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第30話.追い詰められたリサ

 


 授業終わりの鐘が鳴ると同時に、リサは急いで立ち上がった。


 そうしなければ逃げられると分かっていたから、リサは急いでいたのだが……目当ての少女たちは、近づいてくるリサに気がつくと一様に困ったような顔をした。

 それでもリサは、気づかない振りをして溌剌と声を掛ける。


「ねぇ。今日もお茶会を開くのだけどどうかしら?」


 三人が一斉に、目線を交わし合う。


「え、ええと。私は結構ですわ」

「申し訳ございません。実は用事がありまして」

「私も……」


 申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、そそくさと席を立って教室を出て行く三人。

 それを呆然と見送り……リサは歯軋りし、思わず呟いた。


「……なんなのよ……」


 今まで散々、リサを頼りにしてきたくせに。


 彼女たちがジョセフと一言でも会話できたのは、彼に愛されているリサのおかげで。

 高位貴族ばかりが使用する食堂の個室に入れたのだって、リサという権威のおかげだったのだ。


 それなのに、恩を仇で返すような真似をされ、リサは信じられずに拳を震わせた。

 だが……その原因は分かっている。

 先週のある事件の影響で、彼女たちはリサから距離を置こうとしているのだ。



 ――"氷の刃"と恐れられるユーリ・オーレアリスを、リサが怒らせたこと。



 噂には尾ひれがつき、その話は未だにヒソヒソと至る所で囁かれ続けている。

 怖いもの知らずの馬鹿女だと、自分を罵る声だって聞こえたことがあった。そうやって隠れて非難する連中が許せず、リサはその場で怒鳴りつけてやったが、その後も苛立って仕方がなかった。


 それに、リサにとってそれ以上に信じられないのはあの日のユーリの振る舞いだった。


 抜きん出た才能の持ち主である故に、周囲から敬遠されがちなユーリ。

 だが彼は、その美貌と家柄の良さから、学院中の女子の目を集める存在でもある。どんなに袖にされようと、未だにユーリに近づこうと画策する女生徒も多いくらいなのだから。


 そんなユーリが、ブリジットを庇うような振る舞いを見せたことが――リサには、信じられなかった。


(なんでユーリ様が、"赤い妖精"なんかをっ……!)


 ユーリの隣に立つのに、ブリジットほど相応しくない女は居ない。


 父親には取替え子(チェンジリング)だと蔑まれて。

 第三王子であるジョセフに捨てられて。


 学院中から嘲られ、嗤われて……そんな女が何故、あの優秀な公爵令息に選ばれるというのか。


(あたしのように、愛される努力だってしてないくせに!)


 ブリジットと違い、リサは今まで努力を重ねてきた。


 貧しい男爵家の娘でありながら、契約の儀では名のある精霊と契約してみせた。

 そしてどこか孤独な佇まいのジョセフに近づき、彼の心を癒した。ブリジットの所為で疲れたジョセフを救ったのはリサなのだ。


 出来の悪い婚約者としてジョセフに迷惑を掛け続けたブリジットは、むしろリサに平身低頭して謝罪するべきだろうに。


 そう心から思うリサの耳に、その声が響く。



 ――『ジョセフ殿下って、馬鹿な女が好みのタイプなんですって。女性の好みにお変わりがないようで、安心したの』



 ギリリ、と噛み締めた唇から血が滲む。


(許さない……ゼッタイに、許さないんだから……)


 筆記用具を盗むなどと、なんと生ぬるかったのだろう。

 ブリジットにはもっと厳しい制裁が必要なのだ。あの女はそうでもしないと、自分がどれほど低俗で価値のない人間なのか理解することも出来ないのだろう。


 そう思うと次第にリサは浮かれてきた。

 次はどんな風に傷つけてやろう、と思うだけでワクワクしてくる。


(火傷のことを指摘してやったときなんて、絶望したような顔してたし……!)


 父親に腕を焼かれた、惨めな傷物の女。

 いったいあの武骨な手袋の下には、どんなに醜い傷が隠れているのだろうか。


(それを人前で暴いてやるのも、楽しそうだわ)


 すっかり上機嫌になったリサはそこで、恋人が教室を出て行こうとしているのに気がついた。


「ジョセフ様! どこに行かれるんですか?」


 弾んだ声で問うと、振り返ったジョセフが薄く微笑む。


「今日は、やるべきことがあってね」

「そうなんですね……」


 ジョセフは王族の身。現在は学生として公務の大半は免除されているそうだが、それでも多忙なのだろう。

 納得したリサは、そんな彼ににっこりと微笑んだ。


「もしよろしければ、あたしも王城についていきましょうか?」


 リサと一緒に居れば、ジョセフもきっと癒されることだろう。

 それに、あわよくば国王や王妃に謁見したいという目算もある。まだブリジットと婚約を破棄して間もないからと、ジョセフとリサの婚約の話はまったく進んでいないのだ。


 しかしジョセフはあっさりと首を横に振ると。


「いいや。大丈夫だよ。また明日ね、リサ」


 そう言って、リサが返事をする前に教室を出て行ってしまった。


 それを名残惜しい思いで見送りながら。

 ……何故か再び、言い聞かせるような調子で、ブリジットの声が耳の奥で響いたような気がした。



 ――『ジョセフ殿下って、馬鹿な女が好みのタイプなんですって』



(そんなわけない……)


 ジョセフは初めて話したとき、リサのことを頭が良いと褒めてくれたのだ。

 ブリジットとは違うと、そう言ってくれたのだ。



(だってあたしは全部、ジョセフ様のために――)



 それが――不安と呼ぶべき感覚であったことに、リサはついぞ、気がつくことが出来なかった。




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