表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/129

第41話.信じられない言葉

 


 ――――幻聴。



 頭の中にそんな一言が浮かぶ。


(いやだわ、私ったら……疲れてるのかしら)


「ごめんなさい、ユーリ様。なにやら幻聴が聞こえてしまって」

「――だから、僕の家に来てくれないか」


 おかしい。まだ耳の調子が良くないようだ。

 ブリジットは首を捻りながら、もう一度聞き返した。


「え?」

「僕の家に来てくれないか」

「え?」

「……僕の家に来てくれないか」

「え?」

「僕の…………嫌なら、無理にとは」


 ユーリが目線を逸らす。

 それでようやくブリジットは、本当に「僕の家に来てくれ」と言われていたらしいと思い当たった。


「ちっ、違うのです! だって聞き間違いかと思いまして!」


 必死に弁解するブリジットだが、ユーリもとんでもないことを言い出した自覚はあるのか、どこか気まずげだ。

 別に、恋人同士であるとか、婚約者同士であるとか、そういう間柄であれば何もおかしい話ではない。

 だが今回の場合――勝負に勝った男性が、一種の命令として「自分の家に来い」と負けた女性に言ったわけで。


 そうなると些か、というかかなり、意味合いは変わってくる気がする。


(は、はしたないことを考えちゃダメよ私!)


 ブンブンブン! と頭を振って、ブリジットは妄想を打ち払う。


 それにそうだ。相手は水の一族の令息、ユーリ・オーレアリスなのである。

 とてもじゃないが、色気のある理由で呼ばれるとは思えないし……そもそもユーリは相手の女性に困らない身分だ。


「いや、……引かれるのは分かっている。家に呼ぶ理由も、今はうまく説明できないんだが」


(そ、そうよね。何か理由が――重大な理由があるのよ、私はちゃんと分かってるから!)


 努めて平静を装いつつ、しかし口元はパタパタと扇で隠しながら、ブリジットは頷いてみせた。


「……う、伺いますわ」

「そうか。助かる」

「…………」

「…………」


 変な空気が場に流れる。

 この場に留まると余計なことを口走りそうだったので、ブリジットはぎこちなく立ち上がった。


「帰るのか?」

「え、ええはいあの、はい帰りますわええ」


(混乱してまともに口が……!)


 ふらふらするブリジットを見送って、ユーリが「そういえば」と口を開く。

 なんだろうと見下ろすと、彼はその眼光鋭い瞳でブリジットを見ていて。


「二位おめでとう、ブリジット」

「――あ、ありがとうございます」


 頭を下げて、ブリジットは四阿を出た。

 急ぎ足で道を進みながらも、口の端は耐えられずに上がっていき、そして最終的に、



「…………えへへ」



 へにゃ、とだらしなく緩まる頬を押さえる。


 自分でも単純だと思うのだが、ユーリに褒めてもらえるだけで嬉しくて仕方がない。

 結果は二位だし、ユーリには及ばなかったのだが――それでも、彼が認めてくれていることが嬉しいのだ。


(ユーリ様と居ると、いつも楽しい)


 とびきり口が悪いくせに、優しい人。

 あとから思い出すと、頭を抱えたくなることとか、恥ずかしくて身悶えたくなることもあるのだが。

 彼と過ごす時間は、ブリジットにとって何より特別で。


 ……きっとこれは、幸せと呼んでいい感情なのだろう。

 まだ取り扱いに困るくらいに、落ち着かないけれど。


(お家にお伺いするんだったら、何か手土産も用意しないと……シエンナに案を訊いてみようかしら)


 先ほどは動揺してしまったが、水の一族と名高いオーレアリス家にお邪魔するのだ。

 運が良ければ、他の水精霊や氷精霊を目にする機会もあるかもしれない。そう思うと胸が弾む。


 そうして、人目がなければきっとスキップしていただろう足取りで、馬車の停車場へとやって来たブリジットは。

 その石畳の道で――背の高い少年が、待ち構えるよう佇んでいたのにようやく気がついた。


(え……?)


 立ち止まり、静かに目を見開くブリジットに。

 その少年が気づき、ゆっくりと振り返る。


 髪と瞳に金色を宿した人。

 フィーリド王国の第三王子であり――ブリジットの元婚約者である、彼が。


「…………ジョセフ……殿下?」


 数十日ぶりに近くから見つめ合った眼差しに、ブリジットは動けなくなった。


 そして、あのとき冷たく婚約破棄を告げた唇が。

 目の前でゆっくりと、柔らかな弧を描いていた。




「もう一度、婚約しよう。俺とやり直さないか、ブリジット」





読んでいただきありがとうございます!


これにて第一部は完結です。というわけで、物語は第二部に続きます……!

応援のブクマやポイント評価をいただけると執筆の励みになりますので、よろしくお願い致します!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【アクアク/コミックス6巻】9月15日頃発売!
アクアクC6

【アクアク/小説完結6巻】発売中!【完全書き下ろし】
アクアク6
【最推し/ノベル2巻】9月15日頃発売!【コミカライズ決定】
最推し2

― 新着の感想 ―
[一言] 遅ればせながら、第一部完結おめでとうございます&お疲れ様でした! ブリジットが徐々に味方を増やしていけて良かったです。彼女は元々魅力があるんですものね、強くなってまた新たな魅力が加われば、…
[一言] ??? ジョセフ君は頭に梅毒でも回って脳みそ駄目になってしまったの? あ、違うか。最初から脳みそ駄目だったね こんなのを生かしておくなんてなんて人権意識の高い国なんだ
2021/08/08 13:11 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ