食べる」

「かーしんってもしかして天才?」

「そうだぜ。俺様は天才だ」


 頬を膨らませ、足をじたばたさせるブルーに、ふふんと得意げに笑うカーシン。


 ブリジットも、芋もちを四つに分けた内のひとつを口に含む。

 今日は中に砕いたナッツも入っていて、食感にもアクセントがあってとても美味しい。


 ……美味しいはずだ。

 それなのに、あまり味を感じられない。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫」


 少しでも気を抜けば、シエンナはすぐに気がつくだろう。

 それほどに付き合いは長い。だからブリジットはニコリと笑い、残りを口に運んだ。





 数分休んだあとは、ブルーの提案で庭に出た。


 昼を目前にして、外は恐ろしく蒸し暑い。

 カーシンやブルーなんて服の胸元をぱたぱたとさせ、「はしたない」とシエンナに注意されている。


 それなのに――ブリジットの身体はひどく冷たい。

 そして左腕だけが、茹だるように熱かった。

 手袋の下で、未だに燃えているのではと錯覚するほどに。


(あの日、お父様に掴まれた腕……)


 何度謝っても、許しを乞うても、燃え盛る炎の中から逃がしてもらえはしなかった。


 自分自身が焼ける音。

 肌が焦げ、肉が炭化していく、おぞましい音。

 汗と涙と鼻水で、ぐちゃぐちゃになって苦しむブリジットを見下ろす、父の温度のない瞳――。


 肉親を見る目ではあり得なかった。

 あの瞬間、幼いブリジットは悟った。


 父にとって、自分は用を成さない、ただの肉の塊でしかなくなったのだと。


「しえんなも、かーしんも、その髪色ってことは炎魔法は使えるんだろ?」

「ええ」

「まあ、ちょびっとだけな」

「じゃあ魔法を使うか、それか精霊を出してくれ」


 シエンナとカーシンが顔を見合わせている。

 後ろに立つブリジットにはそれが見えている。そのはずが、なぜか焦点が合わない。


 蜃気楼か何かのように、視界全体が揺らめいている。


「こいつを攻撃するわけじゃない。ただ、ちょっと炎を見せるだけでいいからさ」


 ブルーの言葉に、ブリジットも追従した。


「お願いするわ、二人とも。わたくしは大丈夫だから」


 そう言って笑うと――なぜか、シエンナが絶句している。

 その横でカーシンも唖然としていた。


 二人の反応の意味が分からず、ブリジットは小首を傾げる。


「お嬢様。顔色が……」


 え? と聞き返そうとした直後。


(…………あれ?)


 急に、世界が反転する。

 ブリジットは戸惑った。


 遠くで悲鳴が聞こえる。でも、それはあまりにも遠くて。

 このまま、どこまでもひとりで落ちていくようで、怖くて。


 ブリジットは必死に手を伸ばした。


(誰か。誰か…………)


 落下していくその手を、確かに掴まれた直後。




「――――――馬鹿!」




 怒鳴られたブリジットは、目を見開く。


 息を弾ませたユーリが、ブリジットのことを抱き留めていた。

 彼はその美貌を歪めて、腕の中のブリジットのことを見つめていた。


「何をやってるんだ、お前」


 青空よりもずっと美しい髪の毛が、汗を孕んで揺れる。

 黄水晶(シトリン)の瞳と見つめ合い、見間違えようもないその強い輝きに釘付けになる。


(青空の下で咲く、たんぽぽみたい……)


 ブリジットはぼぅっとしながら、そんなことを思う。

 すると彼の目は、次第に見開かれていって……どこか苦しそうにブリジットのことを見ていて。


(どうして……?)


 その理由を訊きたかったのに。

 でもそれ以上、まともに目を開いてはいられず、ブリジットは意識を失ったのだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ブルーは芋もちの精霊だったんすね!(笑)
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